16.確定した未来
そういえば。
わたくしはノールのズボンポケットに手をつっこんだ。
文句を言われる前に、さっさと目的の物を取り出す。
「埒があかなかったらこれを見せようかと思ったのですけど、出番がなかったですわ」
「見せたら余計ややこしくなりそうだから、俺が持っててよかったよ」
げんなりとノールが言う。
わたくしの手の中で懐中時計は沈黙していた。
「それ、シグを治したときから機能を成していないから。多分、もう平気だと思うんだ」
「戻らないってこと?」
「多分……確証は」
「ないけど?」
先回って言うと、ノールが頬を掻いた。気まずそうにして、続ける。
「これで良かったのかわからない。でも、あれから全然動かないし、条件はいつの間にか満たされたのかもしれない」
「条件ねえ。そもそも、幸せになりたいという漠然としたお願いですもの。何が条件なんて難しいですわね」
「最初はおまじない程度だったはず、なんだけど。ほかに何を願ったっけ……」
ノールはそう言って、はっとして口をつぐんだ。
「ほかに?」
「んん……いいや、もういいよ。君にあげたものだし、俺にはもう十分。そもそも、君の幸せが叶ったと解釈すべきだ」
「誤魔化しました?」
「別に」
ふい、と顔が背けられた。
これは隠してますわよ。怪しい。耳が赤いもの。わたくしの興味をくすぐる物事の予感がぷんぷんいたしますわ!
「現象を正確に把握するには、細かな事象を特定すべきでは? わたくしには言えないようなことをお願いしていたのかしら?」
背けた顔の先に回りこんで覗きこむ。避けられたらもう一度。
それを繰り返して、ノールは小さく、本当に小さな声で言った。
「すっ」
「す?」
「好きな子と、出会えますように……と……勘弁して」
それからわたくしを抱えて、頭を自分の胸元におしつけた。自分の顔が見られないようにしっかり抱きこんでいるのがずるい。
でも、そういうことなら仕方ありません。わたくしは理解あるノールの唯一ですもの。
「勘弁して差し上げます」
それからしばらく思うがまま抱きしめあって、気が向いたら口づけて。
懐中時計をもう一度わたくしの手に収めて、二人で夜会へと戻った。
会場に戻れば、リリネットお姉様が一番に出迎えてくださった。お父様にお母様も、セティさんとカシュロお兄様も、見知った顔が並ぶところへと、わたくしたちは一緒に進んだ。
***
あれから、あっという間に時は流れた。
ほくほくの笑顔で「所領が余ったなあ」とあれこれ精力的に動くライヴァニル王太子殿下は、もうじき冠を抱き新王となる。その隣には、穏やかな瞳が印象的な姫君が一人。
さんざんわたくしに、後ろ盾になってねと念押しされたので、否が応でもお友達となった御方。
リリネットお姉様含めてお話をしたけど、なかなかに話せる御仁です。
そう!
リリネットお姉様といえば、領地を立て直すのも国のためと仰って、公爵家から嫁に出てしまった。トヨマリス侯爵領の一部とゴスマンズ侯爵領を接収した新領地で、王弟殿下をうまく転がしながら過ごしている。
お隣の領地から出て行かれるなんてと嘆き悲しんだのも束の間。
王弟殿下は約束を守ってくれた。
なんとグラシュープ侯爵領の近くに新領地の別荘を立ててシーズンに一度は会えるように計らってくれた。
おかげで季節に一度はお姉様とうきうき交流ができるというもの。わたくしもまた新たに別荘を建てるように頼みましょう。リリネットお姉様も過ごせる客間をいっぱい用意しないと。
そして、当然ながらミュステラー公爵領はカシュロお兄様が継がれた。
リリネットお姉様に比べて領政はと弱音をこぼしている姿を何度か見た。ですが、そこは優秀な家臣とセティさんが補助をするに違いありません。
セティさんはマダム・エタングルも褒める素晴らしい学びを得て、見事に花開いた。いつの間にか外国の言葉を複数話しだし、商いにも手を伸ばし、さらには医療に励んでいる。
曰く、わたくしが毒に倒れたときに一番に助けとなれるよう精進したらそうなったそう。お友達冥利につきますわね。
いろいろ発見もあったようで、セティさん自身の功績も加味した結果。カシュロお兄様との婚約は、じきに調うそうです。喜ばしい知らせに、わたくしはもちろんお祝いのお手紙を送った。
それから。そうね、ペペルやウィニーの様子も必要かしら。
分家からわたくしの侍女のような役に付いたウィニーと、劇場のオーナーになったペペル。
どちらも楽しそうに暮らしています。ええ、わたくしたくさんお手伝いしましたもの。当然ね。
ええと、それに。
「シグ、何してるの」
走らせるペン先を止める。
顔を上げると、呆れ顔のノールがやってきていた。
「大人しくしててって言ったのに……うわ、また書いてる」
「うわ、とはなんです。うわ、とは。ノールが言ったのではないの。こういう手記が後の世の史料となり、全世界に発信される時がくるって」
「いや言ったけどさあ。時と場合があるだろ、安静にしてないと駄目だ」
「だって暇ですもの」
わたくしの言葉に、ノールが肩を落とす。
「せめて俺が見ているとこでして。それと、これ」
「あら、直したの?」
「普通の、時計として。変な機能はつけてない」
ノールがわたくしの前に小箱を差し出した。
古びた木製の小箱に、小さく宝石が飾られている。その中には、ビロードのクッションに沈んだ懐中時計があった。
錆びてメッキの禿げた姿はなく、新たに磨きぬかれた姿でただそこにある。
わたくしの目の前で、小箱はそっと閉じられた。
「必要はないだろうけど、君に見せたかった」
「そう。仕舞っちゃうの?」
「今は。いつか必要な時が来たら託すよ」
ノールの視線がわたくしの顔から下へと降りる。
ぎい、と揺り椅子が揺れる。
わたくしは自分の胎を撫でて、静かに呟いた。
「そうね。今はいりませんわ」
ぎい、と体を揺り椅子に預けて、ノールを見上げた。
陰りなく、穏やかな表情がわたくしを見返していた。
了
これにてこのお話は締めさせていただきます。
バグのロジックがちゃんとできていたかなと不安ですので……蛇足説明させてください!
最終回に説明するのはどうなんだとと思いますが、まあ、まあまあ。
・そもそもノールが、ゲーム転生じゃないかとやらかしたのが発端です。
その時点で、王家が秘匿する事象、世界のシステム構造にものすごい確率と幸運でハックできちゃいました。(なお技術は失われているため管理というより、触れるな! という観点で見守り業務をしています)
その技術と繋がってしまったことにより、ノールは世界の綻びや脆弱なところがバグとして見えるようになりました。
それらを観測して”バグがある”と認識・確定したのがまずかったわけです。
その最たるものが、夜会の森での時間軸混線により現れたノール(以後、仮称ノールB)です。
ノールはノールBを観測したことにより、世界に同一存在が二人いる! となり、より不安定になりました。その結果が自分殺しで世界性を保つという選択に繋がります。
序で二人が一人になったのは、そこで自棄になってデータ統合みたいなことをしたから……そんな感じです。
最後のあたりで、シグの介入によってノールBは1章4話の大階段へと向かい、手を伸ばすというわけです。
(なお、シグは運命だー! となりますが、あの後に残されたノールBは……ノール自身も気づいていますが口にすることはありません。自業自得ながら不憫可愛いねを背負った男です。そういうことです)
我ながらに説明しないとややこしすぎない? となりながら苦しみつつ……完結までなんとかこぎつけることができました。
大暴れお嬢様と振り回され苦労しい男を書けて楽しかったです。
ここまでお付き合いくださいまして、大変ありがとうございました!




