0. 追想
母はとても美しいひとだったという。
裕福な商家の娘で、気品も家柄も申し分ないと思われたが、そんな母と父との結婚に周囲の者は口をそろえて反対した。貴族とは名ばかりの、没落寸前であった当家にとってそれは願ってもない良縁のはずであったのに、誰一人として歓迎する者はいなかった。
冬の病。
ある日突然、体内を巡る血の脈が凍ってゆくような恐ろしい寒気に襲われる。全身の震えは止まることなく、急激な低体温、重度の倦怠感、呼吸困難に至り、発症すれば必ず死亡する。この町に生まれた母が父との結婚を許されなかったのは、土地の病であるこの死病を恐れてのことだった。
しかし結局、父は母と結婚した。母は三人の男児を産んだが、元々あまり丈夫な身体ではなかったためか三人目を産んで徐々に弱り、若く美しいまま死んだ。母と同じ金色の髪と緑色の瞳を与えられ、母の命を奪うように生まれたこの私を、父はそれでも愛してくれた。愛した妻の忘れ形見として、ときに父と同じ茶色の髪に青色の瞳をもって生まれた二人の兄を蔑ろにするほどに。
母の血を濃く受け継いだためだろうか。私は次第に病気がちになり、十二歳の冬を迎えたある日、身体の震えと悪寒が止まらなくなった。医士の診断を受け、父はたちまち青ざめた。
「ああ、何ということだ。……だがお前の血は半分だ。半分は母の血が流れているが、もう半分はこの父の血だ。血が半分であれば無事に治った者もいると聞く。きっと治る。いや、治してみせるとも」
そう言って私の手を握る父の頬に幾筋もの涙が滑り落ちてゆき、私は自分の運命を悟った。
もはや奇跡にすがるほかなかったのだろう。父は町の教会に多額の寄進をし、来る日も来る日も祈り続けた。私は既に自分の運命を受け入れていたが、ふと父の言うような奇跡は本当に起こるのだろうかと考えた。人ひとりが捧げる祈りなど、神がいちいち細やかに聞き届けてくれるわけがないだろうに。この町は神に見捨てられている。でなければ、人々がこのような病で苦しむはずがないだろう。
「そうだね。そのとおりかもしれない」
私は既に意識が混濁し、声を発することもできなくなっていた。
けれど不意に、寒さと苦痛が和らいだ気がした。
いつの間にかそばにいた誰かの暖かな手が、頬のあたりにふれたのだ。
芳しい花の香りを感じ取り、私は目を開けた。
奇妙なことだ。冬の終わりはまだ遠く、私はもう二度と目覚めることなどないはずだった。
――奇跡だ、と父は叫んだ。
気がつくとあの声の主の姿はどこにもなく、寝台の上には一輪の花が残されていた。
私はその花の名を知っていた。
数年に一度だけ咲く、青い奇跡の花。
そのつぼみが花開くとき、呪われた冬の町には祝福の春が訪れる。




