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6.おそらくの世界


 四度目となれば、行儀に勉強はすでに通った道。

 さらに言うなら、前回よく出来た娘として人並みの令嬢以上の教養も修めた。わたくしの経験値はそんじょそこらのご令嬢とは比べるべくもない。

 もし、王太子殿下や第二王子殿下たちに婚約者がいなかったら、わたくしに話が回ってきたのかしら。それくらい出来る子として名を轟かせたところで、ようやく許可が出た。監視の目があるなら二人で遊んでもいいという、待望の許可が。

 このために数か月わたくしは大人しく、弁えたふりを頑張ったのです。

 指定場所が伯爵家所有のお城ですから、わたくしのお庭も同然。好きに過ごせるところで、好きな相手とだなんて、心が弾むというもの。


「さあ、ノール! 今日という今日こそは、お話をしましょう」

「お話って」


 今まで他人がいたからひそひそと話すしかできなかった。馬車ですら一緒は駄目だったのだもの。これで、自由にノールの不可思議な奇術のことを思う存分に聞ける。

 チェッタに誰も来ないようにとお部屋の外で待たせているので、邪魔者もいない。わずかに開けた隙間からは、細かな内容はわからない。


「これに関するお話よ」


 懐中時計を掴んで見せる。

 今日も今日とて、わたくしの胸元を飾るチェーンと繋がった懐中時計。今は規則正しく針が回っている。

 ノールはそれを苦々しく眺めて息を吐いた。


「前に話したろう。俺が作ったんだ。祖父からもらった誕生日プレゼントを改造して、出来たのがそれだ」

「覚えていますわよ。それでノールは、バグ、とやらが見えるようになったのでしょう? わたくしは見えませんわよ」

「懐中時計は、見えるのがそもそもおかしいから。それが普通のはず、なんだけど……君は例外すぎて考察できない」

「ふうん? わたくしはやっぱりノールにとって特別ということね?」

「……まあ、そうなるかなあ」


 歯切れ悪く言いながらも、ノールは認めた。部屋にあるソファで猫背になって膝に手を置く。


「懐中時計が俺から君に渡った時点で、変化が起こり過ぎてわからない。多分、特別なのは本当だと思う」

「素直に特別と仰いな。それで」

「それで?」


 向かいのソファから、わたくしは身を乗り出した。きょとんとしたノールに顔をぐいと近づける。


「ノール、あなたに聞こうと思ったことはたくさんありますわよ。乙女ゲームってなんですの? それに、バグって?」


 わたくしの勢いに気圧されたのか、ノールはわずかに後ろへのけぞった。長い尻尾のような髪が揺れる。それでもかまわずさらに腰を浮かせて近づく。


「あと、バグのお話では夜会でいつも終わると言いましたわね? リリネットお姉様の夜会のことね? どうして夜会で終わるの? その先は?」


 ノールはじわじわとソファの背もたれへと体が動いて、とうとう背もたれに背をくっつけて逸らした。

 その途端、部屋の外からわざとらしい咳払いがした。チェッタだ。

 わたくしの行動がノールに襲い掛からんと見えたのかしら。だとしたら心外ですわ。でも、騒がれて離されてはたまりません。

 大人しく座りなおすと、ノールものそのそと元の位置に戻った。


「一つずつ話すよ」


 ノールはまず、乙女ゲームについて説明を始めた。


 長くてとりとめもない話だったけれど、どうやら手元で観賞できる寸劇のような遊びらしい。それも自分が劇場に上がって主役をできるのだとか。

 わたくし、主役も好きではあるけれど遊ぶなら他の役もしたいのですけれど。でも、ノールの説明だと主役しかできないそう。なんだか自由なようで窮屈なものですわね。


「――……ええと、それで、多分俺は便利な道具屋みたいな、攻略対象じゃ……ないかと……」


 最終的に小声になりながら、ノールは顔を覆った。

 そんな遊びの世界だと、ノールは生まれてから思った。それで、あれこれと試して物を作ってみたり実験をしたりしたのだとか。

 でも、ノールが語る乙女ゲームとやらのお話とわたくしたちの王国とは大分違いますわ。ノールもそれは理解しているのでしょう、顔を覆ったまま呻くように呟いた。湯気が出そうなくらい耳は赤くなっている。


「乙女ゲーム世界だと、多分、きっと、思うんだけど……自分が攻略対象とか自惚れ甚だしくて死にそう」

「ちょっと、そう簡単に死なないでちょうだい」

「他人に妄想を話している痛々しさを自覚すると、誰でもそうなる。今、俺はそれに猛烈に襲われている」

「まあ、それは御気の毒に。確かに我が国には騎士団長なんて役職はありませんし、魔法使いもいませんから。ノールのお話は空想の産物ですわね」

「冷静な感想をありがとう。いったん、その話は置いておこう」


 すうはあと息を大仰に吸って、ノールは「よし、大丈夫だ。次を話すよ」と続けた。

 赤い顔のままで口元を隠したまま視線をさ迷わせている。また息を吸って吐く。若干どころか後に引くくらい恥ずかしいことだったらしい。


「ええと、なんだったっけ」

「バグの説明かしら? 乙女ゲームの、ある女の子のための世界というのも、まだよくわかりませんわよ」

「乙女ゲームの主人公らしき子ね。確かにいるよ。まあ、乙女ゲームの世界かどうかというのも、だんだん自信がなくなってきたけど……存在は確認したから」

「世界の是非はよくわからないから後にしてちょうだい。で? その子が相手を選ぶことで未来が変わると?」


 ノールがこっくりとうなずいた。でも考えるとおかしいですわね?

 わたくしは自分の口元に指をあててなぞってみた。お行儀が悪く見えても、チェッタたちからはよく見えなければ構わない。考えながら疑問をそのまま口に出す。


「それって当然じゃなくて? 相手が違えば未来も異なるものでは?」

「いや、本当ごもっともです……ただ、選ばれた後はわからないというか。どのみち俺はその子が結ばれるだろう日から、たいして先に進めないから」

「どうして?」


 わたくしの疑問に、ノールは口を閉ざして細い息を吐きだした。

 日に焼けていない肌が余計に青白く見える。日陰だけではない薄暗いベールが、ノールを覆ったようだった。


「……バグのせいだ。とにかく、シグも見ただろう? あの婚約破棄みたいな出来事が起きる。その前後から世界が一層おかしくなる」


 はぐらかそうとしている。わたくしに隠しごとはよくないのでは、そんな気持ちもある。

 しかし、かつてのリリネットお姉様はご成婚が決まる前にこう仰っていた。

 すべてを共有しようと強制するのは、品のいい淑女のすることではない。

 つまり、ノール自ら言うまで深い度量を示すのも、わたくしの務め。今回は、追及を後に回すことにしましょう。

 黙っていれば、ノールがぼそぼそと続けた。


「これも憶測だけど、やり直しさせようというような、そんな力が働くみたいなんだ」

「やり直し? 元に戻るってことかしら」


 それはわたくしがしたような体験みたいなこと?

 自然と自分の胸元を飾る懐中時計に目が行く。まだ存在を主張するメッキの禿げた古びた姿は、わたくしの手の中でころりと揺れた。


「それとはまた別で」


 ノールはそう言うと、また部屋まわりを気にするように視線を這わせる。それから、わたくしのほうを見つめて説明をした。


「ほら、ええとシグが食べ物を食べたとき、のどに詰まったら吐き出そうと体がえずくだろう。それと同じ現象が起きるってこと」

「ふうん。それで?」


 ノールの眉がぐっと動く。わかりやすく肩はかくっと下がった。

 今気づいたのですけれど、ノールって小難しいことを説明するときに指や手を動かすのね。貴賓の前ではさせないように後で注意しないと。

 言葉を止めたノールに「続きは?」と促す。すると、また指先を弄りながら話を続けた。


「……まあ、バグにはいろいろあるんだけど、特に問題があるのが時間軸の混線というので。それを正さないと後々大きなバグ、支障に繋がるかもしれないんだ」

「時間軸の混線とはなんですの」

「君が最初に見た、俺が二人いるような状態のこと。双子では絶対ないのに、同じ存在がその日突然現れる。普通、ありえないだろう?」


 なるほど、と思わず手を合わせた。ぱちん、と小さく音が鳴る。


「それをどうにかするのが、ノールのいうデバッグというやつですのね」

「そ、そう! そういうことなんだ」


 ほっとノールが大仰に息を吐いた。


「バグやほころびはどういうわけか、俺にしかわからないし。それが目に見えて大きく現れるのが、あの時期のあの時間あたりからなんだ。放っておくとどうなるか」


 理解者を求めようにも、そのバグという概念は他の者に通用しない。そもそも存在もノールにしか見えない。けれど放っておくと、よくないらしい。


「で、そういう処理をすると大抵、懐中時計が発動する始末になるというか……長らえても、バグが見え過ぎて頭がおかしくなりそうだし……まあ、そういう感じで」


 だからノールは先に進めないと言う。なまじこの世でバグが見えるのが自分ばかりだから要らぬ苦労を背負ったのでは、と思わずにいられない。

 そこまで説明を聞いて、思わず口から感想がこぼれてしまった。


「あなた、大変面倒な生き方をずっとしてきたのね」


 ノールはぴたと固まって、信じられないような目でわたくしを見た。なんですのよ、わたくしなりにあなたの話を咀嚼した素直な気持ちなのに。

 まったく、直接的に言ってあげないとわからないのだわ。


「わたくしがあなたの素敵な相手として、これからは助けて差し上げましょうね」

「バグは見えないだろ、君。それに」

「見えなくとも干渉はできるのでは? ほかの人よりもノールの言うことを体験していますもの」


 目に見えてノールが脱力してしまった。

 チェッタが部屋の外からにらみを利かせているのが見えたので、咄嗟に大丈夫よと手ではらう。


「……もし見つけたとしても、君は無暗に触ったらダメだからね」

「場合により善処しますわ!」


 元気よく答えたら、ノールはますます力を抜いて背もたれに体を預けて天井を仰いでしまった。



騎士という役職はないですが王国近衛兵、王国兵、騎兵、傭兵という役職があり、トップは国王が任命する将軍です。

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