(4)
ふたたびゴンドラで分家に向かう途中、おれはのんびりと眼下の家々をながめていた。
今でも千鶴さんの素敵な笑顔が頭に思い浮かぶ。
「なにボーッとしてんのかしら。
新介君、千鶴お姉さまにデレデレしすぎよ?」
「そんなことねえよ!
もしそうだったとしても、千鶴さん沙耶とうりふたつなんだから嫉妬なんかしなくてもいいじゃないか!」
「美貌はそうでも、性格はどうかしら。
お姉さま誰にでも人当たりがいいから」
「沙耶も面倒見がいいから気にすんなって!
そして自分で美貌って言うんじゃねー!」
ここで奇妙なことに気がついた。
一緒にゴンドラに乗る女中が、不思議そうな顔で沙耶をじっと見る。
沙耶も同じほうを向いて、少しはっとする。
「ああ、わたし?
そうね、学園に行って人が変わったのかもしれないわね。
新介君たちと接しているといろいろ刺激になることが多いから」
すると女中は突然後ろを向いた。
よく見ると肩がブルブルふるえている。声を押し殺して笑っているようだ。決して泣いているわけではない、たぶん。
正直、沙耶をはげますためにかけてやりたい言葉があった。
だけどこの女中は俺たちの案内のためにしばらくつきっきりになるだろう。
2人きりにならないと、おれは言いたいことを言えない状態だった。
もっともそんな熱い思いは、夕食の席で霧散する。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ! なんじゃこりゃっ! すげぇぇぇぇぇぇっっ!」
目の前には豪勢な料理がズラリと並ぶ。
しかし、途中でおれは首をかしげた。
「ん? 何かおかしいぞ? ていうかなんか全体的におかしいぞっ!?」
使われた食材が、明らかに現世のものと違う。
懐石らしくていねいに調理されてはいるが、どう考えてもおれの知っている食材ではない。
「うぅ、妙に食欲が減ってきた。なんだこれ、あまり食いたくない」
しかし、となりのタタミちゃんたちはおいしそうにかぶりついている。
それを見てとてもうらやましい気持ちにかられ、おそるおそる口に運んでみた。
「……ん! なにこれっ! 超うまいっっ!
すげえこれ正直ガストンのフレンチよりレベルたけえぞっ!」
「遠慮せず、どんどんおあがりなさいね。おかわりもあるから」
正面に座る沙耶のお母さんに言われ、おれは「ありがとうございます!」と言いながらどんどん皿の上の料理を平らげていく。
「こらこら、あはははは。
まったく育ち盛りの若い子は全然遠慮しないんだから、あせらなくても今晩の夕食は消えはしないよ。
落ち着いて食べなさい」
お父さんは酒を飲みながらなので、少し顔が赤くなっている。
あれ? 死霊族ってアルコールで酔わないくらい肝臓が強いんじゃなかったっけ?
まあ聞かんどこ。
急に、となりの沙耶が気になった。
なんだからハシの進み方が遅い。
「ん? 何か気になることでもあるの?」
沙耶はそれこそ人形のごとく生気の宿らない顔でうつむく。美しい。
「お姉さま、きっと今日のご夕食はお1人のはずだわ。
シンは今頃警備の最中のはずだもの」
おれは口をもぐもぐさせながら言った。
「だったら、連れてこればいいじゃん。こっちのほうに」
これには沙耶の両親が難しい顔をする。
お父さんの方が口を開く。
「う~ん、それはどうかなぁ。
うちはかまわないけど、千鶴さまがこちらにおこしになると言うと、使用人たちがやたらとさわぐからなぁ」
「じゃあ、おれたちのほうがお邪魔したほうがいいのか。
そしたら向こうもワァワァ言わないでしょ?」
するとお母さんが首をかしげた。
「それもどうかしら。
向こうの使用人、分家の人間に対する態度があまり良くないの。ましてやお客人なんてね。
あそこの連中、宗家に属する人以外はみんな立場が下だと思ってるから」
「一度様子を見に行ってみますよ。ダメだったらすぐに帰ってきますから」
「ムチャしないでね。
わたくしたち、いつでもあなたたちを歓迎する用意はできてるから」
お母さんにこっくりとうなずいて、その話は打ち切りになった。
それにしても千鶴さんと言う人はどんなにさみしい生活を送っているのだろう。
両親がいない。兄弟もいない。心を許せる相手はいつでも会えるわけじゃない。
そんな生活、恵まれた環境にいるおれには想像もできなかった。
キースはどうしているだろう。
何回もメールしたが、適当な返事をしただけでどこにいるのかまったく教えてくれなかった。
仲のいい友達の家に泊まっているのならいいが、そうでなければ……
「パパァ~ッ! 遊んで~っ!」
突然沙耶の反対どなりが立ちあがった。
沙耶の弟で、まだ幼い。姉はすぐに呼びかける。
「こら! パパはまだ食事中なんだから座ってなさい!
自分が早く食事終わったからって勝手なこと言わない!」
「別にかまわんぞ」そう言って父親が立ちあがり、息子を抱き上げるや高く持ち上げる。
「わ~い! たかいたか~~い!」
「ほほえましいな。まさしく見た目相応の親子だ……
とても高校生になる娘がいるとは思えないな!」
「新介君。もういいから、いいかげん慣れて……」
風呂に入ろうとすると、さらに困ったことになった。
「うおっ! なんじゃこりゃぁっ!」
脱衣所に入ったなら、そこでは老若男女が入り乱れて遠慮なく服を脱ぎだしているではないか。
「さ、さすが大家族。こんな状態で全裸になるのは気がひける……」
「そんなこと言いつつタタミちゃんたちも、おれらと同じタイミングで風呂に入ろうとしてるよな」
「ま、まあ混浴は慣れてるからぁ? 別にどうでもいいってかぁ?」
妙に赤くなっているタタミちゃんを無視し、おれは影乃、ヒャッパとともに服が脱げる場所を探した。
しかしどこも男女が入り混じっているので入りづらい。
中には沙耶そっくりのきれいなお姉さんが遠慮なくスッポンポンになっているところもある。
おれはあわてて目をそむけた。
「なんてこった! これじゃ服が脱ぎづらいぞ」
先に目当てのかごを見つけたタタミちゃんとミノンちゃんも、真後ろで中年のおじさんが素っ裸になっているのを見てドン引きしている。
なんとも恐ろしい酒池肉林の地獄絵図。
なんとか裸になって風呂場に入っても、やはりカオスな光景が待っていた。
狛田村一族はまったく遠慮することなく、老若男女入り乱れて風呂につかったり、身体を洗ったりしている。
なかには中年オヤジのとなりに若い女性が、老婆のとなりに青年が楽しそうに会話しているという光景も。当然裸体をさらしたままで。
「あまり推奨されてないんだけどさ。いとこ同士って結婚出来るんだよな。
こんなことしててよく変な気おきないよな」
ヒャッパに言われ、おれはあわてて沙耶の姿を探した。
血なまこになって見回していると、信じられない光景が目に映った。
沙耶が、よりにもよってイケメンの背中を笑顔で洗い流している。
おれは思わず声をかけた。
「沙耶っ! はやまったちゃダメだ!
いくら親戚だからってそんなことしちゃいけない!」
ふりむいた2人はとぼけた表情になる。
「なに言ってるのかしら。よく顔を見なさいよ。
これは父よ? まったく、誰と見間違っているのかしら」
「ははは、向こうじゃ見慣れない光景だから、ついあせってしまったんだね。
それじゃ、ついでに沙耶のほうも背中洗ってあげようか?」
さすがにおれたちの目があるせいか、沙耶はうまく身体を隠して父と交代する。
「なんだ、お父さんだったのか……
いやおかしいよっっ! 沙耶そんな歳で普通に父親と風呂に入ってんじゃねえよ!
ていうか見た目20代だから若いアベックが一緒に風呂に入ってるようにしか見えねえんだよっっ!」
沙耶は顔を真っ赤にしてこちらをにらみつけてきた。
「いいからそんなところに突っ立ってないで早く入りなさい!
見られるのも恥ずかしいし新介君の裸を見るのも恥ずかしいわ!」
おれは全裸で股間を隠している自分に気づき、あわててシャワーに向かおうとする。
するととなりには身体を洗っている最中のタタミちゃんがいた。
泡だらけの彼女はタイミング良くこちらの方をむき、とたんに顔を真っ赤にした。
「もうっっ! 新介はあっち行って!
ていうかヤダおしりのあたりちょっとだけしか白くじゃないじゃない!
だからブーメランは大っキライなの!」
おれは恐縮しつつ、ほかのシャワーを探した。
風呂あがり、おれたちは沙耶と一緒に浴衣姿で廊下を歩いていた。
「はあ、大変なことになったけど、天然ヒノキの湯船はよかったな。
次はタイミングを外して入った方がよさそうだな」
「新介君。よかったらわたしも時間替えるわよ?」
「そんな、沙耶はいいよ……
いやそしたら沙耶が若い男と一緒に背中を流しあうことに!
やっぱり時間を変えてもらった方がいい!」
「だから新介君は父のことを変なふうに言わないで!
それに狛田村家はもともと家族で風呂に入るのが習慣なんだから今さらケチつけないでよ!」
「……あら、沙耶ちゃんずいぶん明るくなったわね。昔は勉強と武道のことばかり考えてたのに。
そこにいるお友達たちに感謝ね」
通り過ぎたのは少し妙齢だが、これまた沙耶そっくりだった。さすが女系家族。
おれと沙耶はそろってため息をついた。
「そうだ、せっかく沙耶の実家なんだから、沙耶の部屋がどんなふうか見てみようよ!」
指をパチンと鳴らしながらのタタミちゃんが提案。
おれも含めて「そうだそうだ!」と意気込むが、
「イヤよ。なにげに散らかってるし、人に自室を観察されるのは気が進まないわ」
「沙耶、おれも同じようなこと言ったよな。
なのに家に来るたびに強引におれの部屋に入ったよな!」
「うぅ、わかったわよ。そのかわり、あまり変なこと言わないでよ?」
「うおぉ~~~~~~~っ! なんじゃこりゃぁっ!
天蓋つきのベッドぉぉ!?」
「えっ!? なにっ!? これ敷布団!?
すっげぇフッカフカよ!? フッカフカッ!」
大はしゃぎするおれたちの姿を見て、沙耶は大声をあげる。
「だから変なこと言わないでよ! 約束したじゃない!?」
おれたちはさわぎをやめ、そろって沙耶のほうをきょとんと見る。
「え? なんで? ホメてんのに」
「そ~よ~。こんな豪華なベッド、なかなかないよ?
いいな~、沙耶ってこんなお姫様みたいなベッドで寝れるんだ。
あ、実際お姫さまだったか」
言いつつミノンちゃんが突然ベッドの上で寝そべりクロール運動を始める。
「なにこの低反発感! すっげぇ気持ちいっ! このままこのベッドで眠ってしまいたい!」
「うぅ、だったら一緒に寝る?
ミノンとタタミだったら一緒に寝られる大きさはあるけど?」
ここで影乃が立ち上がり、突然後ろを向いて前かがみになった。
「うぅ、今をときめく3人の美少女が、同じ布団でしどけない姿をさらす……
なんて萌える光景なんだ……」
「出たっ! このヘンタイ! もっとも気持ちはわからんでもないがな!」
ツッコんでいるうちに女3人がしらけた視線でおれと影乃を見る。
「しょうがねえだろ! 男の本能!
だいたいお前らが異様にカワイイのが悪いんだぞ!」
「「「そ、そんな……カワイイだなんて」」」
言うと彼女たちはそろって顔を赤らめる。
影乃はそれを見てこっくりとうなずく。
「うぅむ。新介の対応は勉強になるな。
オレもうまく使えば気まずい状況を回避できるかもしれん」
「影乃。まずそれを真っ先に口に出すところから改善しろ。
だからお前は残念なんだよ」
ところが、この会話に混ざらない奴がいたことに気づいた。
ヒャッパはおれたちのしょうもない会話に全く耳をかたむけず、1人部屋を物色している。
「ちょっと! なにしてるのよ!
ヒャッパ君なにを探してるの!? まさか下着っ!? やだ、サイテーッ!」
もっともらしい推理だったが、ヒャッパはそっけない表情でこちらに向き直った。
「おいおい、なんでゲーム機がないんだよ?
1つぐらい置いとけよ。せめてウィー○ーとかさ」
「なんで沙耶のことを勝手にゲーマーだと思い込んでんだよっ!
普通TVゲームをやるような女子はだいたいマニアだよ!」
なんとも愉快な仲間たちである。対応しているととても疲れるが。
ひたすらはしゃぎまくったせいでとても疲れてしまい、おれたちは早々に眠りについた。
しかし、途中で目が覚めてしまった。
フカフカの敷布団はとても気持ちよかったのだが、影乃とヒャッパのいびきがうるさく完全に頭がさえてしまったのだった。
仕方なく適当に廊下を歩いていると、途中で妙な音が聞こえてきた。
それが男女のあられもない夜の営み音だということに気付き、あわてて引き返す。
反対側を歩いていると、縁側に腰かけている沙耶の姿が見えた。
長い髪をまとめ、窓際につりさげられた小さな灯ろうに照らされ、ぼうっと映し出されるその横顔は、やはり美しい。
団扇をあおいで夜空を見つめる彼女に、そっと声をかける。
「沙耶」
振り返った沙耶は少しびっくりするような顔をする。
「あら、寝つきが悪かったかしら? 魔界はわりかし涼しいはずだけど」
「いんや、いい布団だぞ。ただとなりの2人のイビキがやたらうるさくってさ」
沙耶はほほえみを浮かべ、「そう」と言いながら夜空に目を戻した。
オレもなんとなく、彼女のとなりに腰かける。
同じく目線をあげると、空一面はモクモクと雲がかかっていた。
真夜中にも関わらずその姿がわかるのは、街の光に照らされているからだろう。
「星1つ、ないでしょう? だから人間界の星空には感動させられたわ」
「しかも山の上だから、すごくきれいだよな。都会のど真ん中じゃああはならないし」
ふと顔を戻した沙耶が、団扇でおれが来たほうを指した。
「あっちの方に、行ってしまったのかしら?」
おれがうなずくと、沙耶はうんざりした顔になる。
「すごい声でしょう? 両親なの。
肉体は若いから、まだまだ頑張れるのよね。
家族が増えるのはうれしいけど、年ごろの娘がいる状況でああいうことをするのは、ちょっと困るわ」
「日本家屋は音がもれやすいからなぁ……うぅっ!」
おれは身をよじった。
沙耶があわてて「どうしたの!?」と呼びかけると、両手で股間を抑えていることに気づき、あきれた顔をした。
「いやね、わたしの両親で欲情するなんて」
「ち、違うよ。これは違う。
だって、お母さん沙耶にそっくりじゃない。だから……」
沙耶は真っ赤な顔をして「あ……」と口元を押さえた。
そして少し反対側を向く。
「1つ聞いてもいい? わたしとタタミ、どっちの方が好き?」
顔をそむけ、いや少しだけ戻して、沙耶は問いかける。
おれは困惑した。
「それ、聞いちゃってもいいの?
もし予想してた答えと違ってたら、ショックじゃないの?」
言われ、沙耶は姿勢を正して、両手をヒザの上で握りしめた。
「わたし、タタミと違ってあまり明るくないから。
生真面目だし、きびしいし、もしわたしの親戚でもっと明るい子がいたなら、そっちの方が魅力的かなぁって……」
「そんなことねえよ!」
思わず声をあげてしまったので、あわてて周囲に振り返る。
それを見て沙耶はクスクス笑った。これだ。
「千鶴さんのこと、まだ気にしてたのか?
たしかにあの人のほうが人当たりはいいけど、それでも……」
今度はおれが沙耶から顔をそむけた。
今からいうことが、すごく恥ずかしいことだからだ。
「おれ、沙耶の笑顔好きだぞ?
お前がニッコリ笑う姿を見て、正直、キュンとくる……」
それでも足りず、思わず両手で顔をおおった。
でも、内心ではずっと伝えようと思っていたことが言えたので満足していた。
返事がないので、指のすきまからそっとのぞき見る。
沙耶の方も顔を真っ赤にしてちらちらと視線を送ってきた。
「ありがとう……そう言ってくれて、うれしいわ」
「お、おれ、沙耶の性格好きだぞ?
たしかに気難しいところはあるけど、それでも十分、みんなと一緒になって盛り上がれるじゃないか」
ここで、ずっと気になっていた疑問が頭をもたげてきた。
これ、正直聞いてしまっていいんだろうか。
「……どうしたの?」沙耶がそっとおれの顔をのぞき込むので、おれは意を決して正面の日本庭園を見た。
が、おどろく光景が目に映る。
「あ……ホタル」おどろいた。
わずかばかりだが、闇の中に2,3点ポツンと緑色の光がともっている。
「きれいでしょう? わたしの家、けっこう蛍が飛んでいるの。
もっともわたしもっとすごい数のホタルの群れを見たことがあるんだけれど」
「え!? なにそれどこどこ!?」
「今は先に言うことがあるんじゃないの?」
沙耶がそっけなく言うので、おれはがっくりとうなだれた。
でも、おかげで緊張がほぐれた。
「沙耶って、いやタタミちゃんもそうだけど、どうしておれに優しいの?
おれ、顔ビミョーだし、変な下着の趣味持ってるし、そう魅力的な男だとは思えないんだけど」
「新介君。自分に自信がないの?
そんなこと言わないで。あなたは他の人にはない素敵な魅力を、たくさん持ってるじゃない」
「自分でも、めずらしい性格をしてるのはわかってるよ。だけど……」
おれは沙耶のほうをまっすぐに見つめた。
さっきから眉間にしわを寄せるのを止められない。
「わかってても、不安なんだよ。
もし沙耶たちがただ単に、友達としてしかおれのことを見てないんだったら、おれはずっとカン違いしてたことになるから……」
言ってしまった。
もし今の言葉通りだったのなら、明日から生きた心地がしなくなるだろう。
なにを支えに生きていけばいいのか、わからなくなる……
その悲痛さは、相手にも伝わってしまったらしい。
沙耶も悲しげな目で、おれの肩にそっと手を触れた。
「大丈夫。もっと自信を持って。
あなたは他の男性より一歩抜きんでた、素敵な人なのよ?」
するとなぜか沙耶は突然団扇で顔をおおった。
「きっとわたしが高嶺の花すぎるのね」
「……なんで沙耶はそんなことを自分で言っちゃうのかな? そういうところが玉にキズ」
すると団扇からいたずらげに笑う沙耶の目が現れた。
「ほら、わたしだって変な性格してるじゃない。新介君気になる?」
おれは首を振った。すると沙耶は団扇から完全に顔を出した。
「顔のことを気にしてるのなら、わたし大丈夫よ?
全然不快じゃないし、時々、すごく魅力的に映ることがあるの。
特に、しっかりと前を見すえる姿とかね」
そうなのか、と思いつつ、おれは正面に向き直った。
「あのねぇ、意図的にそういう顔されても、わたしの言う顔にはならないの。
そういうのやめてくれる?」
言って、沙耶はクスクスと笑った。おれもつられて笑う。
そうやって、夏の短い夜はますます更けていくのだった。
~一方その頃~
キースは夜の街を歩き続けていた。
裏の繁華街。ショルダーバックをかけ、夏にも関わらずポケットに両手をつっこみながら、まだまだ寝静まらないネオンが照らしだす路地をえんえんと歩き続ける。
昔の友人に連絡を取ってもよかったのだが、その気になれなかった。
会えば昔のことを思い出す。
昔のこと。
かつて、自分が光かがやく将来を信じて疑わなかったあの頃。
あの頃の自分は、なんて愚かであさはかだったのだろう。
それは今も変わっていないのかもしれない。
キースは現在の仲間とも分かれ、こうしてたった1人でさまよい続けている。
でも、今さら彼らのもとに身を寄せる気にもなれなかった。
なつかしい光景を次から次へと目にし、古い心の傷がずきずきと痛む。
それを隠しきれなくなるのが怖かった。
これからどうすればいいのだろう。
キースは夜空を見上げた。街じゅうのネオンに照らされ、暗雲は不気味な赤色に染まっている。
「……おぅいっ! なんなんだてめぇはぁぁっ!」
突然前方で叫びがする。
見れば、そこには2つの人影があった。
一方は足をふらつかせながらもう一方に押し迫るが、相手はまったく微動だにしないのだ。
しかも、その男はなぜかモヒカン頭で、地面につきそうなほど長いマントをはおっている。
いくら死霊族の町と言えど、こんな恰好で出歩いているのはおかしい。
どうにもおかしいと思ったが、あまり興味を持てず曲がり角を通り抜けた。
「……ん! なんだてめっ……!」
叫びがかき消えるようにしておさまった。
思わず足を戻すと、先ほどの2人がまたたく間に消えてしまっていた。
キースは動けずにいた。
なにか不穏なことが起こっているような気がするのだが、詮索するのもどうにも気がひける。
キースはなぜか決断できずにいた。
迷いをかかえたまま、いつまでもその場にとどまり続けるのだった。




