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11.お出かけ、後にご報告


 建物の影からはじき出されたカシュロお兄様が、現場に闖入者として現れた。

 まだ十三歳とはいえ、早くもしっかりした体躯のカシュロお兄様が登場したこと。さらにはカシュロお兄様の護衛も参戦したことにより、盗人はすっかり尻尾を巻いて逃げてしまった。

 後には、カシュロお兄様に感謝するチコラ男爵令嬢とお店の者だけ。野次馬たちも口々に褒めている。

 会話もしていますわね。どれどれ。


「えっ、私、狙われていたのですか!? 助けていただき、ありがとうございます!」

「いや、別に何もしていない」

「お礼を……! そうだ、こんなものしかありませんが」


 ずいぶんと腰の低いお嬢さんですこと。それに、彼女が差し出したのはあの渡り鳥の御石では?


「いいって、本当に俺は何もしていないし」

「でもいらっしゃらなかったら、巻きこまれていました。それにあの、お貴族の方、ですよね? そのような御方に助けられて何もしないというのは、私の気が済まないので」


 チコラ男爵令嬢の言動は、救助に心からの謝意をもっているように映る。計算高いだとか演技だとかそういう風には見えない。

 相性は多分、良さそうではあります。カシュロお兄様の気質的にも、素直な御方は合うのでしょう。察しも悪い風ではありません。

 ふむ。覚えておきましょう。そして乱入するなら今です。

 わたくしは十一歳の年端もいかない小娘。何も知らない可愛いシグちゃん。ええ、そういう態度、得意ですわ。

 喉を鳴らす。そして、カシュロお兄様のところに急いで駆け出した。


「おーにーいーさーまーあ! こーんなところにいらしたのですねえ!」


 両手を振って愛想たっぷりに振る舞い、カシュロお兄様の袖をつかむ。ちょっと足が行き過ぎて滑ったけど、まあ良し!

 それからチコラ男爵令嬢に向かって大げさに驚いたふりをした。


「んまあ! どなた? カシュロお兄様のお友だち?」

「……シグ、お前どの口が」

「しぃっ! わたくしはシグよ。あなたは?」


 ぽかんと口を開けたチコラ男爵令嬢は、わたくしの問いかけに慌てて姿勢を正した。それから膝を少し曲げて視線を合わせてみせた。


「こんにちは。あまりに元気で可愛い子だったから、驚いてしまったの。私はセティです」

「セティさん。正直な御方ね」

「えっ?」

「いいえ、なんでも」


 わたくしは可愛い。当然です。

 誉め言葉は笑顔で受け取りますわよ。チコラ男爵令嬢、いえ、セティさん。仲良くなれそうです。

 にこにこしていると、セティさんはカシュロお兄様との経緯を親切に説明し始めた。わたくしが年下の可愛らしい少女に見えているに違いない。わかりやすい言葉や表現を選んでいるのは、好印象ですわ。


「というわけで、私、助けていただいたお礼をしたくて」

「俺は別にいいよ。元をただせばシグのせいだし……ああ、そうだ」


 カシュロお兄様は、さきほど逃げ出した男の方向へ顔を向けた。目を細めて「うーん」と唸り、セティさんに問いかける。


「ここは治安がいいと聞いたが、ああいったことは滅多にないのか」

「そう、ですね。あまりないです。ここ、子どもだけで歩いても大丈夫なくらいですから」


 そこまでの治安の良さは王都や公爵領、わたくしの伯爵領でも実現は難しい。

 カシュロお兄様もわたくしと同様に驚いた声を上げた。


「それはすごいな」

「そうなんです! ただ、チコラ男爵領は小さな領地ですので、略奪するものも旨味もないといいますか」


 照れくさそうにはにかんで、セティさんはぱたぱたと両手を軽く振った。


「あっ、だからといって悪いところではありません。静養地として貴族の方々もいらっしゃいますよ!」

「そうでしょうね」


 わたくしが相槌を打てば、ほっとセティさんは息を吐いてうなずいた。


「隣国とのやり取りもなくはないですし、舶来品を目当てに来た裕福な方を狙って悪さをする人はいます」

「じゃあ、たまたまだったのか」

「たまたまといいますか……だんだん活発になってきているみたいです。私だけでなく領地の人にも盗難被害が出ているみたいで……」


 セティさんは自分の口元に手を当てて顔を伏せる。物憂げな様子に、店や周りの人たちが「お嬢様」と心配そうに声をかけてくる。領主の娘であると認知が高く、人気もあるとそれだけでわかる。

 でも何やら不穏な情報を聞いてしまった。これ、カシュロお兄様がわたくしに話していた反王派が関係していません?

 だって、チコラ男爵領の隣は王公派閥ではない侯爵家でしたわよね?

 視線を横にしたら、カシュロお兄様と目が合った。多分、口にするなと言っている。


「あ、こんなことまで話してしまってすみません! とにかく助かりました!」


 セティさんは恐縮して何度も頭を下げる。そこは貴族令嬢としてお辞儀をするべきなのに。

 でも不思議と気分を悪くさせないのは、なんなのかしら。彼女特有の雰囲気か愛嬌なのかしら。調子が狂いそう。


「待て。騒ぎがあった後だ。送らせよう」

「そ、そんな!」


 カシュロお兄様が自分の護衛数人に指示をして見送りをつける。セティさんはますます恐縮していますが、まあ、そうなりますわよね。

 それよりわたくし、いいことを考えつきましたわ! ここで、カシュロお兄様をうまく差し出していけば、わたくしのノールに対する牽制になりませんこと?

 公爵夫人へと至る才覚が一つまみでもあるならば、カシュロお兄様と遊んでいただいてもいいのでは? まあ、婚姻までは爵位が壁になるでしょうが、ともかく。

 念には念を。ええ、熟慮もできる淑女ですもの。


「あら、カシュロお兄様ったら気が利きますのね。セティさん、是非そうなさって。わたくしも心配です」

「えっと、じゃあ、そのう、お世話になります」


 これで良しですわね!

 にこにことセティさんを見送る。今ならお手振りもしますわよ。

しばらくして。姿が見えなくなって、通りもすっかり元通りの様相になった。


「……ねえ、カシュロお兄様」

「なんだよ、シグ」

「恋、落ちました?」

「お前大丈夫か?」


 何を言っているのかという顔で見られてしまった。まだ早かったらしい。

 まあ、カシュロお兄様もまだお尻の青いお子様ですもの。わたくしとノールの日々と比べればまだまだそういう感情はわからないのでしょう。


「ふ……」

「馬鹿にされたのだけはわかったぞ。おい、こらシグ」


 捕まって脳天に指をぐりぐりされた。乙女の髪になんてことを。

 すかさずやり返して、年を忘れたもみくちゃな様相を繰り広げる。

 それを見かねた護衛たちによって回収されてしまった。

 ガタゴトと音を立てて馬車に乗るまで、わたくしはカシュロお兄様にたち向かったのだった。






「――……そう。カシュロとのお出かけを楽しんできたのね」


 リリネットお姉様がにこやかに微笑んだ。

 あの後。

 チコラ男爵領から戻ってからすぐ、リリネットお姉様から呼び出しを受けた。もちろん、即座に伺った。愛するお姉様の呼び出しを無視する従妹はいません。

 ノールと会えていない近況やチコラ男爵領での出来事と、話すことはたくさんある。しばらくリリネットお姉様と会えなかったから、話題にはことかかない。


「男爵領か。近くはトヨマリス侯爵領だったかな。隣国との窓口がある」

「殿下が利用する港とは違うのでは?」

「シーコート辺境伯領だね。あちらは昔からの約定があるし、ヴァルトールが行くところだしねえ」


 けれど王太子殿下がいらっしゃるとは聞いていませんでしたわね。

 リリネットお姉様とのお茶会にお忍びで現れたかと思うと、ずっと居座っていますわ。

 なんの御用かしら。今回も王太子殿下は海側の隣国のお姫様と婚約しているのに。まさかリリネットお姉様狙いじゃないですわよね。


「あら。とうとう第二王子殿下の婚約が決まりましたの。てっきり侯爵家のほうかと」

「いろいろあったのさ……ところで、グラシュープ伯爵令嬢には聞きたいことがあるのだよ」


 ちがいましたわね。わたくしに御用なんて。

 まさか側妃候補? わたくしが有能なばかりに?

 思わず体に力が入る。礼儀作法を思い返しながら目を伏せると、王太子殿下は目を瞬かせて噴き出した。途端、リリネットお姉様が冷たい声音で言った。


「ライヴァニル王太子殿下? あたくしのシグを怖がらせないでくださいませ。邪魔だてするならば出て行っていただいて結構ですわ」

「いやいや。可愛らしいご令嬢を怖がらせたのは謝ろう。グラシュープ伯爵家と面識があっても、君とは直接の交流がなかったからね」


 王太子殿下はリリネットお姉様の言葉を軽く流すと、わたくしのほうへと顔を向けた。

 ミュステラー公爵家にある立派なお部屋。芸術的な調度品にも負けない気品と凛々しさは、我が国の顔として誉高い。常ならそう褒められるでしょう。

 ただ、わたくしが苦手意識を持っているせいで何を言い出すのかと身構えてしまう。腹の中が読めない殿方って苦手ですわ。


「私のお気に入りの家と婚約しただろう?」

「エルマイン伯爵家についてでしょうか」


 わたくしの答えに、王太子殿下は満足そうにうなずいた。


「そう。嫡男のベルサークはいい臣下だからね。気にかけて悪いことではないだろう」

「そうですわね」

「そのベルサークが、文句を言っていたから気になったのさ」

「文句」


 ベルサークお義兄様が文句を。思い当たる節があるとすれば、お出かけ禁止令を言いつけられた件についてしかない。


「ノエルク・エルマインが無理をしていないかと心配もしていた。君からみてどうだい?」

「素晴らしい婚約者ですわ」


 むしろそれ以外にないですわね。

 即座に返せば、王太子殿下はリリネットお姉様に目くばせした。リリネットお姉様は溜息を飲みこんで物憂げに扇子を開く。


「シグったら、そんなに夢中になるなんて……寂しいわ」

「聞いた通り仲が良いようだ。愛とは偉大だね。私も君たちの仲にあやかれるようにしたいものだ」


 王太子殿下とその婚約者の仲は悪くはなかったはずですが。

 ノールの話にも聞いています。確か。


「はい、王太子殿下」

「どうぞ、グラシュープ伯爵令嬢」


 すっと手を軽く上げて発言の許可をもらい、記憶を頼りに思い返す。


「王太子殿下は隣国の姫様を思っていらっしゃると聞いています」

「うん、その通りだね。良好な関係を築くのは望ましいことだ」

「なんでも……できもしないのに馬上の弓で? 格好良く遠方の果物を落としたとか? 姫君へそんな見栄をはられたとか?」


 しん、と部屋に沈黙が降った。

 そして王太子殿下が慌てたように姿勢を崩した。そしてすぐさま、ソファに美しい所作で座るリリネットお姉様へと詰問した。


「リリネット、君か!?」

「あら、あたくしは存じません」


 紅茶を優雅に呑んで、涼しい顔でリリネットお姉様が答える。小さな音ひとつ立てない優雅さでティーカップを置くと、それはそれは美しく微笑んだ。


「シグ、あたくしの可愛いお砂糖ちゃん。お耳も立派に育って、お姉様は誇らしくてよ」


 リリネットお姉様の誇り!

 こんなお言葉、滅多にいただけないものだわ!


「嬉しい! やったあ、お姉様、だーいすき!」

「うふ、あたくしもだぁいすき」


 心の赴くままリリネットお姉様に喜びを伝えると、麗しくとろけるようなお声で愛を返してくださった。

 王太子殿下はその様子を閉口した風に眺めて、静かに思い息を吐いた。


「誰だ。カシュロは知らないし、グラシュープ伯爵? 違うな、ベルサーク? 誰から聞いたのかな」

「誰って、わたくしの婚約者です。ノールはすごいのです」

「ノール? ノエルク・エルマイン?」


 ふむ、とも、ほお、とも聞こえる吐息混じりの声が王太子殿下から漏れる。

 金髪碧眼の高貴なお姿が悩ましく考える様は、ただの令嬢ならうっとりと眺めたことでしょう。


「カシュロが土砂崩れに巻きこまれる危機を救ったとかいう?」

「そんなこともありましたね。あたくし、偶然と思っていましたが……その点は感謝すべきでしょう」


 それは、九歳の時にミュステラー公爵領から穀倉地帯に続く山道のことに違いない。

あれの危険については、わたくしが言い出したのに。

 カシュロお兄様にとってはノールが言ってくれたという風に変換されたのね。なんてことかしら。だからあんなに仲良くなったのだわ。


「そうか。そんな才気あふれた親しい相手と会えないのは辛いだろう。先ほどの話からもよくわかった」


 意外にも王太子殿下はわたくしの気持ちに寄り添うような言葉を述べた。

 それきり王太子殿下は、わたくしとリリネットお姉様とのお茶会を一通り楽しんだ後、さっさと帰っていった。

 やっぱりあの殿下、何考えているのかわかりませんわね。苦労話でもしたかったのかしら。


「シグ、追加のお菓子はどう?」

「いただきますわ!」


 不審な王太子殿下は気になっても、リリネットお姉様のお誘いに興じないわけにはいかない。

 そうだわ。ノールにも今日のことを教えておきましょう。早く会える日が待ち遠しいですわね。

 甘味を口いっぱいに、下品にならない程度にほおばって、わたくしは文面を考えながら楽しい時間を過ごしたのだった。



蛇足。余談。


その後。

シグは手紙で「あなたのことを王太子殿下に自慢しましたわ!」と堂々と書き、

ノールは「なんで!? 胃が……っ」と崩れ落ちました。


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