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2.前略、歓迎お披露目会


 健やかに眠って回復を待つ。それを繰り返す日々が続いた。

 わたくしの怪我、思ったよりひどかったようです。なんと全治一ヵ月。

 とくに腕は骨が外れかかった上に折れかけていて、診察した医師がわたくしのあまりの容体に涙したほど。心のない暴漢が幼い娘にむごいことをなんて言っていましたわね。

 やらかしたことは言えないので、神妙にうなずいておきました。


 そんなこんなで、これまで必ず参加していた公爵家のガーデンパーティーにも、当然参加できず……傷心を覚えたものです。

 ですが。


「わたくし、めげる女ではありませんわよ!」


 いつも通りのわたくしのお部屋、いつも通りの配置の調度品に囲まれて、すっかり日常に戻った朝。

 元気いっぱい声に出して気合を入れる。

 そして振り返って、婚約者を通り越して早期婚姻確約したノールに語り掛ける。


「あなたもそう思うでしょう、ノール」


 部屋のソファに浅く座ったノールが顔を上げた。


「君はそうだろうけど、あのさ……この馬鹿みたいな名前の披露目会をやるとは思わなかった」

「やりますけど。お父様からもノールに説明がありましたでしょう。ミュステラー公爵家も来ていますわよ。それにグラシュープ伯爵家の親類と傘下も」

「シグちゃん助けてくれてありがとうノール君歓迎お披露目会に?」

「わかりやすい命名ですわね。まあ公には、わたくしの快癒記念パーティーですけれど」


 ノールは顔に手を当てて天を仰いだ。

 会の主役がそんな調子でどうするのかしら。

 もともとは、ノールがわたくしの怪我を見ていられないと治療の手伝いをしたからですわよ。これまでの積み重ねた知識を発揮したのはあなたでしょう。

 薬や道具を取り寄せ、外国の医師まで呼んで。わたくしの傷を綺麗になくしたのが発端ですからね。

 このおかげで、わたくしの周囲の人々からのノール評価は王城より遥か高みにのぼりにのぼった。とくにお父様からのノール評価は、以前の時とは凄まじい違いがある。


「身の丈に合わない評価はどうかと思う」


 これを本気で思っているのが、性質が悪いですわね。

 そう言いながら、わたくしの傷の経過をノールは確認する。

 わたくしにはまったくそうは見えないけれど。


「それ、本当に確認ができるものなの?」

「コンフィグっぽい画面表示呼び出しでなんとなく。直接弄ってどうにかするのは無理。どうやるかわからないし、なんかあったら嫌だし、絶対やらない」

「こんひぐ? またわからないことを。ただ自分の手のひらを叩いているだけでは?」


 ノールは片方の開いた手に向かって、トントンともう片手の指先で叩く仕草をする。


「見えなくていいよ、こんなの……ああ、状態異常もなさそうだね。よかった」

「あら、本当? わたくしの体をようく見なくていいのかしら」

「言い方。君は四歳、俺は六歳。だからこの部屋にいられるのをわかってくれ」


 手を止めてノールは咳払いした。


「ほら、そろそろ時間だ。みんなに元気な姿を見せないと。シグ、行こう」

「しかたないですわね」


 エスコートのために差し出された手を遠慮なくつかむ。

 二人そろって、そのまま部屋を一緒に出た。







 飾り付けられた大広間。壇上に置かれた豪奢な二つの椅子に、ノールと腰かける。

 そこへお父様が颯爽と近づいてくると、それはもう顔面がとろけそうなくらいご機嫌に紹介を始めた。


「我が愛しの末娘、シグエスネッタ・グラシュープの快癒祝いにお集まりいただき、感謝を申し上げます。そして、その命を賭して守った勇気ある少年を紹介しましょう。エルマイン子爵令息、ノエルク殿!」


 周囲から拍手に包まれて、わたくしと一緒に立ち上がったノールがお辞儀をする。

 今回も行儀作法のオーガであるお婆様にも認められた振る舞いは健在。周囲もよく出来た子だと思ったことでしょう。

 小さな子どもであるということは、簡単なご挨拶をすれば解放されるということ。あんまり話過ぎてもよろしくないというのは学んでいる。


「さあ、お披露目は終わりました。あちらでリリネット様たちがお待ちよ。二人でいっておいでなさい」

「はい、お母様。すぐ参りますわ!」

「ノエルクくん、シグちゃんをよろしくね。少しばかりお転婆だけど可愛い子なのよ」

「……はい、とても」


 答えに間がありましたわよ。可愛い子というのを噛みしめていたのよね? とてもお転婆と言いたいわけではないですわよね?

 ノールのまだ幼くてふっくらした頬を突いてやろうかしら。すると「シグちゃん」とお母様に止められた。微笑む若いオーガがいた。

 そっとノールの手を取ってじりじりと離れる。そのまま素早く戦略的撤退をした。


 やや駆け足気味になりながら、ミュステラー公爵家のもとへと向かう。

 わたくしを見つけたリリネットお姉様が、一番に寄ってきて手を広げた。


「シグ! ああ、元気になってよかった!」

「リリネットお姉様!」


 ノールと手をつないでいることも気にせず、リリネットお姉様はわたくしをぎゅっと抱きしめた。さらりと流れる銀糸のような髪がくすぐったい。


「あたくし、シグが誘拐されたと知って、どんなに驚いたか。それに大怪我までしたって」

「え、えへへ……ノールがいたから大丈夫でしたわ」


 ああ、リリネットお姉様に嘘をつく心苦しさ。そろ、とノールが手を離して一歩引こうとしている。

 けれど、それはすぐに失敗した。


「ノールって、貴方ね? シグの恩人に無礼など言いません。どうぞお話して」

「あ、の、ノエルク・エルマインと申します。お目に掛かることができ、光栄です」


 にっこり微笑んだお姉様はノールの格式ばった口調にうなずくと、ゆっくりとわたくしから離れた。


「ええ、あたくしはリリネット・ミュステラー。それと、カシュロ、おいでなさい」


 リリネットお姉様が後ろにいてそわそわしていたカシュロお兄様を呼び寄せた。

 カシュロお兄様は、ミュステラー公爵家特有の碧眼を煌めかせて言った。


「カシュロ・ミュステラー。よろしく、ノエルク」


 そして興奮冷めやらぬ様子でノールの手を取って握った。


「聞いたぞ、お前! すごいな、暴れ馬からシグをつかまえて助けたんだろう? 俺と同い年なのに、よくやったなあ!」

「え、あ、いや俺はそんな」


 しどろもどろに答えたノールが、わたくしに視線で助けを求めてきた。


「あら、手柄を主張しないだなんて謙虚ですのね? 本当に助けたの?」

「リリネットお姉様ったら。わたくし、何度もノールには庇ってもらったのですよ」


 微笑みながら探る視線のリリネットお姉様に、わたくしはすかさず訂正した。

 以前に階段から落ちたときに手を差し伸べくれたのもノール。馬車が事故に巻き込まれたときに抱きしめて庇ってくれたのもノール。

 まあ、前回の夜会ではわたくしがノールを助けて差し上げたのだけど。それでも、これほどわたくしを助けた殿方はノールしかいません。


「運命です!」

「まあ、シグったら」


 言い切って、繋いだ手をそのままに腕を抱きこむ。


「サーヤお姉様、ソアお姉様のように、シグもそうなのね……なんだか寂しいわ。あたくしにもそういう方が現れるのかしら」

「姉上なら、絶対にいますよ」


 相変わらずリリネットお姉様には忠犬のようですわね、カシュロお兄様。負けていられませんわよ。


「大丈夫です、リリネットお姉様。お姉様ほどのお人ですもの、すごく、こうとんでもない御方が現れますわ」


 こくこくとノールもうなずいている。

 おそらくノールと考えている人物は同じ。ガームンド王弟殿下でしょう。

 あの方、わたくしが四度繰り返した中でもリリネットお姉様の隣に居座りましたもの。

 ノール曰く、何度やり直しても絶対リリネットお姉様の隣にいるやべー御方だそう。やべーとは頼もしすぎて触るな危険という意味だとか。


「歓談中失礼。楽しいパーティーだね」


 ウワサをすれば影が立つって本当なのね。お忍びスタイルだろう王太子殿下がやってきた。

 服装をミュステラー公爵家の姉弟に合わせているのがなんか嫌ですわ。

 後ろにはお付きですという顔でガームンド殿下もいらっしゃる。それに、側近候補か知りませんが他にもぞろぞろと引き連れて。


「シグ、顔、顔」


 小声でノールに言われて、姿勢を正す。揃ってお辞儀をすると、王太子殿下は軽く笑う。


「驚くほど賢いというのは本当だね。いいよ、楽にして。少しカシュロとリリネットに用があってね。二人を借りてもいいかな」


 王太子殿下に聞かれては、いいえと答えられない。しぶしぶと、でも表には出さずに了承をした。


「シグ、すぐに戻ります。ノエルクと離れず待っていて。カシュロ、おいでなさい」

「はい、姉上」


 王太子殿下はぞろぞろ引き連れた人の中から数人だけ伴って、リリネットお姉様たちを連れて行った。まったく、なんなのかしら。

 けれどリリネットお姉様に待っていてと言われれば、待たないわけにもいかない。


「シグ、せめて座って待っていよう。挨拶はもう終わっただろう」


 会場内に配置された休憩用ソファをノールが指さす。

 わたくしをエスコートして進んだところで、今度はもっと嫌なものを見つけてしまった。

 例えるなら、大好きな料理に大嫌いな素材がアレンジで付け足されていた、そんな嫌悪感。


 アーヴス。アーヴスがいますわよ!


 あの見た目は間違いありません。厭味ったらしい口調も振る舞いも見覚えしかない。髪色はいつかの成長したあの男そっくり。

 思わず繋いだ手先に力が入る。


「何? シグ、どうしたの」

「ノール、この方角は幸先が悪いですわ。別のところにしましょう」

「いや、でもここが公爵家の集まりに近いところだし、あまり離れるのはよくないんじゃ」

「ぐう……うう、それはそう! そうですけど!」


 わたくしの様子に、ノールは首をかしげてあたりを見回した。

 それがよくなかったのか、奴は面倒見のよさそうな雰囲気を見せながら、さも心配そうに寄ってきた。

 ああ、誰も見ていなかったらドレスの飾りを引きちぎって投げつけてやるのに。


「どうしましたか。困りごとですか?」

「ああ、その、彼女と座るところを探していて」


 正直に答えなくていいの!

 ぐっと腕を引くと、ノールは不思議そうにしながらも続けてアーヴスに向かって言った。


「でも、俺が探してみせたいのでお気遣いなく。親切に感謝します」


 そうよ、ノール! 上出来!

 わたくしはぐっとノールを引っ張る。しかしアーヴスはめげずにノールへと語り掛けてくる。


「しかし、ここは広い。君も慣れていないだろう? いくら物覚えが良くとも、限度はある。ああいや、君を馬鹿にするわけじゃないのだが人手があったほうが」

「ノールはすごいのです。間に合っていますわ」

「な、君」


 とうとう我慢できずに口を挟むと、明らかにアーヴスは鼻白んでみせた。ひく、と自慢の顔面の頬が引きつっている。


「勇敢で、優しくて、頭も良くて、礼儀も作法もできて、お父様たちにも褒められるくらい!」

「し、シグ、ちょっと」

「わたくしのことをきちんと思ってくれるし、いっぱいいっぱい素敵で格好いいんですのよ!」


 どこかの誰かと違ってね!

 棘が口からこぼれてしまいそう。いけません、淑女らしく微笑んでおかないと。


「ね、ノール」

「はい、がんばります」


 殊勝に答えたノールの頬は赤い。深緑の三白眼が所在なく揺れている。

 なんてこと。可愛らしさにささくれ立つ心が癒されますわね。

 対するアーヴスは引きつった表情を無理やりに抑えて、言葉を絞り出した。


「仲がいいようで」

「ええ。ノールったらエルマイン子爵の至宝なんですって。アーヴス・ブロイ子爵令息もブロイ子爵のお宝なのかしら」

「……っ、失礼する」


 アーヴスはあからさまに機嫌を損ねて背を向けた。

 この男、こじれた上昇志向があるようですもの。我慢できないでしょうね。

 それにしても、アーヴスはまだ八歳でしたかしら。ちょろいものですわー!

 満足感に、むふんと息を吐いていたらノールが困った顔をした。


「シグ、言い過ぎだよ。彼は何もしてないのに、遺恨を買ったらまずいだろ」

「あの男、過去にわたくしを突き飛ばして殺しましたわよ」

「……それは、君はそういう態度をとるね。わかった、この話題は止めよう。巡り巡って俺は自責にかられる」

「賢明ね」


 柔らかい茶色の髪に手を当てる。それからよくできましたと撫でた。びく、とノールは震えて、肩を落とす。

 そのまま二人で過ごして話すうちに、リリネットお姉様たちが戻ってきた。

 そうして親交を深める素晴らしい時間は、あっという間に過ぎ去ってしまったのだった。



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