第6話 ぐいぐい来るお爺ちゃん
ブライアー。エディが住んでいる街の名前。
いや、今日から私も住む街の名前だ。
レンガ造りの建物と、近代的なコンクリートの建築物が混ざる街並みをバイクで走る。私はエディと一緒に買い物に奔走していた。
まずは買い出しから。
エディから渡された服に着替えて、最初に私の服を買いに行った。服の良し悪しなんてわからないので、適当に動きやすい物を選ぶ。それから食材に調理器具と、必要な物を揃えるために街と家を何往復もすることになった。私は楽しかったけれど、エディはちょっと疲れていたかもしれない。
途中で書店にも立ち寄り、料理の本と高そうな手帳を買ってもらった。昼食に入ったダイニングバーでは、さっそく気になる料理を発見。忘れないうちに手帳へ書き留めておく。
昼食を終えると、再びバイクで次の店へ。
運転するエディの背中に抱きつきながら、今夜の献立を考える。一品は先ほど決まった。お店の人も、お酒によく合うと言っていたし、きっとエディも気に入ってくれるはず。
……喜んでくれるよね?
いつも疲れた顔をしているエディには、たくさん食べて欲しい。ついでに美味しいって褒めてくれるといいな。私が必要とされる幸せな日常……そんな想像は段々と膨らみ、やがて妄想の中のエディが『毎日お前のご飯を食べたい』そう言ってくれた瞬間——。
「着いたぞ、いつまで掴まってるんだ?」
現実に引き戻され慌ててバイクを降りると、怪訝な表情を浮かべるエディに顔を覗き込まれてしまった。
「どうかしたのか?」
「なんでもない」
「顔が赤いぞ? 風邪でも引いたんじゃないのか?」
ぶんぶんと首を振る。
妄想のせいだなんて言えない。
「それならいいが……キツくなったらすぐに言えよ?」
エディは私の頭に軽く手を置くと、何事もなかったかのように歩き始めた。その背中を追いかけながら思う。
……いつか言ってくれるといいなぁ。
フロンティア・フォージ。
店先の看板を確かめ、エディの後について中へ入る。革製品と機械油が混ざり合った、なんとも不思議な匂いが鼻をくすぐった。
用途のわからないポーチや服のような物が並ぶ通路を、物珍しげに眺めながら歩く。店の奥には大小さまざまな銃が、壁やショーケースに飾られていた。
カウンターの向こうから威勢のいい声が飛んでくる。
「おお! 生きとったか死神の若造! せっかく注文の品が完成したというのに、取りに来ないんじゃないかと心配しておったわい!」
声の主は黒い肌に立派な髭を蓄えた、筋骨隆々のお爺ちゃん。
「おかげ様で生きてるよ。アンタはいつまで経っても死にそうにないな。迎えが必要な時は、俺以外を当たってくれよ」
エディが慣れた様子で言い返す。
このお爺ちゃんの名前はガス・ハミルトン。エディはガス爺って呼んでいるらしい。
「ガッハッハ! ぬかしよるわい! それで? そのお嬢ちゃんはどうしたんじゃ?」
むっ。子供扱いされた。
不満を込めてお爺ちゃんを見つめる。けれど、私の視線が届くより先に、エディが口を開いた。
「俺が銃を教える事になった。あと、お嬢ちゃんと呼ばない方がいいぞ。ついでに声量を落としてくれると助かる」
「若造正気か!? こんな小さな嬢ちゃんに銃を扱わせるなぞ……それで、どんな銃がお望みかね? お嬢ちゃん」
また言った! それも二回も!
今度は精一杯睨んでみる。だけど、お爺ちゃんはまるで気づいてくれない。それどころかぐいぐいと迫ってくる。
……どうしよう。
助けを求めるようにエディを見上げると、あの人は笑いを堪えるのに必死そう。帽子を抑え、表情を隠してはいるものの、肩が震えていた。
エディの袖をぐいぐいと引っ張って、これでもかと不満の視線をぶつける。笑ってないで気づいて欲しい。
「あー、ガス爺。先に俺の話をさせてくれ。注文の品が完成したって?」
やっと助け舟を出してくれた。なんだか難しい話が始まったので、その場から逃げるように店内を散策する。やっぱり何に使うのかわからないパーツや、変な色をした服を眺めながら歩いていると、やがてマネキンに着せられた帽子に目が止まった。
エディと同じような格好、古い開拓時代を思わせるトレンチコートに黒のカウボーイハットを被っている。
あ、この帽子いいな。
エディとお揃いだし、私も格好良いお姉さんになれるかも。背伸びしてそっと帽子を手に取り、値札を確認。
……うん、私にはまだ早かったみたい。
私は帽子をマネキンに戻すと、エディの元へと引き返すことにした。
カウンターに戻ると、エディは真新しい銃を持ってくるくると回していた。なんだか楽しそう。いや、エディは真剣な表情で、遊びじゃないのはわかるのだけど、私もやってみたい。
「それで、お嬢ちゃんの方はどうするのかね?」
不意に声を掛けられ、私は迷わずエディの銃を指差した。
「それがいい」
「お嬢ちゃん! わかっとるじゃないか!」
「馬鹿な事を言うな、やめておけ」
二人の言葉が重なった。
お爺ちゃんは嬉しそうに声を弾ませ、エディは渋い顔をしている。
「馬鹿とはなんじゃ! こんなにもロマン溢れる美しい銃じゃと言うのに!」
「体格と才能の問題だ、こいつは扱うのに技術がいる。俺だって慣れてなかったら、こんな銃を使わずに自動拳銃を使ってるさ」
「こんな銃と言いおったな! 二度も馬鹿にしおって! そんなに言うなら——」
軽い気持ちで言ったのだけど、まさか言い争いが始まるなんて……。
何か理由が必要らしい。
理由、理由……うーん。
ふと、カウンターの上に置かれた自動拳銃が目に入った。
「これは……」
手に取った拳銃の感触を確かめていると、二人の声がぴたりと止まった。
「握りにくい、でも……」
エディの銃を指差して続ける。
「それは握りやすそう」
持っていた拳銃をカウンターに置いて、エディに手を差し出す。
「貸して」
エディがくるりと銃を回転させて、持ち手を私の方に向けた。受け取ると同時にしっかりとした重みを感じる。さっきの拳銃と比べるとグリップが細くて、手に馴染む。
「うん、握りやすい」
顔を上げてエディを見つめる。思いつきで言ったことだったけど、本当に握りやすかった。
私達の様子を見ていたお爺ちゃんが、カウンターからずずいっと身を乗り出す。
「お嬢ちゃんはよくわかっとる! 小僧の娘にしておくのは勿体無いくらいじゃ!」
満面の笑みを見せるお爺ちゃん。
私とエディは顔を見合わせると、同時に真顔で振り返った。
「娘じゃない」
「娘じゃないぞ」
声が揃ってしまった。
お爺ちゃんは大きく目を見開くと、すぐに半眼になって私達を見比べていた。なんだかまだ疑ってそう。私は大人のお姉さん、見るならもっと別の形で見えるべき。いや、やっぱり困るかな。とにかく、娘に思われるのは違うと思う。
エディがこめかみを抑えつつ、話を先へと続けた。
「わかった。とりあえず両方トレーニング用のやつを貸してくれ。どっちも練習させる。それでいいな?」
私はこくりと頷いた。
正直「いいな?」と聞かれても、私にはわからないのだけど。
「あと、この短機関銃も訓練用の物を貸してくれ」
「短機関銃か? それならワシはこっちをオススメするぞい!」
エディは壁に掛かっていた物を指差していたのだけど、お爺ちゃんは別の……銃本体の真横に四角い物が刺さった、見るからに古そうな銃を嬉しそうに持ってきた。
「ガス爺、頼むから口出ししないでくれ。俺が教える以上、この件について口論するつもりはない」
「なんじゃ、つまらんのう。若造、もう少し人生を楽しんだ方が良いぞ?」
「アンタは人生を楽しみすぎなんだよ」
「違いねぇ!」
エディは渋い顔をしているのに、お爺ちゃんは心底楽しそう。
……と思っていたら。
「さて」
お爺ちゃんの雰囲気が変わった。
「お嬢ちゃん。ちょっとこの銃を持ってみてくれんか」
急に真顔になって、エディの拳銃とそっくりな物を私に渡すと、色々な角度から拳銃を持つ手を観察し始めた。
何をしているのかはわからない。その真剣な表情から、邪魔をしてはいけないのだと感じた。
「ガス爺、何をしている。ナオはまだ保安請負人になると決まったわけじゃないんだぞ」
眉をひそめるエディ。
「じゃが、お前さんが銃の扱い方を教えるんじゃろ? じゃあ何も問題なかろう」
「それに、こんな小さいお嬢ちゃんがワシらの銃を使ってくれるんじゃ。これほど面白いことはないわい」
お爺ちゃんはしばらく私の手を確かめ、やがて満足そうに頷いた。
「よし、終わったぞ。後は何が必要かね?」
お爺ちゃんがエディを見て、その視線を受けたエディが私を見てふっと笑う。
なんだかイタズラを思いついた子供みたい。
そう思った次の瞬間には……。
——私の着せ替えショーが始まっていた——。




