プロローグ どなどな
……夢を見た。私が孤児院に預けられた頃の夢。夢の中の私は幼くて、押さえつける手を振り解けずに、ただ暴れていた。
「いやだ! お願いだから行かないで! お母さん!」
お母さんは長い黒髪を揺らし、ブラウンの瞳で私を見つめると、
「大丈夫、すぐ迎えにくるわ」
そう言って優しく微笑み、振り返ることなく歩いていく。どんどんと遠ざかっていく後ろ姿に手を伸ばして——
「お母さん!」
……と、叫んだところで目を覚ました。同時に車がガタンと大きく揺れ、金属製の檻に頭をぶつける。
「……痛っ!」
じんじんと痛む頭をさすりながら周りを見渡す。濃い緑色の幕で覆われたトラック。その荷台には、私が入っている檻以外は何もない。幕越しに差し込む光は緑色に染まっていて、まだ日中なのだということだけは理解できた。
ゆっくりと記憶を辿っていく。
あぁ、思い出した。そういえば私、売られたんだっけ。
お母さんに孤児院に預けられてから三年。院長先生に「あなたに会いたい人がいるから」って呼び出されて、ついていったらこうなった。一瞬でもお母さんかもしれないと喜んだ、あの時の私を殴ってやりたい。
段々と全てがどうでもよくなってくる。私はもう終わり。大好きなお母さんに捨てられ、預けられた先の孤児院ではいじめられ、今は出荷される家畜のように檻に入れられ、運ばれる。
酷い人生だ。私がいったい何をしたというのだろう。
不意にキュウウッっとお腹が鳴り、そっとため息。
……あなたもそう思う?
お腹の音に返事をするなんて、いよいよ私はおかしくなってしまったのかもしれない。せめて、最後に美味しいご飯が食べたかったな。最後にまともなご飯食べたのいつだっけ?
そんなことを考えていたらトラックが止まった。
そしてまた、頭をぶつけた。
「……痛い」
ちょっとだけ涙が出たので袖で拭く。私は大人のお姉さん。いい大人は、簡単に涙を見せてはいけないのだ……多分。
外で大人達が何か話をしている。内容までは聞き取れないけど、時々怒鳴り声が聞こえるあたり、あまり仲は良くないみたい。そんなことより何か食べさせて欲しい。拘束されてないのはいいのだけど、そこを配慮してくれるのなら、私のご飯も配慮するべき。
暇と空腹を持て余した私がどうでもいいことを考えていたら、何度も小さな花火が炸裂するような音が聞こえた。
……花火? いや、違う。
どこかで聞いたことがある音だ。
なんだっけ?
……思い出した、拳銃の発砲音だ。昔お菓子に釣られて、知らないおじさんに攫われそうになったことがある。お母さんが私を見つけて、助けてくれた時に聞いた音。
普段は優しいお母さんだけど、あの時は怖かったな。少し半眼の、眠そうに感じる目で見つめられ「知らないおじさんについていったらダメだからね?」って怒られたっけ。
ぼんやりと懐かしい思い出に浸っていたら、地面を踏み締める音が聞こえてきた。
……こっちに近づいてくる。
そっか、私の人生もこれで終わりなんだ。
最後はやっぱり、お母さんに会いたかったな。
運命の幕が開かれていく——。
私はその様子を、ただ眺めることしかできなかった。




