第3話 最初のわがまま
……夢を見ていた。私がお母さんと一緒に暮らしていた頃の夢。私がパンと干し肉を美味しそうに食べたせいで、翌日の朝食が山盛りのパンと干し肉になっていた。
……そんなことあったっけ? お母さんは料理上手だ。私の師匠でもある。そのお母さんがこんな大雑把な食事を出すなんて……。
——ぽんぽん——。
肩に衝撃を感じる。そして……ハッ!として飛び起きた。
あたりを見渡す。エディが私の前に座って、じっとこちらを見ている。私は急いで凛とした表情を湛え、居住いを正して見せた。
エディの目が徐々に半眼になり、ジト目で口の端を拭くような動きをする。
意味がわからずに口元を触ってみると、べとりとした感触がした。
不覚、これはお姉さんポイントマイナス二点だ。このままではまた子供扱いされてしまう。
「お前さんの取り扱いが決まったぞ、自由だ」
エディが真顔に戻って、話を切り出した。
「行くところがない」
ゴシゴシと口周りを袖で拭きながら答える。そもそも私の取り扱いってなんだろう? このおじさんが引き取り人とか、私が売られる事を知ってて助けてくれたわけではないのだろうか?
エディが真顔のまま続ける。
「じゃあ、こっちで新しい孤児院を……」
「いや」
私はその孤児院に預けられ、売り飛ばされたのだ。たとえ違う場所だとしても、もう信用できない。
「じゃあ役所で里……」
「いや」
またよく知らない人のところに預けようというのか。そもそも私は大人だ。断固として拒否する。
困ったような、呆れたような。
なんとも言えない表情を浮かべるエディ。
「じゃあ、お前さんどうする気なんだ? 行くところがないんだろ?」
……そう、私には行く宛がない。ついでにお金も、ひとりで生きていけるだけの力もない。でも、私にはひとりだけ……行く宛と、生きていく力を与えてくれそうなアテが、たった今出来たのだ。
エディをじっと見つめた。想いを察してくれたのか、ため息を吐きつつ言葉を続ける。
「あのな、俺はお前さんの親でも保護者でもない。街まで連れて行く程度なら協力してやれるが、一緒に住むとまでなると、俺になんのメリットがあるんだ?」
「なんでもする」
少し胸を張って答えた。お母さんから料理については徹底的に習ったのだ。ついでに家事全般も一通り出来る。なんの問題もないはず。だけど、エディから返ってきた答えに、私はショックを受けた。
「馬鹿な事を言うな。あと、簡単になんでもするなんて言うんじゃねぇ」
馬鹿な事なんかじゃない。お母さんも美味しいって褒めてくれた。これだけは本当に自信があったのだ。
エディは続ける。
「流石にわかってると思うが、俺の仕事は人殺しみたいなもんだ。危険な仕事だし、明日には死んでるかもしれないんだぞ?」
「じゃあ、一緒に戦う」
料理がダメなら一緒に戦って、役に立つところを見せるしかない。
「ダメだ」
即答されてしまった……。
「なぜ?」
私は聞き返した。もうそれくらいしか、出来る事が思い浮かばないからだ。
「なぜも何も……もう一度言うぞ。俺の仕事は人殺しみたいなものだ。本当に人を殺す事の意味がわかってるのか?」
エディが真剣な眼差しで見つめてくる。私には、それが少し怒っているように思えた。
「相手が悪人だろうが、仕事上の敵対関係だろうが……殺す相手にも家族なり仲間がいる」
「殺せば、誰かに恨まれる。そういう恨みは、いつか自分に返ってくるんだ」
「日常ですら落ち着かない。酒場でポーカーをやっている最中に、後ろから撃たれる。そんな事があり得る仕事なんだぞ?」
エディの目が、少し悲しそうな色を帯びる。
「保安請負人なんてやるもんじゃない」
「……だから。俺は、お前が一緒に戦う事を認める訳にはいかないんだ」
保安請負人がなんなのかはよくわからなかったけど、人を殺すようなマネをして欲しくないことだけはわかった。
……わかったけど。
私には他にしてあげられる事がない。私は大人。だから本当はひとりでも生きていくべき。それはわかってる。人に頼るのはきっと甘えなんだろう。
……だけど。
だけど、もうひとりぼっちはイヤ! 大好きだったお母さんと別れて、預けられた先の孤児院では感情がないと気味悪がられ、居場所はなかった。そして騙されて売られ、もう終わりだと思ったところで、やっと普通に接してくれる人と出会えたのだ。
私に次はない。なぜだかそう思えた。泣きそうになるけど、ぐっと堪える。これ以上エディの前でみっともないマネは出来ない。
どれくらい経っただろうか……じっと見つめ合っていると、エディの表情がふと柔らかくなった。
「わかった。一緒に戦うとかは一旦置いておいて、俺の住んでいるところにしばらく居候させてやる。これでいいか?」
捨てられるかもしれない。その恐怖に怯えていた私には、エディの言葉を理解するのに少し時間が掛かってしまった。そして、ようやく一緒に居ていいんだと実感した時。
——私は、久しぶりに笑った気がする——。




