神樹の番人
今日も二話公開予定です。
「神樹の、番人…?」
「さすがの君も神樹の番人のことまでは知りえなかったようだね」
聞きなれなれない言葉に私が問い返すと、宰相は得心したように頷いた。
「ええ、初めて聞きましたわ。閣下、神樹の番人とは、いったいどのような者なのでしょうか」
宰相はしばらく考えたのちに思い口を開いた
「私も伝承でしか知りえてはいない、が、神樹とは世界の崩壊を食い止めるための封印の要とされているものだ。世界の根幹を司る生命と力の源泉、と定義されている」
「世界の、根幹…その番人がクリスティナ様…?」
もっと詳しく教えてもらうため、口を開きかけたその時だった。
「それはどういうことでしょうか」
応接室の扉が静かに開き、一人の青年が姿を現した。
そこにいたのは、いつもの完璧な側近スマイルを消し、冷徹な瞳をしたフェリクスだった。
(あーあ。やっぱり隠れて聞いてたのね、うちの別荘、セキュリティガバガバじゃない)
私が背後のアベルをチラリと見ると、無表情のままわずかに肩をすくめて見せた。
なるほど、いるの知ってたな。
そんで部屋に入れたのはわざとかよ。
あとでおしりぺんぺんだぞ。
「フェリクス、いつからそこにいた」
「父上が、アイリーン嬢に父親失格だと認めたあたりからです」
フェリクス様は皮肉げに口角を上げると、私の隣に、それも妙に距離を詰めて腰を下ろした。
アベルの視線が突き刺さるような気がするけれど、今の彼はそれどころではないらしい。
「アイリーン嬢。先ほど君が言ってくれたこと、胸がすく思いだったよ。この人は昔から、"国のため"という免罪符があれば、家族の心さえ平気で踏みにじれる人だ」
「フェリクス、私は……」
「わかっています。ただあなたはクリスティナを守ろうとしただけなのでしょう。ですが、その結果がこれだ。彼女は刺客に襲われ、あわや命を落とすところだった。アイリーン嬢がいなければ、今頃父上が保護しようとしていたのは、彼女の冷たい亡骸だったはずだ!」
フェリクス様の鋭い叱責に、宰相閣下は言葉を失い、深く項垂れた。
「……すまなかった。本当に、すまなかった、フェリクス」
「謝罪なら、俺にではなくクリスティナに。そして、彼女を救い出し今も守ってくれているアイリーン嬢にしていただくのが筋というものでしょう」
フェリクスが私の手をそっと握り、閣下を真っ向から見据える。
待て、なぜ手を握る?それに距離感がおかしいから!
そんでアベルよ、殺気をしまえ。
これ以上のもめ事は勘弁ですよ。
一気に騒がしくなった応接室の中で、まったくもってため息しか出ない。
そんな私の救世主はハンナだった。
「お嬢様、お茶を入れなおしましたわ。さあ、お手をどうぞ」
にっこり笑ってフェリクスから私の手をさっと奪い取った。
そのまま流れるような動作で、私の両手にケーキ皿とフォークを押し付ける。
「あ、ありがとう……ハンナ」
これで両手が塞がったわ。グッジョブ、ハンナ!
物理的な攻撃で接触を遮断されたフェリクスは、一瞬だけきょとんとした顔をしたが、すぐに苦笑して身を引いた。
一方、背後のアベルもハンナの行動に辛うじて殺気を収めてくれたようだ。
ハンナは平然とした顔で、宰相閣下とフェリクスの前にも新しい茶器を並べると、何事もなかったかのように一礼した。
そのあまりにもマイペースな振る舞いに、この場を支配していた重苦しい空気が、あっさりと霧散していく。
「閣下も、フェリクス様もどうぞ。お話が長くなりそうですから、糖分を補給なさってくださいませ」
場の雰囲気が変わったところで私はケーキを一口頬張り、甘さにホッと息をつきながら、改めて閣下へ向き直った。
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