よし、捨てよう!
馬車に戻るとハンナが涙目でオコだった。
「お嬢様!あれほど無茶はしないとおっしゃっていたではないですか?馬車を無人にするわけにもいかず、あとを追うこともできずにどれだけ心配したか…」
「ごめんね、ハンナ」
「お嬢様なんてもう知りません」
「ほんとごめん、機嫌直して、ね、飴あげるから」
「いりません。そしてまた持ち歩いていたのですか?あとで取り上げますからね。……ですが、ご無事でよかったです」
そういって泣きながら抱き着いてきた
オコのハンナもかわいいけど泣き顔もかわいいぜ。きゅんだわ。
アベルはそんな私たちを見ても何事もなかったようにそっと前に座り込んだ。
それを機に馬車は公爵家に向かい始める。
ハンナが落ち着いてきたころ、自分の行動を思い返し恥ずかしくなったのだろう
落ち着きがなく頬が赤くなっている。
侍女としての矜持で押しとどめているが、叫び出したい衝動があるのだろう。
わかるわー。
夜、布団の中で思い出して「きゃあああ」となりたくなるあれでしょう?
私もよくあるもの、その衝動。
そんなハンナを見ないふりしてあげるのも主人の役目よね、
そう思って視線を逸らそうとしたとき、ふとアベルと目が合った。
じっとこちらを見ている。
え、何?顔になんかついてる?
問いかける前に、アベルは静かに右手を差し出した。
ゆっくりと開かれる手のひらの中には赤っぽく、しかしどす黒くも見える石がある。
まるで血を吸ったような、不吉な暗紅色だ。
「先ほどの、消えた魔獣のそばに落ちてました。」
やだ、ちょっとそんなの拾ってこないでよ。
私は石を凝視すると、その石に微かに何かの魔力の残滓が感じられた。
ちょっとこれ、また魔獣にならないわよね、この馬車の中でまたあんな魔獣が現れたら嫌だわ。
しばらく凝視してみたが魔石に異常は見られなさそうだ。魔力の残滓も消えている。
すこし安心したが、それを手のひらに乗せ続けているアベルに問題がないか不安になってきた。
「アベル、それ、直接触れ続けていて平気なの?」
アベルは問題ないというように、ゆっくりうなずく。
よかったー。ちょっと安心した。
とはいえ……この展開って、もしかして、魔王復活の序章とかそんな話になったりしないよね?
せっかく闇落ち回避したのに、やっぱり強制力とかないよね?
(よし、捨てよう!)
ここで、余計なことが起こるのはごめんだぜ。
「……アベル、これ、捨ててきてくれない?」
「御意。後程処分いたします」
アベルは何事もなかったかのように、手のひらの石をそっとハンカチでくるみ胸の中にしまった。アベルのことだ、あとできちんと処分してくれるだろう。
ほっと一息つく。でも…あれ、そのまま捨てていいのかしら。
クリスティナをさらおうとしてた男がテニスボールみたいなの投げた瞬間、魔獣が現れた…。
ということは、この石になんか細工して魔獣を人工的に作ったってことも…
(いや、さすがにない、ない)
そう思い込もうとしてるんだけど、物語によくある設定が頭にちらつく。
そう、小説や漫画だと、この石が魔獣の核だったりするんだよねー
って…、これもそんな気がしてしょうがないんですけど。
(もし、あれが王都中にばらまかれたら…)
あんなものが簡単に王都中に出没したらパニックどころじゃないよ。リアルジェ〇シックパークってか。
この石、何かこの後の展開に必要なキーパーツというか、闇落ち令嬢の勘としか言いようがないけど絶対、それな、って気がするー。
捨てれば安全だけど、でもなぁ捨てなければ解析も可能なわけで…。
誰が、何のために作ったのか。
理性で判断すれば、このまま石を外に放るのは危険すぎる。放置しておいたら、次にどんな形で牙を剥くか……
あーもー、こんなのさー原作になかったじゃん。
これじゃこの先何が起きるか誰にもわからないよう。
手元に置くことで、少しでも情報を得られるなら、放置するよりはましなのはわかっているんだけど。
(ああぁぁ、もう!巻き込まれたくないのにぃ!!)
私はふぅ、と小さく息を吐いた。
「……やっぱり、手元に置くわ」
アベルは静かにうなずき、胸の中の石を握り直す。
その存在感は小さくとも確実に、馬車の中の空気を重くしていた。
(しかたない、安心安全なお嬢様ライフのためには予測不可能な出来事はつぶしておかなきゃ)
私のそんな考えをよそに王都の喧騒を抜け、馬車はようやく屋敷の門をくぐった。
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