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(3)

「「「「お帰りなさいませ沙耶お嬢様。

 我ら一同、お嬢様のお帰りを心よりお待ちしておりました」」」」


 横一列に並んだ女性たちが一斉に頭を下げるのを見て、おれのみならず他のみんなまで思わず身構えてしまった。


「うむ。みなの者、息災であったか。家の守りは順調か?」

「「「「もちろんでございます、お嬢様」」」」


 さらに驚愕(きょうがく)した。

 沙耶は普段では使わないような口調を使い、女中たちはまたしても声をそろえて頭を下げる。


「さ、沙耶の実家がすごいってのは聞いてたけど、まさか、ここまでとは……」

「普段1人で出歩いてるから、ここまでの大歓迎をされるなんて(おどろ)いたぜ。

 これで街の実権を手放した有力者なのかよ……」

「これだけのVIPなのに護衛も付けなくて大丈夫なのか?

 まあ沙耶は自分で身を守れるから問題ないだろうが……」


 タタミちゃんに続いて、ヒャッパと影乃もおどろきの声をあげる。

 おれはと言えば、もう声をあげることもできなかった。


 女中たちの奥には石畳の通路が延々と続き、奥は例の天守閣にまで続いている。

 そのスケールたるや、もう途方もつかない。


「弥子をここに連れてこなくてよかったわ。

 あの子がこんな光景を見たらショック死するわ」


 本当にそうなるかどうかはどうでもいいが、女中の1人がこちらへと進み出た。かなり美人。


「さあ、ご学友のみな様もこちらの方へ。

 一族の皆さまが首を長くして待っておいでです」

「ご、ごごご、ご学友……!」


 ここまでていねいに扱われたのは初めてらしく、影乃はガチガチになっている。まあおれも初めてだが。

 きれいに2つにわかれた女中たち間を抜け、おれたちはいつ終わるともわからない長い石畳を歩かされることになった。






 石畳はかなり続いたうえ、屋敷にあがってからも入り組んだ通路を延々と歩かされた。


「いったいこの屋敷だけでどんだけ広いんだよ。ここは老舗(しにせ)料亭か!」

「大きな声を立てない。

 わたしの家族たちは気にしないけど、女中たちはマナーに敏感だから」


 沙耶の言い方におれは思わず首をかしげる。「家族、たち?」

 しかし当の彼女はこちらにあやしげな笑みを向け、「見ればわかるわ」と言うだけだった。


 やがて目の前に金箔(きんぱく)をはられた障子(しょうじ)が現れる。

 無数に連なっているところを見ると、かなりの大広間のようだ。

 それを女中たちは息もぴったりに開いていき、中の様子が大写しになった。


「「「「おお、沙耶か。おかえりー」」」」


 またしてもがく然とさせられた。

 そこにいたのはおびただしい数の人、人、人。

 誰もが座敷におかれた机ののまわりで楽しそうにお茶を飲んでいる。


「紹介するわ。これがわたしたちの一族。

 総勢50人くらいいるから、全員の紹介は(はぶ)いておくわね」


 振り返った沙耶は言うが、おれは開いた口がふさがらなかった。

 手荷物は奥にひかえる女中たちが持っているが、手にしていたら確実に落としていただろう。

 左右を見るが、みんな似たような顔をしていた。


「さあさ、早くおあがりなさい。両親が首を長くして待ってるぞ」


 中年の男性に手招きされ、沙耶は頭を下げながら奥へと進んでいく。

 おれたちも恐縮しながら彼女に続いた。


 しかし、集まった一族たちは年齢も様々だ。

 はしゃぎまわる幼い子供から、ものすごくおとなしそうな老人まで。

 中にはいったい何歳なのかわからない女性までいる。

 それらが全員、なんとなく沙耶に似ているから恐ろしい。


 沙耶の足は途中で止まった。

 彼女の前の机にいたのは、まだ若いと思われる男女だ。これまた沙耶そっくり。

 当の本人は彼らに手の先を向けてこちらに振り返る。


「紹介するわ。こちらがわたしの父と母よ」


 またしても開いた口がふさがらなかった。

 な、なんなんだこの若い見た目はっ! 街中でイチャイチャしてるバカップルと変わんねえぞ!


「新介、そこはさすがにおどろかなくていいよ。

 アタシの親もだいたいこんな感じだから」

「ああこいつ、死霊族の年齢が人間の2倍くらいあるってこと忘れてるよ。

 弥子の親なんてはっきり言って歳食ってから子供産んでるんだから」


 タタミちゃんとミノンちゃんに言われ、おれは失礼なことに沙耶の両親を指差してしまった。


「り、理屈はわかっても見れば見るほど違和感がただよってくる……」

「こらこら、沙耶。

 いつまでも立ってないで座りなさい。そこのお友達もどうぞ」


 どう見ても20代にしか見えない男性にうながされ、おれはみんなとともにおとなしく座布団に腰かけた。


「おかしいよ。こんなのおかしいよ……

 どう見ても10代前半で子供を産んだとしか思えない……」

「さっきから新介は失礼なことばっかり言ってるな!

 なんなんだよ!」


 タタミちゃんは怒りだすが、沙耶の母親らしき女性はクスクス笑うだけだった。


「まあまあ、いいじゃないの。

 人間からしてみればわたしたちは常識外の生き物、そのギャップに苦しんでも仕方ないわ」

「そ、そう言えば、沙耶にはお兄さんもいたんでしたっけ。

 お子さんは何人兄弟なんですか?」


 気を取り直したおれの質問にも、沙耶そっくりのお母さんはこころよく答える。


「そうね。

 今新宿で実験を受けてる龍一と、下の男の子がもう1人いるわ。3人兄弟」

「へえ、お若いのに大変ですね……

 じゃねえ! 若いのは見た目なんだからおかしくもなんともなかった! ごめんなさい!」


 ご両親はクスクスと笑う。

 そのうち父親が沙耶に顔を向けた。なぜかこっちもなんとなく沙耶そっくり。


「ところで龍一はどうしてる?

 このあいだお前が見舞いに行ったそうだが、どうだった?」

「元気、と言っても投薬実験中で身体が弱ってるわけだけど、大丈夫みたいよ」


 それを聞き、父親はため息をついた。

 そしてこちらに呼びかける。


「狛田村家は代々女系の家族でね。女の子の方が才能豊かに育つんだ。

 だから龍一は自分なりにできることをしようと思って、人間界に渡った。

 死霊族は身体が丈夫とわかってても、なにかと心配でね」


 このご両親、いったいどちらが狛田村家の本筋なんだろう。

 50人くらいもいることだから親戚同士もありうる。

 とりあえず気を取り直す。


「わかります。

 おれも親元とは慣れて暮らすようになって、親からしょっちゅう電話がかかってきますから」

「そりゃ大変だろう。

 しかも共同生活の相手は人間じゃないんだ。ご両親もさぞ心配だろうな」

「あ、いや、親は事情を知らないです。

 兄貴は多少知ってるくらいで」

「そうか! ますます大変だな。

 我々死霊族の未来のために、君には大変な負担をかけるね」

「いやいや、そんなことないっすよ。

 でもうちの学校にはおれの存在をよく思ってない連中もいて、しょっちゅう沙耶たちに世話になって逆に申し訳ないくらいです」

「そうか、沙耶がそんな苦労を。

 沙耶、大丈夫なのか?」


 またしても不安げな顔になった両親を見て、沙耶は笑顔で首を振る。


「いいえ、自らの技を(きた)えるいい機会だわ。

 それにわたしたちが目指す人間と死霊族の共存への道は、争いが()けられないもの。

 なんとかのりきってみせるわ」


 それを聞き、母親はますます深刻そうに顔をゆがめる。


「そう。

 このまま狛田村の頭領としての道を歩むより安全だと思ってたけど、大変な目に会うのはさけられないのね。

 沙耶、絶対にムチャはしないでね」

「おれも、できるだけのことは自分でやります。

 沙耶には極力負担をかけないようにしますので安心してください」


 両親はおれに向かって大きくうなずいた。

 ところでここで別の疑問が浮かんだ。


「そう言えば、沙耶はこの家の跡取りなんですよね?

 このまま彼女を人間界にとどめて大丈夫なんですか?」


 それを聞くと、両親は複雑な表情で互いの顔を見合わせた。

 母親が再びこちらを向く。


「狛田村家は非常に複雑な構成をしていてね。

 死霊族の街、荒神市は周囲を4つの名家に守らせているのだけど、そのうちの2つは狛田村家の本家と分家なの。

 わたしたち家族は分家に当たるわ」

「ほら、天守閣の少し離れた場所に、同じ大きさの御殿(ごでん)があったでしょ?

 あちらの方が狛田村の宗家に当たるのよ」


 沙耶に言われ、おれは納得してうなずいた。


「へえ~……えっ!? なにそれ!

 じゃあっちの方にもこんぐらいの人数がいるのっ!?」

「いやいや、違うよ。

 ここにいる分家は宗家から枝分かれになったいくつもの親戚の集まり。

 つまりここは宗家以外の一族が勢ぞろいした集合住宅なんだ」

「あ、なんだ、そういうことだったんだ。

 それでこれほどの規模があったのか。なんかすみません」


 頭を下げると、ご両親はそろって首を振った。


「で話を戻すんだけど、我々はいくつもの家族に分かれてるから、分家の頭領は誰が引き継いでもいいんだ。

 別に沙耶でなくてもいい。

 確かに、沙耶は一族の中では飛びぬけて才能が豊かだから、うちに仕える使用人たちは彼女に期待をかけすぎてるところがあるけどね」

「気をつけてね。

 わたしたち一族はこんなふうに和気あいあいとやっているけれど、使用人たちはそうではないの。

 あなたたちにきびしく接してくることもあるかもしれないから、そんな時は迷わずわたしたちに声をかけてね」

「そうなんですか、気をつけます」


 言うやいなや、女中の1人が後ろから声をかけてきた。


「沙耶様、頭領様がお待ちです」


 沙耶は「あ、はい」と言いながら立ち上がる。

 そしておれたちをもうながす。

 両親も頭を下げ手を振るのを見送ってから、大広間の一番奥に座る人物を目指した。


 しかし、その途中で足が止まる。視線の先にいたのは、


 もはや生きているのか死んでいるのもわからないミイラみたいな存在だった。


「もう、怖がらないでよ。

 あれが現在の一族の頭領。わたしの7代上のおばあさまにあたるわ」

「7代上って。完全にご先祖様じゃねえか……」


 ミイラはゆっくりした動きで、そばに仕える女中にささやいている。

 なんとも不気味な光景だと思いつつ、おれはひそかに長丁場を覚悟したのだった。





 ミイラ、もとい狛田村分家の頭領との会談中、またしても女中が割り込んだ。


「宗家の方々から面会のご要請がございます。

 沙耶さまと、そちらにおられる結城新介さまのみお越しいただきたいとのことです」


 それを聞いて他の4人がこちらを向いた。

 あまりに会談がスローペースに進むので、みんな退屈していたどころのさわぎじゃなかったのだ。

 どれも助けを求める目になっている。


 ミイラのとなりに座る女中がすかさず声をかける。


「頭領様はみなさんのお話を大変お楽しみです。

 他のみなさんにはぜひ話のお続きを」


 ミイラはもはや目がついていない顔でタタミちゃんたちのほうを向いた。

 見られた側は全員絶望感ただよう表情をしているのだった。


 やんわりとおれにつかみかかろうとするタタミちゃんを振り切り、おれは沙耶と一緒に大広間を抜けだした。


「うぅっ、しまった。

 頭領の拘束からは抜け出したものの、その先が本家となればいったいどんな試練が待ち受けていると言うのか」

「なに言ってんのかしら新介君は。

千鶴(ちづる) 』お姉さまを悪く言うのはあまり気分がよくないわ」

「ちづる……おねえさま?」


 どうやら本家にいるのは、若い女性らしい。

 思わず想像をめぐらせてしまうのだった。

……どうせ沙耶に似てるんだろうけど。





 しばらくの間歩かされ、何十段にも渡る階段を上らされ、おれはヘトヘトになっていた。


「うぅ! きつい!

 死霊族には屁の河童でも人間の体力にはちょっとキツイもんがある!」

「しっかり、もうすぐだから」


 沙耶の言葉が信じられなかった。

 本家が住むという御殿はかなり距離があったはずだ。

 それがもうすぐたどり着けるなどとは信じられない。


「こちらにお乗りくださいませ」


 女中が足を止めた。

 さげた頭の先には太いロープでつながれたゴンドラのようなものがあり、その少し離れた先に例の御殿があった。


「ああなるほど。これで分家と本家を行ったり来たりできるのね。

 でもせっかくゴンドラがあるんなら分家の敷地内にもつけてほしいなあ!」

「それもそうね。検討しておくわ。

 そのうちあなたもうちの家族になるのかもしれないしね」

「……え? なにそれどういう……おわぁっ!」


 乗っていたゴンドラが動き出した。

 けっこう速いスピードで、つりさげられた鉄製のロープを伝っていく。

 あっという間に我々は空中散歩状態になり、おれは手すりの下から木々に覆われた斜面をのぞき見る。

「うっわ、たっけぇ。

 もしおれが高所恐怖症だったら悶絶(もんぜつ)もんだな」

「新介君、あれ見てくれる?」


 沙耶が指差すほうを見ると、反対側の少し下のところに城壁のようなものが見えた。

 上の通路にはいくつもの放題と巡回する武装した兵士の姿が見える。


「あれが、荒神市と無法地帯の境目よ。

 あの向こうから妖怪が侵入できないように、わたしたちが雇っている守備隊は常に神経を張り巡らせているの」


 おれは兵士たちがいる城壁のさらに向こうに目を向けた。

 そこには地平線の先まで延々と続く、湿地帯のようなものが広がっている。

 緑の地のあちこちに、巨大な水玉が浮かぶ光景はテレビでしか見たことがない。


「それと、あれ、あれが分家の象徴、狛田村城よ」


 おれはまたしてもおどろいた。

 およそ5層にも連なる立派な天守閣は、近くで見るとどこかくたびれていて不気味な雰囲気を放っていた。

 数多くの戦火をくぐり抜けてきた城ならではの雄姿だろう。

 かたむいた日に照らされ、威圧感たっぷりにそびえている。


 前に向き直ると、御殿は目の前に近づいていた。

 こちらの方は頻繁(ひんぱん)に修復しているようでかなりきれいな外装をしていた。

 その中央にある暗がりに、おれたちが乗るゴンドラは吸い込まれそうになっている。





 長い廊下を通されると、またしても大広間と思われるいくつもの障子が現れた。

 これまた2人の女中がタイミングよく大開きにする。


 が、おびただしい数の畳の上に座っていたのは、たったの2人だけだった。

 これだけの広い部屋にたった2人。分家とは大違いだ。

 沙耶はいったん頭を下げ、再会を懐かしむ笑顔を向ける。


「千鶴お姉さま。そして『(シン)』。

 2人ともご機嫌いかがかしら」


 まずはスキンヘッドのいかつい人相の男が、握った拳をタタミにつけてていねいに頭を下げる。


「沙耶さま。無事のお戻り、心よりお喜び申し上げまする」


 少しおどろいた。

 シンとか言う呼び方と、呼ばれた男の態度。

 どうやら本家の人間ではなかったようだ。


 続いて、これまたおどろいたことにあり得ないほど沙耶とうりふたつの女性が、少しだけ頭を下げた。


「息災でしてよ。あなたのほうこそ、お元気なようでなによりだわ」


 沙耶は「失礼します」と言いつつ、おれに目で合図する。

 おれも頭を下げつつ、ゆっくりと大広間に足を踏み入れる。

 近寄って見ると、千鶴さんは袖や首もとまでおおう白いドレス。

 シンはワンショルダーの簡素な鎧を身につけている。


 ひたすら広い座敷の中央、残された座布団2つにそろって腰かける。

 シンのほうが目の前のお茶を手で指し示したので、頭を下げて両手に持った。

 が、熱いのですぐに下げた。


「紹介するわ。こちらが当代の狛田村宗家、千鶴お姉さま。

 となりにいるのが我が狛田村家……」

「東西家守備兵長の秦だ。よろしく」


 迫力のある言い方だったのでおれは思わず恐縮してしまった。


「あ、はい。結城新介です。よろしくお願いします」


 相手が手を差し出してきたので思わずこちらも差し出そうとすると……


「ひかえろ秦っ!

 彼は人間だ! お前の剛力で握ればつぶれてしまうぞっっ!」


 おれは思わず「おわぁっっ!」とのけぞった。

 まさか声の主が沙耶だと思わなかった。


「新介君も気をつけて。死霊族の長い共同生活で、忘れてたわよ?」


 おれは「うん、ごめん」と頭を下げた。

 シンもまた慇懃(いんぎん)に頭を下げた。


「申し訳ございませんお嬢さま。以後、気をつけますゆえ」


 沙耶は「うむ」とうなずくだけだった。

 シンはいったんこちらの方を見る。


「それにしてもよろしいので。

 この少年、沙耶さまに対してなにげにぶしつけな口調をされているようでございますが」

「学友にはすべて気を使わせないようにしている。

 狛田村はすでに権力の座から離れた。家人(かじん)でもないものに頭を下げさせるのは気がひける」


 まるで別人。

 沙耶は使用人が相手だとこんな態度に出るのか。


「秦も、家の外の人々に対して威圧的に接しないようにね。

 もう狛田村は昔とは違うのだから」


 一方千鶴さんのほうはていねいな口調だ。

 立場的には逆なんじゃないだろうか。


「新介君は、沙耶たちとの共同生活で何か苦労することはないかしら?」


 いきなり千鶴さんに話しかけられたので、おれはどぎまぎしながら答える。


「あ、はい! 確かにおどろくことばかりですけど、すぐに慣れました。

 意外と人間とのギャップが少ないので。でも、衛生観念が少し低いのは気になりますね」

「そう、議会に少し提案して、改善するように意見しておくわ」


 権力から離れたとはいっても、その影響力はいまだ健在のようだ。


「……あれ? すみません。

 ぶしつけな質問をするようですが、ご家族の方は……」


 言われ、沙耶とシンがそろって眉をひそめた。

 おれはとりあえず頭を下げた。


「残念なことだけれど、わたくしには両親がいないの。子供のころに亡くなったわ。

 兄弟もいない。この家はわたくし1人で守っているの」

「死霊族は、病気には強かったんじゃ、なかったでしたっけ……」


 心底まずい質問をしてしまったのではないかと思ったが、彼女はなんとでもないというふうに首を振った。


「ええ、たしかにね。

 でもまったく皆無ってわけじゃないの。

 どんなに丈夫な死霊族でも、病にかかって命を落とすことはあるわ。

 もっとも父は妖怪との戦いで深手を負って、母は父が亡くなったショックで病にかかったの」

「そんなことが……あるんですか」


 ここで、シンは気難しそうに腕を組む。


偶然(ぐうぜん)ではない。

 実は狛田村宗家には、古の大妖怪との戦いの際にかけられた呪いがかかっている。

 末代までたたる恐ろしい呪いがな。

 それゆえ、宗家は常に危機的状況にあるのだ。

 もっとも幸か不幸か宗家はいまだ血筋を絶やさずに何とか生き残っているが、だからこそその末裔(まつえい)、つまり千鶴さまはさみしい身の上であらせられるのだ」

「そんなことが……あるんですか」


 さっきとまったく同じことを言ってしまったので、思わず沙耶と顔を見合わせた。

 千鶴さんはそれを見てクスクスと笑う。


「皮肉なことね。

 分家のほうはあれほどににぎやかだと言うのに、こちらの方はと言えばこんなに殺風景で。

 これが本家だと思うと、やはりせつない思いは止められないわね」


 そんな彼女の気持ちを察したか、シンはクルリと向きを変えた。


「千鶴さまにはわたくしどもがついております。

 決しておさみしい思いはさせませぬゆえ」

「うむ。秦、お姉さまのことをよろしく頼むぞ」


 千鶴さんに頭を下げるシンに、沙耶もうなずく。

 しかしここでシンは沙耶の方に目を向けた。


「本来であれば、沙耶さまが分家……

 つまり北家の頭領となっていただければ、これほど心強いことはないのですが」


 おれは思わず沙耶のほうを見た。

 彼女の文武両道ぶりにはうんざりするほど思い知らされているので、シンたちにとってもぜひとも守備隊のトップに立ってもらいたいはずだ。

 それでも、沙耶は彼に向かってゆっくりと首を振る。


「秦、お前の気持ちは痛いほどわかる。

 それでも、わたしは向こうの世界に行かなければならないのだ」


 シンの目にはがっかりしたような色が浮かぶ。

 ここでなぜか沙耶はこちらの方をうかがった。


「新介君、わたしたちが住んでいる荒神市は一見平和なように見えるけど、実はいま深刻な問題をかかえつつあるのよ?」

「建物の老朽(ろうきゅう)化、とか?」


 とりあえず推理してみたが、その瞬間に千鶴さんが吹きだした。


「あのね新介君。

 確かに荒神市の建造物はさびれて見えるけど、まだ丈夫に保たれてるわよ?」

「あてずっぽうで答えて、すみません」


 ここでシンがため息まじりに口をはさんだ。


「ならばこれは知ってるか?


 荒神市の人口は、非常にゆるやかではあるが徐々に減少しつつある、ということは?」


「えっ!? それ大問題じゃないですかっ!

 こっちの世界は人口爆発がひどいんですよ!? もっとも日本は少子高齢化の方が深刻ですけど」

「そう、そしてその原因が何なのか、あなたにはわかるかしら」


 伝染病、頻繁(ひんぱん)に起こる事故、理由はいろいろ考えられたが……


「妖怪、ですか?」


 ここで千鶴さんがポンと手を叩いた。


「そう!

 近年、魔界に生息している妖怪の数が増加、凶暴化しているの!」

「なんてこった!

 それじゃ遠征隊の人たちは大変なことになっちゃうじゃないか!」

「その通りよ。

 我が狛田村家でも、数多くの人員をと市外の遠征調査に出しているのだけど、年々(かえ)らなくなる者たちの数が増えているの。

 今では志願者を慎重に選ばざるを得ない状況にさえなっているわ。

 育ち盛りの家族を路頭に迷わせるわけにはいかないもの」


 千鶴さんに続き、シンも重々しく口を開く。


「もともと死霊族は数が増えにくい種族だ。

 出生率は高くないうえ、人口の約10%は知的障害をかかえている。

 労働力を妖怪など外部から取り入れなければ、この街は住民を養っていくことができない。

 ゆえに人口は横ばいだったと言うのに、時がたつにつれて死霊族の数はどんどん減っていく」

「その原因は、どこにあるのかしら?」


 沙耶に問われ、おれはうなずいた。


「魔界は不安定な世界。そして人間界の影響を強く受けると聞いています。

 ですからおれたちの世界が混迷すればするほど、こちらの世界にも大きな影響を与える。

 当然、そこの住民にも変化が現れる、ということですね?」

「人間がいなかったときは、魔界も非常におだやかだったと聞く。

 当時も不可思議な現象や生物は数多くいたが、それだけだ。

 しかし地上に人間が現れるようになってからは、魔界の生物にも大きな変化が現れた。

 高い知性を持ち、自らの能力を己の欲のために使うようになった。

 それが妖怪と言う存在だ」

「じゃあ、おれたちの世界がこのまま混迷を続けると……」


 沙耶はおれの顔をまじまじと見つめた。


「そうよ。

 人間の世界を放置し続けることは、やがて魔界にも深刻な影響を与えるの。

 死霊族も、いずれは危機的な状況にさらされる。

 もう、あなたの住んでいる世界をこのまま放置することは許されないわ」


 おれはすべてを納得し、がっくりと肩を落とした。


「それが、沙耶が人間の世界にやってきた、本当の理由か……」


 落ち込む俺をなぐさめようとしたのか、沙耶は肩に手をかけてきた。


「それだけじゃないわ。出会った頃に言ったでしょう?

 あなたの住んでいる世界を守るんだって。あれもウソじゃないわ。

 わたし、人間界の美しさにあこがれていたの。

 たしかにその通りだったわ。

 学園の周辺を見ればわかる。人間界の自然は、陰鬱(いんうつ)な魔界のものと違ってとても美しいもの」

「ごめん、人間の一員として、本当に申し訳ないと思う」

「別府教頭があなたを選んだのも、わかる気がするわ。

 あなたはとても責任感が強い子なのね?」

「ん? 千鶴さん? うちの教頭を知ってるんですか?」


 顔をあげると、千鶴さんは笑みを浮かべて人差し指を立てた。


「ええ。わたくしも、安国学園の卒業生なの。

 沙耶とは10学年上になるわ」

「10歳年上なんですか。

 見た目がまったく変わらないな。死霊族だから当然だけど」


 言われ、千鶴さんはクスクスと笑いだす。

 なぜかシンがあきれた顔をした。


「千鶴さまももうご結婚できる年齢です。

 できれば、早くお相手を見つけていただければ幸いなのですが」

「そういうわけにもいかないでしょう?

 呪いをかけられた狛田村宗家に、喜んで婿(むこ)入りする殿方はなかなかいらっしゃらなくてよ。

 あせらず、慎重に探しましょう」

「大変なんですね。狛田村宗家は」

「ええ、だからわたし、分家の皆さまを大切に思っているの。

 わたくしに残された、かけがえのない家族だから。もちろん沙耶ちゃんもね」


 相の手を入れられ、沙耶はこっくりうなずいた。


「おさみしいときは、いつでもわたくしどもをお呼びください。

 すぐにでもはせ参じますので」

「うれしいわ。これからもよろしくね」


 ニッコリとほほえむ千鶴さんは、それはそれはとても素敵な方だった。

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