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3.鮮やかな懐柔手腕。その裏で


 通された部屋には、わたくしとノールだけではなく関係者各位が集められた。

 ノールは水をもらって時間をおいたことで体調もだいぶん落ち着いたようです。

 しかし、不審そうな周りの目線はそう簡単に変わりません。

 まあ、そうでしょうね。

 公爵家の従姉妹である四歳の伯爵令嬢が、急に六歳の子爵令息に抱きつき、その令息が具合を悪くして倒れかけた。

 そんな騒動があれば、両家の家族や主催者であるミュステラー公爵家も集められますわよね。ただ、公爵閣下と夫人は場を収めているため不在な様子。

 ですが、これはこれで良い機会と場ですわ! ここが押し時ではなくて?

 わたくしは、まだ困惑しきりの大人たちや心配そうなリリネットお姉様たちの注目をものともせず、ノールの隣で宣言をした。


「わたくしたち、結婚します!」


 四歳の幼い娘の宣言なんて、真に受ける人はそういないでしょう。わたくしがいくら本気でもそう取られるということを、わたくしは知っています。

 まあ、お父様は本気でショックを受けて言葉を失っていますが。あとは、ノールのご家族も顔色が真っ青ですわね。これも立場上はしょうがないかもしれません。

 ですが、譲れないことですもの。これから主張し続ければ、近いうちに成立するはずです。


「シグ、どうして? その子である理由は?」


 ぽつりとリリネットお姉様が問いかけた。美しい声音を思う存分耳で聞いてから、わたくしはうなずいてみせた。


「ノールは、すごいのです。とっても有能で、とっても優しくて、とってもわたくしのことが好きですの!」

「いつ会ったんだよ」


 ぼそ、とカシュロお兄様が呆れた顔を隠さず言う。リリネットお姉様は、むむ、と眉を寄せて少し考えた後、近くに控えていた侍女へと言葉を伝えた。

 人形みたいに表情を変えないのは、さすが公爵家に仕えるだけありますわね。その侍女は感情をのせない淡々とした声でノールに告げた。


「エルマイン子息。グラシュープ伯爵令嬢を篭絡し」

「あらまあっ、篭絡されたみたいなものですわね! そう、運命の恋とやらに落ちたのです、わたくし!」


 わたくしが途中から割りこんで代わりに答えると、リリネットお姉様は困ったように眉を寄せる。


「もう、シグが答えちゃダメよ」

「でもね、リリネットお姉様。わたくし、ノールじゃないと嫌よ」

「どうして? シグは初めて会ったのではないの?」

「実は初めてではないのです」


 腕を組んでノールにもたれかかる。お母様が「シグちゃん」と怒りに眉尻を上げているのがわかったので、すぐ姿勢を直した。


「本当?」


 リリネットお姉様がじっと見てくる。わたくしからノールへと視線を向けて、目を細める。ああ、そんなお姿も麗しいわ。


「みんなが知らないとしても、わたくしとノールだけは知っているのです。ね、ノール」


 ノールは黙ったまま静かに頭を下げた。

 わたくしを隣に置いたとしても、見事な高位貴族へのお辞儀の作法。お母様が、感心したように声を漏らした。


「まあ……変わり者と聞いていたけれど、よくできた子ですわね? エルマイン子爵、あなたのご教育?」

「い、いえ、そんな、滅相も……! わたくしどもには、さっぱりで」


 子爵が答えている。エルマイン夫人も、ベルサークお義兄様も畏まったまま動かない。

 そんな中で、カシュロお兄様はのんきに声をあげた。


「シグの思い付きで付き合わされているんだろ。あんなに具合が悪そうだったんだから、もう少し休ませてあげましょうよ、姉上」

「ええ、そうね……タウンハウスへ送ってさしあげて」


 リリネットお姉様は、ほう、と息を吐いてから侍女を伴って部屋を出て行ってしまった。でも最後に、わたくしに向けて小さく手を振ってくださったので、そこまでご機嫌は損ねていなさそう。

 カシュロお兄様はまだ残っていますわね。なんですの、邪魔ですわよ。ぐるる、と番犬のように見るわたくしを放って、カシュロお兄様はこちらまで歩いてきた。


「なあ、お前。ノエルクだっけ。何か得意なのある? あ、普通に話していいぞ」


 ノールの前に立つと、カシュロお兄様は興味津々な様子を隠すことなく言った。


「座学系はある程度……あとは」


 ノールはそう答えると、ポケットに手を突っ込んだ。それから紙を一枚取り出した。

 まだ血色が悪い白い指は少し震えている。


「これでしょうか」


 パッと手際よく目の前で折り始めて、完成した物をノールが差し出した。手にあるのは、紙でできた剣。

 カシュロお兄様はそれを取り上げると、歓声をあげた。


「うっわー! なんだよ、これ、すっげええ! なあなあ、もらっていいか? ほかにも作れる?」

「ドラゴンとかできます」

「本当か! じゃあでっかい紙用意するからさ、乗れるくらいのやつ作れるか」

「はい」


 みるみるうちにノールによって懐柔されましたわ。カシュロお兄様、容易過ぎでは?

 ですがカシュロお兄様のおかげで、周りの雰囲気もずいぶんと受け入れをしたような様子。

 お母様がお父様の背中を扇で叩く。お父様が我に返ったように咳をした。


「ん、んんっ。とりあえず、エルマイン子息は休ませよう。シグちゃんの御着替えもあるからね。衣服に関してはそちらが気にしなくてもいい」

「ご配慮いただき、感謝申し上げます」


 エルマイン子爵が礼を言うと、子爵一家が揃って礼をする。それを鷹揚にうなずいてみせてから、お父様が手を差し出した。


「さ、シグちゃん。帰るよ」

「ノールは?」


 ノールを見れば、緩く頭を横に振られた。ここで一旦お別れらしい。

 お父様たちを見ても、それは決められたことのよう。仕方ないので従うしかない。


「また後で会いに行きます。絶対よ。わたくしのドレスを汚したのだから、責任を取るのです。婚約よ」

「……まあ、君が望むなら」


 そっと呟いたノールに、お父様のほうへと押し出されてしまった。


「絶対、絶対! すぐに会いに行きますわー!」


 手を振る。カシュロお兄様に引っ張られた。

 さらにはお母様により、もう片手も引っ張られる。両方から引きずるように連行されるまで、わたくしはノールに約束を伝え続けたのだった。




***




「そんな騒ぎが? リリネットからは元気がよくて可愛いと聞いていたのですが、元気が良すぎでは」

「遠目で見たが、確かに元気は良すぎた。リリネットはそこがいいと言っていたが、そういう道化じみたところも含めて気に入りなのだろう」


 公爵家所有の居城、その別室。ガーデンパーティーの裏側。

 王族をもてなすにふさわしい部屋の中で、騒ぎの内容を知らされた。

 聞いたときは冷静な仮面をかぶっていたつもりだが、顛末を聞いては呆れた顔も隠せなくなりそうだ。

 十歳の子どもらしい表情に戻れた気がしたのは嬉しいが、こういう状況でなければもっと喜べただろうに。


「ライヴァニル」

「なんでしょう、ガームンド叔父上」


 叔父が人払いをした後で、そっと告げる。十五歳の若々しい叔父の眼差しは、私と同じように冷徹な青色をしている。


「ところでお前はもう教えられたか」


 それが何かは言わないでもわかる。王家に伝わる伝承についてだろう。

 あるかないかもわからない不可思議な力。表には存在しないような、冗談ともいえる魔法の話。

 叔父がなぜそれを言うのかなんて、わかっていた。十と幼い立場であっても、私は王太子であり、その機密を担うように徹底的に教えられてきた。

 目を瞑って諳んじられるほど叩き込まれた韻文が喉をせり上がってくる。バカげたことだと思いながらも、習性のように染みついてしまった。


「……悟らせるな。秘匿せよ」


 私が答えると、叔父はゆっくりと頷いた。続きを顎先で促されたので、続けて言葉を紡ぐ。


「干渉するな。庇護せよ」

「陛下の代だろうと思ったが、お前の代にも降りかかろうとはな。第一、平和すぎたんだ。奇妙過ぎるほどに」

「貴族の数は変わらないのに、領地持ちが少ないというのもそうでしょうか」

「位もな。公爵位が一つ、辺境伯位が二つは少なすぎる。爵位変更の記録すら残ってない」


 そう教えられたが、私が学び始めた時にはすでにそうだった。おかしさの実感はない。それでも感じるうすら寒い違和感に指先を無意識に動かして擦り合わせた。

 叔父が小さく「ああ」と言って、思い出すように話を継ぐ。


「宙ぶらりんの手つかずの領地や王領が多いのも、そうだろう。先代までは元気に隣国は侵略しようとしていたにも関わらず、急に何もなくなった。納得できる背景はあったが……」


 まるで何か、()()()()()()()()()()()()()()()

 言葉にしなくても同様に思ったのだろう。叔父は考えを中断するみたいに頭を掻いた。


「ライヴァニル、お前には悪いと思っている。物心がつく前に、隣国の姫と婚約させてしまった」

「それは別に。私は苦だと思っていません。かの姫は真実素敵な女の子ですし……義務を果たすのは当然のことです」


 ふう、と叔父は息を吐いた。私を一瞥して、それから視線を逸らす。

 けれどすぐにハッとしたように訂正してきた。真面目な口調だ。


「待て。馬鹿を言え。リリネットほど素敵な女性はいないだろう。彼女はそう、一輪の花、この世の光、俺が見つけた真実の人だ」

「叔父上がひどい年下趣味だと思いたくありませんでした」

「誤解を招く言い方をするな」

「事実でしょう」


 毒を混ぜて返す。それくらいはいいだろう。

 この叔父は私が生まれて物心ついた途端、役目を降りようとして父含め城のものから盛大に怒られた過去がある。年が近いからと交流せよと命じられて連れまわされて、割を食ったことは一度や二度ではない。

 そんな叔父は、公爵家のリリネットと会った瞬間、光に目を眩んだ亡者のようにふらふらと傾倒しだした。

 まさかこれも何らかの影響かと勘ぐったが、どうやら違った。作りものとか策略とか一切そういうことはなかった。煩わしい反王派閥の仕業でもなかった。

 年齢的にどうなのだと激しく思うが、当のリリネットが叔父を悪いように思っていないのは救いだと思えた。


「叔父上、側近候補はこのまま。爵位は繰り上げでいいでしょうか」

「いいのではないか。お前の裁量で出来る範囲なら」

「ではそうしましょう。ベルサークは私も気に入っていたので。それに、グラシュープ伯爵家と縁づくならそれなりの格が必要だ」


 窓の外へと視線を向ける。二階にある部屋からは、階下の様子がよく見えた。ちょうど噂のグラシュープ伯爵家が帰るところのようだ。

 無理やりカシュロと母親に腕を引かれながらも、足を踏ん張って必死に身をよじる幼い女の子が見える。あれが例の騒ぎを起こしたシグエスネッタなのだろう。


「格だけじゃ足りなさそうな気がしてきました。大丈夫かな、あれ……」

「幸い、土地は余っているからな。おお、本当に元気がいいな」


 貴族の子女、それも高位の者がするような様子ではない。規格外すぎる。

 そんな珍奇な生物(シグエスネッタ)に、リリネットが駆け寄っている。仲がいいのは本当らしい。

 やがて馬車はシグエスネッタを乗せて出発した。リリネットと役目を終えて戻ったカシュロが揃って見送っている。その姿を眺めて、息を吐いた。


「はあ……何事もなく終わるとよいですが」


 少なくとも、私が王位についたときに困るような事態にならないといい。隣国の姫君は優しく穏やかだから驚かせてしまうだろう。

 そんな祈るような気持ちを見透かしたように、叔父は鼻で笑った。


「退屈はしなくなるだろうさ」


 なんとも嫌な気持ちにさせる皮肉つきで。



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