第十話『ゲットロスト』
「やっと目覚めたか」
以前、死闘を繰り広げたCIAの男がここにいる。イヴァンはやっとそう認識した。途端、体の具合が悪くなる。ひどい頭痛がし、吐き気を催した。
イヴァンが唸ってると、デチャンスはその肩を支え、背中を擦ってやった。
「落ち着け、鎮静剤の効果で怒りを沈めてるんだ。なぁに、直に慣れる」
イヴァンにはもはや何が何だかわからなかった。こいつは何を言ってるのだろう。どうして僕はここに居るのだろう。まだ夢を見ているのか?
居ても立っても居られなくなったイヴァンは、体についてある注射針やら何やらをむしり取りだした。
「錯乱しています!」
ドクターらしき男がそう言い、テントの外からがちがちの戦闘服に身を固めた兵士が三人ほど、イヴァンを取り押さえようとした。
「待て!」
デチャンスが制する。ドクターと兵士はぎょっとしてデチャンスを見たが、
「好きにさせてやれ」
デチャンスは一言だけ言い、錯乱状態のイヴァンをただ、傍観していた。
その間もイヴァンは、体についてある無数の医療器具を外すのに必死だった。
やっと最後の器具を頭から引き抜くと、イヴァンは簡易ベッドから飛び出し、テントの出入口に走った。
「お、おい」
兵士の一人が前に立ちはだかったが、イヴァンはその横をスルリと通り過ぎる。
イヴァンはテントの外に出た。そこにあったものは各所に張り巡らされたテント、大きな音を立てて通り過ぎる軍用車両。アサルトライフルを抱え、歩いている兵士が大勢いた。この兵士たちはやり取りをするのに英語らしき言語を使っている。
まるで異世界に迷い込んだかのような錯覚を覚え、イヴァンの混乱は極みに達した。
一人の歩兵はイヴァンに気がつき、
「おい、お前は……!」
と声をかける。もちろん英語だったが。
イヴァンはその兵士に捕まる前に走った。もしここが異国の地ならば、本当に絶望的な状況だ。
しかしまだ希望はある。イヴァンの街にはロージナ・バーシニャと呼ばれる塔があった。戦争が始まるはるか昔に、文明人が創りだした歴史あるタワーだ。観光名所としても知られてはいたが、戦争が始まってからは、ただのその街を象徴する巨大な塔となってしまったのは言うまでもない。
まだ、頭痛と混乱でまともな思考はできなかったが、それでもイヴァンは直感で南らしき方向へ、全速力で走った。そこに塔はあるはずだ。もしここがまだイヴァンの街であるならば。
テント郡を抜け、駐車してあるハンヴィーの間をすり抜けた先にあった光景でイヴァンはホッと息をついた。
山の向こう側に確かに塔はあった。地味ながらも強大な存在感を残すそれは、天に向かって確かにそびえている。
イヴァンは息をつくと、無性に後ろの様子が気になった。
振り返るとやはり案の定、アサルトライフルやらショットガンやらで武装した米兵らが一斉に銃を構えていた。
「降ろせ」
銃を構える米兵たちの背後に声が響く。その兵士たちの間からデチャンスが出てきた。
イヴァンはまだ釈然としきっていない顔でデチャンスを睨んだ。
「安心したかな? イヴァン・ハーンくん」
デチャンスはロシア語でそう言った。
「ここはどこです? 僕に何していたんです? あなた方は一体――」
イヴァンは頭にある疑問を全てぶつけようとしたが、
「おいおい、ナイフ斬撃の次は質問攻めか? 聞いてやるから一つずつ話せよ」
デチャンスは苦笑を浮かべ、イヴァンを諭した。
と、その時イヴァンがいる方向の南東の方から、機械の発する音のような轟音が響いた。イヴァンは驚いてその方向を見る。
全長がビル三階建て分もあるような、奇怪な二足歩行無人兵器がそこにはあった。『スター・ウォーズ』に出てくるような、砲塔を二つくっつけた、無機質ながらも見るものを恐怖させるような巨大兵器だ。それは鶏がゆっくりと歩くかのように、大地を踏みしめている。軽い地鳴がした。
イヴァンは再び混乱する。
「見るのは初めてかな? あれは我々、アメリカが開発している無人兵器のプロトタイプだよ。『モナ・リザ』と言う通称があるが、まぁ私にも詳しくはわからん」
イヴァンはデチャンスの方を見る。彼は踵を返すと、
「来い、コーヒーでも飲みながら君の質問に答えるとしよう」
と言い野営地の方向に歩いて行った。




