楽しい楽しい療養生活
一通り別荘に荷物を運び入れ、管理人に挨拶を受けるとハンナが紅茶を入れてくれた。
逃げ切った後の紅茶は格別ねー。
優雅にティーカップを傾けながらここまでの道のりを振り返っていた。
馬車がこの地に踏み入れると窓から見えていたのは石畳の道の隙間からの白い湯気。
澄んだ空気と、目に鮮やかな深い緑。
(これよ、これこそが温泉地だわ……!)
実感とともに胸が高鳴る。
しかも高級観光地だけあって街並みもきれいだしカフェや土産物店などが立ち並び、多くの人々で賑わっていた。
これだけで旅行気分を味わえるわねー。気分も自然に高揚してくる。
おしゃれなカフェで優雅に読書なんて言うのもいいわね
それだけでもうすっかり元気になりそうな気がした。
我ながら単純だとは思うけど。
そんなことを考えながら、特注のワンピースでくつろいでいる。
フロックコートのような長めのワンピースを腰のリボンで結んで見た目は女性騎士のような、それでいてかっこかわいいゴスロリワンピースなんだけど、内側の素材がパイル生地で素肌に着るとパジャマのような着心地で尚且つどんなに寝転がっても大丈夫なようにワンピースの下はパンツスタイルだったりする。
パジャマにみえないようで、じつはパジャマっていうのを考案したのよ。
このワンピースを同じ型で色違いを数着着回ししているのだ。
ハンナにどんなに止められようとも、ここにいる間はこれで過ごすわよ。
「お嬢様、この別荘にも温泉が引いてあると管理人が申しておりました。お体のためにも、まずは内風呂で……」
「いいえ、ハンナ。近くに共同浴場があるらしいじゃない。あちらの方が大きくて開放的だわ。アベルに連れて行ってもらわなくちゃ」
「共同浴場なんて危険です。禁止でございます」
わお、ハンナちゃんの強力パンチで先制されたぜ。でも負けない!
「アベルがいるから大丈夫よ」
「アベル様と混浴されるおつもりですか?」
ため息とともに破廉恥なセリフが飛んできた
傍らで控えていたアベルは様相を崩さず黙っているが、ちょっとだけ頬が赤い気が…する。
いやん、えっち
「いや、それはさすがに…無理デス」
「では大人しく屋敷のお風呂でお願いします」
にっこりと笑うハンナちゃんにすでに負けそう。
「でもね、でもね、共同浴場の方が広いし、露天だし…いかにも温泉に来ました!っていう開放感があるでしょう? 病は気からって言うし、効能だってきっと源泉の方が強いわ。だから、ね……?」
「危険すぎるので却下です」
くそう、ハンナのガードが固すぎる。意見を覆せるだけの何かを…
「そんなガッチガチでダメ出しばっかりじゃストレスで余計体調悪くなるわ!わたくしがずっと治らなくてもいいのね!」
「……」
おっと、これは効いたか。
「だいたい、心身を癒やすためにここに来たのよ。広々としたお風呂でリフレッシュすれば、そっちのほうがよく効きそうよ、だから、ねっ」
「………、はぁ」
ハンナが深いため息をついて、仕方ないって顔になった。よし、あと一息ね。
アベルは相変わらず私たち二人のやり取りには口を挟まず、置物のように淡々と護衛を続けているけれど、珍しくその視線はどこか泳いでいる。まるで巻き込まれまいとしているようだ。解せぬ。
「お願い、まずは、1回、1回だけでも行かせてよ」
「…わかりました。それで気が済むなら今回、一度きりですよ。あとはダメですからね」
「やったぁ、ありがとうハンナ」
「アベル様、大変申し訳ありませんが、こういう時のお嬢様は引きません。入浴中は私がお守りします。…護衛が大変かと存じますが何卒お願いします。」
「…御意」
あ、こっちも深いため息。
でも許可出たー!やったね。
ウキウキ気分でアベル椅子で街中の共同浴場へ運んでもらうと、アベルには入り口で護衛してもらい、女湯の方にハンナと入り、広々とした湯船に浸かる。
気持ちよさに思わずふにゃりと頬が緩む。
けれど、これほど立派な浴場なのに、なぜか他にお客の姿がないわね。
「お嬢様、本日はこちらを貸し切りにいたしました。私共以外は誰も入って参りませんので、ご安心を」
不思議に思っているとハンナが声をかけてきた。
「あら、流石だわ……」
なるほどー、さすが公爵家の権力 (と財力)のなせる技ね。
これでゆっくり入れそう。
少しぬめりのあるお湯は保湿効果抜群のようでお肌がすべすべするー。
わーい、うれしいー。
心なしかハンナちゃんもご満悦のようで機嫌がいい。よかったよー。
ハンナちゃんとふたりきりの混浴だよん。
アイリーンがスタイル良いのはわかるけど、こうやって見るとハンナちゃんも、かなりの…
(ハンナ、着やせするのねぇ。触ったら怒られるかしら…)
怒った彼女を想像してわたしは欲求を押し隠した。
何事もなく湯から上がり、火照った体で外に出ると、やっぱりこの美しい街並みを散策してみたくなった。
ハンナとアベルに視線で訴えかけると、二人はここで下手に拗ねられるよりは一度満足させた方がマシと判断したらしい。
「少しだけですよ」と許可が出た。
アベル椅子の上できょろきょろ見渡すと街道沿いにお洒落なテイクアウト風のお茶のお店が目に入った。店先にはゆったりとした長椅子も置かれている。
そういえば、お風呂上がりだしすごく喉が渇いているわね
「アベル、あのお店に向かって」
お店ではお茶の他にもミルクと果物を使った飲み物も売られていた。
そこで三人分の飲み物を購入し、長椅子におろしてもらう
私とハンナはベリーとミルク飲み物、アベルはシンプルに紅茶を選んだ。
「……わぁ、美味しい!」
甘酸っぱいベリーと濃厚なミルクが、渇いた喉に心地よく染み渡る。
「失礼」
不意に声をかけられ、顔を上げた。
そこに立っていたのは、旅装の青年だった。
上質ではあるが派手ではない外套のフードを深くかぶって顔を半分ほど隠している。
特に殺意なども感じない。同じく観光者なんだろう。
アベルが瞬時に私の前へ立ち、鋭い視線で彼を牽制したが、柔和な雰囲気で危険人物には見えなかったから、大丈夫、と手で制す。
「急にお声がけしてすみません。あまりにおいしそうに飲んでいたものでつい…。何を召し上がっているのですか?」
「こちらはベリーとミルクの飲み物ですわ。そこのお店で買いましたの」
「なるほど、それはうまそうだ。僕も試してみよう」
そういって素早く飲み物を手に入れた彼は、少し離れた反対側の長椅子に腰掛けた。
手にしたカップをゆっくりと嚥下するその立ち居振る舞いは上品で、隠しきれない気品に溢れている。間違いなく高位の貴族だ。
彼は穏やかながらも、妙に観察するような視線でじっと私を見ている。
知り合いだったかしら?と思わず顔を上げると彼の視線とぶつかった。
外套の隙間から零れ落ちた髪は艶やかな黒、さらに隙間からは金色の瞳が浮かんでいる。
私は思わず息をのんだ。
この国では珍しい色合い、まさか当て馬2号…?
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