可愛い妹の濡れ方
「妹が気になって気になって仕方がない」
「シスコン気持ち悪いなぁ……え、この子攻略するの? この子クソ妹だよ、ネットでネタバレしてたけど人のメモリを盗む屑だよ」
それまでは妹の性格は多少アレだなあと思っているくらいであまり気にしていなかったのだが、俺よりも洞察力のあるであろう神狩さんにあんな事を言われたら、気になってしまうのが男の性であり兄の性。テレビの中の、十二人も妹がいて大変なお兄ちゃんにシンパシーを感じながら、どうにかしなければそのうちまずいことになるんじゃないか、と不安を募らせ、横にいるロコを呆れさせる。
「いや、説明書読む限りこの子が一番兄妹の関係としては健全だと思ってな……あいつがああなった原因は、多分俺にもあるんだよ。身近な異性である俺への態度が、そのまま回りの男への態度になってんだ。妹にお兄ちゃんって言われていい気になって甘やかしたからな、男への対応は媚びて甘えるのが正解だと思ってんだよ」
「それだけ聞くと腹黒だね」
「まさか。純粋過ぎるんだよ」
計算して行動ができるような頭のいい子じゃない。ケースケですら入れる高校に入れなかったのだ、はっきりいってバカだろう。優しくて甘えん坊でアホな、目の前のゲームに追加ヒロインとして出しても謙遜ない妹。けれどもゲーム目線で女の子を評価するべきではないのだ、俺達は現実に生きている。現実に生きやすい人間を評価すべきなのだ。
「お兄ちゃん、入っていい?」
しばらくして、ドアがコンコンとノックされる音。どうぞと勝手にロコが返事をし、ドアが開いて噂をすれば何とやら、妹の蛟四重が姿を現す。部屋の中に入ってきた彼女は、ゲームをプレイしている俺の隣、ロコの反対側にちょこんと座る。
「ごめん、お邪魔だったかな」
「気にすんなよ」
「そーそー、宿題でも教えて欲しいの?」
四重が部屋にまで入ってくる事は滅多にない。兄との距離が相対的に近い妹ではあるが、ロコという恋人がいることはきちんと理解している。アニメや漫画のように、周囲の女性にお構いなしにお兄ちゃんを独占しようとするような、出来がいいんだか悪いんだかよくわからない妹ではないのだ。そんな四重は、物珍しそうにテレビ画面を眺めていた。
「えと……最近お兄ちゃん達、友達の人とよく遊んでるよね。そういうの、羨ましいなぁ、いいなぁって思って。お願い、今日は私も一緒にゲーム見ていい?」
「……構わんよ。見るだけじゃ退屈だろうし、皆で遊べるゲームにするか」
「ううん、今やってるのでいいよ。邪魔したくないし。ギャルゲー? って言うんだよね、どんなものか見てみたかったし」
少し寂しげな表情で画面を眺める四重。この前は学校でうまくいってるのかとの問いに大丈夫だよと答えた彼女であったが、この分だとあまり友達と遊んだりはしていなさそうだ。そんなどこかで物足りなさを抱えていた彼女に、容赦なく俺達がわいわいがやがやしている音が聞こえてくるのだ、自分も混ざってみたいと思ってしまうのは仕方のない事なのかも知れない。妹とは少し距離を取るべきだと考え始めていた俺だが、ここで邪険にするほど酷い人間ではない。快く承諾してゲームの電源を切ろうとするが、今やっているのでいいという彼女の発言に焦る。実の妹の目の前で、十二人の妹と恋愛するゲームなんてやるべきではないから、優しさを見せつつさりげなくゲームを変えようと思っていたのに。
『アニキ~』
『お兄様~』
『兄者!』
十二人も妹がいるのだ、攻略する子を決めた所で他の全員がフェードアウトするわけではない。大多数のブラコンな妹達は兄を呼び捨てにすることなく、積極的に構って慕ってくるし、人のPCのメモリを盗む以外はまともだと思っていた攻略対象も、個別ルートに入り始めると段々とお兄ちゃんへの愛情を見せるようになってくる。
「へ、へぇ~、男の人って、こういう女の子がタイプなんだぁ」
「違うぞ? これはあくまでゲームだし、俺は違うからな?」
「そーそー、ネットでアレなゲームだって評判だったから、話の種にやってみようよってことになっただけで、別にヒドラの趣味とかじゃないから」
非常に偏ったキャラクター達を見ながら、勝手に納得しようとする四重。ギャルゲーのヒロインを真似していれば、人間関係は問題ないはずだ、だってギャルゲーのヒロインは理想の存在だから……四重は単純にそう考えてしまうくらいには純粋な子だった。これはまずい流れだと慌てて否定し、ロコも助け舟を出す。
「うーん、でも、こういう女の子がタイプの人もたくさんいるってことでしょ? 私こんなだし、今更サバサバした女の子にはなれないし、こういう感じの子になれるように頑張ってみようかなぁ」
「やめなさい」
「ゲームと現実をごっちゃにしちゃ駄目だよ四重ちゃん。この際だから言っておくけどね、その年になってお兄ちゃんだなんて、はっきり言って痛いよ」
こういう感じの子になってしまったら、アレな子の烙印を押されるのは最早避けられないだろう。そうなる前にどうにかして矯正する必要があるが、子供にこんなふざけた名前をつける両親ははっきり言ってアテにできない。俺とロコがやるしかないのだ。友達のいなかった水草さんや、孤高ぶっていた神狩さんにアタックしておきながら、妹は孤独にならないようにしようだなんて、下らないお兄ちゃんのエゴかもしれないけれど。そんな俺の意思を汲み取ってくれたのか、ロコが自分を悪者にしてまで四重に言い聞かせてやる。
「うぅ……確かに、クラスメイトは兄さんとか、兄だとか、呼び捨ての人とかで、お兄ちゃんって言ってるの私だけかも。でも、今更呼び方変えられないよ」
「その感じだと、学校でクラスメイトとお喋りする時、ヒドラの事ばかり話してない? それで周りの人にも割とどうでもいい兄の話題をさせてない?」
「うっ……」
そのまま鋭い洞察力を発揮して、四重の学校での現状を当てて見せるロコ。俺と四重が仲が良すぎるだけで、基本的にこの年代の兄と妹の関係なんてものは同じ家に住んでいるだけの存在程度だろう。特に思春期を迎えた妹の方からすれば、兄は父親と同じく忌むべき存在かもしれない。そんな兄をあまり良く思っていない妹達に、自分基準でお兄ちゃんの話ばかりしていたら、クラス内での立ち位置が微妙になっても仕方がないというものだ。
「あのな四重。別にお兄ちゃんと呼ぶなとは言わないし、家では俺に甘えるなとは言わねえよ。彼女のロコは素晴らしく寛大だしな。でもな、家での自分と外での自分はちゃんと使い分けるべきだ。言ってる意味、わかるよな? 兄とその彼女と遊ぶような学園生活よりは、ちゃんとした友達と遊ぶような学園生活を送りたいだろう?」
「うん……ごめんね、心配かけて。うん、私頑張ってみるよ。それじゃ、後はごゆっくり」
ロコだけを悪者にするわけにはいかない、俺もきつい言い方で四重に言い聞かせてやる。言っている意味がわからない程には四重はバカではない。今の自分を正せば、クラスメイトともっと仲良くなれて、一緒に遊ぶことができるということをきちんと理解した四重は部屋を後にする。これでよかったと思うよ、とロコに肯定されながら、兄は静かに妹を見守るのだった。
「あれ、四重の靴がある。あいつの学校俺達より遠いのに」
「床がところどころ濡れてるよ?」
数日後、ロコと一緒に帰宅したのだが、玄関には既に四重の靴が。一体何があったんだと、不安になりながら濡れた床を辿っていくと、リビングでぼーっと天井を眺めている妹を見つける。
「ただいま四重……ってどうしたんだその恰好!? 制服がズブ濡れじゃないか」
「……お兄ちゃん……私……私……」
目の焦点が全く合っていない四重は、俺に気づくと濡れた制服のままふらふらと近寄り、倒れこむように、縋りつくように俺に抱きついてくる。
「うっ……ううっ……」
「……」
それだけで全てを理解した俺は悔しさで歯ぎしりし、ロコもどういう顔をすればいいのかわからないのか、ただただ俯くのみ。少しずつでもいいから変わっていけばいいなんて甘かった。対応が遅すぎたのだ。




