6. 祝祭の子供たち
あの日降っていた雪は、夜になると誰も外に出ることができないほどの猛吹雪になった。
外は真っ暗で、ごうごうと風の音が渦巻いて、閉めきった窓はたえずガタガタ鳴っていた。
――ねえ、フィニアン。
夜、みんなが寝静まったあと。
ラセルは勇気を出して問いかけた。
――あの子……ほんとに生きてたの?
真夜中になってようやくあの子の部屋の中から出てきたフィニアンは、扉のすぐ近くに座りこんでいたラセルの姿を見て驚き、寝室に戻って早く休むようにとうながした。一度はベッドにもぐりこんだのだ。でも、どうしても眠ることができなかった。ざわざわと胸が騒いで、眠りにつくことなどできそうになかった。
――あの子が助かったのはきみとケルシーのおかげだよ。
ラセルの問いかけに、フィニアンはまるで怖い夢を見た子供をなだめるように答えた。
うそだ、とラセルは思わず言った。
――でもフィニアン、ぼくは見たよ。あのとき絶対、もう……
――ラセル。
フィニアンは嘘をつかない。けれど、隠しごとをするのは上手だ。
人形みたいに精巧なその微笑みの下には、あのきれいなエルフィリア・ブルーの瞳の奥には、きっと誰よりもたくさんの秘密を隠しているのではないかとラセルは思う。
――誰にも言っちゃだめだよ。
そのときもやはりいつものように微笑んで、フィニアンはこう言った。
――あの子は、ちゃんと生きていたんだから。
…………
……
(なあ、ラセル)
横からひそかに呼びかける声。呼ばれたのは自分だ。ラセルが顔をそちらに向けると、さっきから妙にそわそわとして落ち着きのない隣のアルドは、聖堂の入り口のほうにちらちらと視線を送りながら小声で話しかけてきた。
(あいつさ、ちゃんとくるよな)
今日はいつもより早い時間にシスターが起床のベルを鳴らし、子供たちは順繰りに水浴びをして身体を清め、きれいな新しい服を着て聖堂に集まった。
主祭壇の前に立つ神父様の装いもいつもとは違う。凝った図柄が織り出された青い祭服を身にまとい、間もなく始まるお祈りの準備を行っている。
聖エルフィーヌの祝祭。
毎年の祝日ではなく、今年は七年に一度だけの特別な祝祭になるのだという話を昨日みんなで聞いた。
これから毎日こうして早起きをして天使様のためにお祈りをするという。それは教会の子供たちに与えられた、最も大切な役目らしい。
三歳のアンやジョルジュ、四歳のノエはまだ眠そうだ。六歳のピエリック、五歳のニナ、ジロー、ほかのみんなはこれから何が始まるのか知っている。寝ぼけ眼で引きずられてきたネルやフェリクスもここにくるまでの間にすっかり目が覚めて、今はしゃんと背筋を伸ばし、お祈りの時間が始まるのをじっと座って待っている。
(……あいつじゃ誰だかわかんないよ)
(シエルだよ、シエル)
やっぱ呼びに行ったほうがよかったかなあ、とずいぶん気をもんでいる様子のアルドは相変わらずだ。
その無邪気な顔を見ていると、ラセルは呆れる。
(こないでしょ。……いつもこないんだから、別にこなくていいんじゃないの)
(はあ? 何だよ、その言い方)
聞き捨てならないとばかりに食ってかかろうとしたアルドだったが――前方にいるシスターの視線を感じたのか――それ以上、声を荒げることはしなかった。ただ嫌悪と軽蔑をこめた目でラセルを睨み、聞こえよがしの大きな舌打ちをしただけで。
(昨日、神父様にきいたんだ。そしたら今日からのお祈りはあいつもくるって言ってたのに)
拗ねたような声音で言うアルドに、知らないよ、と心の中で言う。
けれど、そう言われてみれば少し変だと思った。マリエル神父とシスターの様子が何だかいつもと違う。今日から始まる特別な祝祭の準備をしている最中なのだからそれは当たり前ではあるのだが、それだけではないような。うまく言葉にはできない。
――もしかしたら、昨夜のうちに何かあったのかもしれない。
ラセルはそう直感した。何かがあって、それを子供たちに隠そうとするとき、大人は妙によそよそしくなるのだ。
見上げると、聖堂の中にはガラス絵の天使様の青い光が降り注いでいる。
(……そういえば)
教会の子供たちだけのお祈りだからと今まで気にしていなかったが、今日はフィニアンもいない。そのことがやけに気にかかった。
何があったのだろう。
それとも、ただのラセルの思い過ごしだろうか。
やがて神父様が厳かに響く声で聖典の書の祈りの言葉を唱え始めた。
「いと高きところでは神に栄光あるように、地の上では御心にかなう人に平和がありますように……」
聖エルフィーヌの祝日にはエルフィリアの花が咲き、町に天使様が帰ってくるという。人々はそのことを当たり前のように信じ、町はいま喜びにあふれているという。
けれど、本当に本当なのだろうか。
七年に一度のたった一日だ。たとえばもし、その日に花が咲かなかったら? 人々はどうするのだろう。
わからない。そのようなことは考えるべきではないのかもしれない。
みんなと一緒に目を閉じて祈りの言葉を唱和しながら、ラセルは何か不吉の予兆のような、言い知れない不安を感じていた。




