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1.突撃。愛しのあなたへ


 むかっ腹がたちましてよ!!

 なんですの、あの男! わたくしの決死の行動を、無駄!? 無駄ってほざきましたわよ!


「んぎぃいいい!」


 頭の中身を掻きまわされるような痛みも相まって、腹立たしさが収まりませんわよ。両手両足をぶんぶん回してのたうち回る。

 おのれ。今、ノールの場所はどこだったかしら。

 公爵領でのガーデンパーティーのために、公爵領内のタウンハウスに滞在していたはずですわよね。寝間着のままでも構うものですか。

 まだ響く鈍痛を無視して、よろよろとベッドの上を這う。シーツに転がる懐中時計が、やっぱりあった。

 指で触れるとざらざらする。見た目は錆びてボロボロ。壊れる寸前のような見た目でも、まだ針はなんとか動いていた。

 壊れていないことにほっとして、握りしめる。適当な髪飾りのリボンや紐を衣装ケースから乱雑に取り出した。

 片づけている暇も惜しい。懐中時計にリボン紐を通して首に巻く。余った紐を手に巻いて。


「うぅぐぐぐ」


 ああ、まだ頭が痛む。いえ、苛立ちのせいかしら。そうに違いないわ。こうなったら今すぐにでもひっ捕まえて、頬をひっ叩いてやらないと。

 歯を食いしばって、ずんずんと部屋の中を進む。

 このままだとお婆様とチェッタが来てしまう。その前にしなくては。

 部屋から急いで出て、室内靴そのままに走って外へと駆け出す。人目につかない場所と家の者の粗方の動きは、五度目の人生で把握できている。迷いもしない。


 小さな足を懸命に回して目指すはお城の厩舎。さらにその先にある放牧地。

 他家では馬を厳しく調教しているのでしょうが、我が伯爵家は財産に余裕がある名家。ベルベット生地のように広がる牧草地へ、馬を自由にかけまわして育てているのです。

 その中から大人しい子を見つけて、近くの柵や道具置きの箱を足場に飛び乗る。


「ごめんあそばせ!」


 知識はあっても、体力は戻っている。そんなこと、わかっています。

 でも、やらねばならぬ時が乙女にはあるのです!


「いい子! さあ、行きますわよ」


 首元へと手を伸ばして、なんとか触れる。大人しく優しい馬は、(いなな)いて前脚を上げる。

 四度繰り返したわたくしになら出来ると信じるのです。持ってきた紐を馬の首に回して、しっかり手首と繋げる。

 それから馬の首元に張り付いて、わたくしは公爵領に向かって真っ直ぐ駆け抜けた。


 腕も疲れて、お尻はひりひりする。馬をなんとか公爵領のタウンハウス方面まで体を張って誘導して、数時間。体感ではもっと経った気さえする。

 振動によって揺れる体も麻痺して、くらくらする視界で目が回りそうになったくらいに、ようやくたどり着いた。タウンハウス街に馬ごと突入すれば、ざわざわとなんの騒ぎだと注目が集まってくる。それさえも無視して、さらに急ぐ。


 素朴なタウンハウス街の一角。

 エルマイン子爵のタウンハウス。その前にある小さな庭。見覚えのある男の子がしゃがんで花壇を眺めていた。

 まだ何もしらない様子でのんびりとしていますわね。まあ、許しませんけれど。


「ノール!!」

「ひ、えっ、ええ、何!?」


 顔を上げた六歳のノールが、驚いて尻もちをついた。

 長時間たてがみにしがみついていたせいで固まった指先を、意地で開く。擦り切れた腕から紐をどうにか解いた。

 そしてノール目掛けて馬から飛び降り、ノールごとごろごろと転がる。

 泡を吹いた荒い息の馬が、勢い余って通り過ぎる。お庭の奥まで行ってしまいましたが、大丈夫でしょう。行き止まりでうまく止まるはず。

 体があちこち痛みますが、そんなことより!

 ノールにしがみついたまま、体を起こす。


「いて、てて……な、なんなんだよ」

「ノール。ノエルク・エルマイン」

「そう、だけど」


 表情をしかめたノールに構わず、首元の懐中時計を押し付ける。


「懐中時計に、宝箱っ」


 ノールの目が見開いた。ひゅ、と息を呑む音がする。


「わたくしにしでかしたこと、そう簡単に忘れさせなくってよ! バグだかなんだか知りませんが、わたくしに言ったこと」


 最後まで言えなかった。

 ぐっと急に抱きしめられたから。


「ぐ……あ、ぁああ、ああ、は……し、シグ」

「ええ」

「シグぅ……シグ、生きて、生きてる」


 痛みに喘いで、ぼろぼろとノールが泣いている。

 鼻血まで出して、顔から出るもの全部出ていますわよ。なんてひどい顔かしら。

 でも、汚いとか離れてとか言う気にならなかった。それに、わたくしも乗馬で怪我だらけですもの。


「ああ、ああああ、シグ」


 ぐすぐすと泣いて縋るノール。ひどく後悔しているのでしょうね、それくらいわかります。しゃくり上げる吐息も、息がつまっちゃうのではと思うくらい忙しない。

 わたくしを捕まえる腕だって、ちっとも緩まずに力が入って震えている。


「ノール」


 でも、それはそれ。わたくしのことを後悔しても、あの時あの瞬間のわたくしはいないのです。

 覚悟!


 スパァン!


 思いっきり頬を張ってやった。

 息を止めて、ノールが目をぱちくりとさせた。


「……いたいよ、シグ」

「愛の痛みですわ。ねえ、なんでわたくしが怒ったか、わかったかしら」


 張られた頬を抑えて、ノールが静かに答えた。


「俺が、守れなかったから」


 もう一度張り倒して差し上げようかしら。

 ゆっくりと片手を上げると、ノールは慌てて言い直した。


「待って。そうじゃない。えっと、その、シグの考えを尊重できなかった。守ってくれて、ありがとう」

「よろしい」


 手を下ろす。

 ノールはふらふらと体を起こして地べたに座る。

 改めてみると凄まじい惨状ですわね。わたくしの寝間着もノールの血と涙とわたくしの汗で汚れに汚れて……まあ!


「ノール、乙女の寝間着姿を見たのです。責任を取るのよ」

「……言うのはそこ? いや、もちろん取るけどさ。服、ちょっと待ってて、俺の上着貸すから」


 緩慢な仕草でノールは着ていた上着を脱いだ。指先がまだ白く震えているのは、痛いからかしら。血の気の引いた顔色のままで、わたくしに掛けた時だった。


「ノエルク坊ちゃま! 一体何が……ひぃい!!」


 エルマイン家の使用人が駆けつけて悲鳴を上げた。それはそうでしょうね。

 明らかに高貴な身分だろう小さな娘が、自分の雇い主の息子と血をつけて座り込んでいたら。それも近くに興奮冷めやらぬ馬が闊歩しています。事件でしょうね。

 あら、事件。事件?

 そういえば、ミュステラー公爵領のあたりにも反王派閥の末端組織がいたはず。わたくしとノールの愛の証を盗んだ輩が組織したところは、今も存在している。

 それ、使えないかしら。


「え、あ、これは」


 まだ本調子ではないノールの手を掴んで黙らせる。代わりにわたくしは軽い咳をしてから、声を上げた。


「けほ……の、ノールがわたくしを、たすけてくれたのっ」

「え、ええ?」


 どういうことだと集まってきた使用人たちを掻き分けて、エルマイン夫妻とベルサークお義兄様がやってきた。使用人たちから話を聞くと、わたくしたちの前に伺うように並んだ。


「お嬢さん、君は、どこの」

「わたくし、シグエスネッタ・グラシュープともうします……おうちにいたら、変な人たちに……ひっく、つかまってぇ」


 ここまでに培ってきた淑女の演技力、今が見せ時ですわ!

 うるうると瞳を潤ませて、舌足らずの声を震わせる。ついでに、ノールの手をしっかりつかんでおきます。逃がしませんわよ。


「変な人? まあ、あなた、誘拐じゃ」


 エルマイン夫人が顔を青ざめて言う。わたくしの傍に素早く近寄ると、「怖かったでしょう」と肩を撫でた。

 無言でうなずいて、涙をこぼす。安心したのか、自然とぽろりと涙がこぼれてきてしまった。


「……うう、わた、わたくしっ、気づいたらこの街にいて」

「伯爵家からここへ連れ去られたのね」


 エルマイン夫人の言葉に、さらにうなずいて続ける。


「ここは知っているから、がんばってお馬さんで逃げて。ここまで走ってきたら、ノールがいてくれてえ!」

「おお、ノエルクが……だからそんな怪我を」


 エルマイン子爵が驚いてノールを見る。ノール、合わせなさい! ぐっと掴んだ腕に力をいれると、ちら、とわたくしをノールが見た。涙目のわたくしに、ぎょっとした顔をすると優しく目元を袖でぬぐってくれた。

 でもノールまでまた泣くのはどうなの。鼻を啜ったノールが、呟く。


「俺、夢中で覚えてなくて」

「夢中で助けようとしたと! なんて子だ」

「ノエルク、勇敢でしたね。怖い思いをあなたもしたでしょうに」


 夫妻は感心して声を上げると、ノールを口々に褒めた。ベルサークお義兄様も、きらきらとした眼差しをノールに向けている。


「グラシュープ伯爵家に連絡を。医師の手配も」


 エルマイン子爵の指示に、使用人たちが捌けていく。

 わたくしとノールは夫人とベルサークお義兄様に支えられて、タウンハウスの中へと入った。



 血相を変えたお父様がやってきたのは、さらに数時間後。

 あそこまで服も髪を乱してやってくるなんて思ってもいなかった。でも、後悔はしません。


「ああ、シグちゃん! 無事でよかったよお!」

「お父様!」


 反省をこめて、殊勝な態度でお父様に抱き着く。

 軽々とわたくしを抱き上げたお父様は、子爵夫妻に礼を述べた。


「迅速な知らせを感謝しよう。我が伯爵家から愛娘を浚うとは……このあたりの組織には懸念点が前からありましてな。検討はついていてもなかなか手を出せず。それがこんなことに」

「さようでしたか。大事なお嬢様がご無事だったこと、大変ようございました」

「ああ。貴方がたの息子には大変助けられた……君だね」


 お父様が部屋にいたノールを見つめる。

 すかさずわたくしはお父様に伝えた。


「お父様、ノールがわたくしを助けてくれたの。こわかったけど、ノールがね、大丈夫って」

「おお、そうかそうか! ノール君、なんとお礼を言えばいいか……! 本当に、ありがとう!」


 お父様は片膝をつくと、わたくしを片手で抱き上げ直した。それから、素早くノールの手を取って何度も振った。

 振られるままノールは、曖昧に微笑んでいる。


「ねえ、お父様。わたくし、ノールともっと一緒にいたいです」

「ふむ……ううむ……よし。シグちゃんはノール君と待っていてくれたまえ。エルマイン子爵、すこしいいかな」


 わたくしを丁重に床に下ろすと、お父様はにこやかにエルマイン子爵をつれて部屋を出て行った。夫人とベルサークお義兄様は他の調整か連絡かだとかで、気遣う眼差しを向けてから同じように出て行く。

 後にはわたくしとノール、子爵家の使用人がいるばかり。


「シグ、もう少し休みなよ。疲れているだろう」


 ソファに座るようノールが促す。ありがたく座ると、その隣にちょこんとノールも腰掛けた。


「んふー」


 満足げに笑いと吐息がこぼれる。ノールは何か言いたそうにわたくしを見たけれど、何も言わずにソファの背に体をゆっくり預けた。

 わたくしも真似をしてみる。

 行儀は悪いけれど、疲れた体にはとっても気持ちいい。

 手さぐりにノールの腕を探して、袖をつかむ。すると、逆にゆっくりと手を握られた。

 幼い小さな手は温かくて、握り返せばとくとくと音が感じられる。

 そのまま目を閉じれば、わたくしのものかノールのものか、どちらかわからないくらい静かな寝息が響いたのだった。



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― 新着の感想 ―
シグちゃん!!!!(泣) 今回の御作では初めてオールスタンプしました!!!!!!!(はぁ胸がつらい) もう、大好きですよね。この時点でふたりとも大変幼いのに、もう熟成されそうな恋愛オーラ…… 想いあっ…
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