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12.喚問、あるいは審問


 わたくしの頭には、疑問ばかりが浮かんだ。

 まったく、意味がわかりません。

 唐突すぎますわよ。なんですの? 世界を自由にできる力?

 わたくしの愛され可愛い末っ子力のこと?

 王太子殿下だけでなく、王弟殿下まで真面目な顔していますが、何?


「そうだな、この世界を変えたいという野望はあるかな」


 御年十九にもなって、物語の空想を楽しむ方でした? いえ、戦を他国に仕掛けて大陸の覇者になりたいから手を貸せということ?


「ノエルク・エルマインを得て、どうなりたい、どう使いたいとかあるかな」


 わかりましたわよ!

 ノールの有能さにつけこもうとしているわ!

 ベルサークお義兄様だけでは飽き足らず、わたくしまで引き入れてノールを配下にするつもりね!

 まさかノールの不思議な力を知っているはずもないでしょうし。だって側から見てもわかりませんもの。仮に理解したとしてもノール以外に出来ない、それも不確かな力を好んで使うほど愚かな御方じゃないはず。

 だからきっと、何回も繰り返して得たノールの優秀な知識を欲しているに違いありません。


「はい、王太子殿下」


 そうであれば遠慮はいりません。

 王太子殿下の言を断るならしっかり言わないとダメ。リリネットお姉様からのありがたいお言葉もいただいたことがある。

 片手を軽く上げて、わたくしは口を開いた。


「ゆくゆくは我がグラシュープ家で、わたくしと愛のある婚姻を果たします。子供は二人くらい欲しいです」

「……うん? うん、それで」

「リリネットお姉様やお友達と交流を続け、仲良く歳をとり、領地を平らかにし、民と共に幸せに過ごします」

「そ、そうか」

「ところでリリネットお姉様があまり遠くに行くのは耐え難い苦痛です。グラシュープ侯爵領とミュステラー公爵領とも近い土地で、是非ともお過ごしいただきたいですわね」


 とうとう王太子殿下は半笑いのまま、相槌を止めてしまった。代わりに門番よろしく立っていたガームンド王弟殿下が口を挟んだ。


「うむ。リリも其方と離れるのは嫌と言っていた。善処しよう」

「ありがとう存じます!」


 これでリリネットお姉様が王弟殿下とご成婚されても遠くに行かれないわ!

 王太子殿下も否定されないから決定事項ですわね。

 王太子殿下をうかがうと、半笑いからすとんと表情を落としていた。


「本当に? 本当にそれだけかな?」

「他にですか? そうですわね、二人は少ないから三人が良いかしら。わたくしの母も三人産みましたので血筋的に不可能ではないかと存じます」

「うーん……失われた秘密の魔法じみたものがあって、自分だけそれが使えるなら?」

「安産祈願にも使えるとよろしいですわね」

「少し待て」


 急に王太子殿下は重たく長い息を吐いた。それから、体を弛緩させて「あー」と出したあと、また姿勢を戻した。

 今の、見ても良かったのかしら。

 王弟殿下を見れば、そっちも呆れた顔をしていた。


「よし、よし。なるほど? ノエルクの聞き取りからも感じていたが、本気か。わかった、わかった」


 ぞんざいに片手を振り、王太子殿下はまた軽やかに笑って言った。


「しかしそれでは欲がない。そうだな、呼び出した対価として君が望むことはあるかな?」


 ノールを取らないことですが、先程約束されたことを念書をといえば不敬かしら。

 それなら、そうですわね。


「アーヴス・ゴスマンズに報いを返したいですわ!」

「ほう、何故?」

「トヨマリス侯爵家は取り潰されても、ゴスマンズ侯爵家は元のまま。あの難癖をつけてきた男もゆうゆうと過ごしているのは、わたくしの癪に触ります」

「うん、なかなかに苛烈だな。だが、良いだろう」


 王太子殿下はにこやかに頷いた。


「ゴスマンズ侯爵家はしぶとくてね。私も陛下も手を焼いていた。手を貸そう」

「ああ。リリが出向いたというのに、しでかした。その始末をつけねばな」

「それでしたら、お姉様のご成婚の夜会でやり返しはいかがでしょう」


 王弟殿下の言葉に続けて、わたくしは宣言した。


「飲まされた煮え湯をこの手で返して差し上げたいです!」

「リリの血縁を感じる覚悟だ。見事」


 嬉しい褒め言葉を王弟殿下からもらってしまった。

 それに対して、王太子殿下は楽しそうに見てくる。


「夜会にはきっと、私の婚約者もはるばる隣国から来るからね。内憂はないほうがいい」


 そうして、すっと片手を王太子殿下はわたくしに差し出した。


「改めて、君の驚嘆すべき意思に感謝しよう。これからもよろしく」

「光栄に存じますわ! 御世に栄光あらんことを」


 わたくしは謹んでその手を受け入れて、丁重に握った。




 小部屋から解放されると、部屋にはお父様とノールがいた。

 後から駆けつけてきたらしいノールと共に、馬車で返されることとなった。

 お父様はノールがいるならと王宮でのお仕事もついでにしてくるね、と機嫌よく城に戻っていった。

 以前の人生で見た、婿イビリお父様とは大違い。本当は受け入れたらあの時もきっとこうなったのでしょうね。

 二人で見送って馬車に乗る。そうしてグラシュープ侯爵家に戻る道へと進んだ。


「シグ、大丈夫だった?」


 馬車の中でノールが不安そうにたずねてきた。

 すらりと伸びた背は青年の仲間入りをしたよう。若木のように伸びて、ここ数年痛がっていた思い出が過ぎる。向かいに座るノールの姿は、それくらい成長していた。

 それでも六歳で再会したときから、わたくしを心配する色は変わらない。むしろ増した気がする。

 ええ、それって歓迎すべきことですわね。わたくし、愛されるってわかるのは好きですもの。


「シグ」


 焦れたようにノールが言う。

 わたくしは微笑んで返した。


「王太子殿下と手を組んで、ゴスマンズ侯爵家をとっちめます」

「なんでそんな話になった?」


 ノールが愕然としている。

 わなわなと指先が器用に動いて、今にもわたくしへ掴みかかって問いただしたいと言わんばかり。

 わたくしを見ながら遠くに意識を飛ばして、混乱したように声を出す。


「え? やるなら俺が動くからシグには穏やかにいさせてと言ったのに。どう、どういう? どうして。悪いこと言われたなら、いっそのこと」


 よくない方向に考えていそうなので、わたくしは遮るように答えた。


「殿下にノールとどうなりたいって聞かれて、ゆくゆくは子どもを二人か三人欲しいですと正直に答えたのですが」

「子っ、えっ、ああ、うん。そうか」


 なぜ居住まいを正すのかしら。婚姻のあかつきには当然でしょう。

 ノールはそわそわとして、数度喉を鳴らす。そうして居住まいを直して取り繕ってみせてから先を促してきた。


「それで?」

「それだけでは欲がないと仰せられて。あ、ノール、あなたが王太子殿下に取り入られないようわたくし防いできました。褒めなさい」

「ああ、うん。それは俺も頼んだ。婿に入るし領政に専念したいから無理とは言って……そうじゃなくて。なぜゴスマンズ侯爵家の話が?」

「だって、わたくしとセティさんを嵌めようとしたでしょう? リリネットお姉様と王弟殿下が招かれたのによ?」


 そう言えば、ノールは沈黙した。目まぐるしく何かを考えているのか、とんとんと指先が膝を叩いている。

 やがて目を閉じて小さくふうと口から息を吐く。


「それは、王弟殿下は食いつくだろうな。多分だけど、シグはやり返したいと言って、王太子殿下は内憂をなくしたいから協力しようと言った、であってる?」

「正解よ。わかっているではないですの」

「動きが予想通りすぎて外れてほしかった」


 ノールは力なくぼやく。

 外れる必要を感じない。だって動いて当然では。わたくしと何年一緒にいるのかしら。


「しぶとく逃げ回っている相手から、いつまでも狙われたら嫌ではないの。わたくし、やられたらやり返す性分ですわよ」

「痛いほど知っているから、どうそれを緩和するか俺はすごく悩んでいる」


 棒読みで言って、ノールはわたくしをうかがった。

 わたくしよりうんと背が高いのに、肩を丸めて身を縮ませる。それが格好つかなくて、だからこそ可愛らしくわたくしの目に映る。


「例えば、俺が手を差し出したら君はそこにとどまってくれる?」

「そう思うならやってみせてちょうだい」


 わたくしの返しに、おずおずとわたくしより長くてしっかりした腕が半端に広がった。まあ、それでは足りなくてよ。

 それをさらに手で広げて、ノールの上に腰かけた。

 成長したノールの膝は柔らかさよりも硬さが目立つ。細いから余計にごつごつする。もっと食べさせたらマシになるのかしら。

 ごそごそと居心地を探って姿勢を直していると、ノールは息を詰めてあえぐように呟いた。


「……自分でやっておいて、すごく後悔している」

「なんでですの。ほら、揺れて危ないからしっかりと掴んでくださる?」

「はい……俺は愚かだ」

「よくわかりませんけど、卑下はほどほどになさいね」


 緩く抱きしめる腕を、しっかり掴み返す。

 首元にかかる温かな吐息に安心して、背中をゆっくり預けた。





***




 シグエスネッタ・グラシュープは何も知らない。


 王太子の仮面をようやっと外した部屋の中で、ひたすらに脱力した。

 世界の危機かと思えば。

 いや、間違いなく関係者だろう。だが、このまま知らさずに監視かつ友好関係を築くほうが得だ。


「ライヴァニル。秘匿事項を話したときはどうなるかと思ったぞ」

「一か八かだったから大目に見てください。叔父上、現状維持でよいですね?」


 問いかけた言葉に、無言の頷きがあった。

 だって馬鹿らしい。だからよかった。

 世界の秘すべき失われた技術。それを悪用する愚かさは彼らになかったのだから。

 使用者だろうノエルク・エルマインでさえも、その発想がなかった。驚くべきことに、大々的な行使を忌避してすらいる。


「まあ、事故が怖いから要監視だな」

「でしょうね」


 安心していたのに不安を突きつけないでほしい。嫌なことを告げた叔父自身も、うんざりした顔だった。

 そもそも、彼らは世界に眠る失われた技術の概要すら知らない。起動も制御も根本的な理解がないのになぜ使えるのか。まったくわからないだらけのまま。

 排除も考えたが、無駄だ。変に根本へ接続されていたなら、どうなるかわからない。


「見えない爆弾を抱える気分だなあ」


 先程までいた、堂々たる淑女と爛々とした底知れない青年を思い出して、詰まった息を吐き出した。

 せめて良き隣人であることを祈るばかりしかできなかった。





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