魔熊との死闘
『―――ガアアァオウゥ!!!』
巨躯を揺らし、咆哮を上げるヒグマの魔獣。
その圧倒的な質量を前に、この場にいたものたちは恐怖で凍り付く。
ヒグマは一巡すると私に狙いを定めたらしく、恐ろしいスピードで私めがけて腕を振り下ろしてきた。
瞬時に後方に下がり攻撃をよける。
「お嬢様!」
すかさずアベルが私の前に割って入った。抜き身の剣を構え、魔獣の凶行を一身に引き受けようとする。
「……っ、俺も、まだ動ける……!」
さらに、背後ではどう見てもボロボロのフェリクスが、立ち上がり剣を握り直そうとしていた。腕からは血が流れ、右足はどうも骨折したのか著しく腫れていて、とっても痛そう…。
しかし魔獣の殺意はなぜか私に向いている。
その隙を突き、黒装束の男たちは再びクリスティナの方へ向かっていっていた。
アベルの防壁がいまだクリスティナを守ってはいるが、このままでは突破されるのも時間の問題かもしれない。
よし、魔熊はアベルに任せよう。私たちはクリスティナだ!
「フェリクス様は一旦クリスティナ様の保護を。ですが無理をなさらないでください。わたくしが補助します。アベルはあの魔熊行けそう?」
「御意」
アベルが鋭く踏み込み、跳躍してヒグマにとびかかる
私はその隙に、黒装束の男たちに向かって扇を振りながら詠唱する
「風魔・渦圧陣!」
凝縮された大気がクリスティナに向かっていた男たちに向かって爆発し、一瞬にして吹き飛んだ。よし、ナイス自分!
一方、魔熊の方は巨体のわりに素早い動きと爪でアベルの剣をはじき弾き飛ばし、丸太のような腕を振り下ろす。
アベルも瞬時にの一撃を察してかわすと詠唱を唱える
「土魔術・金剛砕塵」
超高速で打ち出した岩の礫が散弾銃のようにヒグマに打撃を与える。その隙に体制を立て直したアベルが閃光のごとき剣を繰り出した。
手応えはあったように見えたが、魔熊の肉体は想像以上に頑丈だった。
『グォォォォォンッ!!』
アベルの剣を腕で受け流し叫び声をあげる。どうやら痛かったようだ。
怒りのあまりに我を失った魔獣はアベルだけではなく黒装束の男たちにも地響きを立てて突進し始めた。
鋭い爪を向け腕を振り下ろし始め、その勢いにリーダー格の男も餌食となる。
血の香りに狂った魔熊が、その巨爪ですべてを蹂躙し、今度はこちらへ向かって暴威を向けてくる。
「水魔……っ!」
はっと、我に返り詠唱をえる、がその眼前に迫る巨爪の方が速い。
側にいたフェリクスが前に出て私をかばおうとするが深手を負った彼では間に合わない。
(……しまっ……!)
恐怖のあまり思わず目をつぶる、が衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、その懐へ素早く潜り込んだアベルが、逆手に持ち替えた剣を地平に薙いだ
次の瞬間、三メートルを超えていた巨体が、信じられないことに胴体の中ほどから真っ二つに分かたれた。 断面からどろりと溢れ出す内臓と血。重力に従い、上下が別々の方向へと崩れ落ちる。
――ズゥゥゥン!
大地を揺らして沈黙したのは、魔獣だった肉塊だ。
静寂の中、アベルは返り血を浴びることもなく、無造作に剣を振って血を払った。
「倒した…の?」
ドッと溢れ出してきた疲労感に、私は思わずその場にぺたんと座り込んだ。
すぐ隣に、アベルが近寄り何事もなかったかのように剣を鞘に納めた。
返り血一つ浴びていないその涼しい顔はさっきの巨体な魔熊を真っ二つにした男と同一人物とは思えない落ち着きぶりだ。
アベルは座り込んだ私をさっと抱き上げ、いつもの定位置の縦抱っこにする。
沈黙を切り裂いたのは、クリスティナの声だった。
「お兄様っ!」
クリスティナの周りの術が溶けたようで彼女は馬車から飛び出しぬかるんだ地面も、転がっている死体も目に入らない様子で私の傍に立ち尽くしていたフェリクスに駆け寄り、胸に飛び込んだ。
「クリスティナ、無事か……?」
「はい……はい! お兄様、お怪我が……こんなに……っ」
泣きじゃくりながら兄の無事を確認する妹と、ボロボロになりながらも安堵の笑みを浮かべる兄。
闇に包まれ始めた荒野で、そこだけが聖域のように柔らかな光に満ちていた。
いやぁ美男美女、絵になるわね。
「……ベルモット公爵令嬢」
ふいに、フェリクスが私を呼んだ。
クリスティナを抱きしめたまま、彼はどこか複雑な、それでいて憑き物が落ちたような眼差しをこちらに向けていた。
「ありがとう……ございます。あなた方が来なければ、今頃……」
「いいえ、間に合ってよかったですわ」
あらあら、あの攻撃的だったフェリクス様が、こんな殊勝な態度を見せるなんて。
ちょっと感慨深いわね……。
なんて浸っていたのも束の間、私は、きれいな顔にやけどを負い、服はぼろぼろ、そして彼の左腕から流れ続ける血液とめっちゃ腫れている右足が痛々しくて思わず声をかけた。
「ところでフェリクス様、お身体……本当に、大丈夫ですの?」
「あ、ああ……。言われてみれば、感覚が……」
私の指摘に、フェリクス様は自分の左腕と右足へ視線を落としようやく自分のケガが重症だったことに気づいたようだ。
おおーい、マジか。
見てるだけでも痛そうなのに、気づかないってある?
興奮してアドレナリンが出すぎているのかな。
「感覚がないのは重症ですわ。下手に動かさないでくださいまし。あいにくわたくし、治癒魔術はあまり得意ではないですし、他にこの場に治癒魔術を使える者はおりません。ひとまず、私の別荘へお運びしますわ」
アベルにもう座らないから大丈夫よ、と目配せしてその逞しい腕から下ろしてもらう。
それから、馬車の陰で気を失っていた卸者の様子を確認させたが、幸い命に別条はなさそうだ。
私たちはアベルの馬に二人乗りで駆けつけていたけれど、
現場の後始末を彼に任せ、帰りは怪我人を運ぶ馬車に私も同乗させてもらうことにし、急ぎ別荘へと向かった。
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