8日目の月曜日
スマホがアラームを鳴らすより先に目を覚ました
机の上のノートパソコンは広げっぱなしでメモ用紙も散らかっている
ノートパソコンを閉じてメモ用紙は捨ててしまおうと思ったがごみ袋がないことに気づきそのまま机の上にまとめて置いておく
窓を開け空気を入れ替える
日が昇り始めていて気温は少し肌寒いくらいだ
ぬるいままの缶コーヒーを空けると一口飲む
新生活というには物足りないようなけだるい始まりだ――それが早くも日常なのかもしれないとうれしくも思う
いつもより念入りに髭を剃り普段はあまり使うことのない整髪料で髪を整える
最初くらいはとクリーニングのタグが付いたままのスーツとYシャツを取り出し着替える
無難な色のネクタイを締め鏡で無難な印象になっていることを確認した
そういえば隣人への挨拶もしていないから帰りがけに何か菓子折りでも買ってこなくてはと思い今日一日のイメージをする
定時までかかったとしても帰りがけにスーパーに十分によれるだろう
その後は冷蔵庫とコンロが来るからまたもや汗だくになりそうだなとわくわくする
カギを閉め駅へ向かい歩きだす
「おはよう」と小さい子たちが嬉しそうに挨拶している
「おはようございます」とつられて母親同士の会話が始まる
鳥たちが電線の上に並んでいる
木々が少し揺れる
新しい町での新しい生活が始まった
塀の上で猫が器用に寝ている
とても気持ちよさそうだ
そういえば気温がちょうどいいところまでは上がったようだ
今日はスーツだしそこまで上がってほしくはないなと思いながら歩き続ける
年配の男性が掃除をしている
マンションの上位階では洗濯物を主婦が干している
この町で暮らす人たちにはどのような日常があるのだろう?
そしてこの町で僕はどのような日常を描いていけばいいのだろう
案外に変わりゆくことは少なくとも気持ちに小さな変化があればそれが大きな変化へつながっていくのかもしれない
駅へ着く
ラッシュ時刻の光景はあまり変わらないが僕も今後はここから始まっていくのだろう
ホームに列車が入ってくる
混雑がすごいことに驚き列車が続いていることにも驚きながら1本見送り次の列車に乗ることにした
この分だと通勤時間の読書は難しくなるかもしれないがそれこそスマホで電子書籍が読める時代だ
少しばかりの変化を楽しんでいけばいいのかもしれない
予定通りにB社がある最寄駅へ到着する
スマホで地図を確認して歩きだす
出口を間違えなければ5分くらいで到着するはずだ
「あれ?おはようございます」と声をかけられた
振り返れば同期がビジネスを始めると打ち明けてきた席にいた女性の一人が立っている
「どうしたんですか?」と聞かれたので
「今日からB社に出向してそのまま入社する予定です」というと
「よかった!実は私もそうなんです」と言われた
「ところで道分かりますか?」と立て続けに聞かれたので
「ここから5分くらいみたいですよスマホで地図も確認できたしたぶん大丈夫です」
「一緒に行きましょう」と並んで歩きだす
ほどなくしてB社にたどり着くと目の前に主任が立っていた
「おはようございます」と言うと
「ちゃんと来てくれたか!」とこちらも嬉しそうだ
「まさか主任も出向ですか」と聞くと
「そうだよ」とあっけなく言われた
それなりにうまくやってきたわけだし心強く感じる
「久しぶりだね」と一緒にいた女性にも声をかけている
どうやら顔見知りのようだ
結局出向から入社するのはその3人だけのようで僕らは会議室に通されしばらく待っていてほしいと言われる
新入社員の時のようなわくわく感ではないが知り合いがいて新しい世界に飛び込む
経験を活かすことも考えなければならない
若かった時よりも落ち着きは出たのかもしれないがその時よりも温度を持ったわくわく感であることに思わず笑いそうになる
「お待たせしました」と柔和な表情で年配の男性が入ってきた
「3人を配属する部署の部長をやっています」と物腰柔らかく自己紹介をしてきた
雑談から入り部長は「当時は日本経済に勢いがあり僕みたいないんちきでも出世できたもんで……」と苦笑しながら話始め今後の予定等についてを説明してくれた
その後は人事部の少し若い男性と入れ替わり勤務体系について説明してくれたりと本当にオリエンテーションで終わりそうな一日だった
説明すべき事項が全て終わったようで再び部長が入ってくる
「それでは少しだけ社内を案内しますね」と建物内を1周ほど案内してくれて明日からは部署に直接出勤してくださいとその日は締められた
帰りには自然と3人で歩いていた
「どこか寄っていく?」と聞かれたので
「今日は引っ越し先の隣人への挨拶と夜に冷蔵庫が届くのであまり遅くまではご一緒できませんが」と切り出すと
「私もお茶くらいならばいいですよ」と続く
駅前のカフェに入り雑談をする
主任と言えどもどこか浮ついていてそれがプレッシャーによるものなのか僕と同じようにわくわくしているからなのかあるいはその両方なのかはわからないがそれでも僕には楽しそうに見えた
雑談も一区切り付きそろそろ帰ろうかという時に
「そうだ!連絡先教えてくれませんか?」と女性に言われた
嬉しそうに訪ねてくる姿に君を思い出す
そしてあの頃とは違い「それはこちらも助かります」と嬉しそうに答えた上で
「格安スマホにしたからEメールアドレスがないんですけどね」と付け足すと
「LINEでよくないですか?」と笑っている
そういえばアプリこそ入れたが交換の仕方がわからないというとやはり笑いながら丁寧に教えてくれた
途中の乗換駅で2人が降りてしまい1人になる
小説でも読もうかとカバンに手を入れたがやめてスマホを取り出した
彼女は経理部あたりにいたはずだから職種転換もしたことになる
「このような形ですがまたお会いできてうれしく思います今後もよろしくお願いします」となれないフリック入力で打ち込み送信した
すぐに「こちらこそよろしくお願いします」の返信とかわいらしい猫のスタンプが送られてきた
最寄駅へ到着する
スーパーに入ればまだ混雑はしていない
夕飯と菓子折りをカゴに入れ精算する
部屋へ戻るとスーパーの袋をごみ袋にして机の上のメモ用紙を破って捨てた
夕方になり隣人を訪ねると意外にもすぐに出てきてくれて簡単なあいさつを済ませる
右側は優しそうな男性で左側は少しのんびりした印象の女性だった
そしてガスの開通が今日であったことはすっかり忘れていて何をするでもなく立ち会って終わった
夜になり予定より少し早い時刻に冷蔵庫とガスコンロが届く
それらを設置して問題なく使えることを確認した
明日からはいよいよ新生活がフル稼働するんだなと――もしかした初めての時以上にわくわくしていたかもしれない
一通りの予定が終わる
思った以上に疲れていたのかシャワーを浴びてベッドへ入るとすぐに眠りについていた