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闇落ちなんて絶対しないんだから

話すべきことは話したし、なんだか疲れたので、もう部屋帰ろう


「お父様、お母様。わたくしはこれで失礼して、部屋に戻ってもよろしいでしょうか」

「ああ、明日から忙しくなるんだろう、もう休め」

「ええ、何かあったらハンナをよこしなさい」


許可を得たので、私は傍らに控えていたアベルに向かって、ごく自然に両手を伸ばした。 彼は心得たというように、私をひょいと縦抱っこで抱え上げる。


あ、やっちゃったかなと思って周囲を確認するとハンナ以外鳩が豆鉄砲を食ったような顔で絶句していた。


「父親と子供…」


アベルに抱っこされている私を見て、シャーロッテがつぶやいた。

失礼ね、どこが子供よ。

こんな立派なレディに対して何を言う。


とりあえずチョップをしておこう。


お父様たちも何か言いたそうだったけど、痛がるシャーロッテを見て何も言わなかったわ。


そのまま席を辞し、部屋に戻るとアベルが自室のソファまで運んでおろしてくれた。

自室にアベルがいるのはなんか変な感じだ。

彼はいつも扉の外で護衛に徹しているため、こうして部屋の深くまで入ることは滅多にないのだ。


アベルが立ち尽くしたままじっと私の顔見てる、何か言いたそう。

というかなんか怒ってる?


「なあに、言いたいことでもあるの?」


そう聞いてみたけど、首を振るだけで何も言わない


何かしら、と心当たりを考えてみる。

よく見るとハンナも怒っている感じがする。


あーあれか、王妃と王太子の奴隷教育のことかな。


なるほど、アベルはさっき食堂で初めて聞いたんだっけ。

ハンナはお母様が来てくれた時に一緒に聞いてたけどアベルは知らなかったね。

だけどハンナも二度目の話なはずなのに顰め面だわ。


そっかー、主人が馬鹿にされているのは何回聞いてもいやだよね。

でも二人とも私が怒ってないから何にも言えないのかな。

確かに最初は怒りがあったけど、今はどう懲らしめようかなって感じだから気にしなくていいのに。


仕方ないな、ここはひとつ、伝家の宝刀を抜いてやろうじゃない。


「もー二人とも、飴あげるから機嫌直してよ」

私は、物々しい雰囲気を壊したくてポケットに隠してた飴を取り出して二人の前に差し出した。


なのに、

「お嬢様、なぜポケットから飴が出てくるのですか?」となぜかにっこりとほほ笑んだハンナの額に怒りマークが見える。

アベルは首を振りいらないの意思表示で、ハンナちゃんの怒りには無関心を貫く。


「えーと、夜食にしよっかなーって思って?」

しどろもどろで返事をするも、今度はなんだか呆れた顔をされてしまった。

なんだよ、ハンナ。情緒不安か?


「いらないの?」

「受け取ります。そしてポケットに入れられてる飴はすべて没収します」

「なんでよ!いやよ!」

「そのままにしてドレスに蟻がたかると困りますので」


きっぱりと言い切ったハンナに無情にも隠してた飴を取りあげられた。

私の夜食…くすん。


「お嬢様、もう一個」

「もうないわよ」

「うそはだめですよ」

うう、ハンナが怖い…

私は最後の飴をハンナの手のひらに押し付けた。

いじいじとソファで足をかかえた私にため息をつきながらもふいにハンナが口を開いた。


「お嬢様、最近というか…事故の後からすごく変わられましたよね」


不意打ちの指摘に思わずギクッとしてしまった。

そうよね、こんなにも性格が変わったら疑われるわよね…

どうしよう、「この偽物め!成敗してやる」なんていわれて、捕まったり拷問されちゃったり…?

でも前世って言っても信じられないだろうし…、ってそんなことを考えているとハンナが話を続けてきた。


「私の知っているお嬢様は、いつも凛としていらして、侍女にもメイドにも厳しく、粗相を許す方ではございませんでした。少しでも感情を顔に出せば叱責が飛んできたと思います。ですので、変わられたお嬢様の態度に正直戸惑いを覚えておりました。ですが…」


ハンナの言葉の続きを待つ間、心臓がドキドキする。


「覚えていますか?私が初めてお嬢様の侍女として挨拶をしたときのこと。ふふっ、あの時のお嬢様は小さいのにとっても偉そうにふんぞり返っていて…。私、あまりの横暴さに我を忘れてうまくカーテシーができずに転びそうになってしまったんです。それで…、叱責されるのでは、と恐ろしさのあまり思わず涙を浮かべたら、慌てて幼いお嬢様がポケットから飴を出して私に押し付けてきたのですよ。それで、失敗は誰にでもあるんだから泣かないのよ、と、淑女なら毅然としなさいとおっしゃられて。泣きそうな私を慰めてくれているのだと思いまして。ちょっとはいいところあるのね、と思ってお仕えすることを決めたのです。……ですがそれもほんの数日間の思いでしたわ。覚えてらっしゃいます?あの時ドレスに蟻がたかっていたんですよ。ほんと、その後の手入れが大変でしたわ」


ちょっととかいうな。

しかも途中までいい話する雰囲気だったのに…、話がおかしい方向にずれたぞ。


「話が脱線しましたけど、まあ、それ以降どんなに叱責されても本当は優しいお嬢様なんだと信じてお仕えしておりました。が、正直年々傲慢になられるお姿には少し、いえかなり手を焼いておりましたが…。飴を差し出すお嬢様を見て、あの時のことを思い出しました。結局のところ、お嬢様は変わったように見えますが、幼いころとなんら変わってなかったのですねえ」


あの時は目の前で涙ぐむハンナにびっくりして、泣かないでほしくて、思わずポケットに隠し持っていた飴を差し出したのよね。

そっかー、前世思い出したからと言って、記憶はちゃんと頭の中に残っているもんなんだね。

私付きになったハンナはなんだかんだ言って、みんなから嫌われていた我儘公女にずっと寄り添ってくれていた。

以前も今もアイリーンにとって、とっても大切で大事な侍女だった。


幼いころの記憶を思い出していると、ふとハンナがつぶやいた。

「お嬢様。私は…今のお嬢様の方が好きですよ。」


思いがけない言葉に顔を上げると優し気に微笑んでいるハンナがいた。

そのまっすぐな瞳には私への忠誠心が映っていた。


その瞳に、胸がぎゅっと締めつけられる。


(もしかしたら…ううん、きっとぜったい…)

漫画には出てこなかったこの侍女は。


エリーゼに対して嫉妬でおかしくなっていく主にずっとこんな風に言葉を尽くしてくれていたのだろう。それに対してきっと言ってはいけないような言葉を投げつけたりしたアイリーンに悲しい思いもたくさんさせたと思う。

なのに、彼女はどんなときもアイリーンを見捨てず心配してくれていたんだろう。

けれど王太子への気持ちの方が大きくて、ハンナの言葉は届かなかった。


きっと、罪を犯して、謹慎させられていた時も全力でアイリーンを支え続けようとあきらめずに言葉を尽くしていたはずだ。

それどころかエリーゼを、世界を、呪い続けて公爵家からいなくなったアイリーンを心配し続けて…その果てに闇落ちしたアイリーンの犠牲になったのではないだろうか。


ハンナだけじゃない。

私が魔王になって退治された後、アベルは、護衛騎士の責任をとらされて処刑された可能性が高い。


お父様や、お母様、お兄様やシャーロッテはどうしたのだろうか?

原作では責任をとって公爵家は爵位を返したとしか書かれていなかった。

高位貴族として生きてきた彼らが平民として生きるなんて無理だ。

そうなると、やっぱり家族も長くは生きてはいなかったのだろう。

そう思うとぞっとした


「ねぇ、アベル。頭なでなでして」

「…御意」

おお、やってくれるんだ。

そばにいたアベルにお願いすると彼は不慣れな手つきでそっと頭なでる。

大きな手で心地いい。

そういえば前世でも今世でもこんな風に頭撫でられたことなかったな。


前世では、小さいころに両親が離婚し、母に引き取られた。

シングルマザーとなった母は仕事で忙しく、甘えることなんてできなかった。

やがて母が再婚し、義父との生活だけでも居心地が悪かったのに、

異母弟妹が生まれて、私だけが家族の輪に入れないまま、さらに居場所をなくしていった。母にも義父にも甘えられない。

それなのに、弟や妹が両親に遠慮なく甘える姿を見るのはつらくて、私は高校卒業と同時に家を出た。そうしてずっと一人で生きてきた。


今世はエルヴィン様が一番で。

お父様、お母様よりも彼に傾倒していて、両親に甘えることなんかしてこなかった。


前世を思い出した直後はなおさら素直に甘えられなかった。

どうせ今世も私は一人ぼっちなんだって思ってた。

だって漫画のアイリーンも一人だったから。


けれど、

心配そうに私を見るみんなの顔を見ているうちに、胸の奥が暖かく、硬く閉ざしていたものがじんわりとほどけていった。

甘えてもいいのかなって少しづつ思えるようになってきて…心を開けば受け止めてくれる家族がいた。

頼りになる侍女と護衛もいる。

みんなが私の境遇に怒ってくれていることに、なんだかくすぐったい気持ちになる。

今なら、こんなにも愛されていたんだってわかる。

だから、みんなを大切にしなきゃ、闇落ちなんかしないでまっとうに生きるって誓うよ。


漫画のアイリーンも屋敷内での愛情をもっと早く気付けるとよかったね。

そしたら闇落ちなんてしなかっただろうに…。


(でも…もしこれ、全部なくなったら?)


ふと、そんな考えが頭をよぎった。

だってさ、こういう転生物には強制力ってものがあったりするじゃん。抗えない感じの。

もし本気で原作修正されて、私から全部まとめて没収しにきたらどうする?

そのとき、私は本当に闇落ちなんかしないって胸を張って言えるんだろうか。

いま、家族もハンナもアベルも取り上げられたら…、その時も笑っていられる?


(いや、無理ね、絶対無理。何が何でも取り返すわ。どんな手を使っても…)


手のひらから零れ落ちていく愛情を想像するだけで心が冷えた。

ふと窓を見ると瞳のハイライトが消えて不気味に口角を上げている自分がそこに映っていた。思わずハッとして冷静な心を取り戻すように深呼吸をする。


(おおぅ…やべー、やべー。…しっかりしなきゃ!)


いま、めっちゃブラック思考に全振りしかけたわ

よくないわー。本当に本当によくないわー。アイリーンは闇落ち成分多めだから気を付けないとね。


大丈夫、大丈夫。まだ何も起きてない。

もし、例えこの先、物語の強制力が働いたとしても全部振り払って絶対守る。

闇落ち魔王になんかならないんだからね。


(そんなことがあっても、ぜったい負けるもんか!私はのんびり幸せスローライフを目指すのよ!)


そう固く心に誓った。








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