第11話 王位継承権の剥奪
その日、アーガイムはホテルギャザリックのスィートルームで、オンデス公女アイネと密会しているところに踏み込んできた近衛騎士の手により、身柄を拘束された。
「なにをする!? 俺は第二王子だ! 貴様ら、気でも狂ったのか?」
「殿下、お静かに願います。国王陛下のご命令でございます」
「――なっ、父上の……」
王国の最高権力者であり仕える主が下した命令と知り、アーガイムは抵抗をやめた。
自分がどれだけ有力な特権地位にあっても、国王がそうしろと命じれば従わなければならない。
それが貴族であり、従者というものだ。
文句があるならさっさと縁を切って新たな主君を探せばいい貴族と違い、アーガイムは王族だ。
おいそれと主君を乗り越えるわけにもいかない。
「王宮へとお戻りいただけますでしょうか? 拒絶されると強制的に連行して良いとの貴族連盟からの通達もでておりますので――」
「貴族連盟!? なぜやつらが出てくる。盟主のトロボルノ侯爵は王権制約派の筆頭ではないか? なぜ、父上が声を挙げられない!」
「殿下。いえ、アーガイム様。お覚悟をお決めください」
「お前……近衛の分際で敬意を表することを忘れたのか。誰を主だと心得ている」
「残念ながら――殿下の王位継承権が議会決定により剥奪と相成りました。殿下といまお呼びさせていただいているのは、これまでの忠誠によるものです。お覚悟を……」
近衛は王室とそこに関わる関係者の警護を主な任務としている。
王室関連の犯罪行為に関して逮捕権を持つ彼らが、一般貴族の団体である貴族連盟からの指令によって動くことはありえず、アーガイムにとって今の言動は常識に無いものだった。
それは貴族であるアイネにとっても同じことだ。
彼女は非常識だと声を上げた。
「いい加減になさい、お前達、不敬にもほどがあるわよ! この御方をどなただと考えているの!」
「第二王子――だった方でございます。アイネ様」
「だった――っ!?」
近衛の返事にアイネは絶句した。
王位継承権剥奪になるからといって、王族である証が消えたわけではない。
第二王子という地位は安定的なもので、王族追放でもされない限り半永続的に記録にも残り続ける。
それがだった、とはどういうことなのか。
「もういい、アイネ。お前は黙っていろ」
「しかし、殿下!」
「うるさい。俺が話しているのだ。おい、答えろ。陛下――父上はどのようなご意向なのだ」
「陛下が貴族連盟の議会による決議を承認されたために、このような状況になっております。つまり、アーガイム様、あなた様は王族から籍を一時的に外された形になっているのです」
「そうか……父上がそう望まれたのであれば、仕方ない……」
と、アーガイムは悔しそうに唇を噛み首を視線を足元に向ける。
応接室で語らっていた二人は私服姿だったことが幸いし、近衛騎士たちが踏み込んできても、困るような格好はしていなかった。
これが寝室で楽しんでいた時だと思うと恥ずかしさで死にたくなっただろう。
顔を背け悔しそうに現実をかみしめるアーガイムの無念をアイネは理解できる。
特権階級である王族という地位をいきなり奪われてしまったのだから。
愛する婚約者の怒りは悲痛なほどに実感できた。
「殿下……アーガイム様」
「いまはその敬称は不要だ、アイネ。俺は父上に謁見を申し出て、仔細を確認してくる。おまえはここで待て」
「いえ、それには及びません」
「なんだと!? 貴様らは俺を連れ戻しにきただけだろうが?」
近衛が恭しく腰を折り、胸の前で腕を添える。
彼らは一時的に王族から籍を抜かれた上でも、王子に対する礼節を忘れていない。
アイネはさすが名だたる近衛騎士だ、と思った。
しかし、それには及ばないとはどういうことなのか。
国王陛下は愛息子の存在すら無視ほどに怒りをたたえているのか。
それとも、アーガイムが側に近づくと王位すらも危ういほどの問題を孕んでいるのか。
アイネには予想がつかない。
その答えは近衛騎士が出してくれた。
「アーガイム様と同様にニーシャ様も王位継承権を剥奪され王族に等しい権利を封じられております。これもすべて学院の問題が背景に――、ここまでお伝えすれば賢明なご判断をしていただけるかと……」
「学院? ニーシャと俺に関しての問題がどこにある? 婚約破棄はあいつも侯爵家を代理して承諾した問題だ」
「しかし、その後に行方不明になられております。現場にはニーシャ様の――トロボルノ侯爵令嬢がのこしたと思われる大量の血痕も遺っておりますので」
「‥‥‥婚約破棄はうわべの話か」
「その件にはお答えしたかねます。ただ、我々はアーガイム様の一命をお守りするのが任務でありますれば」
「俺の守護だと? 近衛は王族を守るのが役割だろうが」
と、王族から籍を一時的にとはいえ抜かれたアーガイムは冷笑を帯びる。
アイネもまた同じように皮肉交じりの嘲笑を浮かべた。
二人の唇が同じようにうっすらと片頬をあげている。
十人ほどいる近衛たちはこの皮肉を気にすることもなく、ただ冷徹に任務に忠実だった。
「お命が気にかからないというのであれば、我らはこの部屋の扉の外から出入りする者を監視しろ、とだけ命じられております。その際、室内でどのような不祥事が発生しようとも、関与するなとも命じられております」
「‥‥‥っ」
「貴族連盟では王立学院におけるとある霊薬の出自とその経路について、アーガイム様の供述を待っておりますが――いかがなさいますか」
「霊薬……だと!? 知らん、俺はなにも知らん! お前たちはその扉の向こうでただ、侵入しようとする者を排除すれば良いではないか!」
「では――かしこまりました。アーガイム様の同意を得たということで、これ以上の関与は控えさせていただきます。ああ、そう。オンデス公女様」
「なによ? 私もどこかに幽閉するつもりなの? アーガイム様、なんとか言ってやってくださいまし!」
ミネアは外に出ろ、と手振りで扉を示した近衛騎士を見てアーガイムに助けを求める。
だが、彼は双方を見比べて静かに首を横に振る。
「公爵閣下から戻るように命令がでている。ということでいいのか?」
「さようでございます。ミネア様はお屋敷まで送り届ける手筈となっておりますので。どうかこちらに――」
「そんな! 殿下!?」
「いけ、ミネア。俺といればお前が危うい。議会での発言が終われば、また王族に戻れる。俺が迎えに行くまで屋敷待っていろ。良いな? これは婚約者としての願いだ。わかるな?」
「はい……アーガイム様」
近衛騎士が一人進み出てミネアの背に手を添えて室外へと案内する。
腕の中に残る彼女の温もりを感じながら、アーガイムは「それで、どうする?」と質問する。
アーガイムを屋外から見えないようにと彼らは気を配っていた。
このまま、ホテルギャザリックで護衛をするのか。
それとも、王宮へと戻るのか。
その予定次第ではこれから先に待つ危険度も段違いに変わってくる。
「ホテルの転送ポータルを利用して王宮へとご案内いたします。どうぞ」
「ほう……王族から追放された俺を城に入れるというのか? 本当に護衛をするつもりでいるのか、お前たちは」
「陛下のご命令です。向かう先は北の塔」
「――北っ、だと!? それでは俺は罪人ではないか!」
王宮のはずれにある北の塔。
そこは犯を犯し服役をすることが決まった王族が送られる、特別な監獄である。
王室にも裁判所はある。
何事も国王の気分でものごとが決まっていた古代とは違うのだ。
現代は王政ではあるものの王室は王室法典という特別な法律があり、その規範に違反した王族が王立法廷によって起訴され、刑を言い渡されるのである。
つまり、アーガイムの処遇は異例中の異例、ということになる。
しかも――。
「アーガイム様は王族を追放された身ですから、塔の地下にて幽閉と相成ります」
「待て! 行かないとは言わない。だが、教えろ。一般市民になったというなら、王国法が適用されるはずだ! 意味もなく投獄などと、前時代的な――」
「……お忘れですか、アーガイム様」
「なにをだ!?」
「ニーシャ様も王位継承権をお持ちでした。まだ王位継承権がはく奪となる前に、あのお方は命の危険にさらされたのです。原因は学院内で生徒会が主犯となっておこなった違法霊薬の販売と、密売組織スカーレットハンズとの間に起こった金銭トラブルであったことまでは、調べがついております」
「まさか――王室反逆罪を問うというのか。その時点ではまだ王族だったこの俺に?」
アーガイムは意表を突かれたようにソファーにおろした腰を浮かせたまま、顔を引きつらせた。
それならばどこの時点で自分の王位継承権ははく奪されたのか。
脳裏で思考が高速回転し、ひとつの答えを導き出す。
真実に思い至った彼に諭すように、近衛騎士が言った。
「公衆の面前での婚約破棄など、体面を重んじる貴族としてあるまじき行為。トロボルノ侯爵家の面子はあれにて丸つぶしとなり、貴族連盟議会は王室の権利を制限するようと訴えを起こしました」
「陛下は王権の維持のために要求を呑まれたのか。俺を切り捨てて――」
「あなた様の王位継承権は、ニーシャ様に婚約破棄を要求した時点ではく奪されたことになっております。お覚悟を――」
もう、逃げ場はない。
アーガイムはそう悟った。
そして、ニーシャがまだ捜索途中であることも。
彼女が無事に保護されてトロボルノ侯爵の元に戻っていたなら、議会で王権を規制するという案を提出するよりももっと効率的な方法――王室を相手取って損害賠償を請求したに違いないのだ。
「あれは無事なのか」
「あなた様にはもう関係がないことです。参りましょう」
慇懃無礼な対応で近衛騎士はアーガイムの両側に立ち、彼を立ち上がらせる。
その時だった。
近衛騎士の一人がアーガイムの後方、テラスの一角に黒猫に気づいたのは。
猫は背を丸めて片手をなめ、毛づくろいしているように見えた。
けれども何かが違う。
黒猫が顔をもたげるとそこには殺意のこもった視線があった。
近衛騎士の視線と黒猫の視線が交錯し、騎士は本能的に身を前のめりにしてアーガイムをかばう。
だが、ほんの数舜の差で猫のほうが早かった。
きらめく短刀がどこからともなく空中に現れたかと思うと、護衛たちの隙を突いてアーガイムの左胸を辛い抜いたのだ。
「殿下――!」
「アーガイム様!」
警護たちの悲痛な叫びを耳にしながらアーガイムはぐぶっ、と口元から熱いものを吐く。
それが体内からあふれ出た血だということに気づく間もなく、彼の意識は暗転しどこかに消えてしまった。
近衛騎士が黒猫を確保しようとテラスに飛び出た時にはもう猫の姿はない。
アーガイムは薄れ行く意識の底で「裏切り者は死ねばいいんだよ……」と皮肉めいた口調で語るバッカニアの声を聞いた気がした。




