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市井での出会い

家族への報告も終わり、面倒な手続きや別荘への連絡は、お父様が引き受けてくれた。

五日後には、王家に黙ってトンズラ計画が実行される。早々に旅支度をしなければ。



「ハンナ、別荘に行くのにいろいろ揃えなきゃいけないわね」

「ドレスを新調されますか?商会のものを手配いたします」

「ドレスなんかは今あるものでいいわよ。来てない服が山ほどあるじゃない。必要なものはそんなものじゃないわ」

「といいますと、足りないものとはどのようなものでしょうか。先ぶれで見繕っていただきますわ」


ノンノン。

私の望むものは見繕ってもらえるものではない。


「いいえ、自分で買いに行くわ。市井の書店に行きたいの」

そう、前世を思い出した私が一番欲しているもの、それは娯楽よ。

私はハンナを見つめてニンマリと笑った


動けるようになったころ、暇を持て余す私にシャーロッテがお見舞いにとロマンス小説を持ってきてくれた。

そうよ、欲していたのはこれなのよ。

ネット小説や漫画を読み漁っていた前世の私に、ぴったりじゃない。

公爵家の図書館にあった数冊も読み終えてしまい、メイドたちの雑談から市井にはもっとたくさんあると知った。

それなら、自分で見に行きたいじゃない。

私は意気揚々とハンナに出かける用意を命じた。


「だめです。お嬢様。市井に降りるなど危険です。私が買ってまいりますので大人しくしていてください第一、公爵様が許可なさるはずがありません」


むー、ハンナが怖い。

だけど本屋にあるたくさんの小説が私を待っているのよ、

一つ一つ吟味して選びたいじゃない。


「えー、そんなのいらないわよ。みんなお仕事で不在だし、シャーロッテは学園だしぃ…。今すぐ出発しちゃえば大丈夫よ!」

「ますますいけません。ばれたらどうするのですか」

驚愕の表情で食い下がるハンナに、私は自信満々に言い放った。


「大丈夫よ、アベルに連れて行ってもらうわ。厚手のローブをかぶれば、わたくしだとはばれないし。アベルにはもう話してあるの」


私が話を振ると、アベルは否定することなく、静かに頷いてみせた。


そう、アベルは強い。公爵家の騎士団どころか、王宮の騎士団長にも匹敵しそうだ。

なぜそんな人が令嬢の護衛をしているのかは謎だけど、人には言いたくないこともあるものね。


ちなみにアベルも最初はお忍び外出に首を横に振って反対していた。

けれど、「アベルがいればダイジョウブー!」「世界で一番シンジテルー!」攻撃で彼はついに根負けした。


「…ここでお止めしてもこっそり行く気ですよね。であれば一緒についていった方がマシですわ」


さすがハンナ、わかってるー。

ダメと言われると余計行きたくなるのが人間ってものよ。


「じゃ、さっそく出かけるわよ。終わったらカフェで美味しいケーキおごってあげるわ」


***

そうしてアベルに抱っこされて、王都の街へ向かった。


市井は、驚くほどの賑わいだった。

アイリーンの記憶では、買い物はいつも公爵家に商人を呼び寄せるか、高級店が並ぶ区画へ馬車で向かうだけ。人ごみの市場なんて、初めてだ。


人波をかき分けて、市井で一番大きな書店に入り、小説コーナーへ一直線に向かう。


(…わぁ!!)


奥までずらりと並ぶロマンス小説に、よだれが出そうになる。

吟味して選ぶつもりだったけれど、ここは公爵家の力の見せどころ。憧れの「ここからここまで買い占めますわー」を実行して、大満足。

本は後ほど屋敷に届けてもらうことにして、本日のメインイベントは無事終了だ。


後は二人にに美味しいケーキをご馳走して帰るだけ。


「これだけあれば、療養先でも退屈せずに済むわね」


ホクホク顔でいると、隣のハンナが心なしかソワソワ、もじもじしている。

ははーん。


「もちろんハンナも読んでいいわよ」


そういうとぱぁっと表情が輝いた。嬉しそうに笑うハンナがかわいい。

やっぱり女子はすきよね、こういうの。


そういえば、エリーゼもロマンス小説が大好きで勧められたことあるわ。

けど、あの時の私はそんなもの読む時間があったら公務を片付けるわ、とけんもほろろに拒絶した。

なおかつ、そんなものばかり読んでいるから魔術の調整もうまくならないのでは、と冷たく言い放ちエルヴィンと周りの側近たちに言い方を注意されるっていうおまけつきのエピソードがあったなぁ。


うーん今考えるともったいないことしたわ。

勧められた小説はとても面白そうだったし、その感想を言い合える仲間を逃したんだもん。

とはいえ、いまさらあの二人と関わるともれなく断罪がついてきそうだから、他で小説仲間が欲しい。

ハンナもいるけど、主従関係だから忌避の無い意見がいいづらいよね。


健康になったら次は友達探ししようっと。


少し考え込んでいたせいで、眉間に皺が寄っていたらしい。それに気づいたアベルが心配そうにこちらを覗き込んできた。

大丈夫よって言いたくて頭をなでるとその瞬間、アベルが驚いたように目を丸くし、ぱちくりと瞬いた。


あら、珍しい。ちょっとかわいいわ。

そしてアベルの髪さらさらー。

男のくせに、こんなにがっちりしているのに、髪の毛さらさらなんてギャップ萌えしちゃう。


不意にそんなことを考えてしまい、今度は私の方が気恥ずかしくなってきた。

自分の頬がじわじわと熱くなっていくのがわかる。

自分でやっておきながら、なんだか急に意識してしまって、私は慌てて彼から手を離した。


「こほん、とりあえず本も買えたし、みんなでお茶でもして帰りましょう」


そういうとハンナもアベルも少しだけ緊張を解き、ホッとしたような表情を見せた。

そうよね、市井は危険もあるから二人は私を守らなきゃ、と緊張してたよね。

ごめんね。早く健康になって魔術を使えるようになるからね。

そしたら自衛もできるし、二人に迷惑かけずに自分でまたここにくるわ。

けれど、その決意は言わずに心の中にとどめておいた。


本屋をあとにしようとしたときに、ふと学園の制服を着た女性が目に入った。

少し離れた場所で同じくロマンス小説を手に取って眺めているのは薄紫の髪に濃紫色の瞳の女生徒だ。

かなりの美少女で、汚れの無い制服を見る限り高位貴族の令嬢に思える。

しかし学生ならば今の時間は学園で授業を受けている時間なはず…


いぶかしんでしまって彼女から目が離せない。


(あの娘、どこかで見たことがあるんだけど…)


そう思って記憶をたどっても誰だか思い出せない。

うーん、でも確かに覚えのある顔なんだよね。あんな美少女、一度みたら忘れないはずなのに。


向こうも貴族だったらアイリーンのことは絶対知っているよね。

見つかりたくなくて思わずアベルの外套をぎゅっと握ってしまった。アベルの警戒が強まる。


「なんでもないわ、学園の人がいたから気付かれたくなかっただけよ。向こうの本棚の方に行きましょう」


アベルの警戒を解こうとして反対方向に向かってもらうよう指示しながら

美少女の動向をうかがっていると彼女はきょろきょろと周りの人達を確認したのち、手に取っていた本をすっと自分のカバンにしまい込んだ。

やだ、万引きじゃない。


どうしよう、かかわりあいたくないぞ。

でも店員さんも気づいているぽい、あの娘に向かって歩いてきている。

令嬢が万引きしたなんてスキャンダル、社交界にしれたらあの娘の将来はお先真っ暗よ。

若気の至りで済むはずもないわ。

どうする。どうしよう。あーもー、どうにでもなあれ。


「アベル、やっぱりあの娘の近くまで連れて行って」

「……御意」

アベルにそう頼むと、ため息をつかれたが逆らわずに向かってくれた


「やだ、好きな本を買っていいって言ったけど、その本はまだお会計してないわよ。一緒に会計するから待っててよ」

店員に聞こえるように美少女学生に声をかけると、

彼女はビクッと大きく肩をすくめて恐る恐る私たちを見る。


「ハンナ、これも一緒に会計して」

すっとカバンにしまった本を取り出してハンナに渡す。

何か言いたそうだったが、早く行け、と手で合図すると黙って会計に向かってくれた。


美少女学生は真っ青な顔色で口をパクパクしているが声は出ないようだ。

「しっ。店員が気づいてこっちに来ようとしていたわ。このままだと貴方捕まるわよ。とりあえず話合わせなさい」

小声で状況を話すとコクコクとうなずいて涙目だ。

全くそんな度胸で万引きすんな。


彼女の本も会計も済んだから、まずは本屋を出た方がよさそうだ。

「一緒に来なさい」

そういうと美少女学生はおとなしくついてくる。

さすがに抵抗もしなさそうね


とりあえず、逃げなさそうだし、私はため息をついて当初行く予定だったカフェに向かうことにした。


カフェの個室に入りメニューを見ると季節のフルーツタルトやキャラメルを使ったケーキの絵が目に入る。どれも美味しそう。


いくつか気になるケーキと紅茶を頼んで待っている間に改めて美少女を観察した。

目の前に座らせた彼女はうつむいて真っ青を通り越して真っ白な顔色になっている。

なにも取って食おうなんて思ってないのだけどな。


ケーキと紅茶が届いたので、まずは喉を潤す。ああ美味しい。

だけど二人とも私のローブを脱がせてくれないからケーキが食べずらい。くそう。

仕方なしにそのままローブをかぶったまま、怪しさ怪しさ満点の姿でいるのだけど、

これでは彼女の警戒が解けるわけもない。


案の定、彼女はうつむいたままこっちを見ないし黙ったままだ。


「貴方もまずは飲みなさい。落ち着くわ」

美少女の前にも同じく紅茶がおかれているので進めるがびくりと肩を震わせるだけ。


うーん、このままでは話にならないな。

とりあえず、空気感を変えるため、ハンナたちに目配せでくつろいでいいと促す。

意を汲んだハンナが紅茶に手を伸ばす。

アベルは飲食には手をつけないが、威圧する空気だけはそっと解いてくれた。

だけど警戒は怠ってはいないけど。


「あの…警邏に突き出さないのですか?」

漸くか細い声が落ちる。


「そのつもりならここに連れてこないわよ。いいから飲みなさい。毒なんて入ってないわ」


彼女は私に促され、目の前の紅茶のカップに手を伸ばすと上品な作法で口を付けた。


…やっぱり、高位貴族よね。

護衛もなしによくまあ市井にこれたな、と感心する。


「どうして、あんなことをしたの。身に着けているものを見る限りお金に困っているようには思えないのだけど」

「……申し訳、ございません」

「私に誤ってもしょうがないわよ。市井とはいえ物を盗む行為は犯罪よ。見つかれば捕まるわ。そうすれば家に連絡がいくでしょうね」


彼女の肩が、びくりと震えた。


「貴方のお家でのお立場はわかりませんが、普通の親御様であれば、叱責は免れないわ。恥だと蔑まれるかもしれない。最悪、勘当もあり得るかもしれないですわね。

もし貴方に甘い親御様で、たとえ権力でもみ消すとしても対応した人間の記憶には残ります。その話を他の方に軽く話してしまったら?噂は残るわ。醜聞は消しきれない場合もあるのよ。そうなると結局貴方の将来がつぶされてしまうのよ。わかっていて?」


私の言葉に彼女は涙目になっていく。

「……そこまで考えておりませんでした。」

小さな声が、ぽつりと落ちる。

やっぱり、考えなしの行動かー。


「学園でお友達たちがロマンス小説なるものを読んでおり、その話で盛り上がっておりましたの。わたくしの家は厳しく、そのような本は置いておりません。欲しいと申し上げましたら……破廉恥だと、叱責されました。ですが、わたくしだけお友達との話に混ざれず距離ができてしまいまして、恥を忍んでお友達に本をお借りしたのですが…。貸していただいた本が見つかって破かれてしまいました。そんな本を貸すような者と付き合うな、と」


……うわぁ。毒親ですか。


「わたくしの家ではすべて商会に頼んでいるので、わたくし自身で自由になるお金は持たせていただけなくて…それで、貸していただいた本を弁償する方法がわからず思わずあのようなことを…」

そこまで話すと彼女は沈黙した。


まー、確かにお友達に説明できないわよね。

家が厳しくて破かれちゃった、ごめんね、じゃすまされないだろうし。

しかし、借りた本を破くとかどれだけ高慢ちきな親なのかしら。

話を聞いているうちにこの娘に同情しちゃったわ。


「そうなのね、確かに借りた本の弁償はしないといけないわよね。さっきの本はあげるからそれで対応しなさい」


「そんな、ありがたいですが、そこまでしていただくことはできません。わたくし、今日のことを父に話します。それで勘当されても仕方がございません。それだけのことをしたのですから。改めて本日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


なんてまじめな。

私だったらそんな状況なら渡りに船とばかりに貰っちゃうんだけどな。


けど、確かに見知らぬ女性に施しを受けたら怪しむし断るわね。


でもなぁ、なんかほっとけないのよね。

このまじめさも好感が持てるし、美人だし。

うまくいけばいいお友達になれるかもしれないわね。

そうよ、私が持っているロマンス小説を貸してあげれば、小説友達になれるんじゃない?

さすがにベルモット家から借りた本を破く度胸のある家はないんじゃないかしら。


私は被っていたロープを外して自分が何者なのか明かすことにした。

止められる前にさっとフードを外す。ハンナとアベルの圧は気づかない振りしよう。

「そういえば、まだわたくし名を名乗っていませんでしたわね。アイリーン・フォン・ベルモットですわ。よろしく」


「あ、アイリーン・フォン・ベルモット公爵令嬢、本当に…?」


そっか、今は髪まとめてないし、眼鏡もしてないしね。


「ええ、本物のアイリーン・フォン・ベルモットよ、今日は髪をおろしていただけ。それで貴方の名前は?」


ハッとして自身の佇まいを正して彼女は自身の名を述べた


「失礼いたしました。わたくし、ロドゴ侯爵家のクリスティナ・フォン・ロドゴでございます」



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