15.そして運命は作られた
アーヴスがやらかしたと発覚したのか、会場内の反王派閥の面々は居心地が悪そうだった。
いえ、間違いなく針の筵にいる心地を味わっているのでしょうね。
ちくちくと優雅にリリネットお姉様を始めとした貴婦人たちが、敵対派閥の女性陣を言葉で刺しているもの。
わたくしも一撃お見舞いできたし、あの素っ頓狂な顔も拝めたし、おおむね満足です。
にっこにこでその光景を眺められますわね。
けれど、わたくしの隣にいるノールは相変わらず表情が冴えない。
まだバグがと心配しているのかしら。試しに指先をノールの顔の前に伸ばして振ってみる。
「……なんの遊び?」
「心配して差し上げたのよ」
「ごめん」
しょげた仕草でノールが俯いた。
「いや、おおむね経過はいいと、思う。多分だけど。でも森のあたりにかけて様子はやっぱり変でさ」
「もう一人のあなたがどうとかいう?」
「やっぱり現れていると思う。俺がそう思うからいるのか、そういうものなのか、判断はつかないけど。いるってわかる」
「ふうん」
ノールが見ている方角は、大階段を下って公爵家のお庭と森がつながるあたり。
そちらに向かってわたくしが立つと、ノールはあからさまに視線を揺らした。
「どう?」
「どうって、シグがいるよ。その……君の顔はちょっとちが、いや、ちがわなくて」
「なんですって。わたくしがよく見えないの?」
うろたえて下がろうとするノールを追いかけて、その顔に手を伸ばした。
両手でしっかりと捕まえて、わたくしの背に合わせて屈ませる。
間近で深緑の目と見合った。
「こんなに素敵なわたくしを捕まえて、よく見ないなんて失礼ですわよ」
「そういう問題じゃ」
「ようく見るのです! わたくし、どう?」
しっかりとした口調で言えば、ノールの小さな瞳がぐぐっとわたくしをうかがうように動いた。
「ええと、シグは」
「わたくしは」
ノールは時間をかけて呼吸すると、ゆっくり噛みしめるように呟いた。
「すごく可愛い」
「その通りよ! どこも変わってなんてないでしょう?」
よくできましたと頭を抱きこんで撫でてあげた。わたくしの愛を思う存分受けたのだから、それくらい答えられて当然ですわよね。
「まあ、今日この日この時間のわたくしが、より輝かしく美しく可愛げの塊と進化しているのは否めないけれど」
「どこからその自信わいてくるんだ」
「事実ですもの。家族もお姉様たちもお友達もみんな言うわ?」
「……なるべくしてなっちゃったんだなあ」
そう言うと、笑いをこぼしながらノールはわたくしの愛の束縛から離れた。
「あら、ノールはそう思わないの?」
「その格好もデザインも俺と選んだんだ。思わないわけないだろ」
よろしい。
わたくしはもう一度、森の方面に立ってノールに問いかけた。
「それで、わたくしの顔がどうですって?」
「何もないです。愛しい愛しい君の顔が見えるだけ」
優等生の回答にわたくしはにっこり微笑んであげた。
それから手を広げてまたノールに抱き着く。
「シグ、見られてる」
「あらそれで引く意気地なし? 雰囲気は読むものだわ」
「……そんなことない」
ぐっと抱きしめられて軽く唇が触れた。そしてすぐ離される。代わりに、またぎゅうと抱きしめられた。
遠目に、リリネットお姉様たちが見える。
従妹だからこそわかる扇の動きで、お庭へどうぞとされた。お姉様のご厚意ですわね。
わたくしはノールに耳打ちした。
「ノール、こっち」
ノールの手を取って、わたくしは大股で会場から移動した。
階段を二人で駆け降りる。
なんだか懐かしい気持ちになった。
「ふふ、前は喧嘩する前にこうして下りて。その前はわたくしが落ちたところをあなたが助けたのよね」
息を弾ませて話しかければ、ノールは怪訝な顔をした。
「喧嘩は俺が悪かったから勘弁して。でも、君が落ちたのは俺知らないけど」
「そうだったかしら。わたくしが初めに懐中時計で戻ったとき、アーヴスに突き落とされたの。そこでノールが手を伸ばしてくれたのよ」
「……もっとひどい目に合わせても良かったのかも」
ノールが暗い口調で言う。わたくしのために動く感情が嬉しくて、笑いがこぼれた。
「皆が立ち止まるなかで、あなただけがわたくしに手を伸ばした。そこから絶対にあなたは運命だって思ったの」
「いや、本当に覚えがない……ええ、俺、そんなことしたっけ。いや、懐中時計の同期外の出来事ならそうなのかも?」
わけがわからない様子を見せていても、ノールがあのときわたくしを助けようと動いたのは事実。もっともそれがなくても、きっとわたくしはノールを探して、求めて、追い詰めたでしょう。わたくしの勘が告げています。
けれど、そう。ノールは覚えていないのね。
「第一、俺が覚えている限り、会場についたら大抵森にいるのがほとんどだったんだ。階段や人目につくところに居たとは思えない」
歩調を緩めて階段を降りきる。ノールは考えこむように口元に手を当てた。
「そのときたまたま居た? なんでだ」
「でも、あれはノールでしたわ。わたくし見間違えたりしません」
「シグの言うことを疑うわけじゃない。ただ、引っかかるというか……森で始末をつけて移動した俺がいたってことなのか……」
唸った後、ノールは緩く頭を振った。
「いやもう過去だし、関係ないか。シグが居るなら、いいや」
奇遇ですわね。わたくしも隣にきちんとわたくしを愛するノールがいるのなら文句はありません。
お庭へと向かうと、公爵家の護衛が軽く会釈して通してくれた。遠慮なく入って、散策する。夜空の星明かりに照らされるお庭の風情も大変に素敵なもの。
けれど先ほどのノールとの会話で、ふっと森が気になってしまう。
「シグ、その先は」
躊躇いがちにノールが言う。視線は森の向こう。
木々が暗闇を抱えこんで佇む先にあるものを見据えているかのよう。
「確かめに行きますわよ」
もし、今回もノールの言うように、もう一人のノールが居たのなら。
今でも後悔して犯してきたことを、また犯させる。そんなの許せませんわ。
そもそも、ノールが二人いるというのもまだノールが言っているだけ。本当だとしても、わたくしも念のため確認しないと。
「わたくしに任せなさい! 本当にいたなら、追い出してみせますわ」
「いやでもそれも俺なんだけど」
「わたくしのノールはここにいるノールなの。わかったならどーんと構えるのです!」
「痛っ、強いって」
叩いた背中を抑えて、ノールは恨めしそうにわたくしを見つめてくる。
「参りますわよ!」
そうしてわたくしはノールを引きずって、森へと足を向けた。
擦れる枝や葉っぱを跳ねのけて、ずんずん進む。
かつては怖かったと感じたことも手を握るノールがいるおかげで、ちっとも怖くない。全然平気。
逆にノールが戦々恐々しているのを元気づけるために、わたくしは強く握って引っ張った。
やがて、ぱっと開いた場所が先に見えた。
でも、何もない。いつか見たような死体を埋めるようなあの不審な姿は見つからなかった。
ぐっと体がつんのめった。ノールが後ろで足を止めて、静かに言った。
「いる。あそこに俺がいる」
ノールがそう言った瞬間に、それは現れた。
まるで言葉を合図にベールがはがれたみたいに、まったく同じ背格好のノールが途方に暮れて立ち尽くしていた。
泥をかぶったみたいな色合いの長い髪。それを一つくくりにして流して、ひょろっと長い背丈。
まったく同じとは言えない。だって、今宵のノールはわたくしとお揃いの格好で身だしなみもわたくしが監督したのだもの。もっと素敵になっている。
「シグ、いい。俺がいく」
押し殺した声でノールが言う。木の後ろで体を隠して、息を整えて。
それは駄目。わたくしは咄嗟にノールが出ようとするのを押しのけて、その場へと飛び入った。
「そこのノール!」
「ひっ! だ、誰!?」
誰? わたくしを誰と言ったの?
様子を伺うために少し待っても、反応は変わらない。
もしかして、わたくしを知らないノール?
どういうことかしら。
目まぐるしく頭の中を記憶が駆け巡る。ノールとの初対面。懐中時計を見せて、言葉を重ねて、頭痛と鼻血で記憶を呼び起こす一連動作。
「あなた懐中時計は持っていて? 同期とやらは?」
「本当に何……そんな高価なもの持ってない、です」
わたくしに言い返そうとして、言葉尻が勢いを失う。立ち居振る舞いから高位貴族だと理解したのか、居住まいもそれとなく直している。
しかし、確定しましたわ。
このノール、わたくしに懐中時計を預けたかどうだかはともかくとして。回帰の記憶を持たないノールですわ。
きっとそう。
そうなら……そう! 階段! そうだわ!
わたくしを助けた覚えがないと言ったノール。そうというのなら。
──今、この場で、作ってしまえばいい!
もう一人のノールがわたくしの登場に驚いて戸惑っている間に、びしりと言葉を突き付けた。
「あなた! ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」
「いや、その」
「問答無用。ミュステラー公爵家のお庭を部外者が彷徨っているだなんて、見つかったらどうなることか。とく退散なさい」
「す、すみません」
どもりながらお辞儀をされた。記憶がないと、まだ礼儀がぎこちないのね。なんだか微笑ましい。
けれどそんな時間も惜しいですわね。わたくしは腰に手を当て、まごつくノールをねめつけた。
「あなた、バグだとかエリア移動? だとか、できるのでしょう? それで移動なさい」
「ま、待って!? なんでそんなこと知ってるんだ。君も転生を」
「誰かに見られてもいいの? 早くなさい!」
「わかった。でも、君は」
「場所は会場の大階段前よ! 絶対よ!」
「ええ……」
困惑しきりのノールに、強く続ける。ノールは押しに弱いのです。それもわたくしみたいな相手からだと、さらに。
「お願いよ」
両手を組んでじっと見上げる。哀れっぽく、あなたしか頼れないとばかりに心細げな声で。
それを見たノールは、落ち着かなく視線をさ迷わせて、意味のない声を数度上げてから了承した。
「それで、わたくしを助けてね。きっとよ」
「わかった……よく、わかんないけど。とりあえず行ってみる。行く当てもないし」
そう言うと、ノールは辺りを見回して手ごろな木に手をあてた。以前チコラ男爵領へ移動したときみたいに座標がどうとか位置がどうとか呟いて、ぐっと手を木に押し付けた。
「それで、君は誰?」
「わたくしはそうね」
すすっとノールの後ろに回って、わたくしは言ってやった。
「あなたの未来の運命ですわ!」
そして、どんっと思いっきり冴えないその背を押してやった。
驚いた声も、感触もあっという間に消え去った。ただ森にわたくしがいるばかり。
でも、わたくしのノールがなかなか顔を出さない。
隠れているだろう木の裏に急いで回りこむ。
ノールは顔を抑えてうずくまっていた。
「何してますの」
目線を合わせて屈んで尋ねる。すると、消え入りそうな声が返ってきた。
「自分のチョロさが見てられなくて……嘘だろ俺、馬鹿じゃん」
「ノールがわたくしに甘いのはわかっていたことでしょう。ほら、しゃんとお立ちなさい」
具合が悪いようでなくて何より。
腕を引いて無理やり立たせる。顔から手をのろのろ離したノールが呻く。
「そりゃシグは可愛いからぐらつくのはわかるけどさあ……! もっとこう、なんかこう……せめて格好つけていろよ、俺」
「それを含めて愛しているわたくしに文句でも?」
「シグに文句は一切ない。あるのは俺にだけ。で、シグは何したの」
わたくしは聞かれた言葉に、胸を張って答えた。
「わたくしに愛を教えに行かせたのよ」
※)ここで移動したノールは、回帰一回目の大階段でシグへ手を伸ばしたノールとなりました。




