6.トヨマリス侯爵家のパーティー
ものすごく苦くて渋い食べ物を口に入れたよりもひどい顔。
そんなお父様による「ノール君とカシュロ様がいるなら」という許可を絞り出したことにより、わたくしたちはパーティー会場へと向かっていた。
トヨマリス侯爵家。我が国でも有数の大きな港を持つ海岸沿いの領地。
水平線を眺められる美しいホールが、招待された場所だった。
「悔しいけれど、立派ですわね」
「海洋業なら国一番だぞ。何言ってるんだ、勉強してないのか?」
わたくしの呟きに、カシュロお兄様が突っこんでくる。十二歳のやんちゃ盛りのカシュロお兄様は、相変わらずわたくしに対して一言多い。
「していますわよ。あくまで感想です。まったく、セティさんを任せて大丈夫なのかしら」
「誰に言っている? 公爵家を背負っているんだぞ、下手を打つかよ」
額をなでつけて、これぞ公爵家とばかりに威光をこらした服装。贅沢に刺繍細工をしたベストコートも見事に着こなしている。
「それに、あとから姉上と王弟殿下も来る。言いたいことはわかるよな?」
「もちろん。わたくしはお姉様の可愛い従妹。いの一番で出迎えますわ」
「実の弟を差し置くな……とまあ、こんな調子だが供はしかと務める。よろしく頼む」
わたくしとカシュロお兄様のやりとりを唖然とみていたセティさんは、慌てて両手を振って答えた。
「そんな、とんでもございません。ミュステラー公爵令息のため、一生懸命務めさせていただきます」
ふんわりと裾が広がる花弁を模した模様のドレス。青を差し色にした淡い桃色のデザインは、彼女自身の色合いともよく似合う。わたくしが選んだだけはあります。
出来栄えに満足をしていると、セティさんはわたくしのほうに向かって丁寧にお辞儀をした。
「シグ様も、チコラ男爵家のためにご尽力くださいまして、感謝申し上げます」
「公爵家相手に男爵家がなんて文句を付けられたら、噂の通りわたくしがワガママを言ったからって言うのよ」
「そうだな。せっかく流した噂だし、そう言うといい。俺からも聞かれたら言っておいてやる」
「そんな」
恐縮するセティさんに口々に言うと、わたくしの腕がくいと引っ張られた。
「ノール? なんですの」
「あまり敵意を買うような真似はやめてくれ。君が矢面に立つ必要はない」
「あらまあ」
ぎゅうと引っ張った腕に抱き着く。婚約者として、将来を共にする者として心配をしてくれるのは嬉しい。
けれどノールは「俺は真面目に言ってる」と厳しい顔をする。カシュロお兄様は呆れたようにノールの肩を叩いた。
「ノエルク、お前の気持ちは正直わかるようでわからないが、心配し過ぎはよくない。ほら、敵地こそ優雅に笑うんだぞ。できるか?」
「それは、はい。大丈夫です」
笑顔を作ってみせたノールに、カシュロお兄様もセティさんも困ったように顔を見合わせた。
「エルマイン伯爵令息は思いが強くていらっしゃるのですね」
「シグに洗脳でもされたんじゃないか……?」
失礼なことを言うカシュロお兄様を睨みつけて、先に追い立てる。
招待客の家格順なので、一番はお兄様とセティさんだ。その次に他の侯爵家が三つ続いて、わたくしたちから伯爵家の紹介になる。
手を重ねてゆっくりと呼吸を整えた。
入場の案内を粛々と待つ。
この時のために、用意した武器となる格好を互いに確認する。今回は青基調の衣装。
公爵家の御色ともいえる深い青は、ミュステラー公爵家からの公認の証ともいえる。
それに加えてリリネットお姉様からいただいた金の首飾り。完ぺきです。
懐中時計もきちんとあることを確認して、エスコートを受ける。いつかのように同じ成長度合いで背が伸びたノールは、すっかり令息の仮面をかぶっている。
それを見て、わたくしもグラシュープ家の嫡子としてふさわしい可憐な微笑みを浮かべてみせた。
会場は飾り付けられたホールとは別に、海際が眺められるテラスがあるのが特徴的な造りだった。
海の実りを得る侯爵家だからこそ、それを反映させたのかもしれない。
通路でさえも海面の輝きを反射したような模様を天井に描いていて、海の豊かさを象徴する彫刻が柱を彩っている。
グラシュープ伯爵領でもミュステラー公爵領でも見られない美しさは、素直に賞賛すべきものだった。
まあ、主催が素晴らしければもっと良かったのですけれどね。
それと集まる方々の善良さも。
わたくしは内心で悪態を盛大につきながら、笑みを絶やさずノールに身を任せていた。
公爵家が男爵家の令嬢を連れていれば、格好の的でしょうね。
でも、わたくしという存在が前よりセティさんを連れ回していたのは周知の事実。カシュロお兄様とわたくしの仲の良さも事実。
ならばそうなってもおかしくはない。たくさん自慢風にはしゃいで話したけれど、やっぱり嫉妬はあるものなのね。
セティさんは気丈に頑張っているけれど、少し心配です。
「まったく、カシュロお兄様のどこがよいのかしら?」
「裏表のない誠実さ」
小声でノールにたずねれば、即座に返ってきた。
「あと格好いいし、地位もある。正当な評価だよ」
「あなた、本当にお兄様のこと気に入りねえ」
視線の先ではきらびやかなドレスの群れからセティさんと果敢に立ち向かう姿が見える。
あ、今、護衛が動きましたわね。これで落ち着くといいけれど。
「セティさんには、面倒な相手をさせてしまったかしら」
ふう、と息を吐いて会場を見回す。
ワイングラスを鳴らす音や談笑の声に混じって、着飾った嫌な奴を見つけてしまった。
「げえ、アーヴス」
「シグ、漏れてる」
「正直なお口がつい」
すぐに口を閉める。
まあ、来ていないはずがないですわよね。ゴスマンズ侯爵家の養子となったのですもの。
内面の腹黒さは外面まで現れてしまうのかしら。きっとよろしからぬ妄想に身をゆだねるからそうなるのね。よくない目つきというのは見てわかるもの。
十四歳ながら新進気鋭の紳士との評判も、どこまで本当なのか。
わたくしはノールの服の裾を引っ張った。
「ノール、あちらに行きましょう。サヤエッラ姉様たちもいらしているの」
「大人のところに行くのは賛成。早く行こう」
素早く会場を歩いて、見知った顔のところまで移動する。
サヤエッラ姉様はいかつい旦那様であるウィットレ伯爵と一緒だった。軽く挨拶をしてから、快く迎えられた。
「しかし、暴れ馬を御したというその豪胆さ。なかなか見かけには寄らんなあ」
ウィットレ伯爵は、わたくしをノールが助け出したというエピソードをいたく気に入ったらしくノールを連れてあれこれと乗馬について語り出した。
「馬のことになると少々煩いの。そこがお可愛らしいのだけど、シグは退屈よね」
「いいえ、サヤエッラ姉様。ノールが認められるのはわたくしにとっても嬉しいことです。だってノールはすごいのだもの」
「まあ! あなたもやっぱりわたくしたちの血筋ねえ」
にこにことサヤエッラ姉様はわたくしの頬を撫でた。けれど笑みをひそめて心配そうに顔を会場に向ける。
「でもあんなウワサを流すだなんて。本当に大丈夫? ソアもまだ腹に据えかねていたわよ」
次女であるソーアンナ姉様は、有力商会を抱える御家に嫁いだ方。社交界含めた情報については一家言ある。
だからこそ、今回のウワサ、可愛いシグちゃんがお兄様にお気に入りのお友達を任せたというものが早く出回ったのだ。
「そうでもしませんと、セティさんが恨まれて大変なことになってしまいます。言い出したのはわたくしであることは間違いないですもの」
「でもねえ……彼女、悪い子ではないでしょうが、相手が悪くてよ。カシュロ様を狙う筆頭はゴスマンズ侯爵家でしょう」
「セティさんはゴスマンズ侯爵家とトヨマリス侯爵家から婚約話を持ち掛けられているのですから、無体されないにはああするしかないですわ」
「本当に、ゴスマンズ侯爵令嬢が癇癪をおこさなくてよかったこと。あの方、身分には一等厳しくていらっしゃるのよ。ソアを招くのも許可しなかったし……」
サヤエッラ姉様も不満がたまっていたようで、忠告まじりの文句がどんどん出てくる。
ゴスマンズ侯爵令嬢と聞いて、わたくしも会場へと視線を向けた。アーヴスと一緒にいる令嬢が、羽で出来た扇子をこれみよがしに広げて口元に当てている。
年のころは確か十八だったかしら。
王太子殿下のお相手を狙ってのご誕生だったと話は聞いている。しかし、王太子殿下は生まれながらにして隣国の王女と婚約してしまった。そのため、釣り合う辺境伯や侯爵家から婚約者を選んだという話はわたくしも聞いている。
「お相手はいませんの? 養子の方がエスコートしていらっしゃるけれど」
「アーヴス・ゴスマンズ侯爵令息と言いなさい、シグ。お相手はいま留学されているそうよ」
「なるほど」
金色に近い茶髪をした令嬢は、金髪のアーヴスと並ぶと血縁に見える。昔、血がどうのこうのと言っていたのは、血筋的に繋がっていたのかもしれませんわね。
王家の血筋といえばゴスマンズ侯爵家も当てはまりますし。
そうこうして見守っているうちに、ゴスマンズ侯爵家の二人がカシュロお兄様に近寄っていく。セティさんは笑顔で頑張っているけれど、分が悪い。
「サヤエッラ姉様、行って参りますわ」
「わたくしも一緒に行きましょう。あなた、ノエルク君」
サヤエッラ姉様の声かけに、ウィットレ伯爵はノールを解放してやってきた。見事なエスコートをして先を歩き出した。その後をノールと共についていく。
辿り着いたときには、耳を撫でる高い声がその場に響いている真っ最中だった。
教養の暴力ね。
どうやら話の中身は海洋産業や特産に関することだった。セティさんはわたくしによるお友達会によりある程度は答えられている。
でも、やはりそれでは足りない。というより意地悪ですわ。
十七歳と十一歳、生まれの差で教養に差があるのは当然ではないの。カシュロお兄様が助け舟を出しても、女性の問題ですと言って引き下がらせて。
「興味深い内容ですわね? ぜひ、夫とともにお話を傾聴しても?」
しかしわたくしのお姉様だって負けていない。軽やかな声と笑顔で話題に入ると、あっという間にゴスマンズ侯爵令嬢との談話を逸らし始めた。
ここでわたくしが入っていっても「十歳のお嬢様ではねえ」と見られますもの。過去の苦い経験ですわね。
ともかく、サヤエッラ姉様にお任せして、わたくしは素早くセティさんの傍に寄りそった。
「セティさん、顔色が悪くてよ。少し休みましょう」
そう言って、彼女をその場から離すことに成功したのだった。




