第4話 勇気が欲しい
エディが古びた単気筒のバイクに跨り、ヘルメットとゴーグルを渡してきた。それを受け取り身につけると、私は華麗に後部座席に乗る……はずだった。
座席が高い。いや、私が小さいのだろう。
後ろのステップに足を掛けて、なんとか跨ろうと試行錯誤してみるも、上手くいかない。そのまま何度か試した後、私は諦めてエディをじっと見つめた。
視線が合うと、エディはふっと笑い、
「ステップに足を掛けて、腰に抱きつく様に掴まれ。お前さんは軽いから、多少勢いをつけても大丈夫だ」
そう言って自身の腰をぽんと叩く。
私は覚悟を決めるとステップに足を掛け、少し勢いをつけて飛び乗った。そして、そのままエディの腰へとしがみつく。私の理想の乗り方とはちょっと違うけど、いつか私に成長期が来たら、もっと華麗に乗るつもり。
「いいか? 今度は寝るなよ。運転中に寝たらシャレにならないからな」
「わかった。私は寝てないけど」
エディから念を押される。私は大人のお姉さん。あの時は少し微睡んだだけで、寝てはいないのだ。……多分。
エンジンが掛かり、バイクが発進した。私はちょっとびっくりして、エディの腰にギュッとしがみついてしまった……。
ーーー
軽快な排気音を響かせ、バイクが疾走する。
多分そんなにスピードは出していないと思うのだけど、私にとっては初めての経験で、緊張からか、エディにギュッとしがみついていた。
……いや、少し違う。
緊張もあるけど、もうひとりになりたくないという思いが、そうさせたのだと思う。あと、エディの背中に抱きついていると、不思議と安心出来た。
流れていく景色をぼんやりと眺める。
所々ひび割れた、とても快適とは言えない路面。変わり映えのしない樹々の合間を通り過ぎると、やがて一面の麦畑が現れた。
麦の穂が風を受けて揺らいでいる。そこに夕陽が合わさって、まるで金色の波のよう。
初めて見る景色に感動して、きょろきょろとあたりを見回す。右も左もぜーんぶ金色の波! 私は楽しいのだけれど、エディは楽しくないのかな?
「エディ、エディ!」
風を切る音がうるさくて、少し声を張り上げる。
「どうしたー!?」
風の音に負けないように、エディの声が返ってきた。
この何気ないやり取りも楽しい。なんだか私は嬉しくなって、エディの背中にギュッとしがみつくと、
「エディ! 楽しいね!」
そう言って笑った。
エディの返事はなかったけど、代わりにバイクの速度が一段上がる。私はただただ嬉しくて、家に着くまでのあいだ、エディの背中にずっと抱きついていた。
ーーー
家に着くと、私はその大きさに圧倒された。
バイクを駐車するガレージがあって、庭もある。二階建ての一軒家だけど、私が知っている家よりは全然大きい。家の中に入ると、私はエディをじっと見上げた。視線が合う。
「好きに見て回っていいぞ、俺は飯を作る。腹が減った」
少し苦笑を浮かべながらエディが答えると、私は頷いて足早に探索を開始した。まず二階へ上がる。お母さんと一緒に暮らしていた時には、二階建ての家なんて住んだことはなかった。
二階には部屋が五つあった。手近にある一部屋を覗く。
……トイレだった。
気を取り直してもう一部屋、この部屋は寝室? なのかな。ベッドがひとつ、何もない棚に、机がそれぞれひとつ。壁にドアのようなものがあるけど、番号を入力するような端末が備え付けられていて、開かなかった。他の三つの部屋も同じ。
最後の一部屋に入る。他の部屋と同じだけど、生活感があった。テレビに、古い映画のタイトルが並ぶ本棚。机の上には卓上時計と、写真が立ててある。
写真を手に取り眺める。活発そうな男の子と、カウボーイハットを被って髭を生やしたおじさん。男の子の方にエディの面影を感じる。
……ちょっと可愛い。
これがエディだとすると、何があったらあんなに疲れたオーラを纏えるのだろうか……。
一階に降りて他の部屋を探索。広いリビング、トレーニングルーム、トイレとは別の、シャワー付きお風呂に感動して、キッチンへ。
キッチンではエディが何かを作っている最中だった。なんとなく近くにあった冷蔵庫を覗いてみる。
……びっくりするほど何もなかった。
冷蔵庫を閉じて周囲を見渡す。視界の端に驚くべきものが映った。オーブンだ!
……全く使われた形跡がなかった。
急にこの人が何を作っているのか不安に駆られ、エディの隣に立って(少し背伸びして)観察する。見たところシンプルな野菜炒めに、軽く炙ったパン。それだけ。
拍子抜けしたけど、同時に仕方がないとも思った。だって料理は大変だし、気力も体力も使う。今日は疲れているから簡単に済ませたのだろう。
エディの少し後ろでウンウンと頷く。
わかる、わかるよその気持ち。そういう日も必要だよね。
私がひとりで納得している間に、料理が完成したらしい。エディと一緒に出来上がった料理を食卓へと運ぶ。
向かい合わせの席に座り、私は両手を合わせて「いただきます」と呟いた。お母さんから習った食事の作法。エディと視線が合った。少し不思議そうな顔をしているけど、私は何か変なことをしたのだろうか?
エディは何か言うわけでもなく、野菜炒めをパンに挟んで食べ始めていた。
なるほど、そうやって食べるのか。
私はエディと自分の皿を交互に見比べたあと、意を決して同じ方法で食べることにした。両手で持って、ぱくりとかぶりつく。
……うん、塩胡椒味のハンバーガー。
そうとしか言いようがない味。しかし、贅沢を言ってはいけない。私はまだ居候の身。なんとかして私が役に立つところを見せて、捨てられない様にしたい。
料理もいつかは任せてもらうとして、もうひとつ、エディの役に立つ為には……。
食べ終わり、覚悟を決めると話を切り出した。
「エディ、私に銃の扱い方を教えてほしい」
少しの沈黙、エディがじっとこちらを見つめてくる。私は目を逸らさないように意識して、視線を受け止めた。
正直、この話をするのは怖い。私が一緒に戦うと言った時のエディは、少し怒っていたような気がした。その話を蒸し返すことで、今度こそ怒らせてしまうかもしれない。
「理由を聞かせてくれ、その内容次第だ」
エディの表情からは何も読み取れなかった。怒っている訳ではなさそうだけれど……。目を逸らしそうになるのを必死に我慢する。頑張れ私、今度こそ自分の居場所を作るんだ。
「私は、いつかお母さんに会って、話を聞きたい」
「優しかったお母さんが、なぜ私をおいていったのか。でも、私には探し出すお金も、ひとりで行動できるだけの力もない」
「エディの仕事なら、何か情報が手に入るかもしれない。色々な街に行けるかもしれないし、有名になれば、お母さんが見つけてくれるかも」
嘘は言ってない。どれも本音だけど……。
「それに、私が戦えるようになったら、エディの役に立てる。それだったら……」
「それだったら?」
エディの真剣な目が私を捉え、勇気がどんどん萎んでいくのを感じる。答えを聞くのが怖い。たった一言『一緒に居られる』って言うだけなのに。
「……なんでもない」
結局、一番大切な事が言えなかった。私は俯き、審判の時を待つ。一秒がとても長く感じる。言わなければよかったと後悔し始めた頃に、エディが口を開いた。
「わかった。銃の扱い方も、戦い方も教えてやる」
反射的に顔を上げる。聞き間違いじゃない……よね?
「但し、条件がある。人を殺す為に教えるんじゃない。お前の身を護る為だ」
「お前自身か、もしくはお前の大事な物を守る時だけ、引き金を引け。いいな?」
変わらず感情は読み取れないけど、怒っている訳ではなさそう。
「あと、俺は教えるなら半端なことはしない。泣き言を言うなら、そこで訓練は終わりだ」
「わかったら今日はもう寝るんだ。二階に空き部屋があるから好きに使え」
私が頷くと、エディは話は終わりと言わんばかりに食器を片付け始めた。手伝おうか迷ったけど、今は言われた通り寝ることにする。
二階に上がり、エディの隣の部屋へと入る。
ベッドに横たわり、これからどうなるのだろうと考える……こともなく、私は身体が深く沈んでいくような感覚と共に、眠りに落ちていった。




