11 『黒き竜』
「アレン君……」
シルフィアは不安そうな表情で俺の腕に捕まってきた。力無く親の袖を握っている。
「大丈夫だシルフィア。お前は強い。恐れる事なんてないさ」
シルフィアを安心させようと言ったは良いが、内心は俺でも怖い。サイケルの行動は既に常人のそれでは無く、狂っている。眼も、顔も、腕も、爪も、それらが全て普通では無い。不自然に感じる。それこそ、人では無いように。
「アレン。僕はおまえの苦しむ顔が見たいんだ。僕の何倍も何倍も――そのために、そうだなあ……君の大切な人に死んで貰おうか」
気付いた時、光が俺とシルフィアの間を通り抜けていた。彼女の髪が光の熱で焦げてしまう。
恐る恐る後ろに振り返る。サイケルの右腕から発射されたそれは一直線に進んで行き――木を割き、家を破壊し、レンガを砕いた。建っていたはずの家が燃え上がり、崩れ落ちる。
「おっと、外したみたいだ」
サイケルは右腕を再びこちらに向ける。ニヤリと、微笑んだ。
「シルフィア掴まってろよ!」
『転送』を発動させ、閃光の範囲外まで逃げる。場所は――サイケルの背後だ。閃光と共に爆音が轟く。その音に隠れるようにして、俺は腰の剣を抜いた。
たとえサイケルが俺の存在に気付いた所でもう避けられない。このまま真っ二つに両断してやる!
足を踏み込み、腰を入れ、渾身の力で剣を振り抜く。しかし、手応えが全く無い。
「アレン君!」
俺の横でサイケルは歪んだ笑みを浮かべていた。サイケルの腕がシルフィアに向かって振り下ろされる。まずい、あの手で掴まれたら間違い無く彼女は死ぬ。
「今すぐこいつに剣を刺して!」
サイケルがシルフィアの頭を掴む直前――シルフィアは叫んだ。風が吹き、シルフィアの服が揺れる。その時に見えた。彼女の胸元に金色のネックレスがつけられているのが。ネックレスの中心には緑の宝石が組み込まれており、サイケルが頭を掴んだ瞬間にその宝石が輝いた。
あれが――本物の聖遺物。
その光の瞬きは勢いを増して行き、サイケルの攻撃を防ぐ。その間に俺は『顕現』を使い――聖遺物のレプリカを出す。
【『顕現』により聖遺物レプリカ『豊穣の剣』を召喚します】
俺の手の中に、美しい宝剣が現れた。この剣は昔本で読んだ事がある。敗北したエピソードが一つも無い無敗の剣だ。それが今――俺の手の中にある。
サイケルは聖遺物の光にやられて身動きが取れていない。シルフィアが作ってくれた隙だ。次こそは仕留める。
サイケルの懐に入る。今度はサイケルの表情が恐怖に歪んだ。魔族に魂を売ってまで手に入れた力――それが本当にこの程度なのだろうか?
豊穣の剣を横に一閃する。サイケルの胴体は真っ二つに切り裂かれ、地に落ちた。下半身からは鮮血が吹き出し、辺りは血の海だ。
切り離されたサイケルの上半身はまだ意識があるらしい。手首から上が無い手で、一生懸命地を這っている。正直、見ていられない。
「アレンンンンンンン!!!! 僕がこのくらいで死ぬと思うなよ!」
眼を血走らせ、吐血しながらサイケルは叫ぶ。最後の力を振り絞って――俺に手を伸ばした所で息絶えてしまった。
これが、恨みに囚われた貴族の少年サイケルの最後だった。実にあっけない。騎士ギルドに入団出来なかったからって、一族に破門されたからって、魔族にだけは手を出しちゃいけなかったんだ。彼には確かな実力があった。それは俺やシルフィアに負けず劣らずの。あの難のある性格さえ無ければ、一次試験の段階でももしかしたら弱小ギルドからスカウトが貰えたかもしれない。
しかし、サイケルの立場になってみると魔族の誘惑には負けてしまうかもしれない。それほどまでに――魔族というのは恐ろしいのか。高度な教育を受けたサイケルでさえ手玉に出来るほど。
たった一勝。その差だけで今――俺とサイケルの立場は逆転していたかもしれない。そこに伏しているのは俺だったかもしれない。シルフィアと戦っていたのはサイケルだったかもしれない。
小物だと思っていたが、剣を交えれば分かる。あいつはたゆまぬ努力をしていた筈だ。
俺はサイケルの苦しそうな顔をしっかりと見る。一度目を瞑り、シルフィアに向き直った。
「続きってどうなるんだろうな?」
「知らないよ。でもアレン君のギルドは壊れちゃってるから私の勝ちだよ」
「甘いなシルフィア。既にルチルの銅像は移動済みだ」
「えぇ!?」
腰に手を当てて勝ち誇っていたシルフィアだったが、真実を教えてやると、驚愕の悲鳴を上げた。
「じゃあこれって続行なのかな? それともこれが試験そのもの? でも連絡来ないよね。考えろって事かな?」
顎に手を当てるシルフィアの頭上には疑問符が幾つも浮かんでいる。かくいう俺も全く状況を掴めていない。
「まあ、あと少し連絡を待とうぜ。来なかったら試合再開な。何せ俺はお前に負けっぱなしは嫌だからよ」
そう言った時だった。
「アレン君――後ろ……」
シルフィアの震える指の先――――そこにはサイケルの亡骸が横たわっている。但し、異常な状態で。彼の身体は黒い瘴気に包まれていた。どす黒い魔力が、彼の身体を手厚くもてなす。彼の身体の中に黒い魔力は入り込んで行く。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、」
サイケルの身体が魔量を拒絶するかの様に痙攣する。動く筈の無い口から悲鳴が漏れる。
「あがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「おいシルフィア!! 逃げるぞ!」
言った時には既に遅かった。
サイケルの身体を突き破って――黒い黒い黒滝が、空に猛々しく登って行った。
「嘘……だろ」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
咆哮が地面を削る。内臓を直接叩かれた様な感覚だ。
空に浮かぶ黒き竜。聞いた事がある。かつて英雄が倒したとされる魔族の邪竜。三大魔獣にも匹敵する力を持つと言われている最悪の魔族。
その竜が今――俺とシルフィアの頭上を泳いでいる。




