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11.見守り。呼び出し召喚


「それで俺たちが後をつける理由ってあるの?」


 ノールが困ったように呟いた。一つくくりにした細い髪束を指で絡めて遊び、目をすぼめている。視線は街角の向こう。

 同じ方向を見ながら、わたくしはノールに答えた。


「ノールったらお馬鹿さんですわねえ。わたくしたちは補助係ですわ!」

「いや、これストーキングぅぇっ」

「いけない、もっと詰めて! こっちに来ますわよ」


 ノールがごちゃごちゃ言うのを、建物の隙間に押しこんで黙らせる。

 それから二人して、そうっと路地から頭を覗かせた。

 今日この日のためにお忍び服を用意したのだから、役立てないと。地味で目立たない黒や茶色の市民服のおかげで、暗がりに混じればパッとは判らないはず。

 案の定、わたくしたちの監視対象こと、セティさんとカシュロお兄様は気づかず歩いて行った。

 なお、その後を追う護衛たちは、ぎょっとした顔でわたくしたちを一瞬見てから、すぐに仕事に戻っていった。話の分かる護衛です。


「わたくしったら、鍛えれば隠密の才があるのかもしれませんわね」

「カシュロ様、気づかないなんて珍しい」


 そろりと二人して障害物に隠れながら進む。


「そもそも二人の相性は良いとわかっているのです。うまいこと外圧をかければ、どうとでもなります」

「それシグかリリネット様しかできない力業だから」

「そんなことより、カシュロお兄様の顔ったら。あの小煩い小言魔人、セティさんに相好崩していますわよ」


 視界の奥で、何やら会話をしながら店を眺めている。エスコートも文句がないくらい上出来。

 なんだかわたくしに接するより丁寧な扱いじゃありません?

 日頃のわたくしへの雑さが浮き彫りになりましたわね。あとで文句を言わないと。


「似た者同士だから波長が合うのかも。今まで婚約しても結ばれないのが不思議なくらい」

「あっ、店に入りましたわ。わたくしたちも行きますわよ」


 考えるノールの腕を取って、ぐいぐいと進む。


 カシュロお兄様が選んだのは、小物細工の店だった。

 ソーアンナお姉様が辣腕を振るっている、トゥシャンテ商会の看板が揺れている。ミュステラー公爵領の販路も広がっているようで、妹として誇らしい限り。

 従姉弟としてカシュロお兄様も気に留めているに違いない。いいことです。


「えっ、俺たちも入るの?」

「店先で中をじろじろ覗くのって、お行儀が悪いでしょう」

「そこはわかるんだ」


 どういうことかしら。組んだ腕を引くと、ノールは「なんでもないです」と笑って言った。


「シグは欲しいものある?」

「そうですわねえ。しばらく外に出ていないから、新商品が気になるわ。それを見ましょう」

「わかった。うん……まあ、カシュロ様には悪いけど、いいか」


 ドアを開くと、ドアベルが軽やかになった。

 不意に先に入っていたカシュロお兄様が振り向いて、固まった。

 果実が色づくみたいに顔色が変わる様ってこうなのね。じっと眺めていると、セティさんもこっちに気づいて声を上げた。


「えっ!? シグ様! いらしてたんですね」


 ぱあっと明るい顔でセティさんが嬉しそうに言う。


「お二人とも、お買い物ですか?」

「ええ。ここのお店、わたくしの二番目のお姉様の商会ですもの。セティさんはカシュロお兄様とお出かけなのね。仲良くなさっていて嬉しいわ」

「はいっ。良くしていただいています」


 子犬ちゃんのようにわたくしに懐くセティさんをよそに、カシュロお兄様はぎこちなく動きを再開した。


「おま、お前。シグ、お前なあ」

「なんですの。わたくしたちはわたくしたちでお出かけに来たのですもの」

「本当か? ノエルク、お前は?」

「シグに付き合っています」


 しれっとノールが答える。わたくしは胸を張って堂々と、それでいて重々しくうなずいてみせた。


「ノールがわたくしにどうしても贈り物をしたいって」

「……言ったかなあ……いや、そりゃ君に贈り物はしたいけど。髪飾りとか」

「あと腕輪もね。前よりうんと素敵なものを見つけたいですわね」

「うん」


 ノールが穏やかに返事をしたのに、カシュロお兄様は力を抜いた。


「まあ、そういうなら、そうなのか。悪い、変に勘ぐった。シグの普段の行いからつい」

「わかります」

「ノール?」


 そこは否定なさい。

 異論を唱えようとしたところで、セティさんの様子が目についた。なぜかうるうると目を潤ませてわたくしを見ている。


「セティさん、どうなさったの」

「シグ様が本当にお元気になったってわかって、嬉しくてえ」


 セティさんはハンカチを取り出して目元を拭う。


「私が言い出したから、あんなことになったって、ずっとお詫びしたくて」

「そんなこと、あなたの責任じゃなくってよ。過ぎた自責はわたくしへの侮辱と見做します。しゃんとなさい」

「はいっ」


 これまた嬉しそうにセティさんが何度もうなずいた。


「乱暴に拭くと痕がのこる。こっちを使うといい」


 カシュロお兄様が、柔らかな素材のハンカチを差し出した。セティさんが恐縮しながら受け取る。

 まあ。お兄様が自ら。そりゃあ、お優しいところはありますが、わざわざ。そのハンカチ、用意したものですわよね。


「ノール、見ました? あの小言魔人、きっと内心やにさがっているのだわ」

「シグ、それは思っても言わない」

「だって、まどろっこしいでないの。うだうだは見ていてヤキモキしますわよ」


 こそこそ話していたら、つむじに指先をぐりぐりと当てられた。

 カシュロお兄様が赤い顔で文句を言ってくる。


「いい加減にしろ」

「良い加減で遠慮なく言っただけですわよ。リリネットお姉様にもちゃんと伝えますわね」

「だからなあ」


 詰め寄るカシュロお兄様をひらりと避けて、ノールに抱き着く。


「まあ嫌ですわ。わたくし、迫られるのはノールだけと決めているのです。ねえ?」


 ノールを前面に出す。ノールはわたくしの意を汲んで、すっと手を広げて庇ってくれた。


「そういうことなので、カシュロ様、すみません」

「ノエルクお前まで」


 そんな様子に、セティさんが噴き出す。

 それを聞いたカシュロお兄様が頭を掻く。振り返ってセティさんへと声をかけた。あらまあ、なんだか雰囲気が良い。


「これ以上は邪魔になる。こっちも俺たちの買い物をしよう」


 静かにノールが言う。わたくしはセティさんとカシュロお兄様の様子をもう一度眺めて、そうね、と返した。




 わたくしの見立ての通り、交流は順調に進んだらしい。

 進んだというか、進み過ぎているというか。

 それから三年。わたくしが十三歳となったとき。

 なぜか男爵領がトヨマリス侯爵領の領地を一部もらい受けて伯爵にまで上がり、わたくしのお家も侯爵家に上がった。

 王家の意向とお父様からは聞かされたけれど、ずいぶんと都合よく動くものです。


「シグちゃん、ごめんねえ。お父様たちだけでいいとマリアンヌと一緒にお伝えしたんだけど、殿下にお願いされちゃってねえ」


 申し訳なさそうにお父様が言う。同じ馬車で揺られながら、わたくしは眉をしかめた。


「ノールは一緒じゃない?」

「彼とはもう話したから、シグちゃんとも個別で話したいそうだ」

「わたくしと? 殿下って、どの?」


 お父様が馬車の外へと視線を向けた。

 つられてわたくしも向ける。窓からは王都の街並みを置き去りにして進む景色が見える。先にあるのは立派な白亜の王城。


「ライヴァニル王太子殿下だ」


 げえ。

 引きつりそうになる顔で、わたくしはげんなりと王城の門を見つめた。

 わたくしの気乗りしない気持ちと裏腹に、馬車はどんどんと距離を狭めていく。

 そうしてとうとう、王城の橋を渡り抜けて門を過ぎてしまった。


 王城に入ると、お父様と連れ立って一室に案内された。

 さらにその奥には小部屋に繋がるドアがある。その先で面談があるらしい。

 使用人やお父様にたずねても、面談としか答えてくれず、ますます意味がわからない。

 準備ができたら呼ぶのでと言われて、部屋のソファで静かに待つ。リリネットお姉様からいただいた金の首飾りと、それに通した懐中時計を手慰みに眺める。

 傍目にはお姉様からの贈り物を愛でているように見えるようで、お父様は「よかったねえ」とにこにこしている。


「シグエスネッタ・グラシュープ侯爵令嬢。中へ」

「お父様はここで待っているからね。いってらっしゃい」


 お父様に見送られて、殿下の臣下らしき者に促されて、わたくしは小部屋のドアを開けて入った。


「やあ、グラシュープ侯爵令嬢。御足労感謝する。まあ座りなさい」


 愛想よく迎えた王太子殿下は、自分の向かいにある席を手で示した。

 小部屋は必要最小限の調度品しかなく、簡素な小物机と座椅子が二脚あるばかり。入ってすぐに気づいたことは、ドアのすぐそばにガームンド王弟殿下が立っていたこと。

 ぎょっとしたのをこらえて、大人しく座る。


「警戒はもっともだ。でも、君の敬愛するリリネットに誓って、ひどいことはしない。ただ聞き取り調査をしたくてね。直答、作法は大目に見るので自由に話してくれ」

「承知いたしました」

「ではまず一つ」


 王太子殿下は長い脚に手を置いて、笑顔のままこう言った。


「君の狂言、感謝する」


 そして軽く頭を下げた。


「おかげで処分が早くできた」


 何とは言わないけれど、トヨマリス侯爵領でのパーティーの件だとわかった。

 わたくしは神妙にうなずいておいた。


「しかし、予後はどうかな? 王家の治療を受けることもできるが、グラシュープもエルマインもミュステラーも口をそろえて要らぬという」

「刺しどころがよかったようで、すぐに塞がりました」

「ふむ……そうしておこう。リリネットからも聞いているから、そこのところは問題ない。あとで見舞いの品を届けよう」


 用件はそれだけなのだろうか。

 王太子殿下が頭を下げるのは驚いたけれど、それだけわたくしに感謝したということなのかしら。だとしたら、王家にすら感謝をささげられた女としてわたくしの評判が高まるだけなので結構なことです。


「それからもう一つ。君の婚約者は私の期待の臣下の弟君なのだが、つつがなく過ごしているかな」

「ええ、そうですが……?」


 ノールとわたくしはこの上なくつつがなく過ごしている。

 疑問に思いながら肯定すると、うんうんと王太子殿下は相槌を打った。


「ベルサークも弟が事件に巻き込まれて心配していたからね。動転して奇妙なことを話したと言っていたから、私も気になったのだよ」

「まあ、そうでしたの。とくにいつも通り変わりませんわ」

「そうかい。それならいい。不安定になったり自暴自棄になる姿は見たくないと嘆いていてね」

「お義兄様と彼は仲が良いですから。わたくしも気をつけてみておきます」


 にこにこと笑顔の応酬をすると、王太子殿下は沈黙した。

 それから王弟殿下のほうを見て、またわたくしのほうを見た。


「さて、和やかな建前はここまで。シグエスネッタ・グラシュープ」


 長い脚に上体を預けるみたいに、ぐっと体を曲げてわたくしの顔をじっと見据える。

 金髪碧眼の王国の顔ともいえる美しい顔は、値踏みと緊張が浮かんでいる。


「君は世界を自由にできる力があれば、何をする?」


 そして淡々と問いを投げかけてきた。


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