狙われる理由
私は冷めかけた紅茶を一口啜り、追い打ちをかけるように告げた。
「閣下。貴方の正義はあまりにわかりにすぎますわ。一番守りたかった子供たちにさえ届いておりません。それは、政治家としては正解でも父親としては零点ですわよ?」
「……その通りだ」
力なく笑う閣下の口元は、微かに震えていた。
「私は、あの子たちの父親失格だな。国を、王家を、そして冤罪の女性たちを守ることに腐心するあまり、一番近くにいた家族の心を修復不可能なほどにすり減らしてしまった。妻にも可哀そうなことをしてしまった。不義など微塵も疑ってなかったし、そのことをわかっていると慢心していた…」
その表情には、国を支える宰相としての誇りなど微塵もなく、ただ自分の至らなさを突きつけられた一人の男の哀愁だけが滲み出てる。
「アイリーン嬢、君の言う通り私の正義はひとりよがりだった。守るべき妻は心労でなくなり、フェリクスは私を軽蔑し、クリスティナは私に怯えている。……それが、私が選んだ道の報いなのだろう」
しょんぼりとうなだれている宰相。
(あーもう。そんな顔をされると、悪役になりきれないじゃない)
私は内心で溜め息をつき、少しだけ声を和らげ声をかけた。
「閣下。後悔するのはすべてが終わってからになさいませ。今貴方がすべきことは、膝を折って嘆くことではなく、その零点の成績をどうやって書き換えるか、ではないかしら?」
「書き換える……?」
「ええ。幸いなことに、フェリクス様もクリスティナ様も生きておられますわ。貴方が用意していた修道院よりも、この別荘の方がよっぽど居心地が良いとおっしゃるくらいには元気ですわよ。会って確かめてくださいませ」
私が少し意地悪く微笑むと、閣下は驚いたように目を見開いた。
「……彼らに、会わせてくれるのか?」
「条件がありますわ。まず一つ、わたくしの今後に、閣下の全権をもって便宜を図っていただくこと。わたくしの将来に王妃様や殿下が何を仰ろうとも閣下はわたくしの味方でいていただきますわ。よろしくて?」
「それは、王太子の婚約者の座に返り咲くために協力してほしい、ということか?」
「ちがいます!」
ああ、もう、どれだけエルヴィンに執着してたんだ、過去の自分!
全方向から誤解されっぱなしだし。
食い気味に否定した私に、宰相が呆気に取られたような顔をする。私は咳払いを一つして、真剣な眼差しで彼を見据えた。
「お父様、いえベルモット公爵からも奏上差し上げたように、わたくしは自分の意思で婚約者候補を降りました。ですが王妃殿下はご納得なされていない様子ですので王都に戻った際、何かしら無茶な命令を下されるのではないかと危惧しておりますの。その時宰相には、盾になってもらいたいのです」
宰相は何か考えている様子でうなずいた。
「ふむ。あり得る話だ。わかった。それについてはこちらも対策講を講じたいところだ。令嬢のいう通りにしよう。して、条件はそれだけでいいのか」
今のも確かにお願いしておきたいものだけど、もう一つ。本来のお願い事がある。
「いいえ、もう一つ。どちらかというとこちらが本題ですわ」
私は背筋を伸ばし、逃がさないという意志を込めて閣下を射抜いた。
「閣下はクリスティナ様が狙われることをご存じでしたわね。だからこそ、あんな強引な手を使ってまで彼女を北へ逃がそうとした。政敵なのか、あるいは別の勢力なのか。それとも教団なのかは存じませんが、なぜ、クリスティナ様が狙われているのか、その理由をお聞かせくださいませ」
私の問いに、応接室の温度が一段下がったような気がした。
「教団のことまで調べたのか」
私は沈黙で答える。
閣下は苦渋を滲ませた表情で、しばし私を静観していたが観念したようにゆっくりと口を開いた。
「なぜか、か…。彼女に自覚はないだろうがクリスティナには、神樹の番人の刻印が顕現しつつある。教団はそれをどこからか知りその力を求めているのだ」
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