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14.お気の毒に


 リリネットお姉様からわたくしへ。

 わたくしからセティさんへ。

 受け渡された金の華奢なチェーンを編んだ首飾りが、しゃらんと揺れている。

 わたくしがリリネットお姉様からいただいて以来、ずっと身に着けていたものがセティさんへと渡っている。そのことに気づいた人たちにウワサの種を植えるのが、わたくしのお仕事。


「実はあの首飾りは幸運の首飾りで」

「二度と同じものは手に入らない貴重な品だとか」

「それこそ不可能を可能とも変えられる力も湧くような」


 わたくしからお友達。お友達からさらに人伝いへ話が流れる。セティさんになぜ渡ったのかを聞かれたときには、少し寂しそうに微笑む。

 それだけで面白いくらい誤解する者が現れた。大方、仲違いの火種を好機と捉えたのでしょうが、わたくしから見ればお馬鹿さんが見つかっただけ。

 セティさんは堂々と、お姉様たちの手引きであちらこちらの茶会やパーティーに参加した。やっかみを買おうとも顔を上げ、それはそれは見事な振る舞いを披露した。

 あの方、演技も鍛えればいけるのではないかしら。


 次第にわたくしたちと距離を取りながら、セティさんはうまく用意された舞台で躍った。時にはカシュロお兄様まで伴って、マダム・エタングルの威光まで使って首飾りを嬉しそうに自慢した。

 王太子殿下も私的な場で、首飾りについて曖昧でどうとも取れる発言をしたことが後押しになったのでしょう。


 少しの準備期間を終えて、いよいよ。

わたくしたちはリリネットお姉様と王弟殿下が主催する夜会にいた。

 何度も見てきた光景でも、圧倒される財を惜しげもなく披露するような華美な飾り付けは否応でも体を高揚へと駆り立てる。うずうずして両手を広げて素敵と言いたいくらい。

 でも、うずうずはそのせいだけではない。


「順調すぎて退屈ですわ。なんだか物足りない気もしません?」

「順調じゃないほうが困る」


 わたくしの愚痴まがいの呟きに、ノールが真面目に返してきた。


「せっかく可視化バロメーターいじって、気配と印象を消して、散々様子見してきたんだ。成功してもらわないと」

「むしろ失敗するほうが難しくってよ」


 王家や公爵家を始めとして、後ろに当主の援助もあれば大抵のことはできてしまう。ノールのおかげで地の利もこちらにあるし、何が起こるかも把握されている。


「あちらは、首飾りこそ至高の宝で、王家が隠し持つ強大な力を持っていると思っている」

「本当にそんな道具があるのかしら? ノールは知っていて?」

「ゲームだとしても、この世界でそんな設定あったかな……それっぽい道具はなくはないけど、確証はない。王家に近づくほど不用意じゃないし」

「あら、七十回も繰り返したならそんなことも知っているかと思ったけれど」


 ノールが嫌そうに表情に皺を作った。苦いものを噛んだみたいな顔で、わたくしに言う。


「昔々の伝説があっても、王権神授はよくあることだろ。王家にでも生まれないとそういうのはわかんない。王位簒奪なんてやれるわけないし」

「あなたって悪さを企んだら、考えたこと自体を家族に申し訳ないと後悔しそうですものね。そういう根の善良さ、わたくし好きよ」

「……ノーコメントで」


 また知らない言葉だけど、背けた顔が赤らんでいたのでなんとなくわかった。

 恥ずかしいから聞かないでという意味ね。わたくしはエスコートされる手に軽く寄りかかった。

 ふらついただけというフリで少しだけ抱き着く。しっかりと支えられた腕に安心して委ねる。

 それから態勢を戻して、また元通りに歩き出した。少しは気が晴れたので足取りも軽い。

 華やかな会場で挨拶を終えて、ホールの隅に二人で移動する。

 すでに作戦は行われ、セティさんはゴスマンズ侯爵家に従う家の者に連れられて、この場を離れた。

 後を素知らぬ顔で追いかけるだけの段階だった。


「正直、アーヴスやゴスマンズ侯爵家のことは全部任せて、俺はバグの処理をしたい」


 重たい溜息を吐いて、ノールは辺りを見回した。わたくしが見ても煌びやかな会場だけど、ノールにとっては違うのかもしれない。

 会場についてから、視線が一定の場所を見ないようにしている。不意にただでさえ小さな瞳がきゅうと絞られて、露骨に動く。


「何が見えるの?」

「ちぐはぐ画面結合とテクスチャの裏返し。まだ風景だから平気」

「ねえ、見ない振りするとか、無視は駄目?」

「したくてもあるなあって思うから無理……そうそう習慣は変えらんない」


 顔色が悪いノールは「ごめん、急ごう」と言ってわたくしの手を引いた。

 事前に段取りしていた通路に入って、吹き抜けの回廊へと進む。わかったように使用人たちが道を開けるのを横目に、足早に急いだ。


 夜風がひゅうと輪郭を通り抜ける。涼しさに、会場は熱気だっていたのだと思わせた。

 遠目に誰かが立っているのが見えた。ドレスの色と背格好からセティさんだとすぐにわかった。相対する金髪の男は、アーヴスに他ならない。

 無言でノールが回廊の柱を指す。物陰に隠れて進むという提案に、わたくしは一も二もなくうなずいて潜んだ。

 何やらもめている。

 セティさんの腕に、アーヴスの手が伸びる。思わず身を乗り出して飛び掛かってやろうとなる前に、ノールの手がしっかりとわたくしの肩を押しとどめた。


「絶対に、出ない」

「うう……黙って耐えることがこんなにつらいなんて」

「ほら、代わりに約束守ってくれてるから」


 ささやかれた言葉に、耳を澄ませて目を凝らした。

 セティさんが半歩下がり、体をひねらせ、思いっきり顔を叩いた。

 高らかな破裂音がわたくしたちのところまで聞こえてきた。


「やったー!」


 小声で思い切り賞賛してしまった。それくらいキレのよい動きをしている。

 わたくしと共に素振り練習をした甲斐がありましたね、セティさん!

 一緒にわたくしの手までまた同じ動きをしてしまう。わたくしをとどめるノールの体に当たったけれど些細な痛みです。堪えるのよ。


「あ、カシュロ様たち出てきた。もういいかな」


 回廊のわたくしたちとは反対側。公爵家居城のほうからすさまじい勢いでムキムキが迫っていた。

 体躯をものともしない早い動きでやってくると、セティさんを捕まえる手を跳ねのけ投げ飛ばした。アーヴスは強かに打ち付けられた痛みで床に転がっている。

 そしてその後を、余裕たっぷりに王太子殿下が供をつれてやってきた。

 それを見て、ノールのわたくしを抑える手は完全に緩んだ。

 ならば今こそが好機!


「シグ!?」


 わたくしはドレスの裾をたくしあげて、大股で走り出した。

 この一歩は、リリネットお姉様の晴れ舞台で婚約破棄を起こした愚か者への怒りの一歩。

 さらに一歩は、わたくしを見捨て一人で逃げた卑怯さへの恨みの一歩。

 もう一歩は。

 ヒールのついた靴を思いっきり鳴らして、途中から靴を脱ぎ捨てて手に持ち振りかぶる。


「恨み骨髄! やっぱり許すまじ!」


 復讐は自らの手でやり遂げることこそが本懐! 人の手に任せて眠るなんてできなくってよ!


「痛みを思い知るがいいわーッ!」


 そのご自慢の美しい頭めがけて、靴の裏を面にして振りぬいた。


 タァン!!


 軽やかに上がった音。何が起こったかわからない呆然とした顔がわたくしを見た。

 思いもよらないことが起こると声も出ないのね。

 アーヴスは自分の頭とわたくしが持っている物を見て、何が行われたかわかったあと赤黒く顔を染め上げた。

 素早く起き上がろうとしたところを、カシュロお兄様が押さえつける。


「馬鹿! お前、シグお前!! ぐっ、アーヴス、大人しくしろ!」

「きっさまァ! 小娘! 私の高貴な頭を! このっ、ころ、殺す! 古いばかりの、家のっ、甘えた餓鬼が」

「シグ様っ、こっちに」


 セティさんに庇われて離される。その首にはあるはずのものがなかった。

 虫のようにじたばたと動くアーヴスが、音を立てるほど強く握りしめた先に、金色が見えた。


「これ、さえ。これさえあれば、私が……っ! 愚物共を一掃し、新たな国の」

「愉快なお話だ。詳しく聞きたいな」


 ようやく王太子殿下がやってきた。

 四方を囲まれて、アーヴスは金の首飾りを懐に隠すように蠢いた。カシュロお兄様に抑えられているのに、執念じみた動きは気味が悪い。

 セティさんの影に隠れて覗いていたら、後ろからぽつりとノールの声が届いた。


「……対象データの所持アイテム選択。IDはなんだろ……ああ、できた」


 そしてわたくしの隣に立つと、ポケットから首飾りを取り出した。金色の首飾りは間違いなくリリネットお姉様からいただいたもので間違いない。

 いつか見た、道具のバグとやらを使ったのかしら。ノールはそれを手に、王太子殿下へと差し出した。


「これ、どうぞ」

「何をしたかは聞かないでおこうかな。ありがとう。グラシュープ侯爵令嬢を連れて行っていいよ。カシュロとチコラ伯爵令嬢は一緒に状況聞き取りをしようか」


 王太子殿下は金の首飾りを受け取ると、配下にそれを持たせた。

 そしていつも通りの軽快な笑みを浮かべたまま、アーヴスを見下ろした。


「さて、君の愉快な話を聞かせてくれたまえ」


 アーヴスはその言葉に、はくはくと口を動かした。自分の手を見て信じられないように顔が青ざめている。逃げるように辺りを慌てて見ても、包囲されている。

 わたくしはその様を見て、声に出さず呟いて差し上げた。


 ――お気の毒に、って。


 肩を抱かれてその場を後にする。

 セティさんが小さく手を振ってくれたので、にこやかに振り返し、わたくしは靴を履き直して揚々と歩いて戻ったのだった。



おまけ(入れようとして蛇足になると思いやめたもの↓)


すべてが狂ったのは、あのトヨマリスの事件から。

良い子のトヨマリス侯爵令息に毒を与え、苦しいのなら使えと渡したナイフ。

鋭い刃先に塗った毒が、あの鼻持ちならない小娘を陥らせるはずだった。刺した刺さないはどうだっていい。状況があれば、ゴスマンズとトヨマリス、二つの侯爵家が口を揃えれば醜聞は生まれる。

それが、蓋を開けば逆転していた。

「首飾りだ」

そうだ。あれだ。王家に伝わる秘匿とやら。それが関係しているに違いない。

王家でさえも用意できない宝に、繋がっているのだ。

ならば。そうなら。


うまくやれる。俺ならば。

金の首飾りを手にして、そうしたら。俺は。


セティ・チコラから首飾りを奪う。祈るように抱きこんで、ふいに重さが手の内から消えた。

あるはずのものが消え、残ったものは、ただの紙屑だった。


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