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5.穏やかな三人遊び


 わたくし、九歳となりました。

 四歳から五年も経てば、婚約も周囲に認められるには十分。評判も上々。

 以前のように、グラシュープ伯爵家の小薔薇と称されています。当然ですわね。


 しかし意外だったのは、すんなりと王家の承認が得られたこと。

 婚約申請は一年後に行った。家格の差で承認に時間がかかると思ったのに、早いものだった。

 そう思えば、前回も早い承認でしたわね。あの時は、ノールのお兄様が王太子殿下の側近候補だったから推されたと、お父様の愚痴を小耳にはさみましたが。今回ももう見出されていたのかしら。それか、政局的に問題ない家柄同士だからってことなのかしら。

 ですがノールとの婚約、すなわち結婚の確約ができたことに比べれば些細なことです。

 それに、リリネットお姉様からも「シグの望みが叶って嬉しいわ」とお声かけがあった。

 それだけで素晴らしいことだわ! ああ、今日の空もわたくしを祝福しているような晴天ですわね。


 日傘をくるりと回す。

 白いレースの日傘は、この年に流行ると分かっていた品物。記憶があれば先んじて用意することも可能。良いことです。


「この先でございます」


 わたくしの思考を遮るように、子爵家の侍従が先を示す。

 その先にあるのは、小さなタウンハウスに備えられた裏庭。エルマイン夫妻のセンスがいいのか、こぢんまりと収まりがよく見事に整えられている。特に夫人が園芸趣味というだけはある仕上がりだった。

 わたくしの通り名のような小薔薇が美しい生垣のアーチをくぐる。

 ガゼボにはすでにノールが座っていた。誰も周りにいないことをいいことに、早足で向かう。


「ノール!」

「シグ、ようこそ」


 ああ、名前を呼ばれるって何度あっても素敵なことね。それも愛称。

 思わずにっこりしてしまいそう。いえ、今取り繕う必要はないですわね。日傘を畳み、にこにこでノールの向かいに腰掛けた。

 わたくしと婚約してからというもの、ノールは領地の勉強のため公爵領にある子爵家のタウンハウスとわたくしの家を往復する日々を過ごしていた。

 こうして気軽に会いにいけるなんて。だだをこねにこねた甲斐があった。


「今日はすり抜けの奇術は使って迎えてくれませんの?」

「すり抜けって……あれ、可視化バロメーターを一時的に下げた面倒な技で、そうほいほいできるようなやつじゃないんだけどな」

「わたくしが初めてここに来たときは使ったじゃないの」

「いや、それは」


 ノールが言葉を止める。どこか気まずそうな表情。ピンときました。

 わたくしは、「ああっ」と声を上げて続けた。


「わかりましたわよ! つまり、あの時はわたくしに一刻も早く会いたかったということね! んもう、そうならそうと仰いな」

「相変わらずの前向きさ。そういうつもりは……いやもう、それでいいです」


 ノールが曖昧に笑う。快活に笑うというより、どこか影がある笑い顔になるのがまた魅力ですわ。機嫌よく見つめていたら、そんな嬉しい時間を裂くように闖入者が現れた。


「遊びに来たぞ」


 カシュロお兄様だ。ノールと同い年でも、環境が違えばこうも体格に差が出るのかしら。お兄様は十歳のころからがっしりしはじめて、ノールはまだひょろっとしている。


「カシュロ様、ようこそいらっしゃいました」


 ノールがすかさず立って、お辞儀をする。心なしか瞳が輝いて、動きも機敏だった。


「おう。ノエルク、この間の続きやろう」

「組み立て式の仕掛け玩具ですね。塗装が終わったところです」

「本当か! あの全く違う形になるのが良いんだよなあ。盾から猛獣に変わるのがさあ」

「わかります。変形は浪漫ですから」


 なんで、カシュロお兄様のほうがノールと仲良く遊んでいるのかしら!?

 一番解せませんわよ。

 わたくしが一番ノールと仲良くするべきなのに。


「カシュロお兄様の泥棒猫……!」

「シグ、また変な言葉遣いをして。姉上を見習え」

「今はわたくしが! ノールと逢瀬を楽しんでいるところですのよ!」

「いや、元々俺も合流する約束だっただろう。勝手にいないものにするんじゃない」


 呆れた風にカシュロお兄様が言う。ぐぬぬ。事実なだけに、言い返せませんわ。

 いいではありませんか。だって婚約者同士二人きりの交流と考えると盛り上がるのですもの。

 それもこれも、ノールと二人は駄目とお父様とお婆様の決め事があるせいですわ!


「本当に、お前はノエルクにべったりだな。おい、疲れたらちゃんと言えよ。できる範囲で協力してやるからさ」


 何を失礼なことを言うのかしら。

 まったくもう、とカシュロお兄様を睨んでいたら、不意にノールが嗚咽をこぼした。


「……俺には、勿体ないお言葉です」


 そう言って、ぼたぼたと涙をこぼした。

 カシュロお兄様がどういうことだとわたくしに助けを求める目をする。

 わたくしにもわかりませんわよ。でも、ノールが泣いているのならその涙をぬぐうのはわたくし以外にいません。

 ハンカチを取り出して、せっせと目元に当てる。ノールの深緑の目はぼうっと遠くにあるように揺らいでいる。そしてやっとわたくしに気づいたかと思うと、拭う手を優しく止めた。


「ありがとう」

「お礼を言われるほどではありませんわ。カシュロお兄様のお言葉が(しゃく)に障ったの?」

「そんなことない。本当に、カシュロ様はどんな時でも……優しくて、裏表がなくて、素晴らしいと思ったら」


 また嗚咽をこぼして泣き出してしまった。

 カシュロお兄様が? 裏表がないのはわかりますが、どういうことかしら。

 思わずカシュロお兄様と見つめあってしまったではないですか。というより、カシュロお兄様はどうしてわたくしを不審げに見ているのかしら?


「あー、シグがやっぱり迷惑かけているか……? それとも、具合が悪いのか? 出直そうか?」

「わたくしはお迎えがあるまではいますから、看病は任せてくださいな。カシュロお兄様は今なら馬車はまだ出ていないでしょう?」


 婚約者として当然の主張をすると、カシュロお兄様が頭を掻く。


「そうするかなあ。でもせっかくの外出だし……あ、そうだ」

「なんですの」

「ついでにグラシュープ伯爵領近くまで行くかな。今の時期、山の木が色づいて綺麗だって姉上が言っていたんだ。話の種になる」

「山の木って、穀倉地に繋がるところの?」

「そうそう、そこの」


 カシュロお兄様の言葉に、わたくしはどうぞご自由に、と言いかけて止めた。

 山。穀倉地。ミュステラー公爵領とグラシュープ伯爵領にまたがる場所。

 きょろ、と辺りを見回す。

 小薔薇が見事に咲く生垣。この花は秋に美しいと有名なもの。先日までは長雨でたっぷり水を吸ったのか、ツヤツヤと咲き誇っている。

 長雨。ぬかるんで落ちる道。頭の中でピンとつながってしまった。


「だ、駄目! 不吉ですわ!」

「なんだ、急に」


 わたくしは思わずカシュロお兄様に詰め寄った。


「この時期は危険よ、カシュロお兄様」

「どういうことだよ」


 あくまで冷静に言うのよ。捲し立てないように気を付けて、言葉を探す。


「ほら、あの道ってちょっと古いのでしょ? この間の長雨で、道がぬかるんで整備しないとって……そう、お父様が話しているのを聞いたの」

「また盗み聞きしたのか」

「またとはなんです! 違いますわよ! わたくしは情報収集を真面目にしているだけですわ!」


 人がせっかく心配しているのに。このわからずや!

 ぎりぎりと握ったこぶしが音を立ててしまいそう。そこに助け舟を出したのは、泣き止んだノールだった。


「俺の勉強に、付き合ってもらった時に聞いた話です。領地の勉強をグラシュープ伯爵にしていただいているので」

「ああ、そっか。じゃあ、本当かあ」

「はい」


 カシュロお兄様は、お父様の名前が出た途端に納得した。むしろ、その相手までしているのかとぼやいてノールの肩を叩いた。

 気持ちはわかります。わたくしのお父様は、婿イビリぎりぎりの面倒な講義をなさるもの。わたくしが参加して、いつも助けているくらい。


「わたくしを命の恩人として感謝するのは、時間の問題ですからね」

「シグ、わけわかんないことを自信満々に言うの、ほどほどにしとけよ。はあ……じゃあ、どうするかな」

「俺は大丈夫ですから。予定通りで構いません」


 仕方ないから、ノールと共にカシュロお兄様を引き留めるしかありません。

 男の子の遊びって、よくわかりませんのよね。変形とか改造とか、わたくしの琴線に引っかかりませんし。

 でも、ノールがいつもより楽しそうなのは間違いない。そんな姿を眺めるのは好きだから、嫌な時間でもない。


「仕方ありませんわね。行きますわよ」

「なんでシグが仕切るんだ。まあ、行くけどさ」


 できることなら、早くカシュロお兄様にもお相手ができて、ノールと二人きりの時間が増えるといいのですけれど。

 何かノールはそのすべを知っているかしら。

 よくできた教本通りの素晴らしい仕草で、ノールはわたくしをエスコートする。その手を取って重ねた。

 ぎゅぎゅっと握ってみる。ノールがこちらを見る。


「言い出してくれてよかった」


 小さくそう言われた。

 さっきのカシュロお兄様の道行を止めたことだとすぐにわかった。ノールも気づいてわたくしを助けたのに、殊勝なことを言う。


「俺が口にするより、ずっと自然に説得できた。君はすごい」

「あら……」


 ノールがわたくしの手腕を褒めている。そうかしら……そうかもしれないわ。わたくし、凄いのかも!

 それに、さっきは二人の共同作業とでも言えるのではないかしら!?


「愛の力ですわね」

「うん、同じ言葉を話しているはずなのにな……すごいな、本当」


 まあ、それも褒めてくれているのね。

 嬉しくなって腕に抱き着く。頬に口づけの一つもいいのではないかしら。子どもらしい輪郭を残す頬に顔を近づけようとしたら、ノールに離されてしまった。


「それは駄目。怒られる」

「シグ、仲がいいのはわかるけどやめとけ。お婆様が怒るぞ」


 カシュロお兄様、お婆様を出すのは禁じ手ですわよ。

 行儀作法のオーガ、マダム・エタングルの恐怖は、ミュステラー公爵家でも同じ。叔母様の母でもあるお婆様は、美しい所作の貴婦人として名高い。そのため、幼少期の躾と行儀作法はお婆様から習うのは当然のことだった。

 何より、今回のノールとの出会いのおかげで、わたくしがこういうことをしたとなると、お婆様は接近禁止令を出しかねない。この五年でノールのことを気に入ったお婆様ですもの。簡単にそう言う姿が想像できます。


「はーあ」


 小さい体というものは不便ですわね。

 ため息をついて、私はしぶしぶノールのエスコートにふさわしい振る舞いをするのだった。



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