王太子妃教育の謎と対策
婚約者候補者は全員王太子妃教育を受ける方針で進められていた。
お父様の説明の通りいつ決まるかわからないということで私以外にも候補に挙がっているあの二人も受けてはいたのだが…。
なぜか私だけ筆頭だからと言われ別のカリキュラムを組まれていたのだ。
だけどそれがまさか王太子妃教育じゃなかったなんてね。
ことの発端はようやく立ち上がることができたころに、お母さまが心配して顔を出してくれていた時のこと。
もう使わないだろうと王太子妃教育として使っていた教材を机の上に放置していたら
お母さまの目にとまって、興味津々で見せてほしいと言われ何も考えずにどうぞどうぞ、とお渡ししたのだ。
パラパラとめくった教材を見ていたお母様が不思議な顔をし始めた。
「ねぇ、アイリーンちゃん、教材ってこれだけ?他にはないの?」
「他にも外国語の教材が数冊ございますわ。」
「マナーやダンスの教材なんかは?」
「え、受けてませんよ、お母さまが王妹でしたから、問題ないだろうと言われましたの。
その分より高度な教育をしましょうと……。筆頭婚約者候補だから特別ですよって言われましたの」
特別だってよ!さすが私でしょ、と胸を張る。
「この内容って王太子妃教育には全く関係ないわ。どちらかというと補佐官や外交に必要な外国語や経済学とかの内容ばかりよ」
(え、なんですと?)
お母さまの言葉が呑み込めなくて私の頭はハテナマークだらけになった。
「ですが社交に関するものもありましたよ。座学は習得済みだからといわれて、今は実践に移っているので教本自体は手元にはございませんが…」
「実践ですって?」
「はい、今は王妃様の公務の一部をお手本として任されておりました。先月もお茶会の手配の実践と言って招待状やお礼状の手配など対応させていただきましたし。なんでもそのお茶会はとても好評だったようで王妃様よりお褒めの言葉もいただきましたよ。公務についても書類作成では貴女の字は美しいし分かりやすいとほめられましたわ!」
他にも手配の細い修正や調整の履歴、問い合わせへの即対応についてなどなど…
几帳面な筆跡で書かれたアイリーンちゃん特性のマル秘手帳がここにあり!
どやっ!と私の優秀さをアピールするべく手帳を見せると、お母様のお顔が般若のように変わっていた。
「先月の王妃主催のお茶会、わたくしも招待されましたが確かに素晴らしかったわ。お礼状の内容もね。でもアイリーンちゃんが手伝っていたなんて話、微塵も出なかったわ。王妃であるお義姉様がすべて発案、手配したと賞賛されていたわ」
お母様はそういうとしばらく顔を顰めたまま何かを考えている様子だ。
私はどうしていいかわからず、お母様の様子伺っているとしばらくしてまた話を続けてきた。
「なるほどね。アイリーンちゃんは教育という名のもとに王妃の公務をやらされていたのよ。あのお義姉様がやりそうなことだわ。わたくしも嫁ぐ前にお義姉様に手本にさせてもらいたいと、同じように丸投げされていたの。それなのにわたくしが手配したことなどなかったようにお義姉様だけが賞賛されていたわ」
忌々し気にお母さまがつぶやいた。
(えっと、それってもしかして"いいように使われていた”ってことかな?)
私は王太子の執務補佐を自分から率先してやっていたけど、そこに付け込んだ王妃様が自分の執務もさせていた、と。
私も私で特別っていう言葉に踊らされ、王妃の公務を喜んでやっていたってことか。
知らされなければ、今後もどんどんお願いされただろう。
そして挙句の果てに例えエルヴィンに嫁げなくても王妃の侍女とかにしてあげるよ、なーんて言葉で私を釣るつもりだったりして…。
エルヴィンの傍にいられるだけで、私は喜んで受け入れると思われている気がする。
つまりは、それほどまでに、王家は私を軽んじていたということか。
なんだかなー、あんなに頑張ってたのに、賞賛されて、褒められて喜んでいたのに…、
この仕打ちってなんだか馬鹿みたい。
さすがに私もへこむわー。
「アイリーンちゃん…」
黙り込んだ私を見てお母さまが心配そうに私を抱き寄せてくれた。
そのぬくもりは少なからず私を慰めてくれる。
「大丈夫ですわ、お母様。こうなるとこの体調不良も悪くないですね。いろいろ気づくことができました。どちらにせよ、今は教育自体がお休みしている状態ですが、婚約者候補を降りれば必然的に王妃教育はなくなると思いますしね。このままで問題ありませんわ」
「わかったわ。アイリーンちゃんがそれでいいのなら、今は何も言わずにおきます。でも何かあったらお父様やわたくしにも相談してね」
「ありがとうございます」
そういって、この話は終わらせた。
ショックだったけど、
それ以上に私の心は今までの努力をどうしてくれようと、復讐に燃えていたのだが…。
「お父様、この件はわざわざ陛下に報告するには及びませんわ。王宮には、候補から外れるので教育もこれ限りで辞退したい、とだけお伝えいただければよろしいです」
「だが、あまりにもうちをコケにしてくれた話だぞ。お前がよくても私が許せん」
ふふ、お父様怒ってる。
そりゃあそーよねー。かわいい娘をあまりにもいいように使ってくれてるんだもん。
だけど、王妃はきっと自爆するから大丈夫よ。
「お父様たちが怒ってくれるだけでわたくしも浮かばれますわ。ですが、こちらからわざわざ抗議に赴く必要などございません。わたくしが婚約者候補を降り、すべての教育から手を引くだけで良いのです。…手を下さなくとも、夫人たちがそろそろお気づきになるころなので」
今頃、王妃も公務をやってくれていた奴隷がいなくなったことで仕事が増えてきたころかなあ。
いくら周りに押し付けても、私が賞賛を浴びるくらい完璧にやっていた仕事を他の人が同じくらい回せるとは思えないしぃ、
貴族のご婦人方の目は厳しいから、
あれ?前回よりもお茶会の質落ちてるなぁ、おかしいなー
かーらーのー、
別の人にやらせてたんじゃね?
説が浮上しそう。
ふふふふふ。
考えるだけでおかしいわ。
それに気づいた王妃はどう出るかなぁ。
普通は、自分の価値上げるために婚約者候補は降りても教育(公務含む)は続けてなんていえやしないだろう。
何も知らない私にとっては「なあぜ、なあぜ?」だ。
だけど懸念はある
あの王妃は普通じゃない。
何とかして有能な私を手元に置きたいとは思っているだろうし、権力もある方だからね。
だからこそ逃げるが勝ちって思ったの。
よほど悪い顔をしていたのか、それに気づいたお父様も留飲を下げたようだ。
「では、辞退の件は明日にでも陛下に進言することにしよう」
「あ、その件ですが、報告は私が療養に行ってからお願いしますわ」
「なぜだ、早い方がいいって言っていただろう」
怪訝そうな顔をする父に、私は声を潜めて説明する。
「王妃様はわたくし自ら候補を降りたいと思っているなんて、露程にも考えないでしょう。ですが、それが覆ってしまうとせっかく育てたわたくしを何もせす手放すとは思えません。わたくしがいくら体調不良としても何かしら理由をつけて手元に留めようと強引な手段に出る可能性もございます」
すると、今まで沈黙を守っていたお母様が、辟易したように深くため息をついた。
「確かにわたくしが嫁ぐとなって王宮の公務から手を引くとなったときも、お義姉様がかなり引きとめてきましたね」
あー、お母さまのことも大分自分の奴隷扱いしてたのね。
辟易した表情が物語ってるわ。
「陛下が王妃に甘すぎるのも問題だ。王妃の頼みをなんでも叶えようとするからつけあがる」
「お兄様もお義姉様が関わらないと立派な方なのですが…」
お父様もお母さまも頭が痛い問題のようだ。
愛妻家の陛下が、王妃の我儘を「可愛いものだ」と全肯定してしまう歪な構造。そこに正論は通じない。
「ですが、わたくしを説得しようにも公爵家 にいなければ、押しかけてきても何もできかねますでしょう」
私の狙いに気づいたお二人は顔を見合わせてにんまりした。
「わかった。それでいつぐらいに出発するんだ?」
「5日後くらいと考えております」
「承知した。それまでは、お前について何か聞かれても、寝込んでいる、で通そう。お前も、その間は決して派手な動きはするなよ」
父は鋭い視線を向け、傍らに控える兄妹にも言い含めた。
「それまではクラウスもシャーロッテもアイリーンのことは聞かれても濁せ。療養に向かった後は公にしてもかまわん」
二人が力強く頷いてくれたのを見て、私は心の中で小さくガッツポーズをした。
よし、明日から早速荷造り開始だわ!
(でも、やっぱ買い物は行きたいなー、っていうかー、お忍びで行けばいいよね)
そう心に決めて私はほくそ笑んだ
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