昭和かよ
今日は二話公開予定です。
アイリーン視点に戻りました。
ロドゴ兄妹としばらく過ごした後からです。
穏やかな日々が過ぎていたある夜、
別荘の応接室には、凍てつくような沈黙が流れていた。
目の前に座るのは、国政を司る冷徹な鉄面皮のはずの宰相閣下。だが、今私の前にいるのは、心なしか肩の線が落ち、目の下に微かな隈を刻んだ、疲れ果てた父親の姿だった。
「……それで? お忍びでわざわざこんなところまで何の御用かしら。わたくし、体調不良で療養させていただいているだけなのですが?」
「君がフェリクスとクリスティナをかくまっていることは承知している」
ふうん、遅かれ早かれ気づかれるとは思っていたけど、思ったより早かったわね。
独自の影でも持っているのかしら。さすが国の中枢で采配を振るうだけのことはある。
「ふふっ、まさか、わたくしがフェリクス様たちを誘拐したとでもお疑いですか?」
私はあえて優雅に紅茶を啜り、挑発的に微笑んでみせた。
(よし、これぞ悪役令嬢って感じ、出せてる?)
背後ではアベルが、いつでも宰相の首を撥ねられるような威圧感を放ちながら控えている。
どっちかっていうとアベルの方が魔王様っぽいわね。
「いや。二人の無事は既に察している。アイリーン嬢、君には……感謝、している」
「あら、宰相閣下の口から感謝の言葉が出るなんて。明日は槍でも降るのかしら」
私は鼻で笑った。
もちろん悪役令嬢の演技継続中でっす。
内心では、恥ずかしさとあまりの気まずさに冷や汗が止まらないのだけれどね。
そんな私の胸中は知らずに閣下は苦渋に満ちた表情で視線を落とした。
そして、絞り出すように本音を語り始めたのだ。
「クリスティナを北の修道院へ送ったのは……あそこが安全だと思ったからだ。あそこは極寒の冷酷な修道院とされているが、我が家の息がかかった隠れ蓑でもある」
「知ってますわ」
私が即座に言い放つと、宰相は弾かれたように顔を上げた。
「っ、何だと?」
「あの場所がただの修道院ではないことも、貴方が彼女をあえて死者として扱うことで、何者かの手から逃がそうとしたことも、知っているといったのです」
私はわざとらしく扇子を広げ、その不器用な父親を憐れむように見つめた。
そう、私はハンナちゃんに宰相の動向を探ってもらっていたのだけれど、念のため北の修道院についても調べていたのよねー。
調べてみて驚いたわ。
なんとまあ、あそこは巧妙に隠されてはいたけど、実は宰相が後ろ盾になっている修道院だったのさ。
「…、さすが公爵家というべきか」
苦い顔で引き攣った笑みを浮かべた後、宰相はぽつりと真相を吐き出した。
「クリスティナが借りた本には細工がしてあった。精神を誘導する何か呪詛のようなものだ。そして、そんなものを寄越した相手など縁をきらせなければ、と思ったのだが。まさか、それがもとであのような行動に出るとは思わなかった…。だがそれを逆手にとって修道院へ送る手はずを整えた。道中で失踪の噂を流し、その後彼女を快適な別邸へ移す手筈だったのだ……私は、あの子を守りたかった」
宰相のその裏にあった心情を知り、私は内心で盛大にため息をついた。
****
北の修道院の裏の事情はこうだ。
事の発端は現王妃が王太子妃に着任された頃に遡る。
あの人、メイドや侍女に当たり散らして罪をかぶせることが日常茶飯事だったらしく、冤罪の生贄となった使用人、特に女性の罪人が後を絶たなかったみたい。
王妃になってからはその横暴に拍車がかかり、彼女たちが送られるゴミ捨て場として目をつけたのが、最果てにある北の修道院だった。
もともと北の修道院は、救いようのない大罪を犯した女性が送られる過酷な場所で、そこに送られるような重罪人など滅多に現れない。にも関わらず、王妃様は横暴の限りをつくし、ちょっとした粗相だけでも「そこに行け」と騒いだわけ。
そして王妃に甘い陛下も黙認した。ほんとふざけてるよね。
しかも、その理不尽な振る舞いは王妃宮の中でしかやらないから、他では『お優しい王妃様』と思われているのよ。
まあ、私もまんまと騙されていた口ですが。
マジであの王妃は碌でもないわ。
そんなヒステリックな命令をまともに受けていては使用人たちの命がいくつあっても足りない。
それで、宰相は王妃に目をつけられないよう、本来の修道院の隣に巧妙にカモフラージュした好待遇の修道院を極秘で設立して冤罪コースの使用人たちをかくまったのが真相のようだ。
ただ、それが公になるとまた王妃がうるさいので修道院の運営実態は国家機密レベルのマル秘扱い。
つまり、この人は王妃様の後始末に追われていたってわけだ。
どうやらフェリクスたちが小さいころに家に帰れなかったのはこれが原因っぽい。
後始末で家庭に帰る時間を奪われていただけの人だった。
年を重ねて王妃の横暴さが鳴りを潜めたことで、ようやく前ほどのブラック職場ではなくなったらしい。
けれど、時すでに遅く子供たちとの間には深あい溝が出来てしまった。
挙げ句、クリスティナへの教育が異常に厳しかったのも、魔力なしという瑕疵を撥ねつけられるほどの淑女にしなければ、という思いからだったらしい。
昭和かよ。
なんだか目の前の偉い人がただの貧乏くじを引いた中間管理職のくたびれたおっさんに見えてきた。
どこの世界もサラリーマンは辛いってか…。
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