反撃の炎
すみません、また1話投稿に戻ります
「……、っ!」
飛び起きた瞬間、喉の奥から乾いた悲鳴が漏れた。
心臓が早鐘を打ち、全身が嫌な汗でぐっしょりと濡れているのを感じる。
一筋の涙が頬を伝う
(……夢。……よね?)
私は震える両手を目の前にかざす。
そこにあるのは、街を焼き払い人々貫いたあの禍々しい黒い爪ではなく、白く、細い見慣れた私の手。
魔王にはなっていない、ただのアイリーン・フォン・ベルモットの手。
ほっとして両手をおろすと寝ている私にかぶさるように人影が重なった。
「アベル…」
頬を濡らす涙は私のモノなのか、アベルのモノなのか。
そう思えるくらいに、彼は今にも泣き出しそうな歪んだ表情で私を覗き込んでいた。
…ほんと忠犬だなぁ。
思わす笑ってしまった。
「お嬢様! お目覚めになりましたのね!」
水差しを手にしたハンナが、私の笑い声に気づいて血相を変えて駆け寄ってくる。
「大丈夫よ、二人とも。ただ、少しだけ立ち眩みをしただけだわ」
嘘は言っていない。
胸キュンしすぎて、興奮して鼻血だして気を失った。
なんていう詳細については黙っているだけで。
「心配かけてごめんね。体は全然大丈夫よ。」
「ほんとに体調は問題ありませんか? 療養してから調子が良かったとはいえ、やはり無理が祟ったのではないかと……」
ハンナは私を抱き起こすと、顔色や脈を確かめるように念入りに探ってくる。
その隣で、アベルもまた、悲痛な眼差しで私を凝視していた。
ああ、二人とも療養に来る前のあの衰弱していた私を思い出したのね。
(これはもう、ほんとのことは絶対に言えないわ…)
私は何事もないように、精一杯の淑女らしい微笑みを浮かべた。
「それよりも宰相閣下たちは?」
「あれから落ち着きを取り戻されて、今はそれぞれのお部屋でお休みいただいております。お嬢様は少々疲れが出たので、自室で休んでいるとだけお伝えしました。今後のことは明日にでも、というお話になっております」
「ありがとう、それでいいわ。わたくしはもう問題ないから二人もゆっくり休んでちょうだい」
気遣う二人を説得の上ようやく下がらせると、なんとか落ち着きを取り戻した。
そうして、静まり返った部屋の中で 一人になると嫌でもあの夢が脳裏に蘇った。
(あれは、原作のアイリーンだった…)
原作では傲慢で、執念深くて、自業自得な最期を遂げた悪役令嬢にしか見えなかった彼女。
迎えた討伐のシーンでは「ようやくかー」「エリーゼたん、よくやった!」なんて声ばかりでアイリーンを擁護する声はなかった。
けれど、夢で体感した彼女の内側は、なんて切なくて、なんて悲しい叫びに満ちていたのだろう。
魔王という化け物に祭り上げられ世界中の憎悪を一身に背負いながら彼女が最期に求めていたのは、誰か一人の温もりだった。
誰にも理解されず、愛されることもなく、ただ孤独の中で拒絶という名の刃に貫かれる恐怖。
私は自分の胸にそっと手を当てた。
(ここに原作の私もいるのかな…)
きっとあの夢の中の私も今の私の一部なんだと思う。
もし前世の記憶を思い出さなければ、あの孤独な結末を辿っていたのは間違いなく私なんだ。
教団は、クリスティナの力を知りずっと依り代になるものを探していた。
そして、私という膨大な魔力を持つ標的を見つけた。
そこからアイリーンの自我を奪うため、じわじわと闇に叩き落とすためだけに、蜘蛛の糸を貼るように見えない罠を仕組んだ。
あいつらは原作から外れた今も、クリスティナから力を奪うために執拗に付け狙っている。
クリスティナから力を奪った後、あいつらは魔力の無い私をほおっておくだろうか。
もし私がだめなら、……誰かを犠牲にして悲しい依り代を作りだすのだろうか。
だとすれば、私一人が逃げ切れば済む話ではない。
クリスティナを守り、私自身の破滅を回避する。
だけど、……それだけでは足りない。
教団の歪んだ計画そのものを叩き潰さなければ、あの夢のような地獄は形を変えて何度でも繰り返される。
そんなの、
「……許せないなぁ、絶対に」
私は暗闇の中で、静かにつぶやいた。
そして反撃の炎を瞳に宿し、手のひらを握りしめた。
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