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10.幸せにしよう計画


 なごやかな療養生活を続けること数日。

 その間もぜひお泊りしてってね、と言われたので、絶賛ミュステラー公爵家でお泊り生活をわたくしは続けている。

 トヨマリス侯爵家やゴスマンズ侯爵家の事件はどうなったのかと聞いてみれば、誰もが作り笑いではぐらかす。リリネットお姉様も、あのカシュロお兄様までもわたくしに教えてくれない。


「納得いきませんわ」

「だって、シグがあそこまで無茶するから」


 前よりもさっぱりとした顔つきとなったノールが見舞いにやってきて言った。

 わたくし、ノールのおかげで健康体なのですけど。血が出て毒を盛られ大変だったということで外聞のためにもお休み中ということになっているそう。


「俺もミュステラー公爵たちから、シグには大人しくさせるように言い含められた」

「なんでですの!」


 つまらない。

 ベッドで寝そべって抗議すれば、ノールは「そういうとこだよ」と息をついた。


「下手な爆弾より危険物の扱いしないと、君は何するかわかんないだろ。罠に嵌めてきた相手に絶対突っこむだろうし」

「だって、わたくしに罪を着せようとしましたもの。それに我が伯爵家と後ろ盾たる公爵家をコケにしたのです。当然では?」

「そうなんだけど、後は大人の領分なの。シグや俺の年齢じゃ口挟めないでしょ」


 ノールの言い分はもっとも。だからこそつまらない。

 ふてくされていたら、ノールはベッド近くまで寄ってきてこそっと呟いた。


「トヨマリス侯爵領は取り上げの方針。シグと一緒に居た侯爵令息は表向き死亡扱い」

「まあ! それで?」


 うつぶせのまま這ってノールのところに進む。ノールは腕を組んだまま思い出すように答えた。


「違う貴族家だけど似た出来事はあったから、なんとなくの記憶頼りの意見だけど……ゴスマンズ侯爵令嬢は、王太子の臣下で情報工作員だよ」

「あの大人げない教養暴力お姉様が!?」

「でも正論で角は立ちにくい攻撃だったし、チコラ男爵令嬢もあれを学びに励んでるから」

「ふうん。ノール、詳しいじゃないですの」

「まあ、それはいろいろあって」


 ノールが言葉を濁す。けれどすぐ軽く手を振って、付け足した。


「あ、いや、シグに話せない過去とかじゃなくて、それ以上は口止めされてる。シグが倒れたとき、王弟殿下がきて、それからちょっと王家と口利きすることになっちゃってさ」

「それ、大丈夫なんですの?」

「なんかわかんないけど、すごく丁重にしてもらえてるから……多分、平気? いくつか聞き取りされて、そのままでいてくれと笑顔で解放された」

「意味がわかりませんわね?」


 わたくしの言葉に、ノールがこくりとうなずく。

 でも王家と公爵家の力で、あの事件は良い感じに利用されているらしいとは聞いた。その後の顛末は聞けなくとも、わたくしが悲劇の乙女で、愛の力で危機を脱したとウワサされているのは知っている。

 お父様やお母様たちもそれに乗っているので、悪いことにはならないと思うけれど。


「まあ、困ったら王弟殿下や第二王子殿下にはリリネットお姉様の話題と、王太子殿下には隣国のお姫様について話せばよろしいわ。それで適当に惚気をいなすのよ」

「それは不敬がすぎる」


 ノールが笑う。


「ともかく。王家には俺が取り次ぐことになったから。シグは勝手に動かないでね。絶対に、勝手に、動かないで」

「それじゃあ暇ですわ。何かすることはありませんの? でないとわたくし、勝手に動きますわよ」

「ええ……いや、君はそうだろうね」


 ノールの笑顔はあっという間に曇って、頭を抑えだした。


「んん、ええと、じゃあ俺が試そうとしてできなかったことお願いしようかな」

「何? 何々? なんですの?」

「あらゆるルートとイベントとか思い出している間に、そういえばと考えたことなんだけど」

「早くおっしゃいな」


 体を起こしてノールの服の袖を引っ張る。わかったよ、とノールは軽く手を上げて肩を落とした。


「俺が当初考えていたような、世界線をなぞること。バグを無視して、その芽をつんで、ゴールすること」

「まどろっこしいですわね。もっとわかりやすく! つまりどういうこと?」

「セティ・チコラを幸せに導く。夜会で起こりうるハプニング、婚約破棄などを未然に阻止する」

「なるほど、わかりましたわ!」


 この場合の幸せは、素敵な相手と巡り合い結婚することね。貴族の子女の幸せはだいたいがそこに左右されますもの。

 ならば、以前に恋愛劇で見たような補助をすれば。ふむふむ、いけますわね。

 わたくしにかかれば、ちょちょいのちょいですわ!


「そういえば、元気になったあかつきにはセティさんとも会う約束を入れていましたわね。いいでしょう、早速しますわよ」

「シグが楽しそうならいいや……じゃあ、俺にも手伝えることあったら言ってね」

「そうね。ではノール、あなたが過去の人生でセティさんと付き合ったときに、彼女が喜んだ物事を紙に記して持ってきてちょうだい」

「ぐっ」


 そう言うと、ノールは変な声を上げて胸を抑えた。


「なあに? 胸痛?」

「いや……はい、がんばります。あの、今はシグ一筋なので、そこは決して誤解をしないでほしい」

「何の話? わたくし、そこまで狭量じゃなくてよ。ほら、わたくしはこれからお手紙を書くのですから、ノールも急いで思い出して書いてきて」

「はい」


 ノールを部屋から追い立てて、わたくしはいそいそと書くための準備を始めた。







 公爵家のガーデン。

 四歳の集まりで使用された場所を、今度はわたくしとお友達だけで使える贅沢。リリネットお姉様もご一緒というだけで、素晴らしい会であることに変わりない。


「お招きいただき、感謝申し上げます」


 ペペルを筆頭に、ウィニーとセティさんがお辞儀をする。わたくしはそれを鷹揚にうなずいて、席についているリリネットお姉様をうかがった。


「ええ、ようこそ。シグのお友達とお会いできて、あたくしも嬉しいわ。どうぞお座りになって」


 リリネットお姉様のお言葉に全員が席に着く。

 円座のテーブルにはすでに紅茶とお菓子が並べられ、甘い香りをふわりと漂わせている。目にも美しい形の一口ケーキなんて、なかなかお目に掛かれない。

 それに、今回はわたくしから素朴な焼き菓子も一つ加えさせてもらった。


「皆様にはご心配をかけたので、わたくしからのお詫びを兼ねて用意いたしました。ぜひ食べてちょうだい」

「飾り気がないのもシグらして素敵よ」


 にこにことリリネットお姉様が言って、焼き菓子を一つまみする。それを見て、セティさんたちも口にした。


「んー、美味しいです。シグ様、どちらでこれを?」

「こら、ペペル様、はしたないです。でも、美味しゅうございます」


 頬を抑えてうっとりするペペルに、ウィニーが注意をする。


「これ、私のところの……あの、シグ様これ」


 セティさんは口元を抑えて目を輝かせた。

 そうです。ノールの記録から探って、セティさんのところで見つかった深海蒼石を用いた塩の焼き菓子。自領の特産を把握しているのは感心ですわね。


「ええ、ノールがこうすると美味しいと教えてくれたの」

「すごく美味しいです」


 セティさんがはにかんだ。大事そうにまた焼き菓子をちまちまと摘まむ。

 ふむ。ノールの記録は正確ですわね。

 喜ぶということは、ある程度の再現は可能ということ。

 しめしめと思いながら、それでもなんとなくノールとのことを一応、そう、一応わたくしは口にしておいた。


「わたくし相手に味見までさせるくらいですのよ。それならあなたの口で確かめなさいと食べさせたの。でも、その甲斐がありましたわね。皆様の口にあってよかったですわ」

「きゃあーっ、素敵ぃ! お互いに食べさせ合いを? はあ、わたくしまでどきどきいたしますう!」


 ペペルの黄色い声に、わたくしはそうでしょうとうなずいてみせた。


「まあ、お菓子にかこつけて仲の自慢だなんて。シグったら、妬けちゃうわ」


 面白そうにリリネットお姉様が言う。


「お姉様もノールも比べるべくもありません。どっちも大好きだもの」

「あたくしもシグが大好きよ」


 何度聞いても染み渡る大好き。満面の笑みも惜しまず出してしまう。

 わたくしとリリネットお姉様の仲の良さを見せつけたところで、セティさんに改めて話を向けてみた。


「セティさんは、あれから大丈夫でしたの? わたくしが倒れてから、一人だったでしょう?」

「そんなっ、シグ様がお気にされることではなくて。寧ろ、シグ様のほうが。もうお体は大丈夫なのですか?」

「わたくしは元気ですわよ」


 むん、と力こぶを握ったっていいでしょうけど、さすがに淑女の手前はできない。微笑んで否定すれば、セティさんはホッと息をついた。


「それなら、よかった。本当に、良かったです……! 私、あの時、自分が何もできなくて。シグ様は意識がなくなるし、わけがわからなくて」

「カシュロが役に立ったかしら?」


 リリネット様がこてりと首をかしげて見せた。銀糸がしゃらりと流れる様は相変わらずの美しさ。セティさんたちも一瞬見惚れた後に、我に返っていた。

 言葉を詰まらせながら、セティさんが慌てて答える。頬が赤らんでいるのは美貌を前にしたからか、それとも違う要因かのどちらでしょう。


「かっ、カシュロ様は私にもお心を配ってくださって、もったいないことです」

「あら、そう」


 わたくしにお姉様から目配せがきた。

 従妹だからわかる。

 カシュロったら、名前で呼ばせているわよ。いつの間に。あの子も隅に置けないのかしら。みたいなニュアンスですわね。

 わたくしは即座に小刻みに頷いて返した。それからリリネットお姉様は微笑んで言った。


「会は台無しになったから、埋め合わせをするべきだとあたくしは思ったのだけど。どう?」


 リリネットお姉様の提案に逆らう者なんてこの場に居ない。

 ウィニーでさえも、ぴしっと背筋を伸ばして肯定した。


「そうね。公爵領の街は海際と異なる市場があるの。あなた、折角だから見聞なさいな。料金は公爵家につけてかまわなくてよ」

「ぇ、あ」


 固まったセティさんを、ペペルがせっつく。


「セティ、お答えしないと。デートよ。デートのご提案よ」

「そん、ええっ、はあ、えっとえっと」

「ちょっと、御前ですよ」


 淑女らしさも忘れて、動揺しきりのセティさんにウィニーが叱咤した。

 リリネットお姉様は愉快そうに声を漏らして笑う。ご機嫌が麗しいようで何より。

 セティさんのことは、一定の評価をされたということでしょうね。でないと、こんなことされないもの。


「カシュロには、あたくしから申しておきます。それまでタウンハウスでお待ちなさい。男爵には公爵家からの商談もありますし、ついでに伝えます」

「あっ、ありがたく存じます!」


 勢いよく頭を下げたセティさんに、ウィニーが呆れたように天を仰いだ。


「シグもいいかしら?」

「はい、もちろんです。素晴らしい采配ですわ、リリネットお姉様」


 わたくしが答えると、リリネットお姉様はにっこりと唇の端を上品に上げた。



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