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3.ぜいたくな時間


 お披露目会も無事に終わり、わたくしとノールの仲も公然となった。

 ノールも基本的にグラシュープ伯爵家で過ごすようになり、わたくしは大変満足です。エルマイン子爵家とも交友が深まり、今回のわたくしはノールのお兄様とも仲良しです。

 ミュステラー公爵家の従姉兄を始め、お嫁に出たお姉様たちやお父様お母様、それから義理のお兄様。皆に愛される可愛い末っ子シグちゃんの誕生です。

 それはノールも同じ。

 わたくしのお姉様たちに猫かわいがりされています。ついでにお父様とお母様、お婆様にまで。完全に外堀が埋まりましたわね。良いことです。


 ですが。


 わたくしまで手放しでノールを甘やかすわけにはいきません。というより、追及しなければならないことがあるのです。


 グラシュープ伯爵家の居城、そのノールに与えられた部屋にて。

 わたくしは部屋のドアを勇ましく開け放ち、宣言した。


「ごきげんよう! わたくしがお話しに来ましたわ!」

「おはよう。朝から元気だね……俺、寝起きなんだけどなあ……なんで君のお付きは止めないんだろうね」

「チェッタの目をあざむくのは得意でしてよ」

「可哀想すぎる」


 目元を擦って、ノールはベッドからのそのそと起き上がった。

 ベッドサイドテーブルからノールは髪紐を探ると、器用に伸びた後ろ髪を括る。それからため息まじりに室内靴を履いて部屋の椅子に移動した。

 向かいを手で示されたのでテーブルを挟んだ椅子に喜んで腰掛ける。


「それで、お話って?」


 促されて、わたくしは待ってましたとばかりに喉を鳴らして口を開いた。


「ノール。あなた、この懐中時計を厭うわりに頼るじゃない」


 わたくしの胸元に今日も飾られた懐中時計は、錆びて古びてぎこちなく針を回している。アンティークと称するにも厳しい状態となってしまった。

 懐中時計をわたくしが持って揺らせば、ノールはばつが悪そうに視線を落とした。


「これがあるから後はどうなってもいいと考えるのではないの? やり直せると思うからあなたは甘いの」

「いや、そんなことは」

「あるでしょう。じゃないとわたくしに無駄だとかそんなこと言いませんものねーえ?」


 うう、と呻いてノールはうなだれた。


「はい……仰るとおりです。でも、万が一もあるから身に着けていてほしい」

「もちろん、ノールからの贈り物だから身に着けますわよ。当然です。そもそもどうしてああなったか考えなきゃいけないわ」

「それは、もちろん。あれから該当事例が過去にあったか考えたさ」


 そう言うと、ノールは指を組んで前かがみになった。


「あの襲撃は、反王派閥で間違いない。君を襲った奴の紋章も確認した」

「成りすましの可能性は?」

「ない。過去にそっち派閥に与してみて、嫌になってやめたことあるから覚えてる。手口も同じ」


 聞き捨てならない言葉ですわよ。王派閥でないならリリネットお姉様の敵、わたくしの敵派閥ですわよ。

 ノールはすかさず両手を開いて上げて弁明した。


「計画を聞いてやめた。誓って襲撃はしたことない。まあ、阻止はできなかったけど……」


 その言い分は信用できる。

 わたくしの知るノールであれば、そんなこと耐えられないと気を塞いだでしょうね。呆れるほど善良な人だもの。

 それにわたくしのあずかり知らない過去にぐちぐち言う気はない。


「あなた変なところで小心者ですものね。それで? その時もミュステラー公爵家の夜会で起きたのかしら」

「ああ、あの夜会には要職がほぼ全員集まるから絶好の機会なんだ。襲えば、首のすげ替えも簡単なお手軽イベントみたいな。毎度起こるわけじゃなかったはずだし、あそこまで派手な騒ぎはなかったのに」


 途中から自分の思考に入り切って、ノールがぶつぶつと言う。フラグ管理とかバグとか、いつも聞くわからない言葉がわたくしの右から左の耳に通り過ぎる。

 話を止めるために、目の前の机を叩く。びくりとノールの体が跳ねた。


「それでは、お姉様たちは助からないではないの」


 わたくしの言葉に、ノールは黙ってうなずいた。そして気持ちを落ち着かせるためか、静かに思い息を吐きだした。


「そうならないために、しなきゃいけないことは……相手の情報を掴むこと。この時期はまだ潜伏中のはず」

「場所はわかりませんの? お姉様たちを襲う輩でしょう? 先手を打って、たとえば火を放って燃やし尽くせば?」

「それなら王都中に火を放つことになるけど」


 現実的ではないと冷静に言われて、口を閉じる。良い案だと思ったのに。

 足をばたつかせて抗議すれば、ノールは念を押すようにわたくしに体を近づけた。


「いい? 表立って尻尾を出さない相手に糾弾すれば、こっちが危ない」

「面倒ですわねえ」

「でも、今回はシグが嘘をついたことで、牽制できたんじゃないかな。伯爵と公爵が精力的に暴れたし、もっともらしい大義があるから相手も下手に動けない」


 確かに、わたくしという愛娘を浚ったと判断したお父様の怒りは凄まじかった。

 わたくしがした誘拐の狂言は、実際に誘拐行為をして私服を肥やしていた組織によって真実味を増した。本当にそうかはわからずとも、余罪があれば些細なこと。

 反王派閥は公爵家派閥とも相容れない。それを判じた公爵も便乗して、タウンハウス近郊の末端組織は一掃されつつあると耳にした。


「つまり、わたくし大手柄ではないですの」

「結果的には、そうだけど」


 もっと素直に賞賛しなさい。ノールは微妙な顔つきをする。幼児にはあるまじき苦い表情で、わたくしに諭すように言った。


「そのせいで君は怪我をした。あんなこともうしないでほしい」


 まあ、心配してくれるのね!

 そういうところ、良くってよ!

 嬉しくなったのでノールが座っている近くまで椅子を動かしてくっついた。


「よし。善処しますわ」

「嬉しくない返事だ……」

「ところで、敵の派閥にはどこの家が?」


 隣のノールの腕を取って遊ぶ。

 ノールはされるがままの状態で、あからさまにげんなりとした。


「シグ、聞いても勝手に行動しない?」

「いいから、早く。わたくしの知る家名だけではないのでしょう?」

「変わることもあるから決めつけで言いたくないけど……ええと」


 ノールは侯爵家をはじめとして、いくつか家名を挙げた。

 大体わたくしの知っている反王派閥と同じ。旧王家の血筋派閥。中立で静観をしていたところもあったので、心に留めておきましょう。


「なるほど。それなら、身内の足場固めが必要ですわね」

「それだけじゃなく、バグ対処もしないと。乗り越えても、無駄になりかねない」

「そもそも何故、バグでダメになるのかしら? それをノールが見つけて騒ぐからいけないのではなくて?」

「それを言われると、何も言えなくなる……」


 観測しなければないと同じ。

 気づかず生活できれば問題ないのでは?


「それに、何故懐中時計で戻るのかしら?」

「俺が改造したからだけど」

「幸せになりたいから、色々したのでしたわね? 持ち主がわたくしになった今も、そのために機能している?」

「多分」


 自信がなさそうですわね。

 でも、大事なことだわ。

 胸元の懐中時計を持って揺らしてみる。


「わたくしが無事幸せになれば、この機能は不要。戻ることをノールが安易に考えなくなる。となると!」

「何?」


 嫌な予感がするとばかりに身構えないでくれるかしら?

 わたくしはノールを見据えて言い放ってあげた。


「敵を蹴散らし、お姉様の幸せを見届け、わたくしとノールが幸せになればよいのです! これで解決よ!」

「そうかなー」

「そうですわ! ほら、たとえば」


 横の椅子からノールのもとへと移動して、その上に腰掛けた。


「えっ」

「わたくしはノールとくっつくことが好き。そうできて幸せよ」


 ごそごそと位置を調整して、背中をノールに預けてもたれる。


「ノールは?」

「ええ? 俺は」

「あら、わたくしが側に居てこうしているのに幸せでないと?」

「いえそんな滅相もない」


 その後、奇妙に沈黙してからノールは恐る恐るわたくしをぬいぐるみにするみたいに抱きしめた。

 柔らかな髪が肩口に当たる。ついで、額ごと押し付けられていると気づいた。


「あったかい」


 やがて静かに呟いたノールの言葉は、涙声だった。

 何を思い出しているのかはわかりませんが、黙って包みこんであげるのも愛する者の努めです。


「そうですわねえ、眠くなってきましたわ」


 ぽかぽかと暖かな体温はとても心地いい。

 抱きつく腕に手を当てて力を抜く。


「あの馬車の時を思い出しますわね。あの時から、わたくし、ノールにこうされるのが好きよ」


 ノールは黙ったまま。

 じっとわたくしの首元に頭を寄せて静かに息をしている。ほんのり湿った感触と、時々すん、と鼻を鳴らす音がする。

 仕方ない人ですわね。

 わたくしは指摘せずに違うことをたずねた。


「ねえ、ノール。幸せ?」

「……わかんない。でも、もう少しこのままでいて」

「ええ、どうぞ」


 それからしばらく。

 わたくしを探すチェッタが来るまで、二人でゆっくりと時間を消費させた。





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