第1話 出会い
幕が開かれた。
外の光が差し込み、眩しくて目を細める。
少しずつ目が慣れていき、それに伴って、ぼんやりとしていた人物のシルエットがはっきりとしていった。
そして——。
……おじさん? もしかしたら若いのかもしれないけど、無精髭を生やした顔には困惑の色が浮かんでいる。更に、疲れた雰囲気を漂わせているせいか、妙に老けて見えた。それが私の第一印象。
その格好は、茶色のカウボーイハットに同色のトレンチコート。目元にはサングラスとしては少し大きめの、妙に無骨なメガネを掛けている。
おじさんは私を見て固まっていた。レンズの色は薄く、サングラス越しでもこちらを見ているのがはっきりとわかる。私はそんなおじさんをじっと見つめ返していた。
——キュウウッ——
またお腹が鳴った……恥ずかしい。私は大人のお姉さんなのに……。おじさんは私のお腹の音を何かの鳴き声と勘違いしたのか、しきりに周りの様子を見ている。私はその姿を見て余計に恥ずかしくなり、顔を背けてしまった。
ちらりと横目でおじさんを見てみる。
……バッチリと目が合ってしまった。
おじさんの目が少しずつ細くなり、綺麗に半眼になったところで口を開いた。
「なぁ、もしかして……腹、減ってるのか?」
私は頷いた。
「パン、食うか?」
もう一度頷く。
「そうか、少し待ってろ」
そう言うとおじさんはどこかに行ってしまった。知らないおじさんに食べ物を貰うなんて、大人の女性にあるまじき行為。でも、私はお腹が空いた。お母さんもきっとわかってくれるはず。
おじさんはすぐに戻ってきた。その手にはパンじゃなく鍵を持っていて、私は檻から解放された。
「ついてこい」
そう言い残して歩き出すおじさん。慌ててトラックから飛び降り、後をついていく。
ここはどこだろう?
あたりは木々に覆われていて、その間を縫うように道がまっすぐ伸びている。まるで森をバリカンで刈り取ったみたいだ。年季の入った小屋の周囲だけが、ぽつんと切り開かれていた。
小屋へ向かう途中、倒れている男達を一瞥して通り過ぎる。特に感想はなかった。彼らが不幸になるか、私が不幸なままでいるか。それだけの話だから。
おじさんの後に続いて小屋へと入る。中は薄暗く、家具もテーブルと椅子しかない簡素なものだ。ひとつだけ変なところを挙げるなら、男がひとり縛られて床に転がされていたことくらい。口に布の様な物を詰められていて、何事か唸っていた。
おじさんは小さく嘆息すると、
「ちょっと待ってろ、片付けてくる」
そう言って、縛られた男を担いで小屋を出ていってしまった。椅子に座って待つ。すぐに戻ってきたけど、今度は縛られた男がいない。
そんなことより、このおじさんだ。悪い人には見えないけど、どうなんだろう?
じっとおじさんを観察する。
サングラスを外し、シャツの胸元に引っ掛けたおじさんと視線が合った。琥珀色の瞳。綺麗な色だなと思っていたら、眉をひそめられてしまった。
でも私は観察をやめない。
この人が信用できる保証などないのだから。
おじさんがバックパックを漁り始める。
観察を続けていくと色々なことが気になってきた。
腰には古そうな二丁の拳銃を帯びている。
もう春を感じるのだけど、そのコートは暑くないのだろうか?
髭、剃った方がいい気がする。あまり似合ってない。
あと、疲れた顔をしているのがどうしても気になってしまう。
ちゃんと食事は摂るべき。食事は元気の源。お母さんもそう言ってた。
考え込む私の前に、水筒と、丸みを帯びた少し大きめのパンが差し出される。
「一気に食べるなよ、少しずつ、ちゃんと水も飲みながら食べるんだ」
私は頷いたあとパンを受け取り、両手で持って食べ始めた。
……美味しい。いたって普通のパンだけど、久しぶりの食事のせいか、特に美味しく感じる。
私が幸せを噛み締めていると、その様子を眺めていたおじさんが話しかけてきた。
「なぁ、お嬢ちゃん。名前はなんていうんだ?」
思わず食事の手が止まってしまった。子供だと思われてる?
「ナオミ。ナオミ・コールマン。それと、私はお嬢ちゃんじゃない。立派な大人」
「大人? 失礼、レディ。もし良ければ年齢を聞いても?」
「十五歳」
確かに私は小柄だ、色々と成長が遅い気はしている。でもお母さんの血を受け継いでいるのだから、私も素敵なお姉さんになれるはず……。
おじさんが無言で何か考え込んでいる。なんとなく、私にはそれが失礼なことに思えて、気がついたら睨んでいた。
視線が合い、おじさんの目が泳ぎ始める……そして、
「えーと、そうだな、大人だ。子供扱いして悪かった」
謝罪の言葉と共に、ぽりぽりと頬を掻き始めた。
ちょっと納得いかないけど、まぁ、許してあげる。孤児院にいた頃の大人達は誰も謝らなかったし、その大人達と比べれば、このおじさんは良い人な気がする。
私は食事を再開して、ついでにおじさんの名前も聞いてみた。
「それで、おじさんの名前は?」
おじさんが少し眉根を寄せた。
「エイドリアン、エイドリアン・ブルックスだ。エディでいいぞ、おじさんと呼びたいならそれでも構わん」
「じゃあ、私もナオでいいよ。エディ」
このおじさ……じゃなかった、エディは見た目より若いのかもしれない。髭、剃ったらいいのに。そんなことを考えつつ、パンをごくりと飲み込む。幸せな時間が終わってしまった……。
「了解。それじゃ、改めてナオ。なんで檻に入れられてたんだ?」
「孤児院で生活してたら男達がきて、トラックに乗せられた。檻はその時に入れられた」
水を飲みながら答える。物足りないけど、空腹は一旦収まった。
「どういう意味だ? 誘拐されたってことか?」
「違う。院長先生が私に会いたい人がいるから、って連れて行かれて、そこにあの人達がいた」
エディは少し考える素振りを見せたあとため息を吐きつつ、ポケットから手のひらサイズの水筒のような物を取り出した。続けてバックパックを漁り、干し肉を取り出す。
……お肉だ!
口の中にみるみる唾液が溜まり、胃袋が無言の圧力をかけてくる。
エディが干し肉を齧ろうと口を開き、そのままの体勢で私と目が合った。
「その……なんだ。食べるか?」
こくりと頷く。
「そうか、食っていいぞ。あと……」
私に干し肉を渡して、頬を擦るようなジェスチャー。自分のほっぺを触ってみる。パン屑がぽろりと落ちた。
……不覚、これはお姉さんポイントマイナス一点。
少し失態はあったけど、私は再び幸せを噛み締める作業に夢中になっていた。
ーーー
少し時間が経ち、ささやかな幸せを堪能したあと、暇になった私は眠気と戦っていた。椅子に座ったまま足をぶらぶらとさせ、抵抗してみる。
……ダメだ、眠い。
エディに目をやると、同じ様に椅子に座り、煙草を咥えて窓の外をぼんやりと眺めていた。
外から複数台の車の音が聞こえてきた。
エディが煙草をゆっくりと揉み消す。
「いいか? 俺が合図するまで、小屋から出るなよ?」
サングラスもどきを掛け、外に出ていこうとして、動きが止まった。くるりと振り返る。
「いいか、絶対にだぞ?」
「……わかった」
念を押されてしまった。
一体なんだと思っているのか……。
私は大人のお姉さん。凛とした態度で、エディが戻ってくるまで待つべきだと思う。
そう固く決心して——
——いつの間にか、寝てしまっていた——。




