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10.これは暇つぶしの視察


 騒ぎを起こしたとして、ノールとわたくし二人でのお出かけ禁止令が出た。


 理不尽ではないかしら。わたくしたちは、被害者。泥棒に声を上げただけ。大体そう。

 お婆様にひたすら叱られた上に、丁寧に丁寧にいやみを言い連ねるベルサークお義兄様。頼りのノールは、少し考えてからこう言った。


「シグ、マダムと兄さんの言うとおりだ。あれはよくない」


 良識は素晴らしいですが、そこはもっと惜しんでくれないかしらね。後からあの泥棒は危なかったと説明されても、納得できても気持ちはモヤっとするではないの。

 お詫びとばかりに腕輪を贈ってくれても、わたくしはあの腕輪が良かったのに。

 もらったからには愛でて付けましたけれど、でも。でも!


「はーあ、つまんないですわね」


 思わずぼやきも出てしまう。

 伯爵家のお部屋で籠の鳥。退屈に飽きてソファに座ったまま伸びをする。

 そこに呆れた声がかけられた。


「俺を前に、堂々とそう言えるのはお前くらいだぞ」

「だってカシュロお兄様はカシュロお兄様ですもの」


 ノールと会えないので、わたくしは伯爵家に顔を出したお兄様の接待を一人でする羽目になった。

 カシュロお兄様もお兄様で、「なんだノエルクいないのか」と残念そうにするし。

 会いたい気持ちは、わたくしのほうがずっと上ですけれど?

 ああ、胸のときめきもほど遠い、なんて寂しい時間なのかしら。


「暇ですわ」

「もてなせよ、従兄を。こっちだって姉上に言われて来てやったんだぞ」

「我が家のお茶とお菓子をお出ししていますわよ。せめてリリネットお姉様の情報を話すなら喜んで聞きますわ」

「えー」


 従兄妹同士でも実の兄妹のような仲なので、色気も何もありません。とはいえ、年頃の男女が一つの部屋にいるのはよろしくない。

 なので、当然のように我が家の侍女チェッタとミュステラー公爵家の侍従もいる。互いに見知った中なので、またやっているという目で見られていますわね。

 まあ、いつものことです。

 カシュロお兄様は、思いついたとばかりに表情を動かした。


「だがな、仕方ないんだぞ」

「仕方ないって、何ですの?」


 たずねれば、わたくしを脅かそうとするかのようにわざとらしい低い声で言った。


「あの騒ぎの裏にいるの、反王派閥っぽいんだと」

「カシュロ様」


 侍従の……名前はヘイラーだったかしら。厳つい顔つきの眼鏡侍従が声を上げる。

 カシュロお兄様はソファに偉そうに座ったまま手を振った。


「シグなら、そのあたりは分かってる。教えたほうが大人しくなる」


 人を小煩く騒ぐ奴と暗に言うのはどうなのかしら。けれど話してくれるなら、聞いておきましょう。

 黙って待てば、カシュロお兄様はそのままひじ掛けに身を預けて話しだした。


「それでだ。その派閥の末端組織が関与しているらしいから、シグたちが追いかけなくて正解だった。だからお婆様もあれだけ怒って、姉上が心配した」

「わたくしたちのお庭に、不届き者が入りこんでいたの? いつから?」

「俺たちが生まれる前くらいだってさ」


 そう言うと、カシュロお兄様は腕を組んで考えるように続けた。


「なにせ、グラシュープからの流通は公爵領へが多いからな。根が思ったより広いらしいぞ。それで、調べに時間がかかっていて、嫡子たる俺の姉上はお忙しい」


 どうやら今回はリリネットお姉様が公爵家をお継ぎになるらしい。聞いた話では、カシュロお兄様は国外に遊興に行かれるのだとか。

 それならお忙しい立場だというのに、この寛ぎよう。


「カシュロお兄様はなぜここに来たのかしら」

「だから、シグのお守り。姉上と殿下方に頼まれたんだよ。俺だって暇じゃないんだぞ」

「まあ! お姉様が案じてくださったのね。なら早くそう仰ってちょうだいな」


 さすがわたくしの敬愛すべき御方。可愛がってくださるご厚意には甘えねばなりません。


「でも暇ですわよ」

「それはそう。俺も暇。ノエルクいたらなあ」


 話が一巡して戻ってきてしまった。

 この調子では、公爵領へ行ってもリリネットお姉様とお会いできない。癒し不足よ。それならと心を慰めに買い物と考えても、気乗りしない。

 ノールにも会えないし。

 ほかに良いところはと考えて、わたくし、ひらめきました。


 しばらく皆が忙しいなら、その間に一人で行動すればいいのでは?


 一人といってもカシュロお兄様がいるから、安全な地なら誰も文句は言わないはず。

 そうね、例えば、穏やかで素朴な田舎。海岸沿いの領地とか。

 ええ、ええ。決してあの男爵令嬢が気になるわけでは……ありますけど!

 わたくしのノールと一度でも付き合ってあの言われよう。気にならないと言ったら嘘になる。むしろならないほうがおかしい。

 わたくしは咳払いをして猫撫で声をだした。


「カシュロお兄様、外出しましょう」

「別にいいけど。どこに?」


 わたくしはにっこりと微笑んだ。


「チコラ男爵領ですわ」






 馬を走らせ、およそ三日。

 王国西側の海岸端。そのあたりにある小さな領地がチコラ男爵領だった。南西部に広大な穀倉地帯を有するミュステラー公爵領があるので、意外と距離は遠くない。

 エルマイン伯爵領のほうがずっと遠いくらい。

 ともあれ、馬術の鍛錬がてら馬車と馬乗りを繰り返せば早く着いた。カシュロお兄様が馬術に明るくて僥倖でしたわ。疲労著しいですが、良い退屈凌ぎになりましたもの。

 カシュロお兄様には「またシグが暴れ者になった」と言われても、必要な技術です。

 そうして。

 ようやく海の香りがするくらいの頃には、わたくしたちはすっかりくたくたとなっていた。


 宿を取って、一日休めば気力も十分。

 チェッタたちから、かの男爵令嬢の場所もつかんでいるので準備も万端。

 情報は金より重い。かのご令嬢をもっと知れば、何かの役に立つかもしれません。

 何かというより、わたくしとノールの未来ですわね。時間も余っているから、良い機会です。

 カシュロお兄様とも婚約したという可能性の塊の人物、もっとしっかり観察せねば。俗にいう、敵情視察ですわね!


「というわけで、参りますわよカシュロお兄様」

「説明を省くな。観光じゃなかったのか」

「まあまあ。まあまあまあ」


 いぶかしむカシュロお兄様を連れて、わたくしはノールと見に行った教会へと向かった。

 以前見た時と変わりない教会を、今度は堂々と訪れる。勿論、侍従や侍女による変装もばっちり。観光に来た金持ちの平民くらいに見えていることでしょう。


「あら、人がいませんわね」

「なんで教会なんか……シグのところにもあっただろ」

「いないのかしら」


 ぼやくカシュロお兄様をよそに、わたくしは教会内の掃除をしている者へと声をかけた。おそらく教会の職員だろう女性は、手を止めて顔を上げた。


「もし。セティ・チコラ男爵令嬢がここに通っていらっしゃると聞いて来たのですが」

「申し訳ございませんが、関係者でいらっしゃいますか? そうでない方には」

「実は以前、ここに来た時に道に迷って。助けていただいたのに、お礼を言いそびれてしまったのです。わたくし、トゥシャンテ商会と縁故ですの。もしお疑いなら、問い合わせてくださいな」


 わたくしは咄嗟の理由をでっち上げてたずねた。

お婆様のお叱りをかわすために培った言い訳技術が役に立ちました。人生とは何が役立つとはわからないもの。やってみるものね。

 それに嘘は言っていません。

 トゥシャンテ子爵家の名を冠する有力商会。グラシュープ伯爵家が次女、ソーアンナ姉様が嫁いで敏腕を揮っているところ。つまるところ、わたくしの縁類ということ。

 後押しのために、ソーアンナ姉様からプレゼントしてもらったハンカチを取り出す。トゥシャンテ商会の印が刺繍された限定品を、証印のように軽く掲げる。


「トゥシャンテ商会! そうでしたか。チコラの地にもお噂は響いています」


 貴族以外の平民にも広く門戸を開く商会の知名度は抜群。職員はにこにことセティの場所を教えてくれた。


「教えていただき、ありがとう存じます。どうぞ良き日を」

「ええ、あなた様にもお連れ様にも良き日を」


 互いに教会の決まり文句となる挨拶をかわして、教会を後にする。



「……おいシグ、お前何をしでかす気だ」


 しばらくして、疑わしそうなカシュロお兄様の声が頭上に下りてきた。先ほどのやり取りで、さすがにわたくしが誰かを探していると気づいたのでしょう。


「何って、何も起こらなければ大人しいわたくしですけれど?」

「シグが大人しかった試しがあったか? ノエルクの苦労が偲ばれるな」


 失礼ですわね。カシュロお兄様がわざとらしく息をついてみせる。


「俺を目付け役につけた姉上の慧眼に感謝するんだな。で、次はどこに遊びに行くんだ」

「遊びではないのですけれど? まあ、いいですわ。カシュロお兄様にも見てほしいですからね」

「俺にも? なんだそれ」


 ずんずんと先に進むわたくしの後を、軽い歩調でカシュロお兄様が付いてくる。

 図体がどんどんと大きくなったお兄様の影がぐんと伸びているのが見えた。他についてくる影がいくつか。問題なし、護衛ですわね。


 チコラ男爵令嬢がいるのは、市街地の商店通りあたりらしい。

 仮にも令嬢が市井で自由に買い物だなんて、不思議なところだと思ってしまう。けれど、領地も違えば気風も慣習も違うことは珍しくはありません。

 チコラ男爵領ではよくあることなのかもしれませんわね。わたくしだってこうしてお忍びで買い歩きくらいしますもの。


「……ハッ、いましたわ!」

「いたって何が」


 カシュロお兄様の腕をひっつかんで、建物の影に隠れる。

 わたくしたちの目前には、領民たちの様子をにこやかに眺めながら買い物に勤しむチコラ男爵令嬢がいた。

 相変わらず陽に光る明るい薄橙の紅茶色の髪がよく目立つ。明るくて貴族らしいというより、豪商の娘に近いものね。

 これでは高位貴族との婚姻はおろか、リリネットお姉様を押しのけて公爵夫人に至るには程遠い。まだまだ、まだまだまだですわ!


「なんだよ、急に。何かあるのか」

「しぃっ! お静かになさって。観察中ですわ!」

「なんのだよ」

「潜在的恋敵ですわ!」

「なんだよそれ……」


 こそこそと話し合っていると、楚々と笑うチコラ男爵令嬢がお店からおまけを会得した。

 なんてこと。笑顔一つで商品の嵩増しを! この能力が他でも機能するなら、得難い才能では?

 わたくしにもできるかしら。

 試しにカシュロお兄様に向けて微笑んでみた。間の抜けた顔が返ってきましたわ。


「腹でも減ったか?」

「フンヌ!」

「いっだ! シグ、肘で脇腹はやめろ」


 わたくしの可愛らしさを解さない罰ですわよ。脇腹の鋭角の痛みを教訓とするがいいわ。

 でも一応と気になったので、比較対象のことも聞いてみることにした。


「カシュロお兄様、あそこのセティ男爵令嬢の笑顔、お可愛らしかったかしら」

「はあ? 男爵令嬢? まあ、そうなんじゃないか。姉上のように淑やかそうで」

「ふーん、なるほどぉ」

「なんなんだ一体……こら、だから脇腹はやめろ」


 横腹をなおも突いていたら止められた。

 しかし、カシュロお兄様のチコラ男爵令嬢への印象は悪くないですわね。ここから芽生える感情もあるのかしら?


 またしばらく眺めていると、チコラ男爵令嬢に魔の手が忍び寄っているのが見えた。

 長閑な領地でも存在するらしい。物取りの男が、彼女の背中から忍び寄っている。

 流石に見過ごせない。

 わたくしは即座に、カシュロお兄様の背に回った。


「カシュロお兄様! レディの窮地ですわよ!」


 そしてその背を、思いっきり突き飛ばした。


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