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やのきよ②

 

       やのきよ ②

 

 十月末の日曜日、おれとやのきよはY島に行った。

 ペナントレースは雨を考慮して毎月末の日曜日を予備日として空けていた。それでも消化できない場合は土曜日の午後を利用する。

 前期は梅雨もあって予備日に試合をすることもあったが、さすが瀬戸内式気候で、後期は試合のある日曜日に雨が降ったことはなかった。その日もコバルトブルーのさわやかな秋空が高く広がり、風もほとんどない絶好の行楽日和だった。

 FDは後期も首位を快走していたが、ジャイアンツがくらいついてきていた。わずか二ゲーム差。すぐに逆転されてしまう。

 おれたちは中日球場で練習することになった。が、おれは用事があるということで断った。

「ジャイアンツもタイガースも来るやろきん【来るだろうから】、練習試合しよ思とったのに」と不満をあらわにするハッチに、ウラバンが「まあ、そうゆわんと。コーヘイにも都合っちゅうもんがあるやろ」とかばってくれた。おれの胸はチクチク痛んだ。

 野球の集合時間は十時だった。おれとやのきよは九時に少し離れた公園で待ちあわせ、遠まわりして塩田を迂回し、一路Y島に向かって自転車をこいだ。秋の陽光はまだまだ熱さを持っていておれの黒い肌をジリジリと焦がしたが、さすがに十月下旬の海風は冷たくて気持ちよかった。

 おれはいつもの学生半ズボンをはいていたが、上は開襟シャツを着ていた。さすがに下着のシャツは子ども心にも恥ずかしかった。出かけるとき、ばあちゃんにどうしてそんな服を着るのかしつこく尋ねられて弱った。兄ちゃんはすでに部活に行っていて、両親が洋子と出かけていたことはラッキーだった。

 頭にはドラゴンズブルーの帽子。それまでのジャイアンツの帽子は穴が空きボロボロになっていたから、七月にボーナスが出たときに買ってもらったやつだ。お願いしてから一年がたっていた。それに、海に行くから素足にズック。

 やのきよはワンピースだった。白地に青い花柄模様。制服以外の姿を見るのは二度目だったが、とても新鮮に感じた。それはサンダルの効果が大きかったと思う。素足にサンダルが妙に大人びて見えた。最初のときはズックだった。

 白く伸びたたくましい四肢がまぶしかった。しかし、手足のところどころに青黒いあざのあとがいくつかあった。色がくっきりしているもの、薄れかけているもの、消えかけているもの。それを見たとき、おれは思わず目を伏せた。

 二人並んで自転車をこぎながら、やのきよはいつものようにたくさんしゃべった。おれもいつもに比べてたくさんしゃべった。その日一日たくさんしゃべり、話ははずんだ。

 家に帰ったあと、どうしておれがあんなにしゃべったかを考えた。それまでやのきよとたくさん会話をして慣れていたこと、共通の話題がたくさんできていたこと、それとハッチや山崎君やウラバンたち男子の目がなかったことが理由だと思った。

 おれは“デート”という言葉は知っていたが、その意識はさらさらなかった。「連れてって」とお願いされ、「うん」と答えたから連れていっているだけだった。やのきよがどんな意識でいたのかは知らない。

 山崎君のお父さんの勤める工場の横を通っているとき、やのきよが神戸にある造船工場の話をした。山崎君のお父さんが転勤前にいたところだ。

 小学三年生のとき、両親に連れられて神戸港クルーズに行ったそうだ。造船工場を海から見ることはクルーズのコースで、船のアナウンスが工場を紹介したらしい。

「すっごいおっきなタンカーがあってな、それと、潜水艦もあったんで。潜水艦、真っ黒で丸くて大きかったわー。クジラみたいやったわー」と、目をクリクリさせながら話した。

 そのころ、やのきよのお母さんは大阪でいることをうわさで聞いていたが、その事情や理由までは知らなかった。

 やのきよは続けた。

「山崎のお父ちゃんが行ってる会社、神戸でも大きて有名な会社なんで。たぶんお給料もえんやろなあ【いいんだろうなあ】。お父ちゃんお母ちゃんがゆうてたわ。うちもあんな大企業のだんなさんの奥さんになりたいわぁー」

 おれにはどう考えてもやのきよと山崎君のお母さんがつながらなかった。やのきよは間違いのお【間違いなく】おれの母ちゃんタイプやろ。二人にとってたいへん失礼なことを思った。

 でも、おれの予想に反し、やのきよは将来この夢をかなえることになる。

 おれたちは片側二車線の太い道路の歩道を快調に進んでいった。Y島に到着し上陸し、集落を通りぬけ小さな漁港を過ぎ、竹やぶを抜けると――。

 いつもと変わらない瀬戸内海があった。秋の陽光がガラスのようになめらかな海面に輝き、白い砂浜に静かな波が打ちよせていた。

 やのきよが思わず、「わぁー、すごーい。きれいやー。こんな海、うち、見たことないー」

 そのつぶやきはおれの幼く小さな自尊心をいたく満たした。

 おれたちはいつも遊んでいる西の大きな砂浜の北隅を渡り、断崖下の磯をグルリとまわった北側の小さな砂浜に行った。狭いうえに、砂浜や海底からところどころ岩が出ていることや潮の流れが速いため、海水浴やハンドベースボールなどの遊びには適していない場所だった。

 野球の練習を終えた連中がY島に遊びにくる可能性があった。見つからないように、おれは自転車二台もせっせと運んだ。

 翌日に知ったのだが、案の定野球の連中が午後に遊びにきた。みんなすぐにおれとやのきよが来ていることがわかったらしい。やのきよの高らかな笑い声の「アハハハハ」が、北から吹く海風に乗って届いたらしい。ハッチと山崎君が教えてくれた。最初にウラバンが聞きつけたとも言った。

 それを聞いたとき、そなアホな、とおれは思った。だって、何百mも離れている。途中断崖のある小山がさえぎっている。なんぼ声が大きいゆうても、そんなとこで聞こえるわけないやろー。しかし、実際そうだったのだから仕方ない。

 高校二年生になって、高校ガールフレンドの影響でおれは読書するようになった。太宰治の『トカトントン』という小説を読んだとき、やのきよの「アハハハハ」を思いだした。敗戦の苦悩と虚無を背負った『トカトントン』とやのきよのあっけらかんとした無邪気な笑いとでは性質はずいぶん違うが、どこからともなくはっきりと聞こえてきて、人の気持ちを変えるという点では同じだと思った。

 やのきよがいなくなって五年以上がたっていた。すっかり忘れていた彼女を久しぶりに思いだした。

「おれらも北の浜行こうで。ほんで【それで】コーヘイのことからかお」「あいつ、おれらにうそこいて【うそついて】、くらさな【なぐらないと】いかん」「罰としてレギュラーはずそ」

 次々と出る剣呑な発言をハッチと山崎君が抑えてくれたらしい。おれの言うことはだれも聞く耳を持たなかったが、二人の発言にはみんなおとなしく従った。

 じつは、ハッチはこのときのおれのうそを見抜いていた。おれの集中したとき口がとんがるくせはクラスで有名だったが、付き合いが深くて長いハッチだけは、おれがうそをつくときのくせに気づいていたのだ。

 もちろんおれ自身はそのくせについて知らなかった。結婚したあと、思いがけない人物からそのことを聞かされて知った。その人はハッチが教えてくれた、と言っていた。そのとき、小さいころからときどき感じたハッチの不思議な行動や反応に合点がいった。

 翌朝学校で出会ったときのウラバンのジトーッとした視線が気になったが、おれにはどうしようもなかった。しかし、帰るころになるとウラバンのきげんはすっかり直っていた。その後の付き合いもなんら変わることがなかった。

 

 大きな松の木の根元におれとやのきよは腰をおろした。

 おれたちはいつも木の根っこにじかに座っていたが、やのきよはビニールの敷物を持ってきていた。まだ『レジャーシート』なんて名称はなかったと思う。二人で落ちている松葉や松ぽっくりや小枝をせっせと払って敷物を広げた。

 やのきよが四つんばいになっているとき、ワンピースのお尻のすそが持ちあがり、真っ白な太ももの裏側があらわになった。

 おれは視線をそらせた。理由は二つ。照れくさかったことが一つ、もう一つは真っ黒な青あざが見えたことだ。

 そんなことに気づくはずもないやのきよは敷物の隅に荷物を置いていた。

 それからおれたちは遊んだ。周囲を探検し、磯や波打ち際で海に足をひたして遊んだ。足の速い者同士、無邪気に鬼ごっこもした。がけをよじ登ったり木登りをしたりするときに、チラチラと見える黒い青あざが妙に目に入った。そのたびにおれの気持ちは沈んだ。

 転校当初からやのきよの白い手足にはときどき青あざがあった。それは中心が黒く、周囲にいくほど薄くなっていた。新鮮なものは色が濃く、時間の経過とともにだんだん薄くなってなくなる。なくなる前に新しい青あざができた。

 包帯で隠してくるときもあったが、やのきよが活発に動いていると包帯がはずれて青あざがあらわになった。おれのように色が黒いとあざなんてちっとも目立たない。色白のやのきよはたいそう目立った。色が黒いは七難隠す、だと思った。

 やのきよは父親と粗末な長屋に住んでいた。同じ長屋の一組の男子が、夜父親の怒声、茶わんや皿の割れる音、女子の、つまりやのきよの泣き声がよく聞こえると言っていた。

 その話といつも明るく元気なやのきよがどうにも結びつかずおれたちはとまどったが、絶えることのない青あざを見て納得せざるをえなかった。

 当時、大人は子どもをしょっちゅうたたいた。“体罰”がまだ否定されておらず、しつけ、教育の一環としてあたり前におこなわれていた。子どもに対する“虐待”なんて言葉は一般的ではなかったと思う。少なくともおれの周りで使われることはなかったし、聞いたこともなかった。

 おれもいたずらをしたときや言うことを聞かないときなどに、先生や父親によくたたかれた。といっても、ふつうは軽く頭をはたかれるくらい。いたずらが過ぎたとき、危ないことをしたとき、おれが反省しないときとかは少々痛いげんこつが飛んできた。それでも子どもの体にあとが残るようなことはなかった。

 一組男子の話を知らない女子がたずねた。「きよちゃん、それどしたんな?」「なんでそなんなるん【そんなことになるの】?」

 やのきよは答えた。「こけてん【ころんだ】」「ちゃぶ台にぶつけてん」「うち、白いやろ。すぐにあざになるねん」

 最初は信用していた女子だったが、一組男子のうわさが徐々に広がり、そのうちだれもなにも言わなくなった。

 正午のサイレンが聞こえ、おれたちは敷物に座って昼飯を食べた。

 おれは家から持ってきたジャムパンとアンパンを、やのきよは竹で編んだかごを取りだした。朝会ったときから自転車のバスケットにずっとあった。

「それ、なんなん【なになの】?」と尋ねるおれに、やのきよは笑いながら、「えーからえーから。気にせんといて」

 やのきよがかごのふたを開けると、中にはのりが巻かれたりゴマがかかっていたり、きなこがまぶされたりした俵型のおむすびがぎっしりとつめられていた。横に卵焼きとウィンナーが添えられていた。漂う匂いと白と黒と黄色と赤のくっきりした色合いがおれの食欲を強く誘った。

 思わず、「うまげ【おいしそう】や…」とつぶやいてしまった。直後に、節操なく大きく腹が鳴った。グゥゥゥー。タイミングが悪いというかいいというか。

「ウフフフフ」やのきよは小さく笑った。そして言った。「コーヘイ、な、これ、一緒に食べよ」

 おれの昼ごはんはいつも菓子パンが二個であることで有名だった。ばあちゃんがくれる昼食代ではそれだけしか買えなかった。チビの大食いだったおれには全然たりなくてすぐに腹を空かせたが、家計を考えるとなにも言えなかった。まあ、当時は周りのみんなも似たようなものだった。やのきよはだれかにそのことを聞いていたようで、おれの分まで作ってきてくれたのだ。

 おれはありがたくおむすびにパクついた。すると、たちまちそのうまさに魅了された。のりの香り、ゴマの風味、きなこの甘さ、塩味、梅のすっぱさ、かつお節のしょうゆの味が口の中で渾然一体となって広がり、小さな宇宙を作った。こんな経験は初めてだった。

 卵焼きを食べてまた驚いた。ぜいたく品のさとうが入っている。しかも、たっぷりと。ばあちゃんの作る卵焼きには塩しか入っていなかった。真っ赤なウィンナーも塩とコショウがしっかりと効いていた。

 明治生まれのばあちゃんの料理は全般的に薄味でマイルドだった。それはそれでいいのだが、活発に動きまわるおれや兄ちゃんはいつも物たりなさを感じていた。それに比べて、やのきよの料理は味がはっきりとしていた。メリハリがあるというか、パンチが効いているというか、それぞれの味がしっかりと主張しているというか。それがとても新鮮に感じられ、おれは調子に乗ってパクパクと食べつづけた。

 両頬を大きくふくらませておれは言った。

「これ、全部やのきよが作ったん?」

「うん、そう」

「メッチャうまい!」

 ばあちゃんや母ちゃんには申しわけないことだが、それまで食べたどのおむすびよりもおいしいと感じた。その後十年近くのあいだ、これを超えるおむすびにも出会えなかった。

「一応プロの料理人の子ぉやからな」と、うれしそうに微笑んだ。

 おれはおむすびも卵焼きもウィンナーもたくさん食べた。気持ちでは遠慮しながらも、口と手と腹が言うことを聞いてくれなかった。途中やのきよが何度も言った「全部食べてええで」の言葉がおれを図に乗らせた。

 竹かごにくっついた米粒までおれは食べつくした。やのきよはたぶんおむすびを二、三個食べたくらいだろう。卵焼きやウィンナーを食べる姿を見ていない。

 申しわけないので、「おれのパン、食べるか?」と尋ねた。

 やのきよは「うん」と言いながら、ジャムパンもアンパンもジャムとアンのない部分をちぎって食べた。残りはおれにくれ、それもおれは食べた。

 すべて食べおえたとき、やのきよが手元のポーチを探った。チョコレートが二枚出てきた。

 おれはチョコレートが大好きだ。すべての食べ物の中でいちばん好きと言ってもいいくらいだ。いったんチョコを口にすると、なくなるまで食べつづける。途中でやめられない。それは大人になっても変わらなかったし、この年になった今だってそうだ。

 食べると際限がないので、大きくなってからはバレンタインデーとか特別のときしかチョコを食べないようにした。しかし、無性に食べたくなるときがあり、ときどきコンビニで買ったりした。いったん包みを破ると、やっぱりなくなるまで食べた。

 そのときやのきよが持ってきたのはおれがいちばん好きなチョコレートだった。中に何種類ものフルーツのクリームが入っていて、チョコとそれぞれのフルーツの味が口の中で渾然一体となり、この世の物とは思えない味を作る。中でもバナナクリームは最高だった。

 社会人になって、世界的に有名なメーカーや一流パティシエの高級チョコレートをたくさん食べた。しかし、おれは日本の菓子メーカーのチョコレートが最高だと思っている。そのくせのないスタンダードな味は絶対に間違いがないし、どれだけ食べてもあきない。いちばん好きなのは相変わらずそのフルーツクリームの入ったチョコレートで、次はマカダミアナッツチョコ、その次はアーモンドチョコだ。

 のちにおれの妻となる女性は交際を始めて以来、バレンタインデーにはその三種類のチョコレートを贈りつづけてくれている。期待にこたえて、おれも一気に食べつくす。それが数十年続いている。

 チョコレートも弁当と同じく、やのきよの分までほとんどおれが食べた。おれが頬ばりつづけているあいだ、ニコニコと微笑んで見守ってくれていた。

 おいしい料理をお腹いっぱい食べた満足感と思いがけず大好物のチョコレートを味わったことで、おれの頭と心が油断したのだろう。ほんの少し会話が途切れたタイミングで、おれはなんの気なしに尋ねてしまった。

「な、そのあざ、どなんしたん?」

 ここまではよかったのかもしれない。が、次の一言は完全に余分だったと思う。

「みんな、気にしょんで【気にしている】」

 一瞬やのきよはおれの顔を見つめた。相変わらずクリクリッとした目だと思った。そこから突然涙がこぼれた。それから、体育座りのひざにひたいと目を押しつけ、声を押し殺してさめざめと泣いた。

 おれはどうして泣きはじめたかわからなかったし、どうしていいかもわからなかった。いたずらや乱暴な物言いで女子を泣かすことはあったが、相手を心配して泣かした経験はなかった。

 横に座ったまま声もかけられず、なすすべもなく、ただ泣き声を聞くばかりだった。そのとき、おれの心は子どもが立ち入ってはいけない世界を感じていたのだろうと思う。

 松の木のあいだから見える瀬戸内海は相変わらず秋の陽光に輝いており、青い空は延々広がっていた。温かさの中にも冷たさを感じる秋の海風が緩やかに吹きつけていた。

 中学に入ったばかりのことだった。なんの拍子でそんな話になったのか今となっては覚えていないが、やのきよとの関係がおれの初恋だったとハッチが言った。そのときおれは違うような気もしたが、深く考えることもなく反論しなかった。そのころのおれは相変わらず女子には全然興味がない男子だった。

 高校の入学式の日に一目ぼれした女子とその後交際するようになって、やのきよとの関係は初恋ではなかったと確信した。その女子を思うとワクワクする気持ちや胸がしめつけられる感情がわいたが、やのきよには全然わかなかったし、その女子に対する自分の態度や発言がおかしくなることや、それで感じる後悔とか自己嫌悪とか、堂々巡りする思いとかもなかったからだ。

 といって、おれがやのきよを好きじゃなかったとか、やのきよに魅力がなかったとかいうわけじゃない。そのころは、おれの心が女性に恋愛感情を抱くほどに成長、成熟していなかっただけのことだと思う。そう、大人になればチンチンの皮がむけてセックスができるのと同じように、まだ心が皮をかぶっていて、恋愛を感じなかっただけの話だ。

 そのことは約九年後に証明されることになる。

 

 その後おれたちはまた遊びはじめた。やのきよは泣いたことがうそのように、午前中と同じようにあっけらかんとして遊んだ。いつものやのきよに戻っていた。おれもすぐにすっかり忘れてしまった。

 途中やのきよは何度も言った。

「ここ、ほんまええとこやなー。夏になったら、泳ぎに連れてきてな」

「うん、ええで。来よ来よ」

「ほんま、約束やで。破ったらひどいでー」と言いながら、おれの背中を大きくたたいた。

 しかし、この約束が実現することはなかった。

 『七つの子』のメロディーが遠くから聞こえた。しもた【しまった】、とおれは思った。

 子どものころは一年などの長い時間はなかなか進まないが、数時間や一日の短い時間はあっという間に過ぎさる。このときももっと早く帰るつもりだったのに、遊びに夢中になってすっかり時間を忘れてしまった。

 西の空を見ると、陽が沈みかけ、あたりは薄暗くなりかけていた。鳥たちもせわしなく森でさえずっていた。秋の夕暮れはつるべ落としだ。あかん、早よ帰らんと。おれは焦った。

 あわてて荷物を片付け、自転車を運んだ。西の砂浜に通じる磯のはしに行くと――。

 潮が満ちていた。おれとやのきよは呆然と立ちつくした。ほかに道はない。ここを通らなくては、海に入らなくては帰れない。見たところ、深さは腰くらいありそうだった。

 やのきよが後ろでつぶやいた。

「コーヘイ…、これ、どなんすんの……」

 満ち潮だから待っていても事態がよくなるはずもない。悪くなる一方だ。すぐにおれは意を決し、やのきよに言った。

「おれが運ぶきん。まず自転車や荷物を運ぶわ」それで冷たさや深さや砂の状態を確認して、「そっから戻ってきて、やのきよ運ぶきん。ここでちょっと待っとって」

 やのきよが不安そうに言った。

「そんなん無理や…。どやって運ぶん…?」

 大柄なやのきよとチビでやせのおれがいるとき、『ノミの夫婦』と呼ぶやつがいた。確かにそのとおり、縦横、重さすべてがずいぶん違っていた。

「だいじょぶや。おれが肩車したる」

 だってそれ以外に手はない。刻一刻と陽は沈み薄暗くなり、海は深く波は荒くなっている。風も出てきた。

 おれは決断が速いことで有名だった。なんでもすぐに決めて行動した。選択肢が二つあれば、瞬時に直感で判断した。考えたりためらったりする時間がもったいない。それでたいていあたっていたが、はずれも多かった。

 はずれていればやり直せばいいだけのことだ。やり直しがきかないことなんてめったにない。そのぶん、『オッチョコチョイ』『そこつ者』のそしりはまぬがれないし、親や先生には「もっとよう考えんかい」としょっちゅうしかられた。

 それは大人になっても変わらなかった。会社でもおれの決断の速さは有名だった。一時期座右の銘に『即断即決』とか『見る前に跳べ』を書いていたこともあった。そのぶん失敗や批判もたくさんあった。でも、最終的には大企業の専務執行役員にまで登りつめた。

 おれは海の中に入り、まず深さを確かめた。股間のあたりだった。波もまだそうなかった。

 おれはやのきよに言った。

「これやったらだいじょぶや」

 十月末の海の水は思った以上に冷たくて心臓がドキドキしたが、このことは黙っていた。

 まず荷物を運び、次いで自転車を一台ずつ運んだ。おれの自転車は比較的軽くふだん持ち慣れていたが、やのきよの自転車はいわゆるママチャリで、頑丈なぶん重かった。途中砂に足をとられて転びそうになったが、ここでそんなドジを踏むわけにはいかない。なんとか踏んばった。

 いよいよやのきよを運ぶ番になった。お互い照れたり恥ずかしがったりする時間はなかった。磯からやのきよがおれの首と肩にまたがった。やのきよはおれの頭を両手で抱えしがみつき、おれは豊満な太ももを両手でしっかりとつかんだ。

 ゆっくりとゆっくりと、おれは慎重に進んだ。途中やはり砂に足をとられてよろけたとき、やのきよが頭に強くしがみついた。おれの後頭部に柔らかいものがくっついた。

 じつは、おれのチンチンはパンパンにふくらんでいた。生まれて初めて感じる女子の柔らかさと温もりと匂いに。しかも下半身の。不安や海の冷たさよりも、性への興味が勝っていた。こんな経験は初めてだった。

 雑誌などのエッチな写真を見て、といってもビキニの水着かせいぜいトップレスなのだが、早熟な連中が大騒ぎしていてもおれはなんとも思わなかった。興味がわかなかった。まあ、ばかにされるから話はそれなりに合わせていたけれど。そんなおれが、このとき思いっきり性を感じ、意識してしまった。ハッチに初恋の相手と言われたときはピンとこなかったが、性を感じた相手と言われたら間違いなく首を縦に振っていたことだろう。

 なんとか浜にたどり着いてやのきよを砂浜に降ろした。振りむいたやのきよがおれにしがみついて、いや、小さいおれを抱きかかえて泣いた。その日二度目の涙だった。

 おれはなにも言わずされるがままになっていたが、やはり頭や額や顔にあたる胸や腕の柔らかさや女子特有の甘い匂いに、おれのチンチンは相変わらずパンパンのままだった。やのきよの足にあたらないように腰を引いていた。横から見れば、とても変なかっこうだったと思う。胸の柔らかさで、見かけ以上に胸があると思った。

 やのきよの激しい泣きように、その勢いでひょっとしたらキスをされるかも、と一瞬おれは思った。べつに期待していたわけではなかったが、それはなかった。

 やのきよとの付き合いはわずか半年で終わった。六年からは大阪に戻り、母親と暮らすと言った。父親のことは言わなかったし、おれも聞かなかった。聞いてはいけないことだと思った。

 最後の別れは終業式の翌日、学校からの帰り道にある児童公園だった。その次の日の午前に大阪に出発する。

 おれとやのきよはブランコやシーソーに乗りながらたわいもないことを話し、すべり台やジャングルジムなどを使って二人鬼ごっこをして遊んだ。

 遊びはじめると、お別れの感傷なんかは吹き飛んでしまう。夢中になって遊び、腹の底から笑った。やのきよだってそうだ。

 やがて『七つの子』が流れ、やのきよは「ほな、バイバイ。元気でな」と言った。相変わらず目がクリクリっとしていた。

 おれも、「うん、バイバイ。そっちも元気でな」と答えた。

 突然やのきよの目から何粒かの涙がこぼれ落ちた。と同時に、ウグッ、エグッ、ヒクッと声にならない泣き声が漏れた。精いっぱい泣くのをこらえていたのに、涙と声がせきを切ってあふれ出した感じだった。ちょっぴりゆがんだ笑顔のまま、しばらくのあいだ泣いていた。

 五年生のときのやのきよと六年生のときの山崎君で、おれはこの世に出会いと別れがあることを知った。そして、前者は人生にさまざまな彩りを与えてくれ、後者はちょっぴり悲しく切ないものなのだと思った。

 

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