謁見の間
「孤児院ですか?」
「はい。聖女様が孤児の保護に熱心な優しい方だと、私の耳にも届いております。であるならば、これは是非に、聖女様のご尽力を頂きたく、こうして直接相談に参りました」
ここは、ウル・メネット大聖堂内にある【聖女の間】。
基本的に、聖女マリアへの謁見は全てここで行われる。
部屋の奥、荘厳華麗な台座の上には聖女たるマリアが鎮座し、台座の傍には、【守護者】という聖女を守る者が一人。その周囲には左右に別れシスターが四人控えている。
聖女の間は、謁見者を除けば全て女性であり、許可された者でなければ例え法皇であっても立ち入る事が出来ない場所とされている。
これは、聖女の純潔さを示すモノであり、古くからの決まりであった。
謁見中、マリアが台座の上を動く事はない。何かあれば、それらは側に控えるシスター達が代行して行う。
当然ながら武器の持ち込みは禁止。謁見者は入室前に厳しい身体検査が行われたのち、魔術の類いを封ずる腕輪を手首へとつけられる。
これにより、この場で武器を持つ事が許されているのは、守護者ただ一人となる。
過剰にして、厳かともいえるその警戒の中で行われる謁見、守護者クロハは静かにその様子を見ていた。
現在、台座から十メートル離れた位置にて、片膝をつきマリアとの謁見を行っているのは、バルド王国第四皇子マルクス。
武器の持ち込みこそ堅く禁止されているものの、謁見時の服装や作法については、特に取り決めはない。取り決めはないが、最低限の者でなければ謁見申請の段階で弾かれてしまう。
通常範囲の作法に留める者もいれば、マルクスのようにやや大げさに振る舞う者もいる。
一国の皇子の片膝など、ここでなければそうそう見れるものでもない。
この世界においての聖女とは、それだけの地位に位置する者なのだ。
現在謁見中のマルクスではあるが、少し前ならば精査の段階で落とされても不思議はなかった。
何故なら、マルクスの謁見内容が「孤児院の設立、その援助」という名目であったからだ。
その程度の話であれば、わざわざ聖女に謁見せずとも、枢機卿クラスの話で事足りる内容であった。
ゆえに、通常ならばそんな申請が通ったりはしない。
しかし、魔王が表に出て以降、精査が驚く程に緩くなった。孤児院どころか、中にはただ挨拶に来るだけの者もいる位の緩さだ。
しかも、何故か、若い男の有力者ばかりが、穴でも空いているかの如く、スルスルと精査を滑り抜け、連日の様に謁見へとやってくる。
無論、その緩くなった理由などクロハですら、分かり易い程に分かりきっていた。
お流れになったとはいえ、今までに一度も開かれた事などなかった聖女参加の晩餐会もそれを物語っている。
クロハが他の者には気付かれぬ様、小さく溜め息をついた。
徐々にではあるが、教会が揺らぎ始めている。
時間が経つにつれて、期限が迫るにつれて、この揺らぎは大きくなっていくだろう。
下手をすれば、教会が根元から崩れ落ちてしまうほどに。
「お話しは分かりました。教会としては、救済を求める者達に手を差し伸べる事、それに協力する事に異議はありません。
しかしながらマルクス皇子。バルド王国の問題に、おいそれと教会が口を出しては不要な波風を立てる事になりませんか?
現在、バルド王国内にも聖メネット教の教会は存在しますが、それはあくまで領民を含めたバルド王国の方々のお心によって成り立っております。バルド王国の方々がそうであるとは申しませんが、孤児院に対して快く思っていない方々がいるのも事実です。
それを踏まえた上で申し上げますが、正式な書状で無い以上、教会としては手を出しかねる案件かと思われます。孤児を救う為とはいえ、強行すれば、民意の離反を招きかねません」
「聖女様のご心配もごもっともです。確かに、正式な書状としてはまだ出ておりません。ですが、国王には既に了解は得ております。
そして、聖女様が心配しておられる治安の面に関してですが、おそらく聖女様は、人身売買の件を言っておられるものとお察し致します。
恥ずかしながら、我が国に、禁止されている人身売買を行う組織がいる事は事実です。それらの組織が主に商品として提供するのは殆どが孤児であります。民の中には、飢えを凌ぐ為に盗みに手を染める孤児らを邪魔に思い、より深い闇でもある人身売買を見てみぬふりをする者までおる始末。
ですが、孤児院さえ出来れば、少なくとも、孤児達が飢える事はなくなります、盗みを働く必要もない。そうなれば、今まで孤児を邪険にしていた者達の意識を変えられるかもしれない。ひいては、それが犯罪組織の撲滅に繋がるのでは、とこの様に考えております」
「人身売買を生業とする者達と戦う。と、そう仰っておられるのですね?」
「その通りです。確かに、懸念されます通り、そうなれば一時国は荒れるやもしれません。大きな組織です、ひと筋縄ではいかないでしょう。しかし、このまま放ってもおけません。孤児とて我が国の民、それが犯罪者共の食いものになるなどあっていい筈がありません」
続くマルクスの声に感情はあまりこもっていない、とマリアは感じた。割りと淡々としていて、それでいて、通りが良いせいか妙に生真面目さが際立つ。
力強く言ったマルクスの言葉に、マリアが少し思案する素振りを見せ、口を開く。
「マルクス皇子がそこまで強き意思と信念をお持ちであるならば、教会も前向きに見当致しましょう」
マリアが大きく頷き、言うと、ありがとうございますということですと共に、マルクスが深く頭を下げた。
それを認めたのち、
「それで、教会にどこまでの支援をお望みですか?」
マリアが問うと、マルクスはやや肩の力を抜く仕草をみせた。
「多くは望みません。聖女マリア様の祝福と誓詞がいただきたいのです」
「と、言いますと?」
引っ掛かる物言いにマリアがやや訝しげな表情で聞き返す。
「雑多な言い方をしますと、マリア様の後ろ盾が欲しいのです」
「……教会が孤児院の運営に関わる以上、バルドの領民へは、教会の色を周知、見色は当然なされます。ですが、教会の威光、ただそれだけを付加価値とする訳には参りません。それは、手柄の横取りと捉えかねられない行為です」
当然を言葉に含ませ、マリアが返す。
「ごもっともです。ですが、私が望むモノは教会の威光では無いのです」
マルクスの言葉にマリアが首をひねる。
マルクスの言葉が続く。
「先程申し上げた言葉通り、聖女マリアの威光を私は望みます」
「……私個人の、という事ですか?」
「そうです」
ハッキリと肯定してみせるマルクスに、マリアは少しの間逡巡し、言葉を選んだ。
「偉そうに聞こえるやもしれませんが、聖女である私の名は教会の名と同義です。わざわざ前面に押し出さずとも、後ろ盾としては差異無い様に思うのですが……」
「柱としてはそうかもしれませんが、――違うのです。教会と聖女様では」
「どう違うのでしょう?」
マルクスの言葉に、マリアは腰の辺りがふわふわする様な感覚を覚えた。マルクスが何を言いたいのかマリアには皆目見当がつかなかった。
「――印象です」
「印象?」
返ってきた言葉に思わずマリアが復唱する。
意識になかったせいか、口調が謁見時のそれではなくほぼ素になっていた。
マルクスは気にした素振りもなく、されど小さく微笑んだ。
「はい、印象が違うのです。聖メネット教会の名は、我が国バルドでも大きな意味を持ちます。それは何処か、触れてはいけない暗黙の神聖さ、とでも言いましょうか。
――たいして聖女マリアの名は教会とはまた違った印象を人々に与えます。神聖さに変わりはありませんが、同時に安心と慈しみ、そして強い決意を、人々は聖女マリアの名に見いだすのです」
「強い決意、ですか?」
話しを聞いてもまだ釈然としない様子のマリア。しかし、聞くべき事は聞いておかねばならない。知っておかねばならない。
「マリア様はご存じないかも知れませんが、あの日以降、マリア様にそういう印象を抱く者は増えております。かの恐ろしい魔王を前にして、人々に希望を説き、臆する事なく対峙した聖女の姿を、あの日、全ての人々が目にしました。そこには、ある種神聖さを超えた何かが確かにありました」
熱のこもったマルクスの視線と言葉に、マリアはさっきとは違った意味で腰の辺りがふわふわするのを感じた。
不快ではない。けれど困る言葉。顔に出さぬ様に気を遣い、微笑んで応じる。
「買い被りですよ」
「そうでしょうか? 少なくとも、私は感動と感謝の念を深く抱きました。美しく、優しく、そして強いあの方のお役に立ちたい、とそう思いました」
真っ直ぐに自分の目を見て、柔らかくそう語るマルクスに、マリアの頬がほんのりと赤くなった。
そんな両者のやり取りを見ていたクロハが毅然とした態度と口調で口を挟む。
「マルクス皇子、ここは世辞を述べる場でありません。お控えください」
この場での世辞が駄目だという決まりもなかったが、クロハとしては、聖女と謁見者、両者の立場を明確にしておく必要があった。でなければ、取り込まれてしまう恐れもある。
「……申し訳ありません。ですが、世辞ではなく本心です」
クロハからの注意を受けたマルクスが、すぐに真面目な顔つきで居ずまいを正し、訂正を求める。
マルクスは続ける。
「そう、本心です。いえ、本音と言いましょうか……。孤児院を作り、犯罪組織の粛清を行いたいのは私の嘘偽りない本心です。
ですが、本音を言えば、私はマリア様のお力になりたかったのです。マリア様が孤児達の現状にお心を痛めておいでだと知って、私に出来る事は無いかと、私なりに思案致しました。その上で、差し出がましい事は承知していますが、今回の提案をさせて頂きました次第です」
そう言って、マルクスは柔らかく微笑んだ。
「そのお心遣い感謝致しますマルクス皇子。ですが、先程も申しました通り、私の名を貸すだけで協力したとする訳には参りません。
そこで、どうでしょう? 土地の権利と管理者の選定を私にお預けになるというのは?
土地に関しては、あとあとの遺恨を残さぬ為。バルドが豊かな国であるのは存じておりますが、だからと言って全ての資金をバルド側から出させるというのは、気が引けます。民からの税でもありますし、不満を持つ者が出るやもしれません。
そして、管理者の選定についてですが、マルクス皇子が言う様に私の、聖女の名にそういう印象を人々が抱いているのであれば、私の選定した者、つまりは私の息が深くかかった者ですから、不要な波風が立たずに管理を任せられるのでは、と。こう考えます」
マリアの提案に、マルクスは考え込む様な仕草をみせた。
ややのち、
「分かりました。マリア様がそう仰られるのであれば、私に異論はありません。すぐに、土地の権利書を用意致しましょう」
その後、いくつかのやり取りを経て、細かな調整等は正式に決まってから行うという事で話がまとまり、謁見は終わりを迎えた。
☆
神都ネウロにある宿、聖ポプラ。
その一室に、マリアとの謁見を終えたその足でマルクスは帰ってきていた。
傍には、マルクスと共にバルド王国からやって来た付き人が二人。
その内の一人が、椅子に深く座るマルクスに尋ねる。
「どうでしたか? 実際に会った感触は」
「悪くないんじゃない? 思っていたより、飾り、って訳でもなさそうだ」
嬉しそうな表情を浮かべたマルクスが笑い、訳知り顔でひとつ頷く。
「土地も買い取ると言ってる。ま、それでも挨拶代りの交渉としてはちょっと高くついたな」
「勝手に土地を教会に売る真似をして国王のお叱りを受けませんでしょうか?」
「さぁな。けど、父上は、俺に手段は任せると言ったからな。好きにやるさ。
大体、土地と言っても、王都から離れた使い道もない土地だ。評判の悪い孤児を隔離出来たと思えば、権利を売るのも悪くない選択ではないか? 土地がそこにある以上、孤児院もそこに建てざるを得ないし、なにより、教会が場所に不平を言おうと、ある土地を活用しろと断る口実にもなる。ま、個人ならともかく、孤児院なんてもんがそうそう場所を移すとも思わんがな。
それに、管理の人材も向こうが選ぶのなら、こっちは金を出すだけで良い。楽なものだ。それで孤児院の主導を握った気になって、聖女が満足ならば大いに結構。適当に合わせて、慈善事業でもなんでも好きにさせるさ」
そう言い終えると、マルクスがテーブルに置かれた酒の入ったグラスを手に取り、ひと息で飲み干した。
「人身売買を行う連中はどうします? 孤児を保護する孤児院は連中にとっていわば商売敵の様なものですから、当然、なんらかの形で接触するのでは?」
「適度にあしらっておけば良いだろ。連中も馬鹿じゃないんだ。教会を本格的に敵に回す様な真似はしないだろうよ。万が一、敵に回ったら、それはそれで教会御抱えの聖騎士がでばって来るだろうから、わざわざバルドの兵を動かして、血を流させる必要はない。だろ?」
マルクスがそう言い、空になったグラスに酒をつごうとした時、軽く部屋の扉が叩かれ、来客を告げた。
「ヒッヒッ、私です。マルクス様」
扉の向こうから声が届く。
「入れ」
躊躇する事なくマルクスが返し、静かに扉が開かれる。
マルクスはそちらには目もくれず、中断していた酒のおかわりを再開させた。
「ヒッヒッ、失礼致します。 ――それで、首尾の方は?」
部屋に入って来たのは、小綺麗な服をまとったタレ目の男。
男は部屋に入るなり、ヘラヘラと愛想を浮かべて、揉み手しながらマルクスへと問い掛ける。
「ああ、上手くいったよ。協力感謝する。――おい」
マルクスが付き人の一人を顎で示すと、付き人は懐から麻袋を取り出し、それを揉み手する男へと無言で差し出した。
「ヒッヒッ、有り難く頂戴致します」
大袈裟に頭を下げ、少し前屈みになった男が、恭しく両手で麻袋を受け取る。
男の手の平で、麻袋の中の銀貨がジャラリと音をたてた。
「ヒッヒッ、今後とも何卒ご贔屓に」
「考えておこう」
短いやり取りを交わした後、男はそそくさと麻袋を懐にしまいこみ、もう一度マルクスに一礼して静かに部屋を去っていった。
「胡散臭い奴だ」
麻袋を渡した付き人が、小馬鹿にする様な口調で言葉を溢す。
「確かにな。だが、情報屋などどれもあんなものだろう。信用出来るかはともかく、役には立つ。
聖女が孤児の保護に熱心だという情報に加え、どんな手を使ったか知らないが、聖女との謁見が二日も早く出来たのだ。そういうパイプを持っているだけでも利用する価値はある」
最後に、胡散臭い事に変わりは無いがな、と歯を見せてマルクスは笑った。




