走りゾンビを完全否定した終末の巨匠(1)
早朝、ふとキースが目を覚ますと、砂利を踏みつけながらこちらに向かってくる者がいる。
キースはなんとか身を起こそうとするものの、思うように動けず砂利の音は目の前に迫った。
目の前の木造の建物から、小柄なおかっぱ頭の少女が現れる。
巫女装束姿の弥子はおっかなびっくりしたあと、さらに目を見開いてさけぶ。
「……キースくんっっ!? なんでこんなところに!?」
キースは急いで人差し指を口元まで持っていき、「シーッ!」とかすれた声をあげた。
「さわぐんじゃない!
お前の親まで目を覚ましたら大変なことになる! このことはだまってろ!」
「……なんかあったの?」
普段では想像のつかない、いぶかしむような視線を向けてくる。
この女にこんな顔ができるとは。
「詮索するな。あと、間違っても新介たちには連絡とるなよ?」
「なんで? 理由があるんなら、みんなで相談し合ったほうがいいじゃない」
「……いいからだまってろよ」
まだうたぐりぶかげな弥子に、キースは思い切りにらみをきかす。
相手はとたんにおびえる表情になった。さすがにバツが悪くなった。
「悪いな。でもあまり新介たちには根掘り葉掘り聞かれたくなんかない。
もう少し、おれをここに置かせてくれ。頼む」
弥子は泣きそうな顔をしながらもうなずいた。
そしてきびすを返すようにこそこそとその場を去っていく。
「……うぅ~。これだからこの人って苦手なんだよぉ~」
小さな声が聞こえてきたので、キースは鼻で笑った。これで大丈夫だろう。
現れたのが臆病な少女でよかった。
これがもし他の仲間たちだったら、キースに容赦することなく皆に連絡を取るだろう。
弥子に感謝するとともになんとも言いがたい気持ちになりながら、キースはもたれかかる神社の木の壁に全身をあずけた。
翌日になり、おれたちは再び街に繰り出すことになった。
が、ここで不穏な事態が。
「え~っ!?
あたしたち、今夜は沙耶んちに泊まっちゃいけないのぉ~っ!?」
ミノンちゃん、ヒャッパ、影乃の3人がふてくされた顔をしている。
沙耶は腕を組みながらつっけんどんと返す。
「みんなはタタミと違ってご両親と仲がいいでしょう?
ダメよ、せっかくの里帰りなんだからきちんと顔を見せないと」
「「「えぇ~~~~~!?」」」
3人そろってダダをこねだす。子供か。
「いーいーかーらっっ!
あんたたちはまずちゃんと家に帰って家族と顔を合わせる!
大丈夫、新介はあんたたちが見ても面白くもなんともない場所に連れてくから!」
「タタミちゃん、自分は親とケンカしてるだけなんだから偉そうなこと言わない!」
まったく自分のことを棚に上げてなんなんだ。
と言うわけで、わりかし家が近い影乃は途中の駅で、ヒャッパは中央駅、ミノンちゃんは弥子ちゃんと家が近いと言うことで街中で別れた。
「それにしてもあの2人、前からの親友だったんだな。どおりで仲がいいわけだ」
「とは言っても中学からだけどね。慣れたもんでしょ」
自慢げに言うタタミちゃんだが、おれはいぶかむ目を向ける。
「で? 今日はどこに連れてく気なんだ?
みんながいてもあまり楽しくない場所ってなんなんだよ?」
「んーとねー。実のところ、まったく考えてない!」
おれはコケそうになった。「なんなんだよそれ!」
タタミちゃんはふくれっ面で頭の後ろで手を組む。
「だってさー。新介から見てめずらしい光景って、本人じゃないとわかんないじゃん。
ほら、あれみたいな。日本人には普通でも外国人がビックリするって奴」
「ん、まあ。気になることは、あるかな」
おれはまず、大勢の人が行きかう階段を指差した。
「街の中央って、基本エスカレーターとかないよね? やっぱり健康だから?」
「ああそうか。死霊族って基本歩いて疲れるとかないからね。
エスカレーターって向こうに行って初めて知ったから、乗り方がさっぱりわからなくて迷惑かけたことある」
「タタミちゃん、そんなんでよく人間界に来れたな」
タタミちゃんは照れ笑いを浮かべながら行った。
「同伴つきで、忍術の先輩とね。
そもそもアタシが人間界に繰り出せるようになったのって、将来くのいちとしていつでももぐりこめるための特訓なんだけどね」
「へえ、大変なんだな」
「こっちとしては助かったけどね。
おかげで入学する前から原宿に繰り出せるようになりました!」
そう言って笑うのだが、ふとその表情に複雑な変化が混じった。
おれはすかさず、
「タタミちゃん、最初会ったとき、人間の世界にあこがれてるって言ってたでしょ……
あれってウソだったんでしょ?」
それを言われ、タタミちゃんは突然ギクッと気まずい顔をした。
そして、がっくりと肩を落とす。
「ああもう、新介には隠し事できないなぁ。
そうだよ、人間界に何度も足を運んで、ガッカリさせられたこと何度もあるよ……」
落ち込む彼女を見て、おれは足元を見まわした。
「この街、建物はくたびれてるけど、ゴミとかはあんまし落ちてないんだよな」
これには沙耶のほうがうなずく。
「死霊族は、基本礼儀正しいから。
寿命が長い分、心に余裕があるからかしら」
「心に余裕、か。
たった数十年の一生じゃ、ゆとりのある生き方なんてできないのかな。
だからみんな生き急いで、細かいところに目が息届かなくなるのかもしれない」
「新介君も、そういう人間なのかしら?」
気がつけば、2人はどこか不安げにおれを見ている。
急に恥ずかしくなって目を伏せた。
「おれは、それでも余裕を失っちゃいけないと思う。
人生の時間をムダにはできないけど、だからってがむしゃらに突き進んじゃダメだ。
たとえ残された時間がわずかでも、今やれることを、あせらず着実にやってくしかない。
おれはそう思う」
「そう! それだよ!」突然タタミちゃんがおれを指差した。
おれも自分を指す。
「アタシがすげえなって思うのは、新介のそういうところだと思う。
寿命の短い新介が、それでもじっくりと前を見すえてるところとか、ホントこいつどういう頭の構造してんだって思う。
新介みたいな奴がいるから、向こうの世界も捨てたもんじゃないなって思うよ!?」
「おい、そんなこと言うな。すっげえ恥ずかしい」
真っ赤な顔で手をあおっていると、沙耶もクスクス笑った。
「タタミもなかなか言うじゃない。
わたしも昨夜言ったけど、新介君、もうちょっとだけ自信を持つようにしたら?
あんまり調子に乗るとそれはそれで腹が立つけど」
ここで、タタミちゃんは眉をひそめて腰に手をやった。
「ああ! そう言えばあんた沙耶と2人っきりになってたっけ!?
ふざけんなよ! その時にどんな会話繰り広げてたんだよ!
アタシゃミイラとえんえん会話させられてたってのに、抜け駆けフザケんなよ!?」
「あら、わたしその時のことを言ってるわけじゃないわよ?
夜中に廊下で出くわして、その時にもいろいろお話させてもらったの。
あの晩は楽しかったわ」
「な、なななっ、なんぬ~~~~~~~~っっ!?」
拳をにぎってにらみつけるタタミちゃんと、挑発的な笑みで見返す沙耶。一触即発!
「ああっっ! ミイラで思いだしたっ! ちょっと話戻すんだけどさっ!」
「……2人ともわたしの祖先をミイラ呼ばわりするのやめてくれる?」
おれはジト目を向ける沙耶を無視し、ふたたび階段に目を向けた。
「歳をとっても、エスカレーターって必要ないわけ?
いくら死霊族でも、老化で足腰が弱るでしょ?」
タタミちゃんもさすがにミイラ発言は気まずいと思ったのか、あわてて会話に乗る。
「にゃははは。死霊族のシルバーもいちいち足腰なんか気にしないって。
ただ気にしなさ過ぎていきなり骨がポキッて折れることあるけどね」
「それはそれで怖いし不便だと思うなっ!」
「どうせ数分で元に戻るって。
でもってあんまり骨折の回数が多くなると、さすがに歳だなって家でおとなしくなる人が多いけどね。
たまにこりずに骨折しまくる人いるけど」
「な、なんつうバイタリティー……さすが心にゆとりがある死霊族」
気を取り直し、別の方向を指差した。
一面窓ガラスのビルでは上下に動くエレベーターが見える。
「あれ? でもあそこエレベーター動いてるよね?
エレベーターは必要なの?」
「階段は時間がかかるって。
さすがにエレベーターは必要っしょ。新介なに言ってんの?」
そう言って、タタミちゃんは小バカにしたような顔になる。なにげにひどい。
「うっ、じゃあ質問変えるけど、車の数は少ないよね?
移動手段は大丈夫なの?」
道路を見れば、行きかう車はおれでも知ってる車に混じり、博物館に飾ってありそうなレトロカーまである。
が、全体的に数は少ない。
そのせいか街には信号らしきものがなく、どの車もゆっくりと道を進んでいくしかないようだ。
「この街は基本、地下鉄や路面電車のようにインフラが整っているから。
ヨーロッパでは排ガス規制を整えて、街中の自動車の交通をシャットアウトしている都市もあると言うわ」
「沙耶はなにげに博識だな……
でも、急ぐことってあるでしょ? そんなときにいちいち地下鉄や路面電車使えないっしょ?」
「だったら、あれを使えばいいじゃん」
そう言ってタタミちゃんはなぜか上空を指差した。
ビルとビルの間を、なぜか巨大なエイが空中遊泳している。
上には2,3人の人を乗せていると見える。
「そう言えば、あれ昨日も見かけた気がするけど、なんなの?」
どうせ妖怪のたぐいだと思ってあまり気にしてなかったのだが……
「「一反木綿」」2人は声をそろえて言った。
「……はぁっっ!? あれがいったんもめん!?
どう見ても空を泳ぐエイにしか見えねえじゃねえかっ!」
「ええそうね。
新介君は知らないのだろうけど、妖怪の中には真実とまったく違って伝わっているものもいるのよ。
一反木綿は実際には空中を飛行することができるエイの姿をした生物ね。
他にも色々と伝えられているものとは全く別の姿をした妖怪がたくさんいるわ」
沙耶が言い終わったところで、タタミちゃんが一反木綿を指差した。
「昔地上に行った一反木綿は人をおそう危険な動物だけど、ちゃんとしつければ、ほらああやってタクシーとして利用できんのよ。
街の往来に左右されずに移動できるから、急いでる時も楽チン」
「まったく恐ろしいところだな、魔界ってのは……」
調子に乗っておれはさらに別の質問を繰り出す。
「あの、黒い服を着てる人はなんだ?」
指をさすと、似た服を着た2人組が、パンツ一丁でだらしなく暴れている男を引き連れている。
タタミちゃんはなんだか申し訳なさそうな顔で横目を向けた。
「ああ、あれ。『知的障害者保護局』。
ほら、うちのクラスにもいる変な行動ばっかしてる連中のことよ。
基本わけのわからない行動ばっかとるから、ああやって丁重に扱ってるわけ。
街を行きかうみんなの迷惑になったらまずいでしょ?」
「親はどうしてんだよ? ちゃんと目をかけてるのか?」
「その親が手を焼いてるからああなってんの。
あれでも一応死霊族なんだから、唐突に全力出したら危険でしょ? 基本保護局はその対応に追われてるわけ」
「そっか。
そういえば学校にいる時も、たまにああいう奴が突然飛びだしてきて危ない目にあうことあるよな。
2人ともああいう時相手にひどい仕打ちするのやめてくれない?」
ひどい時は手足をバラバラにされることがある。是非もない。
「ああでもしないと、奴ら暴れるのやめないんだからね!
いちおー新介のためを思ってやってんだからわかってよ!」
タタミちゃんはなぜか怒っている。沙耶もあまり納得していないようだ。
「まず、なにからなにまで面倒を見きれないうちの学校に籍を置くことから間違ってるのよ。
たしかに有力者の子息をむげに扱えないのはわかるけど、その結果が裏学生寮で適当に扱われるなんて、人権上問題にならないのかしら?」
たしかにむちゃくちゃなことをやってる。いくら相手が平気だからってあんまりだ。
「その有力者のひとつである狛田村家は、まさか同じことしてないよな……?」
すると沙耶はなぜかギクリとして、「やってない! やってないわよっ!?」とあわてふためく。
やってるんだな、と心の中で深いため息をついた。
突然、わずかながらに振動のようなものがひびいだ。
それはどんどん大きくなっている。
「……うわぁぁっ! なんじゃありゃぁぁぁっっ!」
ビルとビルの間から、それに引けを取らない巨大さをほこる何かが現れた。
どこか人の姿をしているが、全体的に黒い色をしている。
「妖怪、『デイタラボッチ』ね。
大丈夫、友好的な妖怪よ。おもに建設作業現場で働いているの。
でも道の往来の旅に大掛かりな警備が必要になるから、道行く人は大変ね」
「すげえな荒神市。
なにげに巨大妖怪が平気で道を歩いてやがる……」
言いつつ、ドン引きしながらゆっくり歩いていく巨人を見上げるのだった。




