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第十三話 革命

 息を切らしながら路地を抜け、人気のない裏道を進む。


 見慣れた石畳が視界に入った時、レオはようやく足を止めた。


 目の前には、エバーガーデンへ続く地下への入り口があった。


 レオは小さく息を吐く。


「……戻ってこれた」


 石段へ足を掛けようとした、その時だった。


「レオ」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向く。


 そこにはクロイツが立っていた。


 腕を組み、静かにレオを見つめている。


 レオは辺りを見回した。


「ノーラは?」


「ミレナは?」


 クロイツは短く答えた。


「大丈夫だ」


「二人とも中にいる」


 その言葉に、レオは肩の力が抜けた。


「……そうか」


 思わず安堵の息が漏れる。


 だが、すぐに眉をひそめた。


「なら何でお前はこんなところにいるんだ?」


 クロイツは答えなかった。


 ゆっくりとレオの前まで歩いてくる。


 そして。


「すまなかった」


 深く頭を下げた。


 レオは目を見開く。


「……は?」


 クロイツは頭を下げたまま続けた。


「あの日、ミレナと二人で行動させたのは俺の軽率な判断だった」


「結果として、お前を帝国に指名手配される立場へ追いやってしまった」


「本当にすまなかった」


 レオは言葉を失う。


 どう返せばいいのか分からなかった。


 謝罪を受け入れるのか。


 怒ればいいのか。


 それとも拒絶すればいいのか。                                     何一つ分からない。


 自分より倍も年上で。


 自分より何倍も濃い人生を歩いてきたであろう男が。


 知り合って数日の若造へ向かって、ここまで深く頭を下げている。


 そんな光景を、レオは今まで見たことがなかった。


「……やめろよ」


 気付けば口から言葉がこぼれていた。


「別に、お前のせいなんて思ってねぇよ」


 ぶっきらぼうな言い方だった。


 クロイツはゆっくりと頭を上げる。


 その表情は、どこか穏やかだった。


「ミレナを助けてくれてありがとう」


 静かな声だった。


「お前が飛び出してくれなかったら、あいつは捕まっていたかもしれない」


 レオは照れくさそうに視線を逸らす。


「そんな大したことじゃねぇ」


 クロイツは小さく笑った。


「それでも礼は言わせてくれ」


 一拍置く。


「今後、お前の生活はエバーガーデンで面倒を見る」


「安心してここで暮らせ」


 そう言って踵を返す。


「今日はもう休め」


「詳しい話は明日にする」


 クロイツは地下へ続く石段を下りていった。


 レオもその後を追う。


 地下へ入ると、そこにはいつものエバーガーデンの光景があった。


 食堂から漂う温かな匂い。


 談笑する団員たち。


 荷物を運ぶ者。


 掃除をする者。


 そして広間の奥では、エリアスがノーラの肩へ包帯を巻いていた。


「少し染みますよ」


「……効いている証拠です」


 ノーラは苦笑する。


 その隣ではミレナが静かに椅子へ腰掛け、本を読んでいた。


 レオに気付くと、小さく目を合わせる。


「……おかえり」


「ただいま」


 短いやり取りだった。


 二人とも無事だった。


 それだけで十分だった。


 クロイツはレオへ視線を向ける。


「部屋は用意してある」


「今日は何も考えず休め」


 レオは頷いた。


「ああ」


 案内された小さな部屋には、簡素なベッドと机、それに椅子が一つ置かれているだけだった。


 ベッドへ腰を下ろす。


 全身が悲鳴を上げる。


 三日間の尋問で負った傷が、一気に痛み始めた。


「いてぇ……」


 小さく漏らし、そのまま横になる。


 柔らかな布団の感触が身体を包み込んだ。


 監視局の冷たい椅子とは違う。


 銃声も。


 怒号も。


 もう聞こえない。


(生きて……帰ってきたんだな)


 その実感がようやく湧いてくる。


 重くなった瞼を閉じる。


 久しぶりの安堵とともに、レオは深い眠りへ落ちていった。


 翌朝。


 広間の方から響く喧騒でレオは目覚めた。


「なんだよ…」


 目を擦りながらベッドから起き上がる。


 コンッ


 コンッ


 ノックが二回。


「早く起きなよ、寝坊助さん」


「もうみんな広間に集まってるよ」


 ドアの向こうからテルの声が聞こえる。


「なんだよ……」


 レオは訳もわからずドアを開くとそこにはテルが待っていた。


「おはようレオ」


「団長から君を連れてくるように言われたんだ」


「早くしないと俺が怒られちゃうんだから」


 テルは寝起きのレオの手を引いて部屋から連れ出す。


「おい、ちょっと待てって」


 すぐに広間につく。


 そこには団員たちが次々と集まってきていた。


 昨日までと違う。


 広間には、どこか張り詰めた空気が漂っていた。


「何か始まるのか?」


 レオは近くにいたテルへ尋ねる。


 テルは小さく笑った。


「団長が全員を集めるなんて滅多にないからね」


「大事な話なんだと思うよ」


 レオは広間を見回す。


 昨日見かけた顔がほとんど集まっていた。


 エリアス。


 ノーラも肩へ包帯を巻いたまま壁際に立っている。


 ミレナはその隣で静かに広間を見つめていた。


 やがて。


 クロイツがゆっくりと壇上へ上がる。


 それだけで広間は静まり返った。


 誰も口を開かない。


 全員の視線がクロイツへ向けられる。


 クロイツは団員たちをゆっくり見渡した。


「お前ら、聞いてくれ」


 静かな声だった。


 だが、その一言だけで広間は水を打ったように静かになる。


「俺たちは地上で居場所を失った、訳ありの人間の集まりだ」


「地上で暮らす人間や、この国の法律に思うところがある奴も少なくないだろう」


「だから俺たちは、この国を変えようとしている」


 団員たちの間から力強い声が上がる。


「その通りだ!」


「やってやる!」


「地上の連中を見返してやろう!」


 広間の熱気が一気に高まる。


 しかしクロイツは静かに右手を上げた。


 歓声が止む。


「勘違いしないでほしい」


 低く、よく通る声だった。


「俺たちが目指すのは、単に武力で起こす革命なんかじゃない」


「力で無理やり押さえつけて解決する物事には、いつか限界が来る」


「俺たちがそうだったように、いつか必ず大きな反動となって返ってくる」


「俺はそんなものに興味はない」


 団員たちは静かに耳を傾けている。


「必要なのは」


「相手を納得させるだけの根拠を示すことだと、俺は思う」


「だから相手に血を流させてはいけない」


「もちろん、俺たちの中からも血を流すことは許されない」


 広間がざわついた。


「そんなの理想論だ!」


 一人の団員が声を上げる。


 クロイツは小さく頷く。


「その通り」


「理想だ」


 声に力が入る。


「だがな」


「理想を追い求める努力もしなかった人間が」


「他に方法がないから他人を殺すなんてのは、都合のいい言い訳なんだよ」


「それは、お前らが嫌っている帝国のやり方じゃないのか」


 誰も何も言わなかった。


 広間は静まり返る。


 クロイツは団員全員を見渡した。


「ここで宣言する」


「誰一人殺さず」


「誰一人死なせない」


「俺たちが目指すのは、単なる革命じゃない」


「無血革命だ」


 静まり返った広間で、一人の団員がゆっくりと手を挙げた。


「でも……どうやってです?」


 その一言に、団員たちも顔を見合わせる。


 クロイツは口元をわずかに緩めた。


「まずは仲間集めだ」


 そう言うと、壇上へ一つの紙束を置く。


 団員たちの視線が一斉に集まった。


「これは監視局から持ってきた住民台帳だ」


 ざわめきが広がる。


 クロイツは頷く。


「ここには、この周辺で暮らす国民の情報が記録されている」


「職業」


「経歴」


「前科」


「その他、様々な記録だ」


 団員たちは息をのむ。


 クロイツは紙束へ軽く手を置いた。


「そして、これがあれば」


「俺たちがずっと探していた絵描きと踊り子を見つける足掛かりになるかもしれない」


 広間の空気が変わる。


 期待と驚きが入り混じったざわめきが広がった。


 その時だった。


 クロイツがゆっくりとレオを指差す。


「この住民台帳を持ち帰れたのは、レオ・アルヴェインのおかげだ」


「……は?」


 レオは間の抜けた声を漏らした。


 次の瞬間。


「監視局から盗んできたのか!」


「やるじゃねぇか、新入り!」


 団員たちが一斉にレオの周りへ集まってくる。


 肩を叩かれ。


 背中を叩かれ。


 次々と声を掛けられる。


「おい、やめろって!」


 レオは困ったように手を振る。


(クロイツの野郎……)


(俺を神輿に担ぎ上げるつもりだな)


 壇上ではクロイツが満足そうにその様子を眺めていた。


 やがて再び手を上げる。


 団員たちは静かになった。


「当面の目標は二つ」


「八十年前の絵と踊りを再現できる人材を見つけること」


「そして、それ以外の仲間も増やしていくことだ」


 団員たちは真剣な表情で頷く。


 クロイツはゆっくりと広間を見渡した。


「必ず」


「俺たちが住みやすい国に変えてみせよう」


 一拍置く。


「解散」


 団員たちが思い思いに動き始める。


 さっきまで静まり返っていた広間は、再び賑やかな空気を取り戻していた。


 クロイツは壇上を降りると、人混みの中を真っ直ぐレオのもとへ歩いてくる。


 レオの前で立ち止まると、小さく笑った。


「改めてよろしく頼む」


 レオも少し照れくさそうに頷く。


「ああ」


 クロイツは懐から先ほどの住民台帳を取り出した。


 それをレオへ差し出す。


「早速だが、明日からのお前の仕事だ」


 レオは紙束とクロイツの顔を交互に見る。


「……は?」


 嫌な予感がした。


 クロイツは住民台帳をレオの胸へ押し付ける。


 思わず受け取る。


 ずしりと重かった。


「まさか……」


 レオが顔を引きつらせる。


 クロイツはにやりと笑った。


「ああ、そのまさかだ」


「お前の明日からの仕事は」


 一拍置く。


「絵描きと踊り子を見つけることだ」


 レオは固まった。


「……俺が?」


「そうだ」


「住民台帳を使って、この街に眠っている人材を探せ」


「それがお前の最初の仕事だ」


 レオは腕の中の住民台帳へ視線を落とす。


 分厚い紙束。


 そこには何百、何千という人間の人生が書かれているのだろう。


「いやいや……」


「そんな簡単に見つかるわけねぇだろ」


 クロイツは肩をすくめた。


「だから探すんだ」


「簡単なら、とっくに見つけてる」


 レオは大きくため息をつく。


「無茶苦茶だな」


 クロイツは楽しそうに笑った。


「褒め言葉として受け取っておく」


 そう言って背を向ける。


 レオはもう一度住民台帳を見つめた。


(絵描きと踊り子、か……)


  少し前まで機械修理工だった自分が、今では帝国のお尋ね者になり、革命組織の一員として人探しを命じられている。


 こんな人生、想像したこともなかった。


 レオは小さく息を吐くと、住民台帳を抱え直した。

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