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2.ガーデンパーティー再リベンジ


 今回は口惜しいですが、リリネットお姉様との時間を減らしたことで王太子殿下に邪魔されることはきっとないはず。

 カシュロお兄様のところにノールが挨拶にくるのはわかっているのです。そこを見張っていれば間違いありません。

 一人でお茶をしていては、周囲が放っておいてくれませんからね。その点、ウィニーやペペルがいれば周囲の目は十分に緩和されます。


「あの、シグ様。このあたりは男の人が多いのでは」

「そうかしら。わたくし、このあたりのお花が見たいの」

「可愛いですよねえ。わたしも好きです」


 わたくしの言葉に、ペペルが同意する。

 今回のわたくしが選んだガーデンテーブルは、前回のガーデンテーブルよりも簡素。ですが、その代わりに整えられた植木と花びらが愛らしい大輪の花が多くて華やかさは負けていません。

 小走りに行けば届くくらいの位置に、カシュロお兄様たちがいるのもいいですわね。

 問題があるとすれば、カシュロお兄様が何をしでかすんだという眼差しを向けてくることですが。

 わたくしの何が問題あるとでもいうのかしら。わたくしは今回も完ぺきな淑女でしてよ。

 そうよね、とウィニーとペペルを見つめてみる。ウィニーは怪訝そうに、ペペルはほにゃほにゃと微笑んだ。変わりないわね。よし、今回も完ぺき淑女です。


「それよりウィニー。わたくしのお姉様たちが関わる地方について知りたいの。お婆様から聞いていないかしら」

「はい、聞いております。ケーン男爵領の近くにはそういった地方貴族が多いですので」

「そうなのよね。それで、エルマイン子爵領はどうかしら?」

「はあ……ええと、私のケーン男爵領よりは立派ですが、シグ様が気にするほどでは」

「そこにはご子息もいらっしゃるのよね?」

「あっ、それもご存知なのですね。さすがです、シグ様」


 分家の情報にも精通されているとは、と思われましたわね、これ。まあ悪くはないでしょう。勉強できるのですと示しておいて損はありません。特にウィニーに対しては。


「長男のベルサーク様は優秀で、次男のノエルク様は変わり者と聞いております。あいにく、私は交流していないのですが……父が言うには、夢見がちだとか」

「まあ。カシュロお兄様もそうよ。そのような方なのでしょう」

「シグさまはおとなっぽくて素敵です」


 ペペルの誉め言葉に、そうでしょうと胸を張っておく。

 胸に飾っていたチェーン付きの懐中時計が揺れる。もうすぐだわ。期待にそっと撫でてみる。ざらりとした感触がわたくしの決意を新たにさせる気がした。


「不思議な言葉も話されるそうですが、よくわかりかねます。あまりこうしたところに出ないとも聞きました」

「そうですの」


 なるほど。

 つまり、ノールの良さに気づいているのはわたくしだけね。

 良くってよ。満足しましたわ。ああ、すっきりとした味わいの紅茶が美味しいこと!

 たわいもない話で時間を消費しているのも束の間。


 そして、時は来ました。


 カシュロお兄様のところに、地方貴族の子たちが集まり出す。

 王都近辺の有力貴族の挨拶が終わったのでしょう。前の時に悔しくて見ているだけだった人並みが近くを歩いていく。

 その中で。


「……いいか、ノエルク。私が代表として挨拶をする。お前は大人しくしているだけでいい。大丈夫だな」

「わかっているよ。大丈夫だ、兄さん」


 高圧的というより、心配の情が透ける変声期前の声。ノールに語り掛ける少年は、おどおどとした様子の弟を思う兄そのもの。

 あれが兄のベルサーク・エルマイン。わたくしの将来のお義兄様ですわね。

 ノールの暗い茶髪と比べると少し明るく見える色合いの髪。目の色は同じ深緑。顔立ちから感じる印象は男版ウィニーみたいで、とても真面目そう。案外気が合うかもしれませんわね。

 わたくしの目線に気づいたのでしょう。ウィニーがそっと囁いた。


「エルマイン子爵家のご子息です」

「ありがとう、ウィニー」

「背が高いのね」


 ペペル、いいところに目がつきましたわね。

 ノールはわたくしの二歳上ながら、この年の男の子の割に背が高いのです。

 エルマイン兄弟がカシュロお兄様に挨拶しているのを、じっと見守る。

 カシュロお兄様の取り巻きが対応している。だからカシュロお兄様はあまり覚えていなかったのね。まったく、駄目駄目ですこと。

 しばらく待てば、お辞儀をして二人は派閥の集まりから離れた。

 今です! 今が好機!


「あーっと! お気に入りのハンカチがーッ!」


 見事な演技を披露しながら、ドレスに隠し持っていたハンカチを取り出す。お茶と一緒に用意されたお菓子を数個包み、振りかぶる。

 わたくしの腕前が唸りますわ! そこです!


「飛んでいきましたわー!」


 ぶん、と思い切り投げる。

 以前の反省から、今回も目覚めてから体を鍛え始めた成果がでた。望みどおりに素早く飛ぶ。


「し、シグ様!?」

「わあ、おじょうず」


 小さなレディ二人の反応はさておき。わたくしは、ハンカチが飛ぶと同時に小走りで駆け出した。

 ハンカチは、ノールの足元に寸分違わず飛んで落ちた。

 足が止まり、ノールがこちらを振り返る。それから屈んでハンカチを拾おうとして、ベルサークお義兄様に止められた。


「馬鹿、ノエルク。高位貴族のハンカチだぞ、わからないのか。触れずに下がるんだ」

「あ、うん。わかった」


 ノールの手が止まる。そのまま離れようとしてしまう。

 させてなるものですか!


「まあっ! わたくしのハンカチ! 拾って、くださった、のね!」


 声を張り上げて、立ち上がりかけた状態のノールの元へ滑りこむ。周囲が一瞬ざわめきましたが、些細なことですわ。


「あなた、ありがとう!」


 ハンカチを先に拾い上げ、ノールの手をがっしりと掴む。ぎょっと目を剥く周りの姿が見えても気にしない。ノールも同じような顔をしているのは、ともかく。

 そのまま感謝を伝えるふりをして、ノールに向かって囁いた。


「祖父の懐中時計。宝物箱……」


 ノールがハッとしてわたくしを見た。それから、何か思い出しそうにして、呻き声を出した。

 でも、ううん? 思ったよりも反応しませんわね。まだ足りないのかしら。

 それなら。


「バグ。ええと、でばっぐ、あいでぃー」


 前にノールが言っていた、不可思議な言葉を思い出しながら呟いてみる。

 すると、ノールの顔色が明らかに変わった。そして、言葉を探そうとして、急に苦しみだした。


「ノエルク? ノエルク!」


 慌てたベルサークお義兄様を視線で制して、ノールを抱きしめる。もごもご暴れるノールは、身をどんどん屈めてうずくまる。


「おい、どうしたんだ。大丈夫か」


 とうとうカシュロお兄様までやってきた。ええい、もう! 邪魔者ばかり!


「この方、わたくしに魅力を感じすぎてこうなったんだわ。運命です!」

「またシグが変なこと言ってる。悪いな、あーええと、エルマイン子息。こういう子でさ」


 公爵家長男であるカシュロお兄様まで来たために、侍従がやってきてしまう。

 ノールの意識はまだ戻らない、歯ぎしりしながらふうふうと荒い息をこぼしている。人前だからずいぶんと堪えているけれど、確かに重症そうに見える。鼻血もまた出ているから余計に。

 わたくしのドレスもノールの血で汚れてしまった。でも、いいわ。使えるのですから。これを機に婚約まで持ちこんでみせますわ。


「あ……ぐ、うぅ、きみは」


 頭痛がひどいのでしょう。ノールの深緑の瞳がうるんでいる。綺麗ねと眺めたいところですが、名乗りを求められたならせねばなりません。


「わたくしはシグ。シグエスネッタ・グラシュープ! あなたと結婚する女ですわ」

「シグ、ほどほどにしとけよ。ほら、離れろよ」

「なんですの、カシュロお兄様! わたくし離れませんわよ! これからがいいところですのよっ」


 引きはがされそうになる。咄嗟に、ノールへさらに抱き着く。熱い体はくっつくとバクバクと異様な心音を放っている。

 けれど、そのままぐいぐい引っ張られる。


「ああもう、そいつごとでいいから! 場所移すぞ! ほら、姉上も見に来ちゃうだろ!」

「まあ。それなら仕方ありませんわね。さ、ノール、行きますわよ」


 そう言うと、途端引っ張られなくなった。体からカシュロお兄様の腕を外して、ノールの腕を引っ張る。

 痛みはやっと収まったらしい。ノールの汗ばんだ手が、わたくしの引っ張る腕に添えられた。


「ねえ、君……どこも痛くない?」


 思い出して初めての言葉が、そうなのね。

 ああ、さすが私が見込んだ人! 他者に優しい人徳は、尊く、愛でるべきことですわ!

 返事の代わりにまたぎゅっと抱きつく。そろりと遠慮がちに肩を撫でる手がノールの性格を思わせる。

 ほんの少しの間、抱擁を堪能してから、そのままノールの手を引いて歩き出した。


「こっちだ。行くぞ」


 行き先はカシュロお兄様が手配してくれたみたい。

 取り敢えず、空いている公爵家のお部屋を借りられるのでしょう。ガーデンパーティーの会場から離れて、公爵家の居城に続く道へとカシュロお兄様たちは入っていった。

 その後を使用人たちに案内されながら、ノールと歩く。先立って行くカシュロお兄様もだけど、後ろから慌ててやってきた家族の視線も刺さるようですわね。

 ウィニーたちが呼んだのかしら。

 ちら、と後ろを確認したノールがわたくしに視線を戻して呟く。


「毎回、心臓がもたない」


 あらまあ。ドキドキするってこと?

 それはノールもわたくしを思っているからでは?

 にっこにこでノールを見れば、曖昧な慈しみのこもった視線をもらった。

 なんですの、言葉にしないと伝わらないこともあるのですよ。繋げた手をぶんぶん振ると、やめなさいというかのようにそっと抑えられた。


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