5.新たなお友だちと深海蒼石
帰ってきて早々に、微妙な顔のノールに無事と見聞きしたことを説明をして以来。
それからあっという間に時間は過ぎた。
というのも、わたくし自体が動いてもすぐにはどうにもならないというのが一点。
ノールが、それはそれは深刻な顔で「お願いだから勝手に動かないでくれ」とわたくしを自由にさせなかったのが一点。
仕方ないので、ここ数年は領地で社交に努めることとなった。
ですが、その代わりにいいこともあった。
八歳。わたくしのお家のお庭にて、小さな淑女たちが集まった。
「セティ・チコラと申します! どうぞよろしくお願いいたします!」
「セティさん、よろしくね。わたくしのことはシグと呼んでちょうだい」
「はいっ、シグ様」
そうです。
セティさんをわたくしのお友達に加えました。
伯爵家のガーデンで集まってのお茶会も賑やかになりましたわね。いつものお友達であるウィニーやペペルももちろんいます。
ペペルの家がやり取りするお家にチコラ男爵領があったのです。そこで今のうちに顔見知りならばと呼んでみました。
そも、この年頃で高位貴族と関われるのは名誉なこと。お友達候補になれるのならと考えるのも普通なことです。つまり、交流を持とうと働きかけるのは簡単。
ちなみに、これを知ったときの心配性なノールは驚きに目を見開いていましたわね。今も部屋からわたくしのことを心配してはらはら見ているのかしら。
ガーデンから見える伯爵家のお城、ノールがいるだろう一角を見上げてみる。姿は見えない。
それなら一緒に参加すればいいのに。
「セティはウィニーと同じ年なので、仲良くなれると思いまぁす」
ほわんと言うペペルに、ウィニーもぎこちなく応えた。
「そう、ですね。同じ男爵家の者として、ともにがんばりましょうね。私のことはどうぞウィニーと」
「はい、よろしくお願いいたします。ウィニーさん」
律儀にお辞儀をするセティさんに対して、ウィニーは嬉しそうにしている。
「至らぬ田舎者の身ではございますが、皆様からいっぱい学ばせていただきます」
「なんだかウィニーが二人に増えたみたい」
「ペペル様、それってどういう意味です?」
「えへへえ」
ウィニーに詰められて、ペペルは取りなすように笑った。それに釣られるようにセティさんも口元を抑えて笑う。
振る舞いに出したお菓子をそれぞれが摘まむ穏やかな時間。
セティさんは表情も取り繕わないで、パイを嬉しそうに頬張ってはウィニーに注意されている。
すると、「ん」と驚いたように口元にハンカチを当てた。
綺麗に口に拭ったハンカチから、銀貨が一枚現れた。
わが伯爵家の料理から異物が出る? しかも銀貨?
今日はお祝いのパイの予定だったかしら。そういう菓子があるのは知っているけれど、頼んだ覚えはない。
「セティさん、大丈夫だったかしら」
「あっ、えと、はい。あのう、これ、どうしましょう」
「あとで料理人に詫びをいれさせますわ。ごめんなさいね、びっくりしたでしょう?」
「いいえ、そんな! 大丈夫です。きっとこれは、シグ様たちと出会えた幸運の証なんです。そう考えたら、嬉しいです」
そこまで言うなんて。素直な人と前に会ったときに思ったけれど、小さいときから変わらないのだわ。
わたくしと出会えたこと、すなわち幸運。その通りですわね!
わたくしはとりあえず鷹揚にうなずいて、笑みを返した。
「セティさんがそう言うなら、そうしますわ。では、その硬貨はわたくしたちの出会い記念ということにしましょう」
「はい!」
それから、わたくしたちはお話に花を咲かせた。
セティさんと実際に接してみると、わたくしをきちんと敬うし可愛いや素敵と正直に仰るし。何より、ノールとお似合いときらきらしたお目目で見て褒めてくる。
物分かりが良い可愛らしい方は、好きよ!
仲良くなれそうで安心しました。念入りにノールとの思い出話を、これまでの出来事を含めてさんざん話しておきましたから、これでわたくしたちを邪魔することはないでしょう。
帰りには「シグ様、婚約者様とお幸せに!」とペペルと一緒に感激して伝えてきた。ウィニーは呆れていたのはさておき、次に会う約束を交わしてにこやかに別れることができた。
それを繰り返すこと、さらに数年。
わたくしが十歳の誕生日を迎えてしばらく。
ある時、セティさんから相談がきた。
「あのう、実はですね……資源が湧いちゃって」
どうしても会って聞いてほしいと頼まれ、わたくしはノールと共にセティさんを迎えた。場所はおなじみとなった伯爵家のガーデン。
使用人の代わりに給仕をする風変わりなノールを横目に、話に耳を傾ける。
「海の底から届くという石が、男爵領で取れるとわかったんです」
わたくしはノールと顔を見合わせた。聞いてみて、と促された気がしたので、セティさんに返事をした。
「あら、最近話題の深海蒼石ね。深い青なのに、日に透かすと雨上がりの空みたいに綺麗な……王妃陛下が宣伝されていたわ」
「はい。もともとは隣の島国から輸入してた物だったそうなので、すごく喜ばれたみたいです」
ノールがわたくしとセティさんにお茶を淹れて、そっとわたくしの隣の席についた。
このこと、ノールは知っていたのかしら? ちょんちょんと隣へ指先で突くと視線が返ってきた。
「特別な塩の結晶だから、海流的にありえなくはないけど……そんなこと……あったかも」
「そう、舐めるとしょっぱいんです! だから部屋に飾ったり料理に使ったりと人気が高いみたいです」
「リリネットお姉様も王家のお食事会で味わったと仰っていたわ。さぞ素晴らしい味なのでしょうね」
わたくしの言葉に、セティさんは微笑ましそうにはにかんだ。
「それでしたら、シグ様にもお渡しするようにしますね。シグ様には私の勉強をみていただいたから、お礼をしたかったんです」
「いいのよ。でもありがたくちょうだいしたいわ。楽しみにしています」
「はい」
こくりと頷いて、お茶を一口。その動作を終えてから、セティさんは恐る恐るたずねた。
「ええと、それで相談したいことなのですが。こんなこと聞けるの、シグ様しかいらっしゃらなくて」
「わたくし?」
「そのう……えっと」
ちらちらとノールをセティさんがうかがう。ノールは眉をしかめて、ぶっきらぼうに言った。
「都合が悪いことを話すなら、シグを一人にさせるわけにはいかない」
「ひえ、そ、そんなことありません! あの、婚約のことなので、聞いてくれるなら聞いてほしいです」
「婚約?」
思わず聞き返してしまった。セティさんは戸惑いながら肯定した。
ノール曰くの、世界のヒロインらしいセティさんに婚約?
セティさんは十一歳だから、婚約話があってもおかしくない。
「お相手は? 相談というのはよろしくない相手で、わたくしの力を借りたいと?」
「う……うぅ、おこがましく頼ってしまいすみません。でも、でも父様も私もどうしたらいいかわからなくて」
「まあ……」
「でもやっぱりよくないですよね! じ、自分たちでどうにかします。父様が悩んでたから、居ても立ってもいられなくて……ごめんなさいシグ様!」
顔を手で覆ったセティさんに、ノールは腕を組んで思案深げに家名を上げた。
「それ、トヨマリス侯爵家のこと?」
「そのう、あとはゴスマンズ侯爵家が」
侯爵家が二つも?
自然と眉間に皺が寄る。
「ノール、深海蒼石ってそれほどお金になるのかしら」
「んん……利権的には多分結構……いやでも、なんで侯爵家が」
「なんでも、私の家と仲良くなりたいからと婚約したいそうです」
セティさんが申し訳なさそうに言う。
この瞬間、わたくしとノールの考えはきっと一致した。
何それ、すごく怪しい。
どう考えても胡散臭い野望が見え隠れしますわ。
だって、どっちも王家派閥ではないのですもの。
そりゃあ、王家ばっかりが力が強くてもいけないという意見はわからなくはないけれど。でも平和な今の時世に反対勢力を伸ばす必要があるのかしら。
それに、アーヴスめが最近ゴスマンズ侯爵家に養子入りしたと聞いている。ますます怪しい。
「それで、ぜひパーティーに来て親睦を深めようって招待されてしまって」
「招待ぃ? 我が家に来たかしら? 来てないわよね? ふうん?」
怪しさがさらに増した。ノールもさらに考えこんでいる。セティさんは指先を組んで祈るように「どうしましょう」とこぼした。橙色のふんわりした髪が揺れる。
仕方ありませんわねえ。
わたくしの傘下にいるセティさんに手を出されたのなら、わたくしが出しゃばる理由がなきにしもあらず。
「わかりました。わたくしが手を打ちます」
「し、シグ様ぁ……!」
セティさんの涙目がわたくしを見つめる。救世主を求める乙女の眼差しを無下にするわけにもいかない。それに、ノールも気にしているのだからこれはいい機会と考えればいい。
さて。セティさんに付ける殿方を考えないと。
ベルサークお義兄様はどうかしら?
エルマイン子爵家はつい先日、ベルサークお義兄様が王太子殿下の側近に入ったことから伯爵家に陞爵した。現在まだお相手はいなかったはず。
でも、侯爵位相手には厳しいかもしれない。いくら王太子殿下の側近になったといっても、つい先日の出来事だから。
まだお相手が決まっていなくて、牽制するのにちょうどいい爵位で、わたくしたちとも仲がいいのが……いますわね!
丁度良すぎて作為を感じるくらい。これもセティさんの幸運だったりするのかしら。
ともかく、案が浮かんだなら共有しましょう。
「セティさん、あなたにはカシュロお兄様をつけます」
「……シグ?」
「それで、わたくし、ノールと参加します。これなら安心ね」
「シグさん?」
ノールがか細い声で名前を呼んでくる。こっちも仕方ないですわねえ。
「ノール、わたくしとカシュロお兄様だけで参加するのとあなたが付いてくるの、どっちがいいかしら」
「君と行くけど。というかカシュロ様を巻きこむのはどうかと思うし、そもそも大人も一緒のほうが絶対にいいって」
「絶対難癖付けてきますわよ。従者と取り巻きだけで十分ではって言ってきますわよ」
「言いそう……せめて、ギリアム様に相談してからにしよう」
ぐう、とノールがお腹を押さえている。なあに、食あたりでもしたの? さすってあげようかしら。
お腹に手をあててさすってみたら、さっと顔を赤くして「やめて」と早口で言われた。なんですの、心配したのに。
セティさんは律儀にわたくしたちを見ないように目を隠していた。
「ではチコラ男爵家には、お父様経由でグラシュープ伯爵家より連絡しましょう。わたくしに任せて、どーんと構えていなさいな」
「は、はい! せめてものお礼に、深海蒼石いっぱい用意するよう父様に伝えますっ」
「まあ、それはわたくしのお母様も喜びそう。楽しみにしているわ」
余裕のある淑女ぶりを発揮して、わたくしたちはセティさんを見送った。何度も何度もお辞儀をして帰っていった。
「さあ、ノール。準備をしますわよ」
「ギリアム様に報告?」
「わたくしたちを美しくする武器防具、すなわちドレスも用意するのです!」
ノールは力を抜いて笑う。
「何か文句があるならおっしゃいな」
「シグはそのままでいてほしいだけ。報告は俺からする。ドレスは、また一緒にみよう」
「ええ、よろしくてよ!」
そうと決まれば、あとは牙を研ぐのみ。
片づけに現れた使用人たちに後を任せて、わたくしはいち早く商会へ連絡するため駆け出した。




