第5話 彼シャツ
……カッ! 目がぱちりと開き、知らない天井が目に入る。視線を巡らせると室内は薄暗く、カーテンの隙間からは、室内より少し明るい程度の光が差し込んでいた。
布団を押しのけ上体を起こす。
ここはどこだっけ? ゆっくりと記憶を辿り、ここがエディの家だということを思い出す。そしてあることに気づいた。恐る恐る、自分のシャツをくんかとひと嗅ぎ。
「……汗臭い」
いつからシャワー浴びてないのだろう。髪もベタベタして気持ち悪い。ベッドから降り、両手を上げてノビをする。ついでにあくびが漏れた。昨日見たシャワーを思い出し脱衣所へと向かう。
服を脱ぎ、山盛りの洗濯籠に放り込み浴室へ。蛇口を捻ると、シャワーが温かいことに感動する。体を洗い、シャンプーを終えて脱衣所に戻ったところで現実へと引き戻された。
……着替えがない。
もう一度脱いだ服を着てみる? いやだ、あの汗臭い服を着たくない。洗濯籠の中からエディのシャツを見つけ、手に取って広げる。膝までの長さがある、これなら……。
念の為にスンスンとふた嗅ぎ。エディの匂い、なぜかちょっと安心する。私は満足気に頷くと、エディのシャツに袖を通して、ついでに洗濯物をまとめて洗うことに決めた——。
髪を拭きながら脱衣所から出ると、エディの後ろ姿が見えた。
「あ、おはよう、エディ」
挨拶は大切。お母さんも言ってた。
眠そうな目をしたエディが振り返ると、
「なんつー格好をしてやがる……」
呻くような声と共に顔を覆った。
「?」
言葉の意味がわからなくて、首を傾げる。
「自分の服はどうした?」
なるほど、そういう事か。
「朝、シャワーを借りた。ついでに自分の服を洗濯したら、着替えがなかった。エディのシャツがあったから借りた」
「ついでにエディの洗濯物も溜まっていたから全部洗っておいた」
これで完璧。シャツを借りたのは仕方のない事だし、洗濯物に気づいて洗ってあげるというお姉さんっぷりまでアピール出来る。
『どう? すごいでしょ?』そう言いたいのを我慢しつつ、両手を腰に当て、少し胸を張るだけのアピールに留めておいた。褒めてくれたって構わない。
エディをじっと見上げると、
「あぁ……助かるよ」
なんだか気のない返事と共に雑に頭を撫でられた……。考え事でもしているのか、わしゃわしゃと頭を撫でられ続ける。一体いつまで撫で続けるつもりなのか……褒められたかったけど、これじゃ犬猫を褒めるのと大差ない。
抗議のジト目でやっと止まった。ぐしゃぐしゃの髪を整える為に再び脱衣所へ。次も同じ事をやったら、エディに髪を乾かさせるつもり。
朝食。今日の朝ごはんもエディが作ってくれた。その事は嬉しいんだけど、メニューが昨日の晩ごはんと同じだった。
抗議の視線を送ってみる。ちらりとこちらを見たような気がするけど、エディは気にすることなく、黙々とハンバーガーもどきを食べていた。思いを汲み取ってくれない……私は諦めて、話しかける事にした。
「エディ。もしかしていつも同じ食事なの?」
「家にいる時は大体同じだな。あとはまぁ、外食するか何か買ってくるか、そんな感じだ」
エディがいつも疲れた顔をしている理由がわかった気がする。食事は元気の源。私がなんとかしてあげなくちゃ。
「次からは私がごはんを作る」
そう宣言して、パンに野菜炒めを挟む。許可してくれれば、美味しい物を作る自信はある。でも、孤児院では相手にしてもらえなかったし、きっと今回も無理に決まって——
「別に構わんが、お前さん料理とか出来るのか?」
パンにかぶりつこうとして、固まった。
許可が下りた! あっさりと! 私は嬉しくて、胸を張り答えた。
「任せて欲しい。小さい頃からお母さんと一緒に料理をしてた。たくさん習ったし、お母さんも褒めてくれた」
「そうか、じゃあ任せるよ」
そう言うとエディは珈琲を飲み干し、席を立つ。
これはチャンスだ。料理は先手必勝、胃袋を手料理でギュッと掴めば、勝ったも同然だってお母さんが言ってた。何に勝つのかイマイチよくわからないけど、きっと凄いことのはず。
今日の晩ごはんは何を作ろうかな。好きな食べ物はなんだろう? 料理用のメモ帳が欲しいなぁ。期待に胸を膨らませ、もぐもぐと朝食を食べる。
「ナオ、ちょっと出掛けてくる。すぐ戻ってくるからな、その格好で外をうろつくんじゃないぞ」
エディの声で我に返り「私も行く」そう言おうと思った時には、あの人の姿はドアの向こうだった。
……早速置いていかれた。不満が胸中に募る。だけど、冷静に考えてみると今の私はシャツ一枚。仕方ない、洗濯物でも干そう。そう思い至り脱衣所へと向かい、鏡に映る自分の姿を見て思った。
——シャツ一枚は、流石に薄着過ぎたかな——。




