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まぶたの裏の悪名

「良かったのか?」

 マルクスとの謁見後、自室へと戻ったマリアに、そうクロハが声を掛けた。


「構いません。土地の権利書さえ用意出来れば、初期費用、維持費を含め、元からこちらで出すつもりでした」

 一度そこで言葉を区切って、マリアはクロハを見て微笑む。


「肝心だったのは、土地の所有権です。いくら教会とて、他国の土地を好き勝手する訳にはいきませんし、かといって、他国の土地を購入しようものならば何かしらの角が立ちます。その意味でも、今回の申し入れは渡りに船でした。決めつけは良くありませんが……。あの方の事です、本来の目的が終われば、孤児院には見向きもしないでしょう」


「……やはりアレの狙いはマリアか」


「ええ。そういうニオイを感じました。あの方が自分で言われた様に、神都に住むものなら私が孤児院に足を運んでいる事は周知されていますから、感心があると聞きつけ、私に近付くきっかけにしたのでしょう」


「浅はかなものだ」

 凄む様な口調のクロハであったが、表情には僅かに笑顔が滲んでいた。


「ふふ、故意のきっかけとしては、随分高いきっかけではありますね」

 

「まぁ、そのきっかけで、バルド地方の土地の所有権が手に入り孤児院が建つのだから文句はないが……、管理はどうする? 誰かあてでも?」


「そこが問題ですね」

 う~ん、とマリアが首をひねる。


「地方の、ましてたださえ大変な孤児院の管理を引き受けてくれる好き者がいればいいが……。最悪、相手側の人材に頼る事になる」


「出来ればそれは避けておきたいところです。孤児院とはいえ、運営にはそれなりのお金が動きます。出来る事なら、信用のおける方に管理を任せたい。万が一にも私服を肥やす者があって、それで困るのは孤児院で暮らす子供達ですから」


「じゃあ、やはり信用のおける者を用意する必要があるな」


「はい、誰かいますでしょうか?」

 頬に指をつき、マリアが首を傾げて問うた。

 その甘える様な仕草がなんとも可愛らしいと、クロハは思ったが、思っただけで口にはしない。顔にも出さない。

 感じた印象を誤魔化す様に、口に手を当てて、思考する振りをして乗り切った。


 クロハは自身の知る顔を順に思い浮かべ、


「――ベリーはどうだろう?」


「ベリー? シスターベリーですか?」


「そうだ。確か彼女は、バルド地方の出身だった筈だ。バルド地方の事を知っていて、ネウロの孤児院に勤めるシスター。適任だろう。責任感もある。 ――ただ、わざわざ地方から出てきてシスターになった者がまた地方に戻ってくれるかどうか……。説得はするが」


「無理強いするのは気が引けますが、私が直接シスターベリーの元へ伺い、お話してみます」


「……無理にマリアが行かずとも」


「いえ、こちらがお願いする立場ですから、私が直接、孤児院に出向くのが筋です」


「とか言って、子供らに会いたいだけだろう?」


「バレましたか?」

 マリアは、へへっと、悪戯がバレた子供の様に笑った後、「この間は、あの不届き者のせいでゆっくり遊べませんでしたから」とやや不満そうに口を尖らせた。


「不届き者と言えば……、人攫いの連中はどうする? マルクス皇子も言っていたが、孤児院が出来て一番困るのはそいつらだろう。程度は分からんが、孤児院運営の邪魔をしてくるのは間違いない。あの皇子が果たして素直に孤児院の守りに動いてくれるかどうか。聖騎士とて、余程の事が無いと法皇様方も動かせないだろうが、遠いバルドの地、その余程が起こってからでは聖騎士では遅すぎる」


「それについては、いくつか私に思うところがあるのですが……」

 そう言ってマリアは、傍のクロハを横目で伺った。


「……私は行けんぞ。誰かさんの護衛が居なくなってしまったからな。その誰かさんの面倒を見てやらねばならん」

 小さく笑った流し目のクロハが言う。


「まるで子供のような扱いです。心外です」

 頬を僅かに膨らませたマリアが、不本意だという感情をジト目に乗せてクロハを見た。

 クロハは笑う。


 クロハはマリアのひとつだけ歳上である。

 子供扱い、と言うとやや言い過ぎではあったが、クロハはマリアに対して妹の様に接する事があった。事実、クロハもマリアを妹の様な存在だと思っている節がある。

 孤児院育ちのクロハにとって、血の繋りは重要ではなかったし、血の繋りという考え方自体が希薄と言えた。

 クロハはそれで良いと思っていたし、マリアも、それに不満を持った事などない。


 だからか、いつしかクロハはマリアに対して堅苦しい言葉で接するのを辞めた。勿論、人前では別にして、ではあるが。

 マリアにも二人の時はそうしろと申し出たが、マリアは生まれた時からの生粋の聖女ゆえか、今の喋り方がマリアにとってのデフォルトであるらしい。

 堅苦しいと子供達に嫌われるぞ、と冗談半分にクロハが言ったら、真に受けたらしく、マリアなりに努力はしている様だが……。

 そんな、冗談の様な事も真面目に取り組むマリアの姿勢がクロハは好きだったし、愛おしかった。


 クロハにとってマリアとは、大事な妹であり、大切な友人、そして守護すべき聖女であった。

 本来別々の者であるそれらは、クロハの中では一本の芯を持った同じ柱として聳え立つ。

 クロハは思う――それでいい、と。



「まぁ、実際の問題として、」

 と、腕を組んだままクロハが口を開く。

 それでマリアも膨れっ面をやめて、クロハを見る。


「いまのマリアに動かせる力はあまりない。聖騎士の権限を取られた以上、いまのマリアに動かせる人材は、精々、私を含めた数人だろう。傭兵なりを雇うにしても、教会が金を出す訳はないし……。となると、マリアのポケットマネーで雇う事になる。長期となると雇える人数もそう多くないだろうな」


 深刻そうに語るクロハとは違い、マリアは逆にふふっと小さく笑った。


「なんだ?」


「いえ。実は最近、とても強力な切り札を一枚手に入れたところでして。万が一の際は、それに頼ろうかと考えています。動かせるかは分りませんが、私の頼みとあれば、動いてくれるでしょう。あれはそういう方です」


「そんな奴が居たのか……。 私の知ってる奴か?」


「はい。最近は毎日のように私の行く所行く所にくっついてきますから」

 マリアの言葉にクロハが絶句した。


「あのダニの事を言ってるのか!? 本気かマリア!?」

「勿論本気です。暇そうなアレを利用しないでどうします」

 クスクスとマリアが笑う。


「いや……だが、アレを利用しようなど危険ではないか? 何を考えているのかも分からん奴だ。おいそれと手札に加えていいカードじゃないぞアレは……」


「確かに、アレはある種のジョーカーです。手札に加えておくのは相応のリスクを伴うかもしれません。 ――しかし、それもゲーム次第。ゲーム次第では、盤上をひっくり返す強力な切り札であり、また、自らの首を絞めるものでもあります」


「リスクが高過ぎる」


「その分、見返りも大きい。 ――心配入りませんよクロハ。アレのリスクを背負うのは私だけです。私との約束がある以上、リスクの分散は無い様に思います。他に迷惑はかけません」


「だからこそ―」


「それよりもクロハ」

 心配し、止め様とするクロハの言葉を遮ってマリアが口を開き、クロハを見る。


「バルドとの話が正式に決まり次第、シスターベリーの元へ行きます。日程の調整はお願いしますね」


「…………分かった」

 結局クロハはそれだけ言うに留めて、先の話はお流れとなった。

 非常に不服ではあったクロハだが、マリアの頑固さは傍にいるクロハが一番良く理解していた。


 不満げに大きな溜め息をつくクロハ。

 聖女は、そんなクロハを愛おしそうに眺めて、柔らかく微笑んだ。









 その数日後。

 土地の権利書を手にやって来たマルクスとの二度目の謁見が行われた。

 その聖女の間にて、クロハは自分を呪った。

 駄目元でもいいからマリアを説得しなかった事を激しく後悔した。



「確かに承りました。感謝しますマルクス皇子」

 土地の権利書に目を通したマリアが、ニコニコと上機嫌に微笑んでマルクスに告げる。


「……え? ――はい……」

 そんなマリアとは対称的に、マルクスの表情は芳しくない。呆然と、気でも抜けたかの様に一点を見つめ続けていて、マリアとのやり取りも上の空といった様子。


「それは?」

 マリアの持つ権利書を、えらく気楽にヒョイと覗き込んだ人物が尋ねる。


「土地の権利書です。孤児院を建てる為の土地の」

 マリアが答える。


「ああ、言ってたヤツね」

 実はあんまり興味が無かったりしたが、それを顔には出さずに答える。興味があるかの様に装う。


「あの……、マリア様」

 そんな二人のやり取りを見ていたマルクスが、おそるおそるといった様子でマリアへと声を掛けた。

 だが、マルクスの視線はマリアではなく、依然として問題の人物に釘付けであった。


 マルクスの思考は混乱を極めた。

 叫びだしたい気分だった。

 傍らのシスターの肩を掴んで、揺さぶって、問い詰めてやりたかった。


 なぜ魔王がここにいるのかと。


 混乱する頭で何とかマリアの名を呼んだマルクスであったが、続きが口から出て来なかった。二の句を告げる事が躊躇われた。

 魔王の不興を買ってしまいそうで恐ろしかった。


「マルクス皇子」

 口を半開きに黙り込んでしまったマルクスを見かねたマリアが、名を呼ぶ。

 マルクスは僅かに身体を震わせ、それでようやく魔王から視線を外してマリアに目を向けた。


「前回の謁見時に、マルクス皇子が仰った事を覚えておいでですか?」

 それはほんの数日前の事。忘れるには早すぎる期間。馬鹿にするな、と声を荒げられても仕方ない様な台詞。

 されどそれは、混乱するマルクスを気遣ったマリアなりの優しさであった。


「……はい? と言いますと?」


「前回の謁見の際、マルクス皇子は、法を破り、治安を乱す不穏な者達と戦うと、私に示してくださいました」


「それは……。はい、その通りです」


「私はその言葉、決意に大変感銘を受けました。マルクス皇子が、あの日私にそう感じた様に、私もマルクス皇子のお力になりたい、とそう思ったのです」


「はい。 ――話が見えないのですが……」


「力になりたいとは思うものの、私に戦う力などありません。知恵もありません」

 マリアの言葉に、白々しいと魔王が心の中で笑う。


「聖騎士を動かすにも大義が必要となります」

 マリアの言葉に、大義以前に、そもそも権限を取り上げられているしな、とクロハが嘆息する。


「そこで私は、魔王とひとつ取引を行いました」


「取り引き? 魔王と?」

 マルクスの顔が酷く歪む。正気かと目が問うている。


「取引の内容は申し上げられませんが、魔王は取引に応じ、今回、バルドを悩ませ、孤児を食いものにする者達との戦いに手を貸す。と、この様な取り決めと相成りました」

 マルクスの歪んだ顔が潰れて、驚愕の色に染まった。


 憐れな。

 前回の、あの自信に満ちた表情や態度とは全く異なるマルクスの様子に、クロハは僅かに同情を覚えた。

 横に目をやると、ノミはノミで、何故か愉快そうに微笑んでいる。


「ちょっ……ちょっと待ってください! 我が国に巣食う悪辣と戦うと? 魔王が?  マリア様はそう仰っておられるのですか?」


「はい」


「魔王が来るのですか? 我が国に?」


「はい」

 マリアの肯定に、マルクスの顔が瞬く間に青褪めた。

 冷や汗を流し、目が右に左にと泳ぐ。


「それで、管理についてもなのですが」


「ッ!!」

 管理に、ついて、も?

 マルクスがマリアの含みのある言葉に絶句する。ゾッとした。――いや、絶句している場合でも、凍り付いている場合でもないと奮えたつ。


「お、お待ちください! その必要はございません! たかが人攫いなど、魔王……、殿の、手を借りずとも我らバルドの兵だけで十分でございます! わざわざ、魔王……、殿に、来て頂く必要はありません!」


「ですが……」


「心配は不要です! 助力も必要ありません! 大丈夫です! お任せください!」

 懇願に近い態度と口調で声を荒げるマルクスの様子に、マリアがどうしたものかと云った表情を作り、スノーディアへと顔を向けた。


「……必要ないと本人が言うならわざわざ僕は出向かないよ。自力でどうにか出来ると言ってる者に手を貸すなど、有り難迷惑でしかない。 ――そうだろう? マルクス皇子」


「え、ええ! ええ! 全くその通りです! 我らだけで十分です!」

 大きく、何度も首を縦に振ってマルクスが同意してみせる。

 必死だ。


「そう……ですか。分かりました。マルクス皇子がそう仰るならば……、魔王、先の話は無かった事に」


「いいだろう。白紙に戻そう」

 魔王がそう言った途端に、マルクスがこの世の春でも迎えた様に満面の笑顔を浮かべてみせた。

 

「と、なると……、やはり孤児院の管理はこちらが選定したシスターを派遣する、という形になるかと思われます」


「是非そうしてください! 私が主体となり、我が国が全力でサポートする事を御約束します!」

 マルクスの言葉を吟味する様にマリアが逡巡する。フリをする。


 やや間を空け、

「分かりました。では、後日こちらから正式な書面としてバルドに送付致します。それをもって、契約の成立と致しましょう」


 聖女マリアの宣言にて、謁見は終了となった。




 謁見が終わり、そそくさとその場を後にしたマルクス。

 追従するように、シスター達も聖女の間を離れた。


 そうして、聖女の間にらマリアとクロハ、そして、愉快そうに微笑むスノーディアが残された。


「清々しいまでに嫌われ者で厄介者の役だったね」

 気にした素振りもなく、ヘラヘラと笑うスノーディアがマリアの座る台座の端にちょこんと腰かけた。


「役もなにも、貴様が世界中から嫌われているのは事実だろうが」


「護衛ちゃん、確証もない風聞を散らかすのはやめたまえ。僕の事を好きって人が探せば一人くらいはいるかも知れないだろ? その人が今の護衛ちゃんの言葉を聞いたら悲しむよ?」


「貴様の事が好きな者など、相当イカれたろくでなしか、破滅主義の邪教徒のどちらかだろうな」


「ふふん。悪名も名なり。澄み渡る清水の如き汚名と、実直なまでの野心で、遠くにいながら、その存在と威光を逆説的に世に知らしめるのが僕であり、魔王だぜ?」


 何やら嫌味を漫然と盛り込みつつ言い合うスノーディアとクロハに、マリアが呆れた溜め息をつく。

 相性が良くないのだろう。


「何はさておき、魔王」と、マリア。

 続ける。

「上手く事が運べた事は感謝します。これでバルドも重い腰を上げざるを得ないでしょう」


「だろうね。なんせ、皇子様は聖女ちゃんと約束してしまったからね。約束は守る為に存在する。

 バルドの御大尽様方は、さぞ人攫いだか一皿だかの洗いモノに躍起になるだろうぜ?」

 さも愉快とばかりにスノーディアが笑う。

 

「僕としては、協力するのもやぶさかではなかったが、そうすると聖女ちゃんの顔が見えないからねぇ。

 協力すれば僕の顔を見ないで済むし、悪い連中も退治出来る。

 協力ならずとも、王国とやらの尻をひっぱたいて、孤児院に対する意識改革込みで悪い連中を退治出来る。どちらに転んでも、結局退治されちゃう悪い奴らにちょっと同情しちゃうぜ」

 言って、スノーディアが小さく肩を竦め、「いやはや、何とも欲張りな聖女がいたものだね」と笑った。


「あなたにだけは言われたくありませんね」

 その言葉を受け、不服そうにマリアが眉を潜めた。スノーディアは誉めたつもりであったかもしれないが、欲張り、という部分にマリアはムッとした。


 それを察してか、スノーディアが別の言葉で茶を濁す。


「ま、突っ立ってるだけで聖女ちゃんの役に立てたのなら、自分の悪名も少しは好きになれそうだよ」

 スノーディアは、利用された事など、むしろ光栄だとでもいう風に軽く笑った。

 マリアには、愉快そうに笑うその表情は、優しい色がいつもより深く見えた気がした。 

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