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王都では① ~side王妃 事故後から現在~

「療養?」

その言葉に、紅茶のカップを手に取ろうとした指先がぴくりと止まった。

「はい。公爵家より正式に連絡がありました。令嬢は長期療養が必要だとのことです」


数日前にあの娘が学園での事故に巻き込まれ、重体だと報告が入ってはいたが…

あの娘の魔力があればすぐ回復するだろうと楽観視していた。

けれど、長期…。

報告を持ってきた侍女の声になにを言ってるんだか、と思った。


まさかそれほどひどい事故だったなんて…、と少しだけ不安がよぎる。

しかし、まだ数日だ、

きっと公爵が大げさに騒いでいるだけだろう。

あれも宰相に婚約の件でいろいろ言われていたのだから、いい機会だと思ったに違いない。

1週間もすればきっとあの娘のほうから復帰させてくれと懇願してくるに違いない。

その時は気を取り直して、アイリーンについての報告はそのまま聞き流した


しかし、予想外に半月たっても彼女の復帰については一向になしのつぶてだった。


「あれから連絡は来てないの?教育はどうなっているの?」

「はい、公爵家からは何も…」

「教育のほうも現在は体調不良のため、すべて停止しております。」

仕方がないのでこちらからあの娘について侍女や教育係に確認してみるが思ったような返事は出てこない。

静かな部屋に沈黙が落ちただけだった。


「……王太子殿下は?」

「特に何も。『休ませてやればいい』とだけで以降は令嬢の話はでておりません」


全く、エルヴィンが声をかけてやればあの娘は具合が悪くても、その体を引きづってでも王宮にやって来るのに…。

もしかしたらエルヴィンの気を引きたくて駆け引きでもしているのかしら。

…わがままも大概にさせなくてはいけないのに公爵も甘いわね。

仕方ないわ、もう少し待ちましょう。


私はゆっくりと手にした紅茶を口に運ぶ。

だが、なぜだか今日は味がしない。

言いようのない不安だけが積み重ねって言った。


さらに1週間以上たってもあの娘は連絡すらもなく、公爵家からは以前療養中との回答のみだ。

王宮ですれ違ったクラウスに聞いても、いまだベットから起き上がることができないとしか言わないし、ほんとかしら。

ただのサボり癖が付いただけなら、今一度お仕置きが必要かしらね。

そんな風にいら立ちが募ってきたころ、違和感は静かに積み重なっていった。


まずお茶会の準備が遅れはじめた。

ほかにも席次に細かな不備が出始め、何度もそれが続く。それに贈答品の選定が平凡なものばかりになってしまったり…。

前はあんなにもみんなが感銘をうけていたのに、今では


「……前回より、少し簡素ではありませんこと?」

「アイリーン嬢が体調不良になってから質が落ちてきた気がするわ」


聞こえるか聞こえないかの絶妙な声色で、ささやきあう婦人たちの噂話が増えていく。


誰が言い出したのかはわからないが、にこやかな声の奥に探るような雰囲気がにじんでいた。あげく


「あら、前回はもっと趣向が凝っておりましたのに」

そう言って、その婦人はにこやかに扇子を口元に当てた。


面と向かってそう言われた瞬間、周囲の婦人たちが視線を交わして示し合わせたようにくすりと笑う。


かぁっと頬に熱が集まり、悔しさに思わず扇子を握りしめた。


その後も上手く回らないお茶会が続き、不満げな視線がこのわたくしに刺さる。


いつからか、婦人たちの陰口がわたくしに疑いをかけ始めているのを感じ始めた。


ほんとに、今までも王妃の采配だったのか?と…


うるさい!

私は完璧であるべき存在なのに。

王宮の中心であるはずなのに。

それなのに、なぜ、今こんなにも屈辱を感じているの?

こんな…こんなことがあってはならないわ。

こんな状況は、すべてアイリーンのせいよ。

あの娘を早く何とか復帰させないといけないわ。

それに、こんなに迷惑をかけたのだからお仕置きが必要かしらね。


お茶会が終わった後、そんな風に考えていた。


さらに三日後、隣国の使節団のもてなしについての進捗報告がされると

「王妃様、例の外交使節団の件ですが……」

「まだ整っていないの?」

「何分資料がそろわず、確認事項も多くて手が回らないのです。以前はもっと早く対応できていたはずですが…」


文官は口ごもりながらも言い訳めいた発言をする。

そんなことを聞きたいんじゃないわ、言い訳はいいから仕事しろっていうのよ。

あまりにイラついて怒鳴りちらしそうになったが、ぎゅっと手の中にある扇子を握りしめ何とかこらえた。

「そう、でももう日がないのだから何とか頑張って頂戴」

にこやかに微笑んで、私は静かに扉を閉めた。


私室に戻り執事に静かに命令する

「公爵家…いいえ、アイリーンに直接に伝えなさい。体調は如何かと。もし思わしくないならあの候補者二人にも特別(・・)教育を始めようと思っているので無理はしてはだめよ、と」


柔らかく、あくまで心配している体で指示をする。

そういえば言えば、あの子は絶対王宮にやってくるはずだわ。

「特別」

この言葉があの子のプライドを刺激するに決まっているはずだもの。


だって、あの子ってばちょっとほめれば簡単に従順になって、

ほんの一言「あなたは特別なのよ」という言葉をかければ、いつだって目を輝かせていたんだもの。


(だから早く戻ってきなさい。そうして、二度と逃げ出さないようくさびを打ってあげる)

私は空を見上げてふふっとほくそ笑んだ。


***


…けれど、返ってきたのは思っていた答えではなかった。

「公爵家より令嬢の体調はいまだ芳しくなく、静養最優先とのことで…、その…、医師の勧めで療養地に向かったとのことです。すでに出立されており、そのため対面はできず…」


療養地に出立?


そんなにも身体が思わしくないの?

そんな体調では候補といえど王太子の婚約者としては名乗れなくなるじゃない。


あの娘が使えなくなる…


気が付くと手に汗が噴き出てきていた。この話は陛下に届いているのかしら?


「……王太子の婚約者候補の件に動きは?」

「公には動きはありません、ですが近く公爵が陛下に謁見を申し込んだようです」


それは、やっぱりアイリーンのことで、かしら。

陛下や宰相たちはもともとこの婚約話を早く取りやめさせたいと思っていた。

エルヴィンも…。

公爵が申し込んだらこれ幸いと白紙の話は進むだろう。


本来であれば、例えどんなことになろうともあの子が自ら降りるとは言わないだろう

だけど公爵家があの子の意思など関係なく動けば、陛下はうなずく。


(…あの娘を失うの?あれほど使える駒を?)

思わず、握った手のひらに力がこもる。


(ダメよ、そんなの!あれは私のモノよ。何としても戻らせるわ!)


「療養地に向かうといってたけど、どこかは聞いている?」

「いえ、聞いても静養先で体調を戻すことだけ考えてほしいので…と教えていただけず、

戻ってきたら報告するとしか…」


使えないわね、でも、静養先ってことは領地ではない?

とすれば考えられるのはあの温泉地よね。

確かに、療養にはもってこいね、あの娘自体も回復したいっていう気持ちがある証拠だわ。

であれば、あの娘には戻ってくる意思があるってことね。

本人が戻りたいといえば、いくら公爵が反対しても無駄だわ。

ふふっ、ここは仕方がないから待っててあげましょう。

けれど戻ってきたら、今までの分働いてもらわなくちゃね。


後は婚約の話をどうするか…。

白紙になったとしても手元に置く方法を考えてあげなくちゃ。


王太子妃でなくとも王宮に席を用意すればいいのよね。

そうよ、侍女長でも、側近でも名目はいくらでもある。

あの子だって、エルヴィンの傍にいるためにそれを望むはずだもの。

例え王太子妃になれなくても、あれだけべたぼれしているエルヴィンから完全に離れられるはずがないわ。

公爵令嬢を侍女長など本来はできやしないが陛下は私に甘い。

その気になれば何とでも言いくるめられるわ。


ただ…公爵家を敵に回すのはちょっとやっかいね。

簡単にはいかないかもしれない。せめてエルヴィンが協力的であれば…


わたくしは、アイリーンを手放さないための策を練り続けた。


アイリーンが落雷事故にあった辺りから現在までの流れです。


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