第2話 事後処理
この話はエディ視点です。
どうしてこうなっちまったんだろうな。俺は煙草を燻らせながら、ぼんやりと考えていた。
緊急ということで、やたら報酬の良い胡散臭い依頼が舞い込んできた。横領された品を、横流しされる前に抑えて欲しいという内容だ。最初は受けるつもりなどなかったのだが、報酬を倍にするからどうしてもと押し切られ、今に至る。
だが、来てみたらどうだ?
取引相手らしい男を抑えるまでは良かった。その後二時間も待たされ、やっと横領された物資が来たかと思ったら、今度は銃撃戦だ。相手は非武装だと言ってたくせに、適当な情報よこしやがって。
片付いたと思ったら、今度は積荷の中に情報にない子供がいた。最初は男かと思ったが、肩口ほどまで伸びた黒髪と、その声色でかろうじて女だとわかった。
……男だと間違えてたら面倒なことになってたんだろうな。
ちらりと隣を見る。
ナオという名の少女は、椅子に座り、暇そうに足をぶらぶらとさせていた。常に眠たげな顔をしている少女の瞳はさらに細められ、本当に寝てしまいそうな雰囲気を湛えている。
視線が合い、少女が首を傾げた。
綺麗なブルーグレーの瞳は高級な猫を連想させた。妙にふてぶてしい態度も含めて、よく似ていると思う。
ナオの目がじとりと睨むような目に変わった。……考えを読まれたかもしれない。
そんな事を考えていると、複数台の車両が近づいてくる音が聞こえてきた。やがて小屋の前で止まる。
俺は煙草を揉み消し、ナオに合図があるまで小屋から出ないよう言い聞かせた。
「いいか? 絶対にだぞ」
「……わかった」
返事だけはいいが、顔に『不満です』って書いてあるぞ、お前……。
外に出ると、ジープやバンのドアが次々と開き、男達が降りてきた。小銃を構えた連中が周囲に目を配るなか、作業着姿の男達が車の荷台へと向かっていく。
スーツ姿の男が一人。
私服にタクティカルベストを着込み、俺と同じサングラスをかけた男が八人。
残りは作業員らしい。
サングラス越しに識別情報を確認する。作業着の連中は識別白、協会未登録の民間人。スーツの男と小銃持ちは識別緑、同業者で今回の依頼における味方だ。
……味方、ね。
スーツの男がこちらに気づくと、柔和な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。差し出された手を、ひとまず握り返す。
「お疲れ様です。一人で制圧したんですね。噂通り見事な腕前だ」
何が「見事な腕前」だ。その口ぶりだと、敵が武装している事を知ってたような口ぶりじゃないか。一人なのもお前達が指名したからだろうが……。不満が顔に出そうになるのをかろうじて堪える。
「先方からのご指名ですからね。緊急で、どうしても現場に急行できる人材がいないとのことでしたので」
実際、名指しの依頼という部分が一番引っかかっていた。昔、内容を問わずに様々な依頼をこなしてきた。中にはヤバそうな物も混ざっていただろうし、自分の知らないところで恨みを買っていたとしてもおかしくはない。そのせいで、今では死神なんて物騒な異名をつけられる始末だ。
その死神をおびき出して始末する。
そうじゃなくても、目撃者を消すという線だってあり得る。
まぁ、実際は違ったようだが。
それにしたって、普通は単独で行かせるような内容じゃない。
「本当に助かりました。では、荷物を確認しても?」
スーツの男は俺の返事を待ってからタブレットを操作し、周囲の男達に指示を出した。作業員達が荷台へ集まり、積荷の確認を始める。
「どうぞ。あぁ、それと……」
そこまで言って、口をつぐんだ。
今さらだが、情報になかったからといって、あの少女が積荷ではなかったとは限らない。
勝手に檻から出したのは、まずかったかもしれないな……。
「事後報告にあった少女の件ですか?」
俺が言い淀んでいると、スーツの男が尋ねてきた。
……顔に出ていたか?
いや、こいつが事前に報告を読んでいただけだろう。
返答する間もなく、男は続けた。
「我が社でも確認を取りましたが、今回の積荷とは関係ないとのことです。報酬に計上して、エイドリアン様に差し上げるようにと」
「……へぇ」
思わず気の抜けた声が出た。
言い方だけはずいぶんと親切だ。
要するに厄介ごとを押しつけられたってわけだ。人身売買なんぞやる気はないし、子供のお守りだって御免こうむる。
だが、ここで断ればどうなる?
俺はここで一人置いていかれるナオの姿を想像して……思わずため息が漏れた。
俺には関係ない。
関係ないんだが……後味が悪すぎる。
俺は少女の名前を伝え、捜索願いや被害届が出されていないか確認を取ってもらった。
……どちらも該当なし。
結局、それ以上の手掛かりは得られなかった。
そうこうしているうちに、積荷の確認は終わっていた。死体はすっかり片づけられ、作業員達もそれぞれの車に乗り込んでいく。やがてエンジン音が遠ざかり、辺りには静けさが戻った。
「積荷の確認が完了しました。問題ありません」
スーツの男がタブレットを差し出す。
「そちらも問題なければ、今回の件に関するハウンドアイの映像閲覧許可と、依頼完了のサインをお願いします」
端末を受け取り、必要な箇所にサインを入れて返す。これで仕事は終わりだ。報酬が振り込まれたら、しばらくはゆっくりできるだろう。
……あの子のことを、どうするかは別として。
「この後は如何なさいます? よろしければ、街までお送りしますが」
「いや、遠慮しておくよ。アンタと一緒の車じゃ、どうにも落ち着かなそうだ」
「またまた、ご冗談を。私なんて、ただの事務屋ですよ」
「んー……経験上、アンタみたいに物腰が柔らかくて大人しい人ほど怖いんだよ」
冗談っぽく肩をすくめて見せたが、本心だ。
目の前の男は、俺の言葉を気にした様子もない。笑みを浮かべたまま、こちらを見ていた。
「それに、自前のバイクもあるしな。気持ちだけ受け取っておくよ」
「そうですか。わかりました」
男はあっさりと引き下がった。
断られることなど、最初から想定していたようにも思える。
「報酬は後日振り込まれます。また、貴方と共に仕事ができることを望みます。では、失礼します」
そう言って、スーツの男は軽く頭を下げた。
また共に……か。
是非、そうあってほしいね。
そんなことを考えながら、俺は識別緑の男を見送った。
ーーー
ちょっと待たせちまったかもな。小屋へと歩き、ドアノブに手をかけたところで立ち止まる。
面倒なことを押し付けられてしまった。この状況をどう説明したら良いのか考え、結局、何も思いつかずにため息だけが漏れた。
適当に行き先だけでも探してやるか。
ドアを開けると、机に突っ伏して幸せそうに眠るナオの姿が目に入った。思わず苦笑してしまう。
「気持ちよさそうに寝やがって」
軽く肩を叩くと、ナオが少し身じろぎをした。
「ううん、お母さん。こんなにたくさん食べられないよ」
どんな夢見てやがるんだ? こいつ。
「ほら、起きろ。起きないと置いて行くぞ?」
もう一度肩を軽く叩く。飛び起きたナオはまだ寝ぼけているのか、あたりを見渡していた。
行き先を探して終わりだ。それで万事丸く収まる。俺はそう、簡単に捉えていた。




