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……怖かった

別荘へ到着するやいなや、私は管理人や使用人に指示を飛ばした。


「フェリクス様を客室へお運びして。それから、治癒魔術が使えるものを大至急呼んでちょうだい」


私の剣幕に、別荘の使用人たちが一斉に動き出す。

運ばれていくフェリクス様は相変わらず「……、面倒をかけてすまない」と、どこか他人事のような無表情を貫いている。

マジでアドレナリンというのは恐ろしい。

一方で、ずっと彼の腕の中で震えていたクリスティナは、ショックが大きいのか今にも倒れそうだった。


「クリスティナ様、もう大丈夫ですわ。あなたはあちらの部屋で少しお休みになって。誰か、彼女に温かい飲み物と毛布を。それから落ち着くまで側に付いていてあげてちょうだい」

そう言い放ち、クリスティナを休ませることにした。


フェリクスのほうは腕と足の治癒魔術を施してもらい、傷はふさがった。

けれど、見かけ上は怪我は治癒したように見えるが骨はつないだだけなので、固定されるまではもろく、痛みはしばらく続くとのことで無理は禁物だとのことだ。

治癒師たちはそう報告すると、一礼して部屋を去り客室はようやく静寂が訪れた。


ベッドに横たわるフェリクスを改めて見つめると、包帯を巻かれてシーツに沈み込む彼の姿は、毅然とした王太子の側近というよりは、今にも消えてしまいそうなほど危うい一人の青年に見えた。


(いつも私を拒絶し蔑んでいた表情はどこ行っちゃたの?)


これほどまでに打ちひしがれた彼を見るのは、さすがに忍びなくて、なんとなくそばにあった椅子に腰を下ろした。


「……フェリクス様。お加減はいかが?」


私の声に、彼はゆっくりと重い瞼を持ち上げた。

いつも私を射抜いていた鋭い双眸は濁り、今はただ、頼りなく揺れている


「ベルモット公爵令嬢…」

私に気づいた彼は、掠れた声でそう零した


「アイリーンでよろしいですわ。わたくしもついフェリクス様とお呼びしてましたもの」

アドレナリンが切れ、本来なら叫び出したいほどの痛みが彼を襲っているはずなのに、

彼は視線を天井に向けたまま、力なく言葉を探しているようだった。


「……怖かった」


しばらくすると彼は静かに、己の矜持を削るような弱音を漏らした。


「あなたでも、そんな風に思うことがあったのですね」

私は、思わず本音が口を突いて出ると彼は自嘲するように、薄く唇を歪めた。


(あ、馬鹿にされたと思ったかな、そうじゃなくて…)


私は誤解を解くべく、努めて明るく少しおどけた調子で言葉を続けた。


「いえ、その…完璧な紳士だと思っておりましたから、そんな風に人間らしい一面もあるのだと知って、少しだけ安心いたしましたわ」

私の言葉に、フェリクス様は弾かれたように目を見開いた。

蔑まれるか、あるいは同情されると思っていたのだろう。

一瞬の沈黙ののち、彼は思い口を開いた。


「クリスティナを守れぬことが何よりも恐ろしかった。私は、侯爵子息として、王太子の側近として、腕にそれなりの自信があったのだけれど…」


彼は視線を再び彷徨わせ、苦渋に満ちた声を出す。


「あなた方が来てくれなければ妹1人守り切ることができなかっただろう。これほどまでに己の無力さを感じたことはなかった。自分は思っていたよりも弱かったようだ」


彼は震える右手で所在なげにシーツの上で動かした。


私は驚きとともに感動していた。

いつもの彼は冷静で毅然としていて、高位貴族としての矜持と正義にあふれた人だから、こんな風に弱音を吐くことなんて見たことなかった。

原作でも弱さを見せるのなんて、唯一、エリーゼへ愛を乞う時だけくらいだったはず。

けれど、その「弱さ」を今、目の前の彼が私に晒している。


(うぉー、イケメンの憂い顔って…母性くすぐるわぁ)


思わず反射的に、私は彼の手を両手で包み込んでいた。その手は氷のように冷たかった。

その手の冷たさに彼が、どれだけ緊張していたか、思いやられた。


「いいえ、貴方はよく頑張りました。誰かを守るために傷を負うことは、貴方が、無力だったからではなく、最後まで、勇敢だった証ですわ。クリスティナ様が無事だったのはあなたが諦めずに守り抜いたからです。あなたは立派に役目を果たしました。」


いつもなら、汚らわしいものを見る目で振り払われるはずの行為だろうけど、彼は拒まなかった。

それどころか、彼は私の手の温もりに縋るように、指先に微かな力を込めた。


「……今日あなた方が現れたときに私は……心の底から安堵したんだ。アイリーン嬢、本当にありがとう」


彼は視線をゆっくりと私の方へ向けてきた。

そこには、純粋な感謝と、ほんの少しの信頼が混じり合ったような眼差しだった。


(うぅ…不覚にもキュンキュンしてしまう…。しかもこんな風に面と向かってお礼言われると照れちゃうわね。)


思わず、顔が赤くなってしまう。

いけない、いけない。

彼は本来、私を冷徹に切り捨てるはずの“断罪メンバー”の一人だ。

ここで絆されてしまったら、未来の破滅フラグを折り損ねるかもしれない。

気を引き締めないと…。


「とにかく! 今日はもうお休みになって。今後のことは、まずはお身体をしっかり治してからですわ。」

背筋をピンと伸ばし、いつもの傲慢な令嬢の仮面を被り直す。

けれど、立ち去り際にちらりと盗み見たフェリクスは、私のそんな子供っぽい照れ隠しを見抜いたのか、心なしか穏やかに微笑んだように見えた。


(……くっ、やっぱ顔がいいぜ。しかもあんな顔、原作でも見たことないよ。反則過ぎるぅ)


フェリクスの意外性を目のあたりにしてますます顔が赤くなる。

それを隠すように私は足早に客室を後にした。



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